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90.再会 1

ブクマ登録・評価・感想ありがとうございます!

大変長らくお待たせ致しました(>_<)!

90話までには新章突入しますとか言っておいて、まだ続きます……(((((゜゜;)

もう少しお付き合い頂けると幸いです……Σ(O_O;)

 



 ◆◆◆


 エイベルから告げられた言葉に、本郷(ほんごう) 主税(ちから)は手渡されたレインリリーからの書状を落としそうになった。


「嬢ちゃん――いや、お嬢様の具合はそんなに悪いのか!? ああいや、悪いのですかっ」

「どうぞ普段通りの口調で」

「申し訳ない、助かる。それでっ」

「万全とは言えませんが、そうして本郷殿に玉章をしたためられる程には回復なさっておいでです。ご安心を。出向くことの出来ない非礼を詫びておられました」

「そんなことはいいんだ。嬢ちゃんが無事ならそれでいい。だが――」


 作業台の上に置かれたドローンをひと睨みしてから、渡された書状の封を切り、内容に目を通していく。


「本郷殿にこの件を付託すると、お嬢様は仰せです。グレンヴィル公爵家と、国王陛下よりの下知状であると心得て頂きたい」

「ああ、嬢ちゃんからの手紙にもそう書かれている。承知した」


 エイベルの片眉が僅かにぴくりと動いたことで、本郷はエイベルが何を思ったか察した。


「あっさり引き受けたことが気になるか?」

「そうですね。本来ならばあなたには関係のない話です」

「そうかもしれんが、今回はそうじゃねぇ」

「と申しますと?」

「嬢ちゃん直々の依頼であり、その案件にあっちの世界が絡んでるなら話は別だ。同胞の不始末は嬢ちゃん一人が背負う咎じゃねぇ。嬢ちゃんが責められるってんなら、同郷のおれも同罪だ。あちらさんが自粛しねぇなら、おれも容赦しねぇよ。すでに嬢ちゃんと嬢ちゃん縁の土地に弊害が起きてやがるからな」


 瞠目したエイベルににやりと人を食ったような笑みを向ける。


「信じられないか? おれにとって嬢ちゃんは唯一無二の家族なんだよ。あちらの話ができて、共に思い出に浸れるってのは、おれにとって重要なことだ。たぶん嬢ちゃんもそうだろう。共通性があるってな、何一つ繋がりのない場所で生きていかなきゃならねぇ者にとって、何よりも得難い宝なんだよ。おれにとって嬢ちゃんは、そういう存在だ」


 在りし日を思い返し、本郷は苦い顔をした。




 突然連れ去られた者には、知らない世界は寄る辺もない。常に薄氷の上を歩いているような、危うげで焦燥感ばかりが募る毎日だった。こちらに来たばかりの頃は、親切にしてくれた老夫婦に感謝して信頼を寄せた。だがそれは塗り固めた上部の優しさで、深夜寝ている間に人買いに売られてしまった。

 僅かな食べ物と襤褸しか与えられず、毎日毎日過酷な労働が続いた。誰が信用出来て、誰が裏切るのか、見極める目を持っていなかった自分自身を呪う毎日だった。

 嬢ちゃんにはバイク事故の怪我だと言っているが、本当は魔物の盾にされた時に受けた傷が原因だ。手当てらしい手当てもされず、使い物にならなくなったおれは山中に捨て置かれた。そこからもまた地獄の日々だったが、ようやく得られた自由でもあった。


 泥水を啜り、木の皮や根、雑草を食み、毒に当たって死にかけ、傷が膿んで高熱を出し、生死の境をさ迷ったが、たまたま素材採取に訪れていた薬師に拾われ、一命を取り留めた。

 十日間昏睡していたおれは、救ってくれた薬師を信用していいのかわからなかった。警戒心剥き出しのおれに根気強く接し、何も問うことなく治療を続けてくれる真摯な姿にさえ、当時のおれは醜い仮面に見えていた。

 きっとこいつも裏切る。信じてはだめだ。信じなければ裏切られることもない。いざという時はこいつを殺して逃げよう。

 そう心に秘めて、逃げる体力を得るためひたすらに回復に専念した。特に与えられる食事には念入りに警戒した。睡眠薬を盛られ、その間にまた人買いに売られてしまうかもしれない。死にかけていた人間をわざわざ拾って治療までしているのだから、今さら殺しはしないだろう。活きのいい人間を痛めつけて殺す快楽殺人者でもないかぎり、そんな面倒なことはしないはず。


 おれの予想に反して、薬師は怪しい行動を一切起こさなかった。薬を盛ることもなく、人も訪ねて来ない。それがおかしいことだと気づいたのは、おれの傷が完治し、体力が戻った頃だった。

 薬師を人が訪ねないのはおかしい。この老人はいったいどうやって生計を立てているんだ?

