余話:魂振祭 1
ちょっとだけ未来のクリスマスのお話です(〃´ω`〃)
2話続けてどうぞ~(’-’*)♪
(今年も積もったなぁ)
ケイシーがいれてくれた紅茶をこくりと飲みながら、窓の外に広がる銀世界に目を細めた。
バンフィールド王国の南に位置するグレンヴィル公爵領は、比較的温暖な気候で積雪も少ない。それに比べて王都の冬は一面銀世界に染まるほど雪が積もる。それでも北に位置するアッシュベリー公爵領よりは穏やかなのだそうだ。アッシュベリー公爵領の冬は厳しく、積雪量も大人の腰が埋まってしまう深さまで積もるらしい。以前イクスがそう言っていた。
魔素の濃度で気温が左右されると聞いたが、理屈はわからない。
今は金の季節で、オーロ・アトラスだ。つまりは十二月で、四週間に渡って冬祭りが開かれる。別名を魂振祭と言い、神霊や先祖を供養する祭りだ。
冬祭りと呼ぶのは平民で、魂振祭と称するのは王家と貴族だけらしい。平民には祭りの要素が多く、王侯貴族にとっては宗教の面が強いのだろう。
街の至る所で角灯が点され、ガラス細工の御使いが店先に並ぶ。地球で言うところの、背中に翼を生やした天使だ。街は赤一色に染まり、もみの木に似たシギイの木を飾りや小さな魔石で彩る。小指の爪ほどの、クズ石と呼ばれる安価なものだが、魔力を込めればほんわりと発光するのでシギイの木に彩りを添えている。
そう、この世界にもクリスマスのようなお祭りが存在していた。細かな部分に違いはあるけど、街は概ねクリスマスイルミネーションのような様相を見せている。
グレンヴィル王都邸でもひときわ大きなシギイの木が広間に置かれ、先程オーナメントに当たる飾りつけを家族総出でやり終えたばかりだった。
普通は使用人がやるものだけどね。
うちはお母様が子供達とキャッキャうふふしたい乙女なので、毎年飾りつけは俺たちの担当だ。お母様がそう望まれたのだから、当然お父様もお休みをもらって強制参加になる。
せっかくの休みにわざわざ合わせて飾りつけする日程を決めているらしいが、当のご本人は楽しそうにしているお母様にご満悦だ。そこに俺たち子供が加わる風景に幸せそうに微笑んでいるので、両親の心を慮って俺もお兄様もキャッキャうふふとオーナメントを飾っている。
偉いだろう? きっとサンタクロースも異世界までプレゼントを運んでくれるはずだ。
暖炉に靴下を下げておくべきかな。ははは。
ふう、と疲れたため息をそっと吐き出す。
クリスマスなんて何年ぶりだろう。
浩介は就職してからクリスマスなんて無かったからなぁ。クリスマスシーズンになると、周りの浮き足立つ雰囲気に呑まれてナーバスになる子が多かったから、電話相談を受けたり、実際に会って不安を緩和させたりとメンターとしての役目をより一層求められる季節だった。
彼女と約束していたディナーデート中に電話を受けて、パニックに陥っている生徒を放っておくわけにもいかず、食事を中座して駆けつけた時には彼女からあり得ないと別れを告げられた後だった。
まあ、当然だよな。彼女より生徒優先で、例えこれが新婚旅行中だったとしても、きっと浩介は観光地に彼女を残して単身とんぼ返りをしていただろう。フラれて当然だ。
何とも言い難い切ない気持ちになった俺に、お母様が大きなお腹を撫でながら小首を傾げた。
「リリー? 疲れたかしら」
「いいえ、お母様。今年も雪が積もってお庭が綺麗だなと見惚れておりました。庭師の方々は大変でしょうけれど」
「まあ。そうね、見ている分だけは綺麗ね。わたくしは寒いのが苦手だから眺めるだけで十分ですけれど、あなたは雪のお庭を散策しそうよね」
ふふふと可笑しげに笑う。
失礼な、喜び庭駆け回る犬じゃないんだから、出ませんよ。雪の庭散策なんてしません。
「リリーは今年の魂振祭のプレゼント、何がいいか決めた?」
お兄様が宥めるように髪を撫でる。お兄様、好き!
そうなのだ。そこはクリスマス仕様。魂振祭でも親から子へ、祖父母から孫へ、夫から妻へ、妻から夫へ、恋人から恋人へ、愛しい相手にプレゼントを手渡す風習がある。
毎年両親、祖父母からと、本来ならば渡す必要のないお兄様からも頂いている。さらに料理長のクリフと、専属護衛騎士の三人からも貰うので、お兄様、クリフ、ノエル、アレン、ザカリー、どんだけ俺が好きなんだ、と。
もちろん俺からもお返しをしている。仰々しいのもどうかと思い、形として残らない方がいいだろうということで、去年はクリフと護衛三人に創造魔法で生成したウイスキーボンボンを贈った。
べ、別に楽しようと思って創造魔法使ったわけじゃない。作ろうとしたら、お酒は駄目です!とクリフが頑なに使わせようとしなかったからだ。言い訳じゃない!
