94.解析の結果
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「と、とりあえず、トラヴィスを別の部屋に移そう。この寝台から離さなくては」
イルの指示を受けた近衛騎士が、すぐさまトラヴィス殿下の小さな身体を抱え上げようとしたため、ぎょっとした俺は咄嗟に声を荒らげてしまった。
「待て! 触るな!」
叫んだ俺以上に仰天したのは、近衛騎士たちとラナリーだった。
「今すぐトラヴィス殿下を寝台から切り離すのは逆に危険だ! 動かすな!」
「え? どういうことだい、リリー」
「いやその前にフォロー入れとけ。リリー、お前化けの皮が剥がれてる」
「「……あ。」」
違和感ないのは俺にとってもイルにとってもちょっとした弊害だな。なるほど。道理で驚愕の視線が集まるわけだ。またやっちゃったなぁ。
カリスタが、常日頃から気をつけなければ咄嗟の際にボロが出やすいものだとよく注意していたが、彼女が正しかったということだろう。でも楽なんだよなぁ、浩介口調。
後始末を買ってでてくれたのはイルだった。
「コホン。ああ、お前たち。実は、普段のリリーの口調はこっちなんだ。お前たちが知る令嬢然とした口調の方が、リリーにとっては珍しい」
「え……? いや、でも、グレンヴィル公爵家の唯一のご令嬢であるレインリリー様が、ですか?」
「お、男口調が、普段のレインリリー様……?」
「え? え? どういうことだ?」
うん、見事に混乱しているな、ははは。
三年前に一新されたイルの専属近衛騎士五名の前で、奇跡的に俺は一度もボロを出さなかった。カリスタの眼力が凄まじかったことも理由のひとつだが、三年前の一大事以降は、実に平穏な日々を過ごせていたことが一番の理由だろう。
まあ三年間まったく波風立つことなく、変化に乏しい毎日を過ごせていたかと言えば少し違うのだけれど、それなりにあったいざこざは、また別の機会にでも語ればいい。
さて。やらかしちゃったこの事態。どう収拾つけよう?
「ええと、殿下。情報統制はどこまで融通利きます?」
「お前、いまさら取り繕っても白々しいだけだろ。猫をかぶり直すな」
「うるせぇよ、イクス! お前手助けする気全然ないだろ!」
「ああ、ないね。いつもすましてるお前のあたふたしている様は愉快だ」
「ほんっっといい性格してるよな……っ」
イクスは去年辺りから可愛げのないことを言うようになった。こうやって俺をからかうのだ。まったく面白くない。この野郎っ。
一人ずつついて来ている俺とイクスの専属護衛たちが、また始まったとばかりに苦笑いを浮かべている。ちなみに俺の護衛として随伴しているのはザカリーだ。公平にコイントスで決めたらしい。何やってんだ。
「麗しのレインリリー様のイメージが……」
「今うるせえって言った……? 幻聴……?」
呆然と現実逃避よろしく何やらぶつぶつ言っている。ははは。収拾? 知らんがな。
「情報統制に融通は利かせられないよ、リリー。でもまあ、トラヴィスの件もあるし、今回は特例ってことで事後報告しよう」
「事後報告でいいんだ」
「事後報告にしないとトラヴィスを助けられない。そういうことでしょ?」
「間違っちゃいない」
「じゃあそういうことで」
「了解した」
「おいおい」
色々やらかしちゃった、てへ。という誤魔化し路線で行くことにした俺とイルが頷き合っていると、イクスから心底呆れた突っ込みが入る。可愛くないことを言う奴は無視だ、無視。
「お前たち、よく聞け。リリーには秘匿されている事柄が多数存在する。それには彼女の能力が含まれていて、陛下より情報統制がかけられている。秘されたものを知るのは両陛下と私、アレックス、グレンヴィル公爵夫妻、グレンヴィル公爵家正嫡殿、グレンヴィル前公爵夫妻、主要なお歴々方、近衛騎士団幹部の一部、そして限られた使用人だけだ」
イルの視線を受けた、ザカリーとイクスの護衛が目礼を返す。
自分達が覗き見てしまった一部分の、その下に隠されたものの大きさに思い至ってか、近衛騎士やラナリーがざっと音を立てて青ざめた。
「名を連ねる方々の顔触れから、統制させた情報の重要性がわかるだろう。トラヴィスを救うためには隠匿を一時的に解除せねばならない。両陛下がリリーのやりたいようにやって良いと仰せになったのだから、一部開示に問題はないと判断する」
「し、しかしっ、我らがその末席を汚すなどっ」
「私の専属となったからには、こういうことにも慣れてもらわなくては困る。ましてやリリーは未来の王子妃だぞ」
「いや、イル、それは」
「リリーは黙ってて」
「……はい」
否定しておきたかったが、確かに今はそんな場合じゃないな。
近衛騎士とラナリーがさらに驚愕の視線を俺とイルへ交合に向けてくる。なんだ?
