92.王宮からの呼び出し
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忙しかった怒濤の日々がようやく終わり、昨日はゆっくりと休むことが出来ました。
ご心配お掛けしました(;>_<;)
完全復活!と宣言はできませんが、しっかり執筆活動を続けていこうと思いますo(`・ω・´)○
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「え? 王妃様主催のお茶会、ですか?」
「ええ、そうです。二週間後ですから、あなたもその心積もりで」
午前中の淑女教育を終え昼食を軽めに済ませた俺に、紅茶の香りを優雅に堪能しているお母様がそう告げた。
「わたくしも招待されているのですか? 初めてですよね?」
「この度のお茶会は上級貴族のご令嬢方も招待されています。シリル殿下を始め、王子殿下方もご出席されるそうですわ」
うわぁ、と思わず呟いてしまった。
それってつまり、王子たちの婚約者探しの場ってことじゃないか。
「王女殿下方はご参加なさらないのですか?」
「それは後日改めて開かれるお茶会でご出席されるそうですよ。その時に招待を受けるのは上級貴族のご令息方になるでしょうね。もちろんユーインも」
「すでに婚約者のいらっしゃる方々も呼ばれるのですか」
「シリル殿下とあなたが強制参加なのですから、婚約者の有無は無関係でしょう」
「ああ、強制参加なんですね……」
第一王子であるイルにさえ拒否権が存在していない件について。
ソファに座る俺の膝には両脇で眠る双子の弟たちの頭が乗っかっている。それぞれの明灰白色の髪を撫でてやりながら、集団お見合いという名のお茶会が殺伐としたものになるだろうことに思いを馳せ、遠い目をした。イルの側妃候補選定も兼ねているのかもしれない。
「姉上はだめぇぇぇぇ……」
「王子きら~い……」
タイムリーな寝言に吹き出しそうになった。どんな夢を見ているのやら。
双子の落ちた瞼の裏に隠されている瞳の色は紫で、髪も瞳もお兄様と同じ色を持って生まれた。造形はお母様に似ていて、同じ色を持っていてもお父様に瓜二つなお兄様とはあまり似ていない。
お母様の黒髪とお父様の碧眼は俺にしか遺伝しなかったようだ。アバークロンビーのお婆様からお母様へ、そしてお母様から俺へ受け継がれた黒髪は遺伝しやすいのかと思っていたが、どうやら滅多に現れない色だということが最近発覚した。
本郷のじっちゃんに指摘されてからいろいろ調べてみたけど、確かにバンフィールド王国内には俺たち以外存在していない特殊な色らしい。元日本人の身としては馴染み深い黒髪だが、こちらの世界でこの色は何かと謎も多い。引き続き調査が必要だろう。
「ドレスをまた新調しなきゃね。あなた、最近お胸の発達が著しいようだから」
何気なくそう仰ったお母様の発言にぐっと詰まる。
そうなのだ。恐れていた日がついに来てしまったのだ。発育という名の恐怖の成長期が!
まだ八歳だぞ!? なのに何ですでにAカップほどの膨らみが発生している!?
いや、わかっている。数ヶ月前に初潮を迎えてしまった際にある程度の覚悟はしていた。初潮の時の精神的打撃に比べればまだ衝撃は少ない。九年後にはどれだけ発育しているのか前もって知っているのだ。徐々に慣れていけばいい。慣れて……いける自信がない。俺の心は男だと叫びたい。
誰か! 胸の成長を止めるか、恐ろしくゆっくりと発育する薬を知りませんか! 筋肉に変わる薬でもいいですよ!