今年はベサニー達オキュルシュスのメンバーにも慰労を兼ねて用意しておいた方がいいな。彼女たちには、そうだな、新作のケーキでも作って持っていこう。レシピも渡せばそのうちオキュルシュスの新メニューになるだろうし、実益を兼ねた方が彼女たちは喜ぶからな。うん、そうしよう。クリスマスと言えばケーキだしな。
ちなみにそのメニューだが、俺がまとめてレシピ集にしている。装丁家に任せるべきかもしれないけど、レシピはオキュルシュスの心臓部なので外注に出すことは避けている。
信用第一の職人が情報漏洩などしないとは思うが、一応保険だ。装丁は創造魔法でどうとでもなる。
外注に出さない一番の理由は、装丁家と信頼関係を築けていないことだろう。必要なかったからだが、これからのことを踏まえて装丁家とは誼を結んでおきたい。今後の課題だな。
レシピ集はオキュルシュスに保管してある。売り上げと共に金庫に入れてあるのは当然だが、盗難防止に固有の魔力持ちしかレシピ集を開けないように魔法付与してある。
魔力は指紋と同じで一人一人波長が異なる。それを利用して、予め登録しておいた魔力を解錠の鍵とした。それは金庫の施錠も同様だ。
金庫とレシピ集を開く権利を持つのは、俺とオキュルシュスのメンバー四人。窃盗犯に脅されて解錠することがないよう、強要された魔力かどうかの感知も付与してある。至れり尽くせりにベサニーたちは驚き、公爵家の方々は、こんな特殊で高度な魔法も扱えるんですねと、何の疑いもなしに感心していた。
違うぞベサニー。俺だけしか扱えない反則チート技だから。ただズルしただけの付与魔法を、そんな純粋な目で手放しで喜ばないで。心が抉られる……っ!
めちゃくちゃ世話になったじっちゃんにも贈り物をしたい。じっちゃんは芋焼酎とブランデーとバーボンが好きだったらしい。好みの銘柄もすでにリサーチ済みだ。その銘柄は香りと味に癖がなくて、まろやかなんだと言っていた。たまにウォッカも嗜んでいたそうだが、あれは度数が高すぎて滅多に飲まなかったそうだ。
たまに飲むからいいのだと、俺にはちょっとよく分からない蘊蓄を傾けていた。奥が深いのだと言われてもよく分からない。
浩介は飲酒する暇もなかったので、お酒に関しては浅学非才だ。飲んでもせいぜいハイボールを一缶だ。職業柄翌日に響くような飲み方は出来なかった。
そんな今世ではまだ一切飲んだことのない俺でも、創造魔法を使えばたぶん復元できる。やってみないと分からないけど、芋焼酎の青いボトルが好きだったじっちゃんのために、無から有を生み出してみせる!
ボトルだけ完璧で中身が――なんて事態にならないようにしたいなぁ。
「僕としてはネックレスを贈りたいんだけど」
「まだ決めていませんけど、お兄様がわたくしを想って選んでくださったものならば、それがどんなものであっても嬉しいです」
「ああ、リリー、君って子は! なんていじらしい!」
ぎゅっと抱き寄せ、キスをこれでもかと降らせる。
もうあれだな、愛玩動物を愛でる域だな、これは。されるがまま達観した面持ちでそんなことを思う。
「ユーイン。ネックレスを贈るのはいいけれど、貴方の瞳の色は駄目よ?」
途端、俺を抱きしめるお兄様の口からチッと舌打ちがした。これはバッチリお母様にも聴こえていたようで、呆れたご様子でついと目を細めた。
「貴方の瞳の色のアクセサリーを贈るなら、将来を誓い合った方になさい。リリーは駄目です」
「そんなご令嬢などいません。将来を共にするのはリリーです」
「誤解を招くような物言いは控えなさい」
「本当のことです。僕はリリーを殿下に渡すつもりはありませんからね。この子はエイベルと結婚するんです。そして僕の側から離れない」
お兄様、いつ決定事項になったんです、そんな大事なこと。
俺としてもそれが最善だけど、エイベルにしてみたら胃の痛い申し出だと思うんだ。言い出しっぺの俺が慮るのもお門違いな気がしてならないけども。
ちらりと見上げれば、お父様のお側に控えているエイベルの目がめちゃくちゃ泳いでいた。
な、なんかごめんよ、エイベル。
ちなみにエイベルには魂振祭のプレゼントはしていない。彼も俺に贈り物をしたことはない。
何となく、エイベルには渡さない方がいい気がしている。俺から逆プロポーズ的な発言をしちゃったし、エイベルに要らぬプレッシャーを与えそうで申し訳ない。
そんなやり取りを繰り広げ、賑やかに一日を終えた。
◇◇◇
魂振祭当日になった。早朝から屋敷は大忙しだ。
魂振祭は六公爵家がそれぞれに賓客をもてなす大切な日だ。派閥など実に面倒くさいことが水面下で繰り広げられるが、社交の場は情報収集にうってつけなので疎かにも出来ない。囀ずる話は噂話が多いが、ただの噂と済ませるか、精査して金の粒を得られるかは聴いた者の力量によるだろう。
国王、王妃両陛下の来駕はその年によって異なるが、なんと今年は我が家へお越しになる。なんでも第一王子であるイルと婚約したから、という理由らしい。表向きは。では裏とは?