「お前が殿下をイルと愛称で呼んだからだ」
「ああ、そのことか」
「お前たち。この程度でいちいち驚いていたら身が持たないぞ。グレンヴィル公爵曰く、リリーのやることはビックリ箱のようなものだと思え、だそうだ。俺も同意見だ」
「おい」
「「「「「「なるほど……」」」」」」
「なるほどじゃねぇよ」
目から鱗が落ちたような顔をするな。
「今後を想定して、予め騎士たちに理解させていなかった僕の失態だ。ごめん、リリー」
「まあ三年前のようなことがそうそう起きるものでもないし、三年間わりと平和だったからな。後回しになってもそれは仕方なかったんじゃないか? 偶然いま必要性が生じてしまったってだけで、お前の落ち度じゃないだろ。――あ。いえ、殿下の責任ではございませんわ」
「だから今更だって。猫の仕事が遅い」
「うっさい!」
イルに仕える者たちの前で、イルをお前と呼んでしまった。さすがにこれは如何ともし難い。ああ、ほら、溢れんばかりに目を見開いてるじゃないか。眼球落ちるぞ、引っ込めなさい。
「そう言ってもらえると助かるよ。――お前たち。これからこの部屋で起こる出来事は他言無用だ。それから、外に漏れ聞こえては困るから、絶対に叫ばないように。後程誓約してもらうが、私やトラヴィスに仕えるお前たちが不用意な真似などしないと信じている」
「殿下……はっ。勿論です」
「はい。私も異論ございません」
「うん。ではリリー。頼む」
「お任せを」
第一王子であるイルに敬意を示し、カーテシーで応じる。
さて――トラヴィス殿下の様子を観察しながら、手順を決めていく。
深昏睡に縛りつけている寝台から、トラヴィス殿下を移動しようとした近衛騎士を何故止めたのかだが、衰弱しているトラヴィス殿下の命を、ある意味細い蜘蛛の糸のように命綱として現世に留めているのは、忌々しいことにこの元凶たる擬似魔法なのだ。無理やり切り離した瞬間、糸の切れたマリオネットのごとくトラヴィス殿下の命も尽きる。だから寝台から離すのは最悪の手だと断言できる。
ではどうするか。
魔素が擬似魔法をとことん毛嫌いするのは、ヴァルツァトラウムの森で嫌というほど痛感している。今回寝台の裏を確認できたのは、偏にナーガが叱責したからだ。それも渋々、といった体だった。彼らの拒絶は想像以上に根深い。
「ナーガ。ある程度回復させてから繋がりを断った場合、トラヴィス殿下のお命は守れるか?」
『難しいね。すでに風前の灯だ。回復魔法をかけたところで、ここまで衰弱していれば焼け石に水。彼の肉体はそれに耐えられない』
「無理か……。じゃあ発想を転換させよう。深昏睡に縛りつける擬似魔法の作用を反転させることは可能か?」
『可能だよ。そうリリーが望むのならば。ただ』
「わかってる。魔素の助けは期待できないって言いたいんだろ?」
そうなると、自分の魔力頼りになるってことだ。スタンピードからの怒濤の一日に比べればどうということはない、はず。初めて扱う魔法だから、楽観視はしないけれど。
『大丈夫だと思う。魔力枯渇の経験が、リリーの総魔力量を底上げしてるから』
「え。なにそれ。初耳なんだけど」
『荒療治で魔力量が増えることもあるんだ。命に関わるから一般的には推奨されていないけど、成功すると魔力は大幅に増える。リリーの場合は、なんと二倍に増えてるよ。スタンピードと森の浄化を二回やったらまた昏倒しちゃうけど、一回なら倒れない』
「わあ……ありがたいけど嬉しくない」
数値化されて、残量がいかほどか把握できるようになれば、そもそも昏倒するまで無茶はしない気がする。その辺が不便だよなと思いつつも、地球でもそれが当たり前だったと思い直す。無い物ねだりなだけだな。
「擬似魔法の及ぼす作用を反転させて、深昏睡から覚醒に上書きする。更に正常な体組成の育成促進、自律神経の安定、魔力補填も追加。不足はある?」
『ないよ。わかってると思うけど、短時間で完了させるつもりなら、反動に気をつけて』
「ああ、それも想定してる。そのための安定設定だ。反動に対応できるようにしておく。イル、今の説明で理解は?」
「出来ているよ。その反動とやらは、君に作用するわけじゃないんだね?」
「俺にと言うより、トラヴィス殿下にかかる負荷の問題。どちらも問題ないよ」
「「「「「「俺……」」」」」」
あ~もう何聞いてもさらっと流せ! さらっと!