 一度疑問に思うと、芋づる式に矛盾が見つかっていく。

 老人はよく咳をしていた。痰の切れない空咳だ。

 元より痩身だったが、更に日に日に痩せていき、枯れ枝のような手指になってきた。

 顔色の悪い日が増え、寝込んだまま朝起きれないことが増えた。

 胸を押さえて踞り、しばらく立てない。

 駆け込んだ厠からなかなか出てこない。


 この症状には覚えがあった。

 亡くなった祖父の死因だった疾患だ。

 ―――――肺癌。

 胸を押さえるのも、痰が切れないのも、痩せ衰えていくのも、典型的な肺癌の症状だ。厠に駆け込むのは、恐らく喀血があるからだろう。おれに覚られないよう、極力決定打となる血を見せないようにしていたに違いない。

 老人は知っているのだと思った。自身の余命が幾ばくもないということを。


 老人は、おれを拾って半年後に死んだ。

 驚いたことに、おれを助けたのは純粋に善意からだった。老人曰く、死期を覚っていた身なので、死ぬ前に一度は善行を積んでおきたかったのだと。そして独り寂しく死んでいくのが悲しくて、誰かに側にいてもらいたかった、と。

 最期までおれの身に起きた出来事を訊いてくることはなかった。お前を救えてよかったと、安堵の笑みを浮かべて死んでいった。

 老人が遺してくれた財産を手に、荼毘に付しながらおれは大声で泣いた。

 彼の死が悲しかった。苦しかった。つらかった。この世界で初めて得られた善人だったからじゃない。彼の悲痛な想いが胸に深く深く突き刺さったまま消えないからだ。

 この世でたった独りきり。おれと老人はとても似ていた。だから深く刺さった棘は抜けない。

 死を悼んでくれる者などいない。人知れず土に返るだけの人生。それが酷く恐ろしくて、凍えるようで。だから泣いた。救われたおれくらいは彼の死を悲しんで、悼んでやるべきだ。おれが死ぬ時は、誰が泣いてくれるんだろうか。

 この世界で始めに関わった人間が全てじゃない。老人のような人もいる。当たりが悪かっただけ。運が悪かっただけ。信じてみようともう一度思える勇気をくれた。

 各地を転々としながら、たくさんのものを見て、たくさんのものや人に触れ、そうして今この場所に根を張った。そして、運命とも言える転生者の嬢ちゃんに出会えた。奇跡みたいだと柄にもなく心踊った。あの日の感動は、きっと一生忘れないだろう。




 本郷はちらりとドローンに視線を向け、ぼそりと呟いた。


「前世では殺害される辛酸を舐め、今世さえも嬢ちゃんに苦難を強いるのか。随分と不条理じゃねえか」

「なんです?」

「いいや、何でもねえよ。独り言だ。気にしなさんな」


 はあ、とエイベルはうつけた返事を返す。


「ドローンに関しては承る。奇しくもおれは理工学部出身だ。それも機械工学系を専攻した。さすがにドローン開発に関与した経験はねえが、概要はわかる。バラして徹底的に調べておく」

「よくは分かりませんが、お任せして大丈夫だということですね?」

「そういうことだ。ちょっと待ってくれ、嬢ちゃんにあらましを書いておく。それで嬢ちゃんには伝わるはずだ。後で手渡してほしい」

「承知しました」


 日本語で殴り書きした手紙を手に立ち去っていくエイベルを見送って、本郷は作業台に鎮座したままのドローンを見た。


「嬢ちゃんの話といい、ドローン(こいつ)といい、どうやら異世界転移にはバグがあるらしい。こいつの性能や嬢ちゃんの前世話を鑑みても、現在は年齢差が発生しているが、どう考えてもおれも嬢ちゃんも件の同胞も同世代だ。落とされた時間に違いがあるのは偶然か意図的か……きな臭ぇな」