何やらお父様と密談を交わされるとか、交わされないとか、曖昧な情報しか降りてこないので実体は不明だ。
まあ、子供の俺が知る必要のないことなのだろう。
両陛下に追随してイルも来訪するそうだ。婚約を公にしているし、奴が赴くのは当然と言えば当然だ。
同じくイクスも来訪する旨を伝えてきたのには驚いた。本来ならば宗族の宴へ出席義務を持つアッシュベリー公爵家の嫡嗣が、一門を放置して他家の祝宴に参加するのは非常識だ。それを押し切っての参加に訝ったが、どうやらアッシュベリー公爵からの命令らしい。なおさら訝しいな。
イクスとしては、俺が居るからグレンヴィル公爵家の方がずっと気安くて、ずっと居心地いいらしい。だから父親の真意を図りかねてもこちらを選んだそうだ。然もありなん。
さて。俺の準備はそろそろ完了だ。
五歳のお披露目までは参加する必要がなかったが、今年からは違う。両親とお兄様に付き従って、来賓にきちんと挨拶しなきゃならない。ああ面倒臭い……。
湯浴みを済ませ、この日のためにお母様がムッシュ……もといマダムと相談して決めた赤いドレスに身を包み、ハーフアップにした髪にお父様から贈られた真珠の髪飾りをつけた。お母様が半眼になり、いい加減になさってくださいと冷たく言い放った時は驚いた。お父様の目が泳いでいたから、きっと何かお母様の逆鱗に触れるようなことをなさったのだろう。
ほんのりと薄化粧を施され、俺の準備は整った。頑張ってくれた侍女たちには悪いけど、中身男な俺には憂鬱なことこの上ない仕上がりだ。赤いドレスに薄化粧って!
軽食を口にしながら、テーブルに用意してある小箱をちらりと見た。
これはイルとイクスが魂振祭の当日に我が家を訪れると知って作ったものだ。装飾品型の魔道具で、イルには純金を、イクスにはプラチナを使用して細身のブレスレットに仕上げた。あらゆる状態異常を無効化し、害意から身を守るために防護魔法を付与した。さらに危険察知、怪我の治癒、腐食防止、劣化防止、損傷防止もかけておく。
(もしかしなくても、ちょっとやり過ぎたんじゃないかな……)
すべての状態異常は効かないし、物理・魔法の攻撃を無効化。万が一怪我しても治癒魔法が発動し、悪意が近づけば早々に察知できる。
………うん、死角ないよね。どの方面からも二人を攻撃できない。ガスマスクと防護衣を着込んで防弾ガラスに守られているような状況だ。過剰防御だよね、明らかに。
やり過ぎた。ちょっと夜更かししちゃった時の夜中のテンションのまま着手すると、後々冷静になれば突っ伏したくなることをやらかしていたっていうパターンだ。これ作った時の俺のテンションはどうかしてた。
でも作っちゃったものはしょうがない。イクスにはいずれあらゆる毒を無効化する魔道具を作ってやりたいと思っていたのだ。もうこれでいいや。どうせ他人に奪われれば自壊するように出来ている。問題ない問題ない。
「お嬢様。四半刻ほどで両陛下と第一王子殿下、並びにアッシュベリー公爵家ご令息様がお着きになるそうです」
「わかったわ。ありがとう」
報せてくれたカリスタに頷き、後で小箱を運ぶように言い付ける。
さて、そろそろお出迎えに参りますか。
クリスマスと言えば去年を思い出します。
恋愛映画三昧のクリスマス・イヴでした。
「恋愛映画をそんな何人も殺してそうな形相で観てるやつ初めて見た」
ええ、眉間に縦も寄りますよ。
3本も観れば飽きちゃいますって。
ショッピングしたり、イルミネーション見たりしたいじゃないですか。お出掛けしたいじゃないですか。クリスマス・イヴなのに!
「アクション観たいんだけど」
勝手に観ればいいでしょーっっ!
どうせ内容なんて頭に入って来ないもん! 脳内ではすでにお出掛けしてショッピング楽しんでますから!
映画は1本でいいと思うのです。
目がチカチカするほど観る日じゃないと思うんです。
お部屋でまったりもいいけど、クリスマスくらいはお外が恋しいです。
そんな乙女心(乙女心?)にモヤモヤした去年のクリスマス・イヴでした~
皆様は本日どのようなクリスマスをお過ごしになるのかしら(’-’*)♪