余話:魂振祭 2
祝宴も中程まで過ぎた頃、両親から退出の許可が下りた。やっと解放される!と内心大喜びしつつ、淑やかに両陛下と両親にカーテシーで挨拶し、御前を拝辞した。一緒にお兄様とイル、イクスも会場から退出し、侍女と護衛を伴ってサロンへ移動した。
「お疲れ様、リリー。殿下とアレックス殿もご苦労様でした」
「お兄様もお疲れ様でした」
「労いの言葉感謝する、ユーイン殿」
「お疲れ様でした」
一見和やかにソファに腰掛け談笑しているように見えるが、俺の隣を懸けた争奪戦が静かに勃発していた。
俺の右隣に素早く陣取ったお兄様に負けじと、イルが左隣を確保した。イクスは我関せずといった体で対面のソファに一人座る。
出された紅茶に口をつけながら、俺は現実逃避よろしく遠い目をした。何の争いなんだ。面倒臭い。
ああ、それより手渡すものがあった。
「アレックス様。今宵は魂振祭のお祝いに贈り物をご用意致しましたのよ。その一つをいま召し上がりますか?」
「いる!」
召し上がると言った時点で食べ物だと察したイクスが、言葉尻に食い込み気味に即答した。うんうん、不動の食い意地でお兄さんは嬉しい。あ、お姉さんか。
「ちょっと、リリー。何でアレックスには聞いて僕には聞かないの」
「ちゃんと殿下の分もご用意しておりますよ?」
「それは、ありがとう。でもアレックスのついでみたいで僕は寂しい」
「ははは。殿下はずいぶんと幼いことを仰るのですね。まあまだ五歳であられますしね。そもそもアレックス殿のついでではなく、寧ろアレックス殿も私のついでなのですよ?」
「お兄様」
致命的な一撃を食らった様子で、イルがソファに座ったまま器用によろめいた。役者だな、イル。イクスは食べられるなら順番などどうでもいいといった満面の笑みだ。うん、お前は変わらずそのままでいてくれ。
「キューブラスクという華やかなお菓子を準備致しました。料理人に作らせたものではなく、ちゃんとわたくしが手作り致しましたので、どうぞお箸上げください」
「リリーの手作り!? 嬉しい!」
蕩ける笑みで見つめてくるイルから俺を隠すように、お兄様が顎を掬い上げ視線を合わせた。
「駄目だよ、リリー。目が潰れる」
「お、お兄様……」
本当に、イルに対して常に塩対応だな、お兄様。そんなにイルがお嫌いですか。
ああ、ほら。イルの顔がめちゃくちゃ引き攣ってるじゃないですか。大人気ないですよ、お兄様。
さっとブレンダに視線を向ければ、心得ているとばかりにイルとイクスの前にキューブラスクが五つ乗せられた皿が置かれた。
「これがキューブラスク? 可愛らしいね」
「ありがとうございます。カリカリに焼いた四角いパンをコーティングしたお菓子なんです」
「色とりどりでまずは目で楽しめるんだね。君は本当に多才だなぁ」
すでにイクスは食べ始めているが、イルは一つ一つを宝物を扱うように手に取って眺めている。イルのこういうところは素直に感嘆させられる。作り手の心情に寄り添える度量を持っていると、自覚があるのかは分からないが周囲に示している。上に立つ者の品格というものを、イルは潜在的に持っているのかもしれない。
「これも君のレシピ?」
「いいえ。真似ただけですわ」
「ああ、前世のだね。それでも再現出来てしまう君はやっぱり凄い子だよ」
引き出し風の箱に個別に入れられた、花やフルーツ、ナッツなどで可愛らしく華やかにデコレーションされているカラフルなキューブラスクは、SNS映えするギフトボックスとして若い女性に人気らしい。これを見つけた瞬間、イルやイクスへの贈り物の一つはこれだと思った。
イルは上品に噛った直後、瞠目してほっこり微笑んだ。美味しいと思ってもらえている様子で俺も笑みを刷く。やっぱり作ったものを喜んでもらえると嬉しいな。
「そう言えば、魂振祭の期間リリーが面白い趣向を取り入れたって聞いたんだけど」
「ああ、ユール・カレンダーのことですね」
「どういうもの?」
「今月の初めから魂振祭までの日数を数えるためのもので、数字を記した小箱を毎日一つずつ開けるんです。中身はお菓子だったり小物だったり何でもいいのですけれど、開ける人が魂振祭まで楽しめるものが好ましいです」
「楽しそうだね。来年は僕もやってみようかな」
「ええ、是非」
ふふふ、と互いに微笑んでいると、またもやお兄様が顎を掬い上げた。
「それも駄目。お揃いなんて僕が許すとでも思う?」
「お兄様ったら」
まったく。ここでやきもち焼くお兄様も可愛らしいではないか。