 レインリリーからの手紙には、彼女の秘匿されるべき事項が記されていた。

 神の使徒など穏やかな話じゃない。そのせいでたった五歳の身で魔物のスタンピードを制し、無理が祟って命を削るように昏倒した。冗談じゃないと本郷は思う。

 ようやく得た同胞を早死になどさせてなるものか。

 彼女の身を危ぶめているのが同郷の者であっても、手心など加えてやるつもりはない。寧ろ同郷の者であるからこそ、己の得意分野で仕掛けてくるなら返り討ちにしてやる。

 知恵や知識は正にも負にも傾く。この世界にもたらす影響力を留意しないやり方は賛同できない。何も考えていないのか、戦争を引き起こしたいヴァンダリズムなのかは知らないが、その行動には稚拙さを感じる。

 科学技術に関しては、こちらの人間に対処できるとは思えない。ドローン(これ)の件でレインリリーの補佐をし、少しでも彼女の負担を軽減できるのは自分しかいない。機械工学でやり合うつもりなら全力で叩き潰してやると、本郷はドローンを睨んだ。






 ◇◇◇


 元の五歳の肉体に戻った瞬間、ナーガの忠告は本当だったと痛感した。十七才の体では庭を散策できるまでに回復していたはずの体力は、本来の姿ではなかったことにされた。まず自力で歩けない。足に力が入らず、何とか寝具から立ち上がっても床にへたってしまう。

 目覚めたと報告を受けたアレンたち専属護衛と侍女たちが、代わりにお母様のお側に残って下さっていたお兄様と共に戻ってきたのはついさっきだ。五日間の昏睡状態が彼らにどれほどの心痛を与えていたか、その憔悴しきった顔でよくわかった。安堵と歓喜をごちゃ混ぜにしたようなぐちゃぐちゃの顔で泣かれた時は大いに焦ったけれど、心配かけた自覚があるので一人一人をぎゅっと抱き締めて労った。

 大変だったのは俺だけじゃない。あのスタンピードの一件は、関わった者すべてが等しく大変だった。死にかけたのだって俺だけの話じゃない。ノエルもアレンもザカリーもケイシーも、お爺様もヴァルツァトラウム騎士団もエスカペイド騎士団も、たくさんの者たちが何度も命を危ぶめた。数日間昏倒し、方々に心配をかけてしまったのは本当に申し訳ないけれど、守り通せた多くの命に満足もしている。後悔は残るが、完璧なものなど存在していないのだからこれでいい。いいと思うことにする。


「リリー。君が無事で本当によかった……生きていてくれて、ありがとう」

「お兄様……」


 はらはらと零れる涙を拭いもせず、お兄様が俺を抱きしめたまま離さない。


「お兄様、ご心配をお掛けしました。無茶をしたお叱りは後程甘受致します。ですのでどうか、そのようにお泣きにならないで。泣き顔も大変麗しいですが、涙で目が溶けてしまいますわ。わたくしは元気ですから、ね?」

「何を言ってるんだい。元気っていうのはね、自分の足で歩けるようになってから言う言葉だよ」

「ええと……歩けていたのですよ?」

「今は歩けないだろう」


 ぐうの音も出ない。でも未来の姿では歩けていたんだよ、本当に!


「万全ではないのに、殿下とアッシュベリーに会うだって? 父上が承諾してしまった以上僕にはどうすることもできないけど、僕には不本意な面会だと承知しておいてね」

「お父様もご一緒ですから」

「父上同伴であろうと、君が殿下やアッシュベリーに会うのは面白くない。いいや、ここは僕も同席しよう。厚かましくも、万全じゃない君に会いたいなんて申し込む殿下方の面の皮の厚さを測ってやろうじゃないか」


 ふはははは、と麗しい天使のような顔に悪役感たっぷりな悪い笑みを刷いて笑う。そんなお兄様も好きですけどね? 指摘したらくしゃりと顔を歪めてしまうだろうけど、そのお顔、悪巧みをしている時のお爺様にそっくりですよ。


「あの……お手柔らかに」


 主にイルに対して。




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