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93.新たな問題

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 王宮は、先程までお邪魔していた後宮と、五歳のお披露目で会場として使用されていた薔薇の庭園しか赴いたことはない。外廷の見学は手続きが面倒なので、それ以外の場所をイルの案内で見て廻った。

 書庫室は武蔵野の森総合スポーツプラザもかくやという広さで、温室は巨大な鳥籠のようだった。何故か連れて行かれた厨房では、料理長を筆頭に、何十人といる料理人たちが一斉に「師匠!」と折り目正しく一礼したのにはドン引きした。師匠ってなんだ、師匠って!

 ケーキの評価をしつこく聞いてくるので、王妃様に答えたまんまの言葉を返すと、「湯水の如くアイデアが!? さすが師匠です! 勉強になります!」と、また一斉に頭を下げられた。体育会系か。なんだこれ。


 疲れた顔を隠すことなくイルに手を引かれて歩いていたら、唐突におい、と背後から声を掛けられた。

 振り返れば、イルと同じ金髪に濃い緑色の瞳をした少年が立っていた。不躾に俺を上から下まで舐めるように見て、ふんと鼻で笑う。


「黒髪か。カラスみたいで不気味な色だな」

「無礼な。口を慎め」


 イルの叱責にせせら笑いを浮かべている。

 これはあれか。嫌味を言って絡んできてるってことでいいのか? さて、本命(ターゲット)は俺か、それともイルか。


「烏とは、言い得て妙ですわね。艶やかな黒髪を賛美して、理想美を烏の濡れ羽色と称することもあります。お褒めに与り光栄に存じますわ」

「なっ!? 褒めてなどいない!」

「まあ。ではご存知なく烏の色だと? 素晴らしい感性をお持ちなのですね」

「ば、馬鹿にするな!」

「いいえ、感嘆しているだけですわ。芸術性がおありのようなので、将来が楽しみですわね」


 ふふふ、と微笑んでおく。何やら真っ赤になってぷるぷると震えているが、お子様でも血圧の急上昇は危険だぞ。とりあえず深呼吸しなさい。


「女のくせに、生意気だ!」

「そのような悲しいことを仰らないでくださいませ。あなた様のお母上様もその女でございますのよ。女のくせに、などとお母上様がお聞きになったら悲しみますわ」

「は、母上は、ち、違うっ。そうじゃなくてっ」

「ええ、わかっております。本気で仰った訳ではないのですよね? 大丈夫です。お母上様も決して誤解などなさいませんわ」

「そ、そうだっ。母上はお優しいんだ!」

「ええ、そうでしょうとも。あなた様を拝見していれば、いかほどにお母上様を大事に思っていらっしゃるか伝わりますもの。お母上様はあなた様のような孝行息子をお持ちで誇らしくお思いでしょう」

「そっ……そう、思うか?」

「はい」


 にっこりと微笑んで肯定すれば、どこかほっと安堵したような、泣きそうな顔をした。


「ふ、ふん! 知ったような口を! 俺はこれで失礼する!」

「はい。お気をつけて」


 真っ赤な顔をふん!と逸らして走り去っていった。結局何しに来たんだ。


「お見事」

「煙に巻いたな?」

「まともに取り合っていたら面倒臭いでしょう?」


 イルとイクスに肩を竦めて見せる。問題をすり替えただけだ。子供相手に言い負かされたりはしないさ。悪意がストレート過ぎて鋭い刃にもなるが、腹を立てても仕方がない。すり替えを強行して論破するのが一番手っ取り早い。


「リリーと口論しようなど無謀にも程がある。口から先に生まれたような奴に勝てるわけがない」

「アレックス様。あなた以前にもそう仰っておられましたわね? それ褒め言葉じゃありませんからね?」

「わかっている」

「わかっている? なおさら質が悪いじゃありませんか」


 ははは、と笑うイクスを睨み付ける。いい性格してるじゃねえかこの野郎。


「リリー。弟が無礼な物言いをした。すまない」

「ああ、ではやはり王子殿下でいらっしゃるのね」

「うん。一つ下の第三王子で、母君は侯爵家の方だよ。()()()()()()()()()()()、例え光属性に適性を持たなくとも継承権第一位に叙されるのは彼だろうからね」

「あら。であれば、先程の王子殿下のご様子では、お母君である側妃様の思惑が透けて見えますわね」


 自身の産んだ息子を王にしたいと目論むのは、どの世界、どの時代でも同じというわけだ。お母様が仰っていた通り、女が集まればお世継ぎ問題で揉めるのは当然か。実に厄介なことだ。グレンヴィル公爵家の、なんと快適なことよ。


