85.合流
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「―――――さま………お……さま………お嬢様」
「んん………?」
覚醒を促す声に、うっすらと嫌がる瞼を押し上げた。
闇に慣れた視力には眩しい朝日に目を眇め、抜けない疲労感と眠気に眉をひそめる。
「申し訳ございません、お嬢様。まだお休み頂きたかったのですが、あと一刻とかからず第一防衛ラインへ到着致しますので、そろそろお目覚めになられるべきかと」
アレンの胸に預けたままだった上体を起こして、まどろみを手離そうとしないぼんやりとした頭で起きる必要性を理解した。しかし、預けたアレンの胸で緩くくぐもって響く柔らかな声が心地よくて、このまま眠っていてもいいんじゃないかと、そんな悪魔の囁きが堕落を誘う。
あと五分だけ、と言いそうになった。その五分が命取りになる経験を浩介時代に嫌というほど味わったことを思い出し、誘惑を断ち切るようにアレンから離れた。
いい加減ぐっすり眠りたい。本来の肉体年齢は五歳児なのだ。すでに五歳児のキャパシティをとうに越えている。
(うう、このまま眠りたい……)
駄目だと思うと余計に惰眠を貪りたくなるのは何でだろう。
ふと隣を闊歩するアレンの愛馬、イライアスに目を止める。乗せていなくてもアレンの側にいたいのか、ノエルに手綱を持たれながらもウルに寄り添うように歩いている。その健気な姿を見ていると、まだ眠いなんて我が儘言ってられないなと反省した。
「あなたの主を借りてごめんなさいね」
労いを込めて声をかければ、イライアスがブルルと鼻を鳴らした。耳がこちらを向いているので、機嫌は良さそうだ。安心した。
鼻先に掌を差し出すと、ふんふんと匂いを嗅ぐ。耳は後ろに倒れていないから、怒ってはいない。寧ろ鼻を押しつけてくるということは、構ってとの意思表示だ。掌全体で撫でてやればご機嫌に頭を下げた。
請われるまま鼻筋から額を掻いてやり、最後に首を軽く叩いてやると、耳を横に向け、嬉しそうに目を細めた。
青毛が美しいイライアスは、主以外の人間が相乗りすることを嫌がらない優しい性格をしている。今回防衛ラインを走破した際、相乗りしてくれる護衛にアレンが抜擢された理由も、実のところイライアスの性格が一番大きい。ノエルの黒鹿毛も、ザカリーの月毛も比較的穏やかな性質をしているけれど、主以外の人間を乗せることに若干の抵抗を見せる。
押し並べて大人しい馬たちは、それでもやはり性情は軍馬だった。ドラゴンに怯えて逃走しなかった気概は天晴れの一言に尽きる。
そのドラゴンは、眼前の立派な角をしっかり掴んで悠然と佇んでいる。時折翼をわたわたとはためかせているあたり、悠然とという表現は間違っているかもしれない。
何でそんな不安定なところにと思わなくもないけど、本人が楽しんでいるようなのでこれはこれでいいのかな?
でもウルの首だけは気掛かりなので、そろそろ注意した方がいいかもしれない。
『主。イライアスとやらは納得しているようですよ。気にせずその男にしっかりと掴まっているようにと申しております』
ウルの念話に感謝を込めて首を叩いてやれば、ご機嫌に耳が揺れた。
「ありがとう、イライアス」
同じように首を叩けば、イライアスもお返しとばかりに頭を擦り寄せる。
「こら、イライアス。お嬢様、申し訳ありません」
「ふふ、構わないわ。ねえ、ナーガ。そろそろ本来の姿に戻してほしいのだけど」
「「「「「え!?」」」」」
「え?」
十四名の綺麗に揃った声にぱちくりと瞬いた。なぜ驚く?