「今から擬似魔法――魔法陣の作用を反転させる。トラヴィス殿下が急激に変化していくけど、決して手出ししないように。特にラナリー。いいね?」
「はっ、はいっ。ですが、急激な変化、とは」
「本来トラヴィス殿下が手にするはずだった体組成……つまり、イルやイクスと同等の体格に成長するってことだ。四年分の成長を一気に促す」
「成長を一気に、ですか……? あの、それは本当に大丈夫なのですか」
「寧ろ衰弱しきっている現状の方が危うい。このままだと二日と持たないぞ」
「二日……!?」
「本当にギリギリだったんだな……」
イルの呟きに首肯する。
両陛下やイルに聖属性や創造魔法の件を伝えていたおかげで、こうしてギリギリのタイミングでトラヴィス殿下の命をすくい上げることが出来る。今日王妃様にお呼ばれしていなければ、そして第三王子に絡まれていなければ、俺がトラヴィス殿下の存在を知る機会は、彼が生きている間には訪れなかったかもしれない。本当にギリギリのタイミングだが、気づけてよかった。
陛下もイルも、これほどまでに深刻な状況なら俺を頼れってんだ。まったく!
「ええと……リリー、何か怒ってる?」
「俺に頼らずここまで放置していたお前と陛下に苛立ちを覚えている」
「わあ……それ本気のやつだ。うん、ごめん。でも、何かあるたびに君を巻き込むのは違うだろう? ましてや君の起こす奇跡を、王家が私物化していい理由にはならない」
「その通りだが、イルは別だろ。それにこれは私物化とは言わない。救える命があるのに、知らず失なって、そのことでイルが悲しみに暮れる方が俺は嫌だ。俺が彼を助けたいから救う。イルに頼まれたからじゃない。だからこれは私物化じゃない」
「リリー、そこまで僕のことを……! 愛してる!」
「そういう話はしてない」
抱きつくイルの額を掴んで押しやり、唖然とするラナリーを今一度見据えた。
「再度重ねて言う。身体が作り替えられていく様は恐ろしいものに映るかもしれない。でもトラヴィス殿下を救うためだと思って、許可するまで絶対に触れないこと。触れずに見守ることがトラヴィス殿下の命を救うのだと、今はそれだけ理解してくれればいい。約束できるか?」
「はいっ! お救い下さるのならば、決して許可なく殿下に触れませんっ」
「よし。では始める前に――いい加減離れろ、イル!」
たった三年で同じだった身長を超され、筋力にも差が出始めている。五歳の頃は簡単に引っ剥がせていたことが、最近は困難になってきた。イルに本気でしがみつかれたら振り払えないのだ。なんて忌々しい!
見かねたザカリーによってイルは見事引っ剥がされた。ざまあみろ。多少乱暴だったが、俺が許す!