「――うん? 第三王子と仰いました?」

「トバイアス? うん、第三王子だよ」

「第二王子ではなく?」


 ああ、と合点がいった様子で、イルが苦笑いを浮かべた。


「第二王子は僕らと同い年で、名をトラヴィスと言うのだけど、彼の母君は出産後すぐに亡くなっていてね。母上が引き取って僕と一緒に育てたんだ。母君の実家の爵位が低いことから、彼は早々に継承権第二位を返上していて、将来は僕の参謀を務めると誓ってくれている。僕にとって唯一弟だと思える奴なんだ」

「確かお亡くなりになった側妃様は、子爵家のご出身でしたわね」

「よく知ってるね。うん、その通り。父上の側妃は侯爵家出身か、六公爵家ゆかりの家柄から選ばれているから、身分違いのトラヴィスの母君は苦労されたそうだよ。下級貴族の子爵令嬢が側妃に選ばれた理由は聞かされていないけど、元々は公爵令嬢だった頃の母上の侍女をしていたと聞いた」


 何だか掘り返したら色々出てきそうな話だなぁ。知らぬが仏。下手に暴いて巻き込まれたら堪ったものじゃない。


「わたくし達と同い年でいらっしゃるのに、トラヴィス様は五歳のお披露目でお見掛けしませんでしたわ」

「ああ、それは……」


 途端、イルのスフェーンの瞳が揺れた。


「四年前に突然昏睡状態に陥って、それからずっと目を覚まさないんだ……」

「……ずっと?」

「うん。ずっと」


 昏睡は意識障害で、半昏睡、昏睡、深昏睡の三段階に分けられる。深昏睡は最も死期が迫った危険な状態とされ、緊急治療が必要だ。

 ずっと目を覚まさないということは、深昏睡で間違いないだろう。地球では二十七年間眠り続けた女性が奇跡的に目覚めたという話もあるが、これは特殊なケースだ。覚醒できる確率は極めて低い。高齢になるほど回復の可能性は低くなる。一度昏睡状態に陥ると、治療は困難を極めるとされている。

 トラヴィス殿下の現状がどうなのかは分からないが、イルの様子から芳しくないことは明白だった。


 顎に指を掛け、沈思する。

 突然の昏睡。激しい外傷を伴う脳幹損傷、脳疾患、様々な内蔵疾患、重度の熱中症など、昏睡に陥る原因になる病気であったならば、イルは『突然』という言葉は使わないだろう。突然ということは、その言葉通り何の予兆もなく、ある日眠ったまま唐突に目を覚まさなくなったということだ。

 毒物を使われた可能性は?

 闇魔法の使用は確認しているのだろうか。

 もしくは意識障害を引き起こす魔道具とか、まさかまた魔法陣が仕掛けられている?


「殿下。トラヴィス殿下のお部屋を透視しても構いませんか?」

「透視? 魔素の目を借りるってこと?」

「はい」

「それって、トラヴィスが昏睡している原因に当たりをつけてる?」

「明言はできませんが、すでに四年も意識障害を起こしておられるのです。お命に関わる問題であると認識してください」

「……っ。わかった、なら直接見てほしい。お前たち。両陛下へ言伝てを頼む。リリーにトラヴィスを診てもらうから、治療の許可を頂きたいと」

「「御意」」


 五名のうち二名が踵を揃えて一礼し、足早に散っていった。

 さて。俺に治せるものであればいいけれど……。






 ◇◇◇


 通された部屋の奥の扉が開かれており、件のトラヴィス殿下と思われる金髪の少年が横たわっている姿がちらりと見えた。イルとイクスの後に続いて入室すると、トラヴィス殿下の侍女がはっとした様子で慌てて迎えた。


「シリル殿下、アレックス様」

「変わりはないか?」

「はい……」


 沈痛な面持ちでそう答えた侍女は、メイドにお茶の準備を命じる。


「こちらはレインリリー・グレンヴィル公爵令嬢だ」

「グレンヴィル公爵令嬢様……!? で、では、この方がシリル殿下のご婚約者様っっ」

「レインリリーですわ。どうぞそう固くならないで」

「おっ、恐れ入ります……っ。トラヴィス殿下専属侍女を拝命しております、ラナリーと申しますっ」


 ラナリーと名乗った年嵩の侍女は、そう言うなりがばりと深く頭を下げた。うーん。何故か戦いているな。六公爵家の令嬢という肩書きは、こうも畏縮させてしまうものなのだろうか。

 中身はまったく伴っていないので、緊張せずとも良いのに。まあこんな外見で、中年期真っ只中のオッサンだと知ったら知ったで別の意味で恐れ戦くか。


「彼女も光属性持ちで、癒しに特化している。彼女にトラヴィスを診てもらいたいんだ。構わないね?」

「もっ、勿論でございます」

「両陛下の許可待ちだから、しばらくここで待たせてもらうよ。リリーもそれでいいね?」

「ええ、構いません」


 促されてソファに座れば、当然のようにイルも隣に座る。これが三年も続けば疑問を抱かなくなるものだ。慣れって恐ろしいな。

 メイドがいれてくれた紅茶に口をつけながら、グレンヴィル王都邸へ置いてきたお留守番中のナーガに念話を繋ぐ。


『ナーガ』

『はいは~い。ナーガだよ~』

『いま第二王子の私室にいる。突然昏睡して四年経つらしい。俺が知る限りでは、予兆なしに眠り続ける症状に心当たりがない。両陛下から許可が下りれば彼を直接視ることになる。俺の目と同期して、一緒に視てくれないか?』