奇妙な反応に訝っていると、代表してなのか何なのか、アレンが口を開いた。
「………お嬢様。今しばらくはそのままがよろしいかと」
「え? どうして?」
「せっかくお美しいお姿をしておいでなのです。大旦那様にも見せて差し上げてはいかがですか?」
「ええ? う~ん」
また扇情的だとか言い出しそうだけど。それに違う意味で喜びそう。念話で話したかぎりでは、まだ王家輿入れを諦めてはいないようだし。
どんな外見に変貌しているのか確認していないから何とも言えないけれど、騎士たちの反応からお母様によく似た容貌へと変わっているに違いない。
「お爺様の小躍りする様が目に浮かぶようだけど、そうね、その方がいいかもしれないわ。本来の肉体年齢に戻ってしまえば、蓄積された疲労感から倒れてしまう可能性もあるもの」
そもそも五歳の娘が捌ける事態ではなかったのだから、かかる負荷の許容量はとうに越している。倒れないでいられるはずがない。
何日寝込むことになるのだろうかと、やり遂げた達成感よりも今は疲労困憊の方が勝っている。
まだまだ残っている問題は山積みだ。終わったのではなく、これは始まりに過ぎないとわかっている。お父様とお爺様と、国王陛下と、きちんと情報を共有し、今後の方針を精査しなければならない。とは言っても、粗方の報告はさせて頂いたので、後の細々としたものは専門の方々に丸投げでいい。
それ以外で残っているあれやこれやに取り掛かる前に、一度しっかりとした休養を取りたい。もう無理。本当に眠い。
◇◇◇
案の定、お爺様の喜びようといったら、もう、ね。
予想通りに扇情的だと口走るし、ずっとにまにまにまにまと、若干鬱陶しくイラッとするにやけ顔を終始晒していた。
この姿の説明を求められて掻い摘まんで話したら、ずっとあんぐりと惚けていた騎士団の面々が突然どっと割れんばかりの大歓声に沸いた。至る所から天姫様と叫声が上がったけれど、「あと十二年経てば……!」とか不穏な声も混じっていて、それがちょっとだけ気になった。
「ご苦労だった、レインリリー。約束通りかすり傷ひとつないようで安心したぞ」
「はい、お爺様。ご心配おかけしました」
ぎゅっと抱擁してくれるお爺様にすがりついて、ようやく取り敢えずの終息を実感した。やはり身内の温かさを肌で感じると、帰って来たのだと無意識に安堵してしまう。
ふと、どこか落ち着かない様子のケイシーが目について、お爺様から離れてケイシーの側へ寄った。
「ケイシー、体はどこも異常ない?」
「はっ、はいっ! 平気ですっ」
「そう、それならば良かったわ」
「あ、あの、お嬢様、ですよね?」
「? ええ」
「そのお姿も、魔法なのですか……?」
ああ、戸惑っていた理由はこれかと納得した。そりゃそうだよな。出立する前は浩介の姿をしていたのだ。幼女だったり男だったり女だったりと、忙しない変貌だ。
「わたくしの未来の姿だそうよ。広域浄化のために必要なものらしくて、ナーガがやってくれたのだけれど、わたくしは姿見で確認していないからどんな感じに仕上がっているのかさっぱりわからないのよね」
「とってもお綺麗です! 奥様に大変似ておいでですよっ」
やっぱりと頷く。うん、わかってた。
天女の如しと言わしめた絶世の美女に瓜二つとか、何の冗談かと思う。仮に妹がいて、お母様にそっくりだったとしたら、きっと鼻の下を伸ばして溺愛していただろう。高確率でと言うより、間違いなく溺愛する。
でも自分がそれを受け継いでいるとなれば話は変わってくる。溺愛されたいのではない。溺愛したいのだという点は、今も一切変わっていない。
今の容貌の話題はもういいだろう。正直言えばあまり触れたくない。いきなり心も女になれるかと言われれば、答えは否の一択しか存在しない。プロセスは大事だぞ。すっ飛ばすなんてとんでもない。
「あの、お爺様。先刻申し上げたご相談なのですが」
「ああ、見ればわかる。お前を乗せてきたラスロールと、その頭に乗っているドラゴンの子供のことだな?」
「はい」
アレンに降ろしてもらったあと、ウルは守るようにそっと寄り添っていた。ウルの角には相変わらずリオンが掴まっているけど、本当にウルの首は大丈夫だろうか。
「どちらもずいぶんとお前に懐いているように見えるな……元来人に懐く生き物ではないのだが……」
「ラスロールはウルと、子ドラゴンはリオンと名付けました。わたくしの魔力を糧とするので、食事は一切不要とのこと。それでも、ウルはともかくリオンはどうしたものかと……」
「まあなぁ………ドラゴンは魔物の王であり、人を襲うと認識されているからな。親の大きさを考えれば、この子ドラゴンもその程度か、もしくはそれ以上に成長する可能性もある。国も当然脅威と判断するだろう。いろいろとかなり無理があるな」
「ええ、わたくしもそう思っておりまして……あ、でも一つだけ訂正を。ラスロールとドラゴンは魔物ではなく、精獣と呼ばれる高位存在なのだそうです」
