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87.昏倒

大変お待たせ致しました! そしてブクマ登録・評価・感想ありがとうございますヽ(*>∇<)ノ


灰かぶりでもそうでしたが、知らぬ間にブクマ登録件数が20件ほど増えてました(@ ̄□ ̄@;)!!

ありがとうございます! 励みになります!



『86.確かな繋がり』との食い違いを見つけてしまったので、こちらを修正致しました。

 



 野営設置後、レインリリーを天幕で休ませてしばらく経った頃。ぐっすりと眠っていたはずのレインリリーが突然呼ばれでもしたかのようにぱちりと目を開け、上体を起こした。


「………? もうお目覚めですか、お嬢様?」


 天幕の中に控えていたケイシーが近づくも、レインリリーの眼はぼんやりと空を眺めるだけで反応はない。枕元で丸まって一緒に寝ていたナーガがするりと首に巻きつき、レインリリーの様子をじっと見つめた。


「お嬢様? どうされました?」


 傍らまでやってきたケイシーが心配して再度問うも、やはり反応はない。

 ナーガが視線をレインリリーから前方に移し、目を眇める。同時にレインリリーも右腕を前へ伸ばし、何事かを呟いた、その刹那。

 目映い輝きを放つ虹色の魔法陣が天幕を覆った。


「おっ、お嬢様!? お嬢様! 誰かっ、誰か!」

「ケイシー!? 入るぞ!」


 天幕にいの一番に駆け込んで来たのはノエル、アレン、ザカリーの三名だ。


「お嬢様!?」

「これは……っ」

「いつもの聖属性魔法陣じゃないぞ!?」

「何事だ!!」


 遅れて入って来たのは前領主、アラステア・グレンヴィル前公爵だ。続くように騎士団の数名が躊躇いがちに入り、中の様子に息を飲んだ。


「レインリリー? どうした。何が起こっている?」

「わ、わかりませんっ。突然お目覚めになり、このような状況にっ」


 蒼白なまま不安げに言い募るケイシーの肩を抱き、ノエルが少し下がらせる。気が動転しているあまり、大旦那様に場所を譲らないという不敬を働いていた。


「レインリリー。レインリリー? お爺様の顔を見なさい。休むべき時に魔法陣など発現させて、お前は何をしようとしている? それにこの色合いは」


 ナーガが頬にすり寄ると、ぱちくりと瞬いたレインリリーの、作り物のようだった瞳に光が戻った。


「レインリリー?」

「………? お爺、様?」

「私がわかるな?」

「は、い……。あの……?」

「お前が突然魔法陣を発動させた。これはなんだ?」

「え………?」


 右腕を前に突き出したまま周囲を確認して、レインリリーが再びぱちくりと瞬いた。


「―――ああ、これは、創造魔法、ですね」

「創造魔法? この虹色の魔法陣がか? そう言えば空間拡張の魔法だったか、あれを発動させた際にもこれと同じものが出現していたな」

「ええ……」

「それで、創造魔法の魔法陣を使って、お前は何をしようとしているのだ?」

「ああ、それは」


 疲労が抜けていないのか、ふう、と心身を磨り減らしたようなため息を吐いた。


「レインリリー。何故休まない」

「ああ、ごめんなさい、お爺様。わたくしも休みたいのですけれど、今はそうは言っていられない状況のようです」

「どういう意味だ?」

「お父様が……わたくしを呼んでおられます」

「何? ユリシーズが?」

「はい。魔素に頼んだご様子で、たった今伝えに参りました」

「夜通し激戦を繰り広げたと知っているユリシーズが、お前を呼んだだと? 御前会議中にか?」

「ええ。その御前会議で問題発生です。秘匿は、もう叶わないかと。王命ですから」


 お爺様が険しい表情になった。ケイシーや騎士達も全員同じ顔だ。


「チェノウェスだな」

「そのようです」


 レインリリーは苦笑を返す。

 ヴァルツァトラウムで起こったことを報告するなら、秘匿したままでいるのはまず不可能だ。すべて創造魔法や聖属性魔法に関与する事態。秘匿を貫き報告しようとすれば、中身の薄い矛盾だらけの報告になってしまう。そんな厳しい条件下で、お父様はよくやった方だとレインリリーは思っていた。