『わかった』


 ありがとう、と口許が緩んだ。イルから問う視線が向けられ、ナーガと口パクで伝える。それだけで察してくれたようで、こくりと首肯が返された。


「失礼致します」


 軽いノックの後に、イルの許可を受けて近衛騎士二名が入室した。


「どうだった?」

「は。レインリリー様の思うようになさって良いとのご判断です」

「王妃様もそのように仰せです」

「わかった。ご苦労だった」

「「はっ」」


 一礼して護衛任務に戻る二名を尻目にかけ、俺は先導するイルに続いて奥の寝室へと足を踏み入れた。

 四年間眠り続けるトラヴィス殿下の身体は病的なほどに細く、同い年のイルやイクスに比べてずいぶん小さく見える。ずっと寝たきりでまともに食事も摂れていないのだ、当然だろう。発育不良であることは明らかだ。

 痛ましげな姿についと目を眇め、神眼を発動する。

 心配そうに共に入室したラナリーがはっと息を飲んだ気配がしたが、それをイルが人差し指を唇にあて、黙っているようにと命じていた。

 まずは毒物を疑う。これに反応はなかった。次いで闇魔法を探る。これも反応なし。魔道具も魔法陣も、トラヴィス殿下の身体にはまったく反応がなかった。


『どういうことだ?』

『たぶんだけど、彼自身に掛けられたものじゃないから反応しないのかも』

『トラヴィス殿下直接じゃない?』

『うん。あくまで可能性の話だけどね』


 トラヴィス殿下をじっと見つめて、彼自身に掛けずに影響を及ぼす方法を考える。


「……殿下。トラヴィス殿下の異変に気づいたのは朝ですか?」

「そうだよ」

「では、トラヴィス殿下が昏睡された前日のご様子はどうだったか覚えておられますか?」

「前日?」

「はい。殿下がお会いになったトラヴィス殿下の最後のお姿です」

「そうだな……別段違和感を覚えるようなものは一つもなかった、かな。ラナリーは何かしら気づいたかい?」

「い、いいえ。普段通りでいらっしゃいました」


 なるほど。特に変わった様子はなかった、と。


「では、トラヴィス殿下が昏睡される直前までに、新たに部屋に加えたものはありますか?」

「加えたもの……あっ、一つだけありました。寝台の脚が折れてしまって、新しいものに替えました」

「寝台を? この新しい寝台で就寝なさって、そのまま昏睡されたのですね?」

「は、はいっ」

「これはどなたに発注しましたか?」

「メイド長に一任しましたが、あの、それが……?」

「リリー、何かわかったの?」


 恐らくは、と答えて、ナーガに確認を取る。


『ナーガ。俺の推測は間違ってる?』

『ううん。間違ってないよ。見てごらんよ。――ちょっと。我が儘言ってないで潜りなよねっ』


 ナーガを通じて、叱責された魔素の視野を拝借した俺は、それとわかる程はっきりと苦り切った顔をした。


「リリー?」

「お待ちを。近衛騎士の方。ああ、そちらの細身の方がよろしいわ。確かお名前はハンソンさんと仰いましたわね」


 唐突に名指しされたハンソンがぎょっとしつつも姿勢を正した。


「はっ。ハンソンと申しますっ」

「あなたにお願いしたいことがあるのです。この寝台の下へ潜り、寝台の裏を確認してください」

「う、裏、ですか?」

「そう。裏です」

「わ、わかりました」


 首を傾げつつ、ハンソンはトラヴィス殿下の眠る寝台の下へと潜っていく。


「―――――あっ!!」

「見つけましたか?」

「はっ、はい!! あります!!」

「ありがとうございます。もうよろしいですよ」


 慌てた様子で這い出てきたハンソンは、顔色を失くして俺を見上げた。


「レインリリー様、これは」

「ええ。これが原因です」

「リリー、どういうこと? 寝台の裏側に何が」


 愕然とするハンソンに頷いてみせる。はっきりと肉眼で確認した彼から告げるのが一番いいだろう。


「ま、魔法陣です、殿下」

「なに?」

「トラヴィス殿下のお眠りになっているこの寝台の裏側に、大きな魔法陣が描かれております……!」


 皆が一様にさっと顔色を失くした。


 発注を一任したというメイド長。彼女の独断か、彼女に命じた誰かの仕業か。

 三年前の青磁の花瓶より先に後宮に存在していた擬似魔法。結局花瓶の出所を掴めなかった王宮の失態が、また一つ追加されることになる。




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