「失礼致します。お嬢様、王宮からお呼び出しでございます」
プロテインを飲むべきかと打ち拉がれていると、やって来たエイベルがそう告げた。
「王宮から呼び出し? 殿下ならば直接お訪ねになるだろうし……。一体どなたから? 陛下?」
「いえ、王妃様でございます」
「えっ?」
驚いてぱっとお母様に視線をずらした。王妃様から直に呼び出されたことなど今まで一度もない。
「それはリリーだけかしら?」
「はい、奥様。レインリリーお嬢様のお名前しか伺っておりません」
「そう……」
「お、お母様」
「二週間後のお茶会の件でしょう。シリル殿下の側妃候補選定も視野に入れていらっしゃるはずですから、その心積もりでいるようにとの意思確認かしらね」
側妃候補と聞いて、サロンの空気がひんやりと冷えた。控えている使用人たちが静かに殺気立っている。
グレンヴィル家は二代続けて側室を持たない愛妻家だったからか、使用人たちは一様に王侯貴族の一夫多妻制に懐疑的だ。血統をより多く残す義務がある王侯貴族は他に複数妻を得る必要があると理解はしていても、俺がその一角に据えられることには不快感を露にしている。末席ではなく正妃候補なのだから冷遇されることはまずないはずだが、ありがたいことに、相変わらずみんなの俺への愛が深すぎる。
「シリル殿下の日頃のご様子を思えばリリー以外の妃は拒絶なさるでしょうけれど、両陛下はどうお考えなのかしらね」
現在国王陛下には側妃が四人いる。本来は五人だったらしいが、出産後すぐに亡くなったそうだ。側妃方はそれぞれお産しており、イルの他に王子が五人、王女が二人おられる。イルのご生母であられる王妃様はイルの下に王女を二人お産みになっている。側妃方は王子を一人ずつだ。
「女が多いと何かと弊害が起こるものよ。女は平等の愛など求めていませんからね。自分だけが特別なのだと思えなければ嫉妬に狂うのが道理。それは王妃様こそよくお分かりのはず」
まあ、そうだろうな。その点陛下ははっきりと示してるんだよな。側妃や他の王子たちが決して入れないプライベートガーデンの存在と、王妃様だけがお子を三人もご出産されたという事実。王妃と側妃の立場の違いをきっちり目に見える形で見せつけている。
「リリー、あなたが側妃候補をどう捉えているかはわからないけれど、シリル殿下のお心を疑って駄目よ」
「ええと、お母様? いつわたくしが殿下に嫁ぐことに決まったのです?」
「あら。三年も婚約を継続しているのに、あなたこそ今更なにを言っているの?」
「それは殿下が結論を急がないでほしいと仰るから」
「でも継続を決めたのはリリーよね?」
「まぁそうですけど」
「一度口にした白紙を撤回したのもあなたよね?」
「確かにその通りですが」
「シリル殿下の真っ直ぐで真摯なお心に絆されたのはあなた自身なのに、今になってそれを否定するのかしら?」
「語弊があります、お母様」
「そうかしら?」
「そうです。そもそも婚約継続はアレックス様もですわ」
そう、イクスとの仮の婚約も継続中なのだ。イクスの麗しい見目に恋い焦がれるご令嬢から逃げるため、あいつの隠れ蓑になってあげている。今までお茶会に参加して来なかったから直接的な嫌がらせは受けていないが、二週間後のお茶会は気をつけた方がいいかもしれない。
さすがに危害を加えるような浅はかな者はいないと思いたいが、嫌みの盛り合わせを何度も食わされることにはなるだろう。まあ親友のためならばそれも致し方無しとおとなしく甘受くらいはするけどさ。
「アレックス殿とは友情でしょう?」
「はい。親友ですから」
「そうよね。ではシリル殿下もご親友なのかしら」
「親友……とは違うと思います」
「じゃあお友達?」
「それもちょっと違う気が……」
「ふふっ。あなたは色々と理由をつけるけど、わたくしはもうとっくにリリーの中に答えはあるのだと思うわ」
また面倒なことを言い出したな。何ですか、答えって。
「お母様って王家輿入れに賛成派でしたっけ?」
「いいえ、違うわ」
「じゃあ何故殿下を薦めるのです?」
「わたくしはリリーの心に寄り添っているからよ」
「それでどうして殿下推しになるんですか」
「それはあなたの問題だから、自分で考えなさい」
意味がわからん。不満げな表情をすれば、またお母様がふふふと笑った。
イルはイクスのような親友じゃない。友達とも違う。イルは将来戴く君主だ。いち貴族として仕えるならば彼を置いて他にいない。忠誠を捧げるに値する君主。それが俺にとってのイルだ。それ以上でもそれ以下でもない。
無理に愛だの恋だのと当て嵌めようとするから話がややこしくなるのだ。確かに三年経ったが、自分を男だと認識してしまうのは変わっていない。
本当にもう、俺にどうしろと……っっ。
エイベルとアレンから物言いたげな視線を受けつつ、これから王妃様と面談があるというのに、すでにぐったりと虚脱感に襲われたのだった。
◇◇◇
「仰せにより罷り越しました。レインリリー・グレンヴィルにございます、王妃様」
「待っていましたよ。さあ、こちらへお掛けになって」
「はい。失礼致します」
最敬礼のカーテシーで挨拶をすると、勧められた席へ腰を下ろした。
通されたのは王妃様の私室にあるサロンだ。一人掛けソファと三人掛けソファが二脚ずつ置かれており、上質なローテーブルを囲んでいる。色合いこそ派手さはないが、素材が素晴らしいのは一目でわかった。