 魔素から伝えられた経緯を思い返し、ユリシーズに感謝と申し訳なさを感じた。軍部を含めたお歴々を前に、縛りの多い、寧ろ自由なことなど一つもない制限的な場で孤軍奮闘してくれたのだから。


「この魔法陣は、転移魔法陣です」

「転移? そんなことまで出来るのか……」

「驚きですよね。これから奮闘してくださっているお父様のもとへ参ります」

「お嬢様! では私もお連れください!」


 慌てた様子でアレンが名乗りを上げた。はっと息を飲んだケイシーたちも共に行くと言い募る。


「申し出は嬉しいのだけど、ごめんなさい。今のわたくしでは、この身ひとつを転移させるだけで精一杯なの」

「しかし、お一人では!」

「ナーガもいるし、あちらにはお父様がいらっしゃるから、御前会議の後に昏倒したとしてもお父様が連れ帰ってくださるわ」

「昏倒が前提なのだな。それほどまでに疲弊しているのか……」


 すまぬ、と眉尻を下げ、頬を撫でた。

 特別な力を授かっているとは言っても、本来の肉体年齢はまだ五歳なのだ。目に入れても痛くないほどに愛おしい最愛の孫娘に、ずっと無理を強いている状況が嫌で仕方なかった。これからさらに王城へ飛び、重臣たちの前で品評会のような真似事までさせなければならないのか。


「各々が出来ることをすれば良いのです、お爺様。今回その役割がわたくしにしか出来ないことばかりだった、それだけの話ですわ。誰も失わずに済んだことの方が、ずっとずっと大切です。それだけでも、わたくしが昏倒するだけの価値があったでしょう?」


 微笑みながら小首を傾げるレインリリーを、アラステアはぎゅっと抱擁した。


「まったくお前という奴は……。何もかもを、その細い肩に背負い込まんでくれ。お前自身が無事であることが大前提でなければならぬ。愛しい愛しいお前を失うことなどあってはならん。必ず私達を頼りなさい。一人で何とかしようなどと考えるな。無理はするな。わかったな?」

「はい、お爺様。お約束いたします」


 レインリリーも一度ぎゅっと抱きついて立ち上がった。

 転移魔法陣は発現したまま、地面で虹色の輝きを放っている。


「数日中には必ず戻ります。お婆様とお母様にも、心配なさらぬよう言伝てをお願い致しますね」

「ああ。余計な心配はさせぬ。こちらのことは気にせず、お前自身のことだけを考えていなさい」


 こくりと首肯し、ケイシーと護衛騎士三名を見た。揃って向けてくる不安そうな表情が捨てられた仔犬のように思えて、思わずふふっと笑ってしまった。


「―――――ア・ルーカ」


 待っていて、と笑みを向け唱えた露の間、レインリリーの姿は光に溶けて、魔法陣ごと消失した。






 ◇◇◇


 虹色の光に包まれて転移した場所は、御前会議が行われている会議室だった。座標設定などは、お父様の側にいる魔素を基点にすれば決して難しくはない。魔素がここだと示してくれるからだ。ナビの通りに進むだけでいい。


 お父様とお歴々のやり取りは魔素が伝えてくれた。お父様がここへ呼び寄せた理由も。


「リリー……なのか……?」


 くっと瞠目したままお父様が誰何する。その問いに、神衣の裳裾をゆるりと捌き、カーテシーで応えた。動作の一つ一つに鈴の心地好い音が室内に広がる。


「はい、お父様。仰せによりただいま罷り越しました」

「よくぞ……よくぞ無事でいてくれた。ありがとう、リリー」


 今一度カーテシーで応えて、裳裾を捌き振り返る。驚愕に固まったまま凝視するお歴々の面々へ目礼し、次いで同じく目を見開いた国王陛下に深々と最敬礼のカーテシーを向けた。


「レインリリー嬢、なのか。本当に」

「左様でございます、陛下。ユリシーズ・グレンヴィル公爵が一女、レインリリー・グレンヴィルにございます。許しもなく御前を荒らし、突然場を乱しましたこと、深く陳謝申し上げます」

