道徳の授業
「うぅ、頭痛いわ…」
次の日、頭を押さえてながらリトさんが大部屋へ移動してきた。
場所的にはここはリビングって事で大丈夫なのかな?
お城の一室だし、リビングと言えるかは微妙だけど。
「あ、おはようございますリトさん」
「おはようエルちゃん…うーん、頭がズキズキするのよね
二日酔いは間違いないんだけど、何か別の痛みもあるのよ。
ねぇ、私の部屋で寝てたミザリーと何か関係ある?」
「あ、ミザリーさん、結局そのまま寝たんだ…」
確かに昨日、ミザリーさんが部屋から出てくるところは見てないもんね。
なる程、そのままリトさんのお部屋で眠っちゃったんだ。
いつぐらいに寝たんだろう…そこは覚えてない。
「あー、それともうひとつ。リズちゃんは?」
「あ、まだ部屋で寝てますよ」
「起さなかったの?」
「大きないびきをかきながら気持ちよさそうに寝てたんで起すのはなーって。
それに、それを言うならリトさんだってミザリーさんを起して無いですし」
「あー、私の場合は起すと絶対に面倒な事になるから起さなかったのよね」
「それ、起しても起さないにしても、結局起きて怒られますし、変らないんじゃ?」
「いやほら、せめてもの悪あがきって言うか、少しでも怒られるのは後の方が良いし」
そう言う問題なんだろうか…結局怒られるなら同じじゃ?
しかも、起さない方がミザリーさん余計に怒りそうな気がするんだけど…
「無駄な足掻きって言うのは分かるんだけど、ついついねー」
「そ、そうですか」
「それにしてもエルちゃんは朝早いのね」
「いや、早いって言うか、もう9時なんですけど…
私が起きたのは5時なので、もう4時間は起きてますね」
「げ!? マジ!? もう9時な訳? うーん、寝過ぎたわね。
まぁ、私は遅いときは昼まで寝てるし、そうでもないのか」
「ど、どんだけ寝るんですか…」
「いやぁ、お酒を呑んだらどうしてもねー
て言うか、そうなの…もう9時なのね…ん? 9時?」
「どうしたんですか?」
リトさんの表情がドンドン青ざめていくのが分かった。
何かあったのかな…
「やっぱりミザリー起してくるわ…最初から起せばよか」
「うわぁあああ! ち、遅刻ぅ!」
「あぶふぁ!」
リトさんが自室の扉の前まで移動すると同時に
顔面蒼白のミザリーさんが扉を壊してしまいそうな勢いでこじ開けて出て来た。
丁度タイミングが悪く、リトさんは扉と壁に挟まれる。
「えっと、ミザリーさ」
「ギリギリ間に合えば良いけど! うわぁああ! さ、最悪だぁ!」
「あ…その…い、行ってらっしゃいです」
私の言葉なんて聞えてないんだろうけど、小さく呟いてみた。
と言っても、確実に聞えては居ないんだけどね。
と言うか、私が行ってらっしゃいと言ったときには既にミザリーさん居なかったし。
やっぱり扉を壊しそうな勢いでこじ開けて、部屋から出ていった。
「ミザリーさん、大丈夫かなぁ…」
「い、いやその…ふ、普通は私の方の心配をするべきだと…思うのだけど…
あたた…うぅ、何とか鼻血は出てないわね、頑丈で良かったわ私。
流石冒険者よね私…でも、超痛いわ…特に鼻が痛いわね…あたた…」
「あ、大丈夫ですかリトさん」
「私の心配をする時は妙に素っ気ないのね、お姉さん泣いちゃいそうよ…」
「ご、ごめんなさい! す、すぐに回復魔法を掛けますので」
「あー、いや良いわ、そんな回復魔法が必要な怪我でも無いしね。
と言うか、怪我してないしね」
「ふわぁぁ…何だか大きな音がしたけど、エルちゃん大丈夫?
怪我とかしたりしてない? …って、あれ? リト姉ちゃんどうしたの?
少しだけお鼻が赤いよ? 大丈夫? 転けたりした?」
「転けたりはしてないわよ、挟まれただけだから」
「は、挟まれ…え? どう言うこと?」
「えっとね」
寝ぼけ眼のリズちゃんに今朝あったことを話した。
「ぷふ! あはは! 何それ面白ーい!」
「何処が面白いのよ何処が! 私が痛い思いをしたのに!」
「いやだって、そ、そんな偶然があるなんて! あはは!」
今朝の事を話すと、リズちゃんは大爆笑だった。
うん、実際、凄く漫才みたいな感じだったからね。
まぁ、痛い思いをしたリトさんには悪いけど、私も面白いと思ったし。
「全く…まぁ良いわ、私の事は適当に笑っちゃって。
でも、ミザリーの方は笑えない状況だったけどね。
遅刻って結構痛手だしね。だから冒険者みたいな自営業が気楽なのよ。
面倒な時間の縛りとか無いし、やりたいときにやりたい仕事やって
休みたいときに適当に休んで、仕事やりたきゃ仕事すりゃ良いわけだしね。
面倒な時間の制約とか無いし、最高の一言に尽きるわよ、全く。
ま、命を賭ける仕事だし、そりゃ気楽にやれるときはやりたいしね」
「あ、そう言えばそうだよね、冒険者だっけ? 命懸けだもんね」
「良い事を教えてあげるけど、あなた達勇者もかなり命懸けよ。
と言うか、冒険者以上に命賭ける仕事だから覚悟しなさいよ?