ザカリーと通じ合ったようにこくりと頷き合うと、意識をトラヴィス殿下へ集中させた。
「まずは擬似魔法を解析する。離れていてくれ」
意を受けて、全員が数歩下がった。
すべてを解析する必要はないかもしれないが、事は命に関わる。魔法陣の、深昏睡へ導く一部分を見つけられればそれでいいという希望的観測は危険だ。魔法陣のどの部分に衰弱死へ誘う鎖が仕掛けられているか分からないのだ。猶予があればまた違った方法があったのかもしれないが、生憎とその猶予がない。
書き換え可能な箇所は徹底して潰していく。猶予がないからこそ、穴など見落としがあってはならない。
想像するのは、魔法陣の視覚化だ。眼前に、寝台裏の魔法陣をそっくりコピーして出現させ、注釈を文字に起こす。
くそっ、思った以上に厄介だな。どうやらこの魔法陣付き寝台を搬入させた犯人は、よほど本気でトラヴィス殿下を死なせたいらしい。魔法陣の十九ヶ所に、衰弱死を願う呪いが刻まれている。深昏睡の罠もご丁寧に七ヶ所仕込まれていた。この魔法陣ひとつで、対象者を確実に呪い殺せる呪術と言っていい。寧ろこんなものに囚われて、よくぞ四年も生き抜いたものだ。
ああ、本当に胸糞悪い。魔素が嫌悪するのも同感だ。
こんなものが存在していいはずがない。擬似魔法も、その知識も、すべてをこの世界から淘汰してしまいたい。記憶も何もかもを奪い、擬似魔法そのものが初めから存在していなかったかのように、存在を否定したい。それを強く望んでしまいそうなほど、破壊的な感情が荒れ狂いそうだった。
ふう、と息を吐く。
落ち着け。冷静になれ。スタンピードの一件から何一つ進展していない現状で、何を淘汰すべきか狭い視野で判ずるべきじゃない。心から願ってしまえば、それが実現するのが創造魔法だ。何でも叶ってしまうからこそ、慎重すぎるほどに慎重にならなければいけない。それだけの責任を背負っているのだと、常に念頭に置いておかなければならない。私刑だけは絶対にやっちゃいけないんだ。
眼前のコピー魔法陣に手を加えていく。
まずは七ヶ所の深昏睡を覚醒に書き換える。作用が強すぎれば脳に負荷を与えてしまう。だから深昏睡と同じ出力で、それを上回っても下回ってもいけない。
まるで針に糸を通すような繊細な作業だ。ふう、と再び息を吐いて、集中力を高めていく。
やりやすいように数字化させ、小数第三位まで表示し、細かな微調整を繰り返していく。七ヶ所すべてがピタリと一致した瞬間、紫黒の魔法陣が揺らぎ、白に近い薄紫色に変化した。
次いで十九ヶ所に散らばる衰弱死の術式に取り掛かる。
同じ様に小数第三位まで数字化し、微調整を施しながら、正常な体組成の育成促進、自律神経の安定、魔力補填へと上書きしていく。十九ヶ所はさすがに多過ぎだろ!と内心で思いっきり毒づきながらも、何とかすべて書き換えられた、須臾の間。
白菫色をしていたコピー魔法陣が、青を内包した金色に染まった。
背後で複数のはっと息を飲む気配がした。俺自身も驚いているのだから、仕方がないとも思う。
てっきり聖属性の魔法陣か、もしくは創造魔法の魔法陣に切り替わると思っていた。でも、実際は違った。聖属性は聖属性なのだろうが、まったく新しい属性の魔法陣だ。
青、ということは、水属性の魔法陣なのだろうか。水属性を含んだ聖属性? いや、それだと納得できない。俺が発動したのは創造魔法だ。虹色に聖属性の金が混ざるなら理解できるが、水属性って。
「ナーガ、これの属性は何だ……?」
『う~ん。ちょっと判断難しい。聖属性と創造魔法の複合魔法で、敢えて分類するなら無属性、かな』
「無属性? 防護魔法みたいに?」
『それともちょっと違う。青は水属性だけど、擬似魔法でないかぎり水属性に魔法陣は存在しない』
「だよな。魔法陣は聖属性、天属性、神属性だけのもので、創造魔法も神の御業だ。人が扱える水属性に魔法陣はない。聖属性と創造魔法の複合魔法で、無属性に分類される青を含む金の魔法陣となれば、それはもう……」
ああ、返される言葉が簡単に想像できてしまう。
『神界にさえ存在しない属性魔法を、リリーは編み出しちゃったってことになるね』
ですよねぇ~……。
何回やらかすんだ、俺は。