「ああ、それはよい。先程の魔法陣は、もしや件の魔法か」

「はい。すでに陛下もご存知の、あの能力の一端にございます」


 うむ、と陛下が頷いた。創造魔法のひとつだとご理解頂けたようだ。


「して、その美しい姿は」

「お褒めに与り光栄に存じます。この姿は未来のわたくし自身のもので、ヴァルツァトラウムの森全域を浄化するために必要なものであると、このナーガが申したのでございます」

「ナーガ――そうか、ユリシーズから聞いている」


 陛下の視線を受けて、ナーガが首に巻きついたまま陛下をじっと見据えた。


「ナーガ殿。こうして(まみ)えますこと、心より感謝申し上げる」


 ナーガは陛下を見据えたままこくりと首肯した。


「ああ、お応え頂けるのか。何とありがたい」

「へ、陛下。何がどうなっているのか我々にはさっぱり分からぬのですが……」

「陛下はご存知なのですか、この見目麗しい貴婦人と、その首に鎮座している珍妙な生き物を」

「これ! 無礼な物言いは慎め!」


 唐突な陛下の叱責にお歴々が面食らった顔をした。


「現在ナーガ殿はこのような愛くるしいお姿をされているが、本来のお姿は我々人間が目にして良い御方ではない」

「そ、それはどういう……?」

「ナーガ殿の本質は魔素、聖霊様だ」

「せっ、聖霊、様!?」


 ざわっと一気に動揺の波が広がった。思わず席を立ってしまった方もいる。


「レインリリー嬢。ナーガ殿のそのお姿は仮のお姿なのであろう? 本来は巨大な龍と呼ばれる凛々しいお姿をされていると聞いたが」

「はい。青銀色の鱗が美しく、堂々たる姿は豪壮で、まさに神の化身と言えましょう」

「それは一度拝見したいものだ。――では本題へ入ろう。私はグレンヴィル公爵に潮時だと言った。それは承知しているものと認識して構わぬか?」

「はい」

「ではレインリリー・グレンヴィル嬢。そなたに関する秘匿事項を公言せよ」

「陛下の御心のままに」


 今一度最敬礼カーテシーで応じる。

 ずっと秘匿など出来ないだろうことは理解していた。お父様を隠れ蓑に、お父様の庇護下でかなり好き勝手やってきた自覚がある。今回の北区ヴァルツァトラウムの騒動がなかったとしても、いずれは方々に晒す結果になっていただろう。ヴァルツァトラウムが問題ではなく、時期の問題だ。

 グレンヴィル公爵家に生を得たのも幸運中の幸運だ。側室もなく、家族や使用人たちから愛される日々。財など簡単に増やせる創造魔法を悪用せず、最大限の保護と自由を与えてくれた。

 他家であればどうだったか。

 平民だったら?


 グレンヴィル公爵家という最高峰の守りがあるからこそ平穏無事に生きてこられた。平民であった場合、悪意ある者たちに狙われ、捕まり、調教され、金を生む製造機よろしく昼夜問わず馬車馬のように働かされていただろう。

 身体に膨らみが出始めれば、慰み者として扱われたかもしれない。最悪ペドフィリアだった場合、その末路は悲惨だとしか言えない。

 如何に自分が守られ、深い愛情を受けてきたか、それが今更ながらに痛感させられる。


 お父様はずっと苦しんでおられたのではないか?

 守りきれないかもしれないと、常に不安を抱えていらしたのでは?

 それをおくびにも出さず、ただただ温かくどこまでも深い愛を示してくださっていた。

 もういいのではないだろうか。

 お父様にひたすら守られるだけではなく、お父様と手を取り合って、お父様のお心をお守りするべきではないのか。


 お父様を振り返れば、珍しく眉尻を下げていた。威厳ある外面が剥がれている。これは本当に珍しい。

 思わずほっこりして、ふふ、と笑ってしまった。


「お父様。わたくしは大丈夫です。今まで守ってくださった分、今度はわたくしがお父様をお守りする番です」

「なにを、言っている」

「お父様がずっと抱えてこられた憂苦を、ここで一度断ち切りましょう。人の心とは複雑なものですから、完全に払拭することは叶わないでしょうが、これからもわたくしは変わらずお父様のお側にあるのだと、強く信じることが出来るように尽力致します。ですからどうか、そのような物憂げなお顔をなさらないで」