浩介も、妹に彼氏が出来ようものなら全力で潰しにかかっただろう。妹には申し訳ないが、幸いにも彼氏や男の影はなかった。自分の交友関係は棚に上げておいて、妹の恋愛にはがっつり首を突っ込みたがる面倒で困った兄だった。まあ、俺の前世だけど。
「もう一つ贈り物がございますの。ちょっと、いえ、かなりやらかしてしまったのですけれど、でもこれからのお二人には必ず必要になるものですので、陛下やお父様には内緒でこっそりお渡ししておきます」
目配せを受けたカリスタが二人の前にそれぞれ小箱を置いた。イルにはスフェーンの瞳の色に似たナイルブルーの小箱を、イクスにはゴールデンベリルの瞳の色に近いサンフラワーの小箱を贈る。
「開けても?」
「はい」
イルとイクスが同時に蓋をはずし、中身を視認してくっと瞠目した。完璧にシンクロしてたな。さすが従兄弟。
「これは……っ」
「リリー……父上に報告なしに、君って子はまったく」
茫然と呟くイルとは対照的な渋い面持ちでお兄様が苦言を呈する。自覚ありなので、お兄様からの叱責を真摯に受け止めようと思います。だってこれ、伝説級や神話級の類いの魔道具だもんな。ははは。
「なんて美しいんだろう……」
「殿下、アレックス様。それは魔道具にございます。お手に取って頂いた瞬間からそれはお二人をそれぞれ主と認識致します。仮に第三者により奪われてしまった場合、自壊するよう仕掛けてあります。流出するより破壊した方が得策だと言える代物であると、まずご理解ください」
聖属性が付与されきらきらと煌めくブレスレットを手にした二人はピシリと固まった。緊張がありありとわかる強張った視線が返される。
「付与してあるのは、あらゆる状態異常の無効化、害意から身を守るための防護魔法、危険察知、怪我の治癒、腐食防止、劣化防止、損傷防止です。破損はしませんし、水や汗による腐食もありませんので、ずっと身につけ外さないようお願い申し上げます。お身体のご成長と共にブレスレットも最適な形状を保つよう付与してありますから、サイズが合わなくなる心配もございません」
「リリー……君はまたなんて物を創り出したんだい」
お兄様が頭痛をやり過ごすように眉間を指で揉む。お兄様まだ十歳なのに、まるでうだつが上がらない中間管理職のような苦悩をさせてしまった。本当に申し訳ない!
「それってつまり、すべての状態異常、物理・魔法の攻撃を無効化して、且つ怪我も治癒魔法が治してしまうってことだろう? 死角が全くないよね。過剰防御だとは思わなかったの?」
わあ、俺とまったく同じ考えに行き着いていらっしゃる。さすがお兄様。その通りです。
にへらと笑って誤魔化すも、眉間に縦皺を刻んだお兄様が額を小突いた。麗しいお顔に怜悧さが加わって、なお一層典麗としているお兄様がため息をつく。
「仕方のない子だね。後で父上に一緒に怒られてあげるから、事後報告でもちゃんと伝えなさい」
「はあい……」
「よし。いい子だね」
そう言って微笑んだお兄様が、頬を挟んでこめかみにキスをした。
「僕はいつかこれに勝てるのか……?」
イルの呟きを拾った。俺たち兄妹を見つめて途方に暮れているように見える。どうした、イル。
不敵にせせら笑いを浮かべるお兄様を直視したイルは、苦り切った顔をした直後、ひとつ咳払いをして切り替えた。
お兄様、その表情も態度も本来ならば不敬罪に問われかねませんよ。自粛してください。
「リリー。僕も贈り物を用意したんだ。受け取ってくれると嬉しい」
イルお付きの侍女に目配せすると、俺の前にピーコックブルーの小箱が差し出された。開けるよう促されたので、そっと蓋を開けてみる。
「リリーからの贈り物がブレスレットだったことに驚いた。だって僕も同じものを選んでいたんだよ」
俺は僅かに動揺していた。中には華奢で繊細な二連のピンクゴールドのブレスレットが入っていたからだ。
一つには小さな青い石が三つ連なり、もう一つにはさらに極小の淡い緑色の石が九つ数珠繋になっている。それを見咎めたお兄様が眉根を寄せた。
「殿下。これはあまりにも不適切ではありませんか」
「僕はそうは思わない」
「妹はあなたの所有物だと、首輪をつけた気でいるのですか?」
「まさか! 彼女が誰の婚約者であるかを明確化したいだけだ」
「仮のはずですが」
「今はそうかもしれない。でもずっとじゃない」
「へぇ?」
火花が散ってます。居たたまれないので俺を間にやり合うの止めてもらえます?