なんて、そんなあなた達の指導を任されてる私も
同じくらい命懸けなのは間違いないんだけどね」
私達の事を守る必要があるわけだし、私達以上に命懸けだもんね。
「ま、私は別にくたばろうと後に残す奴も居ないわけで
あなた達よりも気楽な身の上なんだけどね」
「え? ど、どう言うこと?」
「そのままの意味よ、私は天涯孤独の身だからね。
そりゃねぇ、何処でのたれ死ぬか分からない仕事で
世帯なんて持てるわけ無いってね。
だから、私が例え死んだ所で、誰か悲しむ奴が居る訳でも」
「居る! あたしは悲しい! 絶対に悲しい! だから、そんな風に言わないで!」
とても強い口調だった。気迫だって今までのリズちゃんとは比じゃ無い程に強かった。
流石のリトさんも、リズちゃんの圧に負けて、1歩引いてしまうほどだった。
「な、何よいきなり…そんな怒鳴って…」
「寂しい事言わないでよ…死んでも誰も悲しまないなんて事は無いよ!
そんな風に考えてたら楽しくないし…本当に死んじゃうよ…
あたしはリト姉ちゃんに死んで欲しくないんだから!」
「…あなた、面白いわね。まだ会ってたった2日目よ?
そんな赤の他人である、私の為にそこまで怒鳴る?」
「会ってどれ位経ってるなんて関係ないよ!
会って間もないとしても、あたしはリト姉ちゃんに死んで欲しくない。
知らない人だって死んで欲しくない! 知ってる人ならなおさらだよ!」
リズちゃんの目は真剣その物だった。彼女はあの言葉を本心から言っている。
知らない人にも死んで欲しくないと言う言葉からも分かるように
彼女は表面上だけ優しいって言う訳では無い。本当に優しい少女。
きっと、人の不幸もまるで自分の事のように悲しめるのが彼女だと思う。
なら同時に、人の幸せも彼女は自分の事の様に喜ぶのかな。
…そんな彼女の姿に、何故か勇者様の面影が重なる。
……じゃあ、もしかしたらリズちゃんは…もしかしたら
人の為に…笑って死のうとする…そんな…
「本当に優しいわよ、あなたは」
「普通だよ、そんなの」
「それを普通と言い切れる奴なんてそういないし、普通と考える奴も居ない。
良い事を教えてあげるわ。人生の先輩としてとても大事な事を」
「何?」
「そんなんじゃ、あなたは確実に不幸になるわよ?」
リトさんは優しい表情でリズちゃんに事実を伝えた。
私もその通りだと思う。リズちゃんはこのままだと不幸になる。
必ず…彼女は優しすぎる。
「なんで?」
「それはね、この世界に不幸が消えないからよ。
あなたみたいに他人の苦しみを自分の苦しみと受け取って居たら
あなたは永遠に不幸のままよ。だから、適度に捨てるべきなの。
あなた自身が幸せになる為に、他人の不幸には目を向けてはならない。
あなたはただ自分自身と身の回りの不幸を悲しめばいい」
そうすることで私達は幸せになる事が出来る。
世界中の何処かで起きてる不幸に目を向け続ける事は出来ない。
心が壊れてしまうから。だから、自分の身の回りにある不幸だけを見れば良い。
世界を憂いても、他者の不幸に心を痛めても出来る事なんてたかがしれてる。
世界中の不幸に目を当て続けていれば、必ず行き着くのは自身の無力感。
自分を無力と感じてしまい、いつか自分を嫌うだろう。
自身を嫌う人間が誰かを救える筈なんて無い。
だから、私は誰も救えない。私は私自身が嫌いなんだから。
だから私は自分の為に…ただ自分の為に…そう、自分の為だ。
「いやだ! そんな自分の事だけ考えるような奴にはなりたくない!