「突然呼び出してごめんなさいね。グレンヴィル公爵夫人からわたくし主催のお茶会の話は聞いているかしら?」
「はい。ご訪問させていただく直前に聞かされたばかりですが、二週間後と伺っております」
俺の返答に満足そうに首肯する。その間にメイドがワゴンを押して入室した。ローテーブルに紅茶とケーキが用意される。
「オキュルシュスのお菓子に触発された王宮料理長が考案したケーキです。評価して差し上げて」
「わたくしなどがプロに評価をつけるなど烏滸がましいことですが、感想という形でよろしければ承ります」
「まあ。今を時めくオキュルシュスのオーナーがご謙遜を。ささ、食べてみてちょうだい」
出されたのはカスタードクリームケーキだ。二層のスポンジでカスタードクリームをサンドしているので、ふわふわしっとり。正方形の鉄板型で焼いて切り分けて食べるケーキだ。
以前イルに持たせたお土産のポンに甚く感動したらしい王宮料理長からレシピを請われ、イルが王族にしか出さないと誓約させて材料と作り方を伝授した。そのカスタードクリームを応用してケーキにしたようだ。なかなかに美味そうだ。
フォークですくったケーキは思ったとおりふわふわしっとりしている。バニラビーンズはさすがにまだ市場に卸せるほど量産出来ていないので香りは弱いが、口に含んだ甘さはバランスがいい。ケーキ生地の甘さを抑えている分カスタードクリームに砂糖を増量させているようだが、それが全体のぼんやりとした控えめな味を引き締めている。
中のクリームは一緒に教えたレモンカードや生クリームでも合いそうだな。ケーキ生地にココアパウダーを加えて、チョコクリームやクレームフレーシュと苺ジャムをサンドしても美味しそうだ。まあその原料であるカカオの栽培がバニラビーンズ同様まだ販売できるほどの量に達していないのだが。
我が家とオキュルシュスには先駆けて卸している。その程度の量ならすでに量産できているし、オキュルシュスでお菓子として売り出すことでバニラビーンズとカカオのマーケティング経路を確立しやすくなる。
新商品は必ず試食できるようにしたが、これが大当たりだった。貴賤問わず子供に試食を薦めれば、正直で好き嫌いのはっきりしている子供は、美味しければ美味しいと声をあげてくれるのだ。子供たちが騒いでいれば気になるのが大人というもの。まさに撒き餌につられる状態。大漁だ、ははは。
「まあ……本当に博識ねぇ。一口食べただけでそんなにアイデアが?」
「アイデアというほどのものではございませんわ。ああ、でもこのケーキ生地にバナナを加えて長方形の型で焼いても美味しいと思います。バナナカスタードクリームケーキと言うのですけれど」
「あら美味しそうな名前。料理長に伝えておくわ」
王妃様がくすくすと機嫌よく笑う。
「それでね、今日あなたを呼んだ理由なのだけれど」
「失礼します! 母上!」
入室の許可もなく、侵入者よろしく駆け込んで来たのは第一王子であるイルだった。その後から焦りすぎだと額に手を当てるイクスが続く。
「許しもなく何ですか。無作法にも程がありますよ、シリル」
「お叱りは後程受けます! それよりも私に黙ってリリーを呼びつけるとは何事ですか!」
「自分の母親を人拐いか何かのように言うのは感心しませんね」
「母上!」
「お黙りなさい。まったく。レインリリー嬢と優雅に楽しくお茶を頂いていたというのに、これでは騒がしくて台無しですわ」
ついと細めた眸で息子を射る。視線一つで大抵のご令嬢やご婦人方は竦み上がってしまうのではないだろうか。さすが王妃の席に座する方は威厳が違うなぁ。
一人場違いな感想を抱きつつ感嘆していると、イルが俺の隣に腰掛け、イクスもやれやれと半ば諦めた様子で王妃様に一礼し、イルの右斜め後ろに立った。
「リリーを呼びつけておいて私に知らせなかったのは何故です」
「知らせずともこうして嗅ぎ付けて乱入しているじゃありませんか。あなたの嗅覚が犬並みであると自ら証明して見せたわけだけれど、一国の王子の自覚があるのならもう少し落ち着いて行動なさい。模範たる身でありながら情けない」
「ええそうですね。私には長い耳と遠くを見渡せる目がありますから、母上の企みくらい看破して差し上げますよ」
「企みとは人聞きの悪い」
「母上は伯父であるアッシュベリー公爵に似ていらっしゃいますから」
「ちょっと待ちなさい。聞き捨てならないわ。わたくしのどこがあのような軽薄詐欺師に似ていると言うのです。ああ、ごめんなさいね、アレックス。仮にもあなたの実父を悪し様に言ってしまって」
そうだった。王妃様はイクスの父親、アッシュベリー公爵の妹君だったっけ。そして実兄でありながら毛嫌いしていると以前イルが言っていたな。
「構いません。王妃様の仰るとおり、我が父は卑劣な詐欺師です。寧ろよく罵ってくださいました」
「まあ、アレックス。その言葉だけであなたのこれまでの気苦労がわかるというもの。本当に、さっさと隠居すればいいのに、あの男」
「母上。どこに耳があるか分からないのです。不用意な発言には気をつけてくださらないと」
そこは止めないのか、イル。その時点でお前も同意見だって主張しているようなものだからな?