 はっと小さく息を飲んだお父様が、泣いてしまいそうな沈痛な表情で手を伸ばそうとしてそれをぐっと堪え、陛下に目礼した。


「陛下。御前でお目汚しをご寛恕頂きたく。娘を……抱きしめる無作法をお許しください」


 破顔した陛下が鷹揚に頷いた刹那、お父様がきつく抱擁した。


「すまない、リリー。最後まで隠しきれなかった私の不甲斐なさを責めてくれ」

「何を仰るのです。これまでのびのびと育ってこれましたのは、偏にお父様のご加護あってのこと。危険なことなど何一つなく、自由奔放に生きて来れましたわ。今回が特殊だっただけで、お父様の落ち度などではございませんよ」

「だが……」

「お父様。ただ愛してくださいませ。それだけでわたくしは全ての苦難に立ち向かう強さを得られます」

「リリー……ああ、もちろんだ。誰よりも心から愛している。私のたった一人の、掛け替えのない愛おしい娘」


 こめかみに口づけを受け、ふんわりと微笑んだ。

 その想いだけで充分だ。


 それから今まで秘匿してきたすべてを語った。創造魔法と聖属性魔法の実演もし、始めは戸惑いながらも懐疑的だったお歴々の表情が変わっていった。

 無理矢理にでも理解と納得をしてもらい、それらを前提に今回の北区ヴァルツァトラウムで引き起こされた顛末をすべて語った。

 そして件の触媒(ニクバエ)と、監視・偵察用に飛ばしていたと思われるマイクロドローンを提出した。

 陛下もお歴々も、その未知の物体に釘付けになっていた。

 ドローンを捕獲した当初より計画していた条件で、陛下とお歴々には納得してもらった。じっちゃんを矢面に立たせてしまうが、事が事だけに巻き込まないわけにもいかない。

 今後の最大の保護と責任を、お父様が請け負うと説得してくださった。じっちゃんを利用させないための布石として、陛下も連名してくださった。王家の保護という名目ではなく、陛下個人の保護として。

 王家と一括りにしてしまうと、陛下以外の王家の誰かがじっちゃんを利用するかもしれないからだ。その危険性を重々ご承知の陛下が自らそのようになさった。

 それは陛下が、王族を信用していないと公言したも同然だった。


 披露した防護魔法に食いついたのは、予想通りチェノウェス公爵だった。他にどのようなことができる、強度は如何ほどかなど、興奮した様子でぐいぐい前のめりに質問攻めにあった。それを制止し、牽制したのはお父様ではなく陛下だった。

 我が愚息の婚約者だ、下手な気は起こさぬように――そう釘を刺した陛下に、チェノウェス公爵だけでなくお父様まで苦虫を噛み潰したような苦り切ったお顔をされたのが印象的だった。


 ニクバエは、予想通り王宮直属機関が受け持つことになった。結界を解除し、仮死状態も一緒に解除した。特殊な魔法陣が施された箱に入れられ、これから徹底的に調べるという。


 すべての話し合いが終わり、御前会議は解散となった。各領での警戒強化と密な情報共有、諸外国への探りなど、粗方の対策が取り決められた。そして、この場でなされたレインリリー・グレンヴィルに関する秘匿事項を一切口外しないことと王命が下った。

 了承し退出する際、グレンヴィル公爵父娘は残るようにと陛下より下知があった。お歴々が挨拶しながら次々と御前を拝辞していく中で、チェノウェス公爵がこちらへ歩み寄り、手を掬いあげると挨拶のキスをされた。


「麗しの姫君。貴女を知り得たのは我が人生で最良の出来事だった。またお会いできる日を心待ちにしている」


 パチンとウインクされて、若干頬が引き攣った。気障だなぁ……! さすが十数人の側室を抱える稀代のプレイボーイ!

 またもや牽制したのはお父様ではなく陛下だった。


「チェノウェス大将軍。何度も言わせるな。レインリリー嬢はシリルの婚約者だ。粉をかけようなどと、欠片ほども思うでないぞ」

「それは重々。しかし貴重な防護魔法を扱える姫ですぞ。我が愚息にも一度は機会を与えて頂きたい」

「ならぬ。防護魔法はチェノウェス公爵家の血統。そちらで増やせ」

「つれないことを仰る。これほどまでに才知に溢れ、唯一無二の能力を持ち、そして何より母君を越える美貌が約束されているのですよ? その完成形をこうして目の当たりにしているというのに、手を出すなとは酷い仰りようだ。願わくば私の妻に迎えたいほどだと言うのに」

「お断りする。我が愛娘を貴殿に嫁がせるなどあり得ない」


 ついにお父様が冷ややかに告げた。そりゃそうだ。自分より十近く年上の男に娘を嫁がせたい父親がどこにいる。


「わかっている。言葉の綾だ」

「では下がれ、チェノウェス公爵」

「御意」


 意外にもあっさり引き下がった大将軍に驚いていると、最後にもう一度ウインクして去っていった。本当に気障だな!