あたしは色々な人を助けたい!」
「なら余計によ。あなたが不幸になればあなたが幸福にした人も
きっと不幸になるし、その身の回りの人々も不幸になる。
色々な人を助けたいと思うなら、まず自分自身を幸福にしなさい。
余裕の無い人間は誰かを救うことも、幸せにすることも出来ないわ」
「……誰かを助けたいって思う事は間違ってるって言うの?」
「正しいわ。でもね、その正しさの為にあなたは幸せにならなくてはならない。
あなたは焦りすぎているわ、焦りは何も生まない。
沢山の人を幸せにし続けるためにも、今はまずあなた自身が幸せになりなさい」
「どうしてリトさんはそんな風に?」
私には分からない事だけど、興味があった。
私は結局、どんな時も自分の事しか考えていなかった。
だから、私には誰かの為にどうすれば良いかは分からない。
私がすること全ては自分自身の為の行動。
勇者様やリズちゃんみたいに誰かの為に何かをしたいとは考えられなかった。
どんな時だって自分の為だ。勇者様の遺志を継ぐだなんて馬鹿な事だって
きっと…私自身がこれ以上罪悪感に苛まれたくないから…やろうとしてるだけ。
「そりゃね、人助けなんて自分がやりたいからやる訳だからね。
使命感にかられて人を助け続けるなんて可愛そうじゃないの」
「どう言うこと?」
「使命って奴はやらなきゃいけない事って感じだからね。
言わば仕事みたいな物よ。いや、仕事以下の最悪の感覚かしら?
仕事は自分が生きるためにやるけど、使命は違うでしょ?
やらないといけないっていう責任感に苛まれてやるわけだからね。
そんなの、楽しくないでしょ? 使命に遊びは無いんだから。
無理矢理自分を動かしても、そりゃね、ひたすらにつまらないわ。
つまんない面で助けられても嬉しくもなんともないでしょ?」
そうかな…でも、そうかも知れない。そんな気がする。
パーティーで戦ってたとき、私は何度か助けられてた。
私を助けてくれた相手は、総じて笑っていたけど
これがもし、無愛想な表情とかだったら、確かにいやだったかもしれない。
「でも、助けられないよりは」
「勿論良いんだけどね。でも、快くは無いでしょ?
ま、助けられた方も必死になってるからそんなの気にしないかもしれないけどね。
さて、長くなったけど私が言いたいことはただ1つなのよ。
たった1つのために長くダラダラとお説教紛いな真似をしちゃったけどね。
とにかく、あなたは幸せになりなさい。あなたを生んでくれた母親の為にも
あなたはあなたを最も愛している人の為に幸せにならなくてはならないの。
あなたが不幸になれば、あなたを最も愛し、あなたが最も愛してる人も不幸になる。
自分の大事な人さえ幸せに出来ない奴は他者を幸せには出来ないわ」
「…お父さんと、お母さんの為…に?」
「えぇ、大事な愛娘が不幸な姿なんて見ても親は辛いだけでしょ。
私にはもう居ないけど、あなた達には居るんでしょう?
なら、あなた達は幸せであり続けなければならないの。
不幸な思いは私みたいな奴だけがすれば良いの」
「馬鹿言わないでよ! 大事な人さえ幸せに出来ないなら他者は幸せに出来ない。
さっきリト姉ちゃんはそう言った! なら! あたしはリト姉ちゃんを幸せにする!
リト姉ちゃんが不幸な思いをする事なんて許さない!
当然、エルちゃんだって幸せにする! 大事な人をあたしは幸せにする!
お父さんもお母さんもエルちゃんもリト姉ちゃんもミザリーさんも皆!」
リズちゃんの言葉はやはり力強かった。これが彼女の決意だからかな。
でも、それは凄く難しい事。
「なら自分が幸せになりなさい。あなたを大事にして居る人達は
誰もあなたの不幸は喜ばないのだから」
「……分かったよ、リト姉ちゃん」
「よろしい。じゃ、今日の道徳の授業はこれでお終いで良いわね。
さて、ならミザリーが帰ってくるまではご飯でも食べましょうか。
毎日を幸せに過ごすためにご飯は欠かせないからね~」
「うん…」
「暗い面しなさんな。ちょっとお姉さん大人げなかったとは思うけどさ。
でも、あなたに辛い思いをして欲しくて言ったわけじゃ無いからさ。
そんな暗い表情をしないで?」
「…あたしはなんで気付かなかったのかな…何で大事な人の事を…」
「当たり前だからよ。言われなかったり、失わなかったら気付かないもんよ。
ま、そんなに悔まないで。あなたは別に失ってないんだから。
ただ気付いただけよ。大事な物を失う前に…だから、笑っときなさい。
失う前に気付けたなら、後からいくらでも孝行できるんだから」
「…うん」
リトさんのご両親がどうなったのか…聞きたかった。
でも、私にはそれを聞く事が出来なかった。臆病だからかな。
それとも…もう、分かりきっている事だから聞くまでも無かったからなのか。
どちらにせよ、私には聞く事が出来なかった。
今はただ、2人に美味しい料理を振る舞うことを考える事にしよう。
その方が私も幸せだからね。些細な幸せでしか無いけど、きっと尊い幸せだから。