「精獣?」
「はい。魔物ではないので、本質的には人を襲いません。ドラゴンが人里を襲った史実は、故意であるか否かは別として、人間がドラゴンの聖域を侵した結果なのだそうです。ドラゴンの猛威は、その報復であると」
お爺様を始め、騎士団の面々が何とも言い難い面持ちでリオンを見た。自分達を襲った番のドラゴンには正当な理由があったと頭では理解できても、感情は別だ。仕掛けてきた何れかの国のせいで殺されかけたのだ。同じ人間だと括られて、その矛先を向けられたとあっては堪ったものじゃない。
渦中のリオンはと言うと、予め大丈夫だと言っておいたおかげか、堂々と翼をはためかせて顎を引いている。……いや、これはさっきと同じだな。バランスを取ろうとしてわたわたしているだけのようだ。
おいでと両手を差し出せば、嬉しそうにきゅるるると鳴いて胸に飛び込んできた。
「こいつは驚いた……本当にお前に懐いているな。子供と言えど、あのドラゴンだぞ?」
呆れたような声と表情に苦笑いを返す。全く以て同感です、お爺様。
「だが、今はいいとしても、何れはそうも言っていられない状況になるだろう。前言したとおり、成長すれば今は抱き抱えられるその子ドラゴンも見上げるほどに巨大化する。そうなれば、エスカペイドにも王都にも、どちらにも置けぬぞ」
「仰るとおりです。ですから知恵をお借りしたいと……」
お爺様はううんと唸って沈黙してしまった。自分でも思いつかない解決策をお爺様お一人に丸投げしちゃ駄目だよな。
お爺様のご指摘通り、そんなに時を置かずして、リオンは人目から隠すことなど出来ないほどに大きくなるだろう。それこそ小高い山のような巨体になる。歩いたり、方向転換するだけで周囲の木々や草花、延いては家屋までをも薙ぎ倒してしまうに違いない。
本当にどうしようと途方に暮れていると、ナーガが事も無げに言った。
『成長しても今の大きさに変化させればいいんじゃない? もしくは、空間拡張の魔法でリリーの影の中に草原とか自然園を創って、普段はその中で過ごさせるとか。リリーの影だから、常に側にいるしお互いに安心なんじゃない?』
なんだって?
とんでもない用語がごろごろと放られた気がするのだけど、聞き間違いであってほしい。
『聞き間違いじゃないよ?』
「ちょっと待って。まず確認させて。ドラゴンは身体の大きさを任意で変えられるの?」
さすがに慣れたもので、一同はナーガと念話で会話していると理解してじっと耳を傾けている。
『変えられるよ。ある程度の年齢になったら出来るようになる。まあその必要性がないから、歴史上わざわざ身体を小さくしたドラゴンは存在しないけど』
それはそうだろう。体格と力で勝る姿を放棄する理由などあるわけがない。人間の愛玩動物じゃあるまいし。
『リオンの場合は、リリーが教えてあげればもっと早い段階で覚えると思う』
「わたくしが教えればって、そんな特殊な魔法なんて知らないのだけど」
『え~? 本当にそう?』
訝る視線を向けていた刹那。唐突に頭に閃いたものに苦り切った顔をする。神様めっっ。
『今はまだ幼すぎて無理だけど、馬車の大きさを越えた辺りからなら覚えられるはずだよ』
「馬車の大きさって……それまで庭で育てろと言うの? 無理だからね?」
『うん、わかってるよ。だから言ったじゃない。リリーの影を空間拡張して、そこに自然園を創って入らせとけば問題ないって』
「そこよ、わたくしが問い質したいのはまさにそれ! 影を空間拡張して自然園を創るってなんなの!?」
それはもう別の世界を創造するってことじゃないのか。例え小さな世界でも、別空間に創った自然界だなんて、そんなものは神の領分だ。とんでもないぞ。
『何を今さら。創造魔法も聖属性魔法も人の領分ではないのに、何度も行使しておいて何を言っているの、リリー』
そうだった、その二属性は本来人が扱えるものではなかった!
うっかり失念していた事実を正論という形で返されたことで、ぐうの音も出せず虚脱した。
空間拡張の魔法って、収納魔法と同様この世界にはない魔法に違いないと、諦めの息を吐いた。
如何だったでしょうか???
今回は早くに書き終えることが出来たので、土曜日の予定でしたが前倒しで更新致します_〆(゜▽゜*)
誤字脱字はないはず! ……たぶん!
もし発見しましたら、「ちゃんと確認しとけや」と突っ込んでいただければ直ちに直します! ( ・`д・´)キリッ!
第83話の後書きに書いた内容ですが、ほんのちょびっと訂正をば……。
「第五章もあと3話前後で終了です(*ノω・*)テヘ」とか書きましたが、あと2話ほど延びる可能性が……(;¬_¬)
きゅっ、90話内には新章へ突入できる! はず!
いや、しますョ! します!
だから呆れないで~~~っっ(´□`; 三 ;´□`)