「いっそ小耳に挟めば面白いわ」
「母上」
つん、とつまらなそうに顎を反らせた後、王妃様は改めて俺に視線を向けた。
「騒がしくてごめんなさいね。それで言いかけたお話だけれど、お茶会の意味は理解している?」
「はい。王子様方のお妃様候補の選定の場ですね」
「ええ、その通りよ。やはり優秀ね、あなた」
「恐れ入ります。シリル殿下の側妃候補選定の場でもあると認識しておりますが」
「ちょっと待った。そんなもの僕は認めてない。母上、私に側妃など不要です。絶対に」
「ええそうね。わたくしもシリルに関しては側妃を娶るべきではないと陛下に進言致しましたわ」
「「「え?」」」
おっと。俺とイルとイクスが見事にハモってしまった。
王侯貴族の婚姻は繋がりを強化するために必要なものだ。利害得失を秤にかけ結ばれるべきものであって、互いに恋愛感情の有無は関係ない。イルが側妃は不要だと主張したところで、それはただの我が儘に他ならないのだ。王位継承権第一位である王子としての役割を放棄していると、陛下の側妃方の外戚につつく絶好の機会を与えることにもなりかねない。
「ええと……言い出しておいて何ですが、いいのですか?」
「よくはないわね」
「どっちなんです」
「対外的にはよろしくないけれど、陛下やわたくしにはあなたに側妃が一人もいないことは大変都合が良いのです」
「都合がいい?」
怪訝な表情で鸚鵡返しする息子を楽しげに眺めて、王妃様はもう一度「都合が良いのですよ」とお答えになった。
「グレンヴィル公爵の素晴らしい血統を王家に迎えることはこの上ない僥倖です。更に発展著しいグレンヴィル領のブレーンたるレインリリー嬢を正妃にと望むのならば、相応の礼儀はあって然るべき。神の使徒でもいらっしゃるのよ。そんな方を王家へお迎えしようというのに、側妃など失礼ではありませんか」
「なるほど。仰るとおりですが、その本音は?」
「下手にちょっかい出されては困るのですよ。いいですか、シリル、アレックス。お茶会では決してレインリリー嬢の側から離れないように。令嬢方からの挨拶には必ずレインリリー嬢を伴いなさい」
「「はい」」
「レインリリー嬢もよろしいわね?」
「下手に悪知恵のついた殿下方に目をつけられぬよう、シリル殿下やアレックス様のお側で隠れているようにということですね」
「そう。その通りよ。ふふふ。話が早くて助かるわ。本当に聡いお嬢さんだこと」
「恐れ入ります。承知致しました」
確かに、俺としても他の王子たちと関わりたくはないからな。その仰せには全面的に賛成だ。
満足したようにほくそ笑んだ王妃様が、話は終わったと油断した俺やイルに特大の爆弾を投下した。
「グレンヴィル公爵夫人は御一人で四人もお子をお産みになりましたわね。わたくしの予想では、まだもう少し増えるのではないかと思っておりますの。あのご夫婦のおしどりっぷりは周知の事実ですもの」
両親の熱愛を赤裸々に語られているような、何とも恥ずかしくて居たたまれない気持ちになる。なんかうちの両親がすみません。
「そんなグレンヴィル公爵夫人の娘であるあなたも、きっと将来は子沢山に違いありません。例え王子妃がレインリリー嬢一人であっても、世継ぎに困ることはないとわたくしは確信しておりますわ」
この場にカリスタが居れば素早く閉じられたであろう大口を、ポカーンとあんぐり開いた。隣では真っ赤になったイルがあわあわと慌てながら「母上! 気が早すぎます!」とか的外れなことを言っている。
ちょっと待て。子沢山? 誰が? え、産むの? 俺が? なんで??
頭が真っ白になった俺をちらちらと恥ずかしそうに見ていたイルが、俺の手を握って立ち上がった。
「母上。ではそろそろ下がらせていただきます。リリーに王宮を案内してあげたいんです」
「ええ、そうなさい。近い将来レインリリー嬢も暮らすことになるのですから、しっかり案内して差し上げて」
「ええ、勿論です」
「ああ、それから、チェノウェス公爵が諦めていないようだから、軍部には近づいちゃ駄目よ」
「わかりました。では失礼致します」
呆けたままの俺は手を引かれるまま退出し、後になって拝辞の挨拶をしていなかったことに気づくのだった。
着々と外堀を埋められていることにまだ気づいていないリリー嬢。