二人は放置しよう。それが一番いいな。
「アレックス様はわたくしに贈り物は下さいませんの?」
「ちゃんと持ってきた。奇しくも二つな。余分に持ってくるものだな」
そう言って自身の侍女に出せと命じ、俺の前に一つの包みが置かれた。
促されたので丁寧に絹地で包まれた包みをほどくと、中から綺麗に研磨された硬貨ほどの大きさの石が二つ出てきた。どちらも真っ赤な血の色をしている。
(―――――これは魔石だ)
どこでこんなものを、と内心驚いていた。内包する魔力を感知できるから、これは魔石で間違いない。
「アッシュベリー公爵領にある魔石屋で見つけた代物だ。最近討伐された魔物のものらしい。お前なら奇抜で面白いものに利用するんじゃないかと思って、期待を込めて買っておいた」
「まあ……ありがとうございます」
おいイクス。それはどういう意味だ。
「リリーからの贈り物には遠く及ばないが、良ければ貰ってくれ」
そう言って、俺の贈ったブレスレットを右腕にはめて嬉しそうにはにかんだ。
「無毒化するブレスレット……俺のためだろ? ありがとう、リリー。これで屋敷の食事に神経質にならずに済む」
「はい。それはアレックス様を守るための御守りです。肌身離さずお付けください。そして魔石は、ありがたく頂戴致します」
うん、と微笑むイクスに笑み返し、直後改めてイルに向き直った。
「殿下。ブレスレットありがとうございます。大切に致しますわ」
すると、イルは蕩けるような笑みを刷き、対照的にお兄様の機嫌は急激に下がっていった。
「リリーも肌身離さず身につけてくれたら嬉しい。特に人前に出る時はね」
「人前ですか?」
「うん。人前」
よく分からないが、贈り物を愛用していると送り主に見せるのは最低限の礼儀だ。こくりと首肯すれば、イルが破顔した。
「あと一つ贈り物が残っているけれど、ごめんね、ブレスレットしか準備して来なかったんだ」
「十分ですわ。お気になさらず」
「駄目だよ。お返しはもう一つ用意しなくちゃ」
気配りさんだなぁ、イルは。こっちが勝手に二つ用意したんだから、気にしなくていいのに。
「だからね、僕から一つ贈り物をしたいんだ。怒らないでくれたら……嬉しい」
うん?
疑問に思った、須臾の間。
両手をきゅっと包まれ、イルの頭が傾き――唇が重なった。
お兄様は不動明王と般若を降臨させ、サロンは阿鼻叫喚な地獄絵図さながらの混乱に陥った。
イル。
お前が悪い。
如何だったでしょうか?
イルはやっぱりやらかすおませさんですw
ユーインお兄様の前で堂々とやり遂げる蛮勇、見事です。誰か骨は拾ってあげて下さいw
昨日は午前中がまるっと検査で潰れました。
看護師さんが採血中に針で血管を探している間、自分の腕に刺さる針を凝視したまま私の頭の中に閃いたのは「お兄様に不動明王と般若を降臨させたい……!」でした。なぜ今。
帰り道でケーキ屋さんに寄って、クリスマス用にショートケーキを7個買いました。
帰宅して冷蔵庫に直す際、ふと賞味期限か気になって確認したら……23日になっとるやん! 今日食べなきゃダメじゃん! 何で店員さんに確認しなかった、私!
2日間に分けて2個ずつ食べようと思ってたのに……!
1日で7個もどうすんだ、これ!
そして夕方に帰宅した家族の手には同じケーキ屋さんの箱が……。おっふ……。
ポケット叩いて増えたビスケットよろしくケーキが更に5個増えた……
えっ、何でそんなに買ってきたん? うち三人家族やで?
何でや ゜ ゜ ( Д )
ケーキ買って帰るね~と連絡しなかったことと、店員さんに賞味期限の確認をしなかったことが原因の悲劇。
クリスマスケーキ殺人事件が……起ころうとしていた……
胃が……私と家族の胃袋が……っっ