「さて。邪魔者は退散した。レインリリー嬢、此度の活躍、心より感謝する」

「勿体なきお言葉」

「そして、シリルの近衛騎士らの話は聞いた。誠に申し訳ない」

「いいえ。彼らはあれで間違ってはおりません。思うところは多々ありましたが、その一件に関してだけは妥当な判断であったと思います」

「そうか。そう言ってくれるか」


 ふう、と陛下が重々しい息を吐き出した。


「シリルとの婚約解消を希望したと聞いた。それは間違いないか?」

「間違いございません」

「あれの成長を待つ、という選択肢はないか」

「………正直に申し上げても?」

「ああ。構わない」

「婚約という形に拘るのであれば、解消すべきだと思っております。今の殿下にわたくしの存在は諸刃の剣。今後のご成長を見守るという意味でなら、拒絶は致しません。あの方は必ず賢君となられましょう。その素養は十二分にお持ちの方です。けれど、同時にわたくしという弱点をお持ちになってはなりません。枷にしかならないならば、お側にあることも控えるべきです」

「そうか……そこまであれを買ってくれていたか」


 ははは!と陛下が破顔した。びっくりしていると、お父様が眉根を寄せて肩を抱いた。お父様?


「そうか。あいわかった。シリルに再教育を施すとしよう。厳しく、今以上にな」


 にやりと不敵に笑う陛下を見つめて、うわあ、と心の中で合掌した。イル、がんばっ。


「シリル付き近衛騎士は再教育の上役目を解く。再考期間も含めて、シリルをレインリリー嬢の許へは向かわせない。当分はな」

「―――――陛下」

「許せ、ユリシーズ。俺に諦めるという選択肢はない」


 砕けた物言いに瞠目すれば、悪戯が成功した子供のように陛下が笑った。


「レインリリー嬢。シリルは俺に似てしつこいぞ?」


 知っています。そっと嘆息すれば、再び陛下が快活に笑った。つられて頬が緩んだ、刹那。

 すうっと血の気が失せていく感覚に襲われた。ああ、限界か――そう思ったと同時に、視界が瞬時に暗転した。






「リリー!!」


 咄嗟に抱き止められたのは運が良かった。危うく床に倒れ込むところだった。

 蒼白な顔色で短い呼吸を繰り返すリリーは、すでに意識がない。唐突に、一瞬で昏倒した。これほどまでに無理をさせ、命を危ぶめていたことに思い至らなかった自分が許せない。


「侍医を呼べ!!」


 陛下の激声が響く。近衛騎士が慌ただしく走り去る足音がした。


「リリー、リリー」


 頬を撫で、ぎゅっと抱きしめる。先程抱き締めた時は温かいぬくもりが返されたのに、私の腕にくるまれた肢体から零れ落ちていくように熱が引いていく。ひんやりと色を無くしていく肌を擦り、何度も何度も名を呼んだ。

 妻によく似た姿で昏倒する様は寒心に堪えない。娘を失うかもしれない恐怖を更に増幅させてしまう。


「ナーガ様、娘を、リリーを、どうか……っっ」


 神の使徒であるリリーを、神やその一部である聖霊が放置しているとは思えない。一縷の望みを込めて懇願すれば、ナーガ様がこくりと首肯した。


 浅い呼吸を繰り返すリリーをひたと見据えた須臾の間。黄金色の魔法陣がリリーを包み込み、その尊い命を繋ぎ止めた。





今回はいつもより2000文字ほど長めです、読了お疲れ様でした(/≧◇≦\)


今年も残り僅かとなりました。

皆様何かと忙しい年末年始、お体を壊さないよう気をつけてお過ごし下さい(●´ω`●)

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