81.森内部 14 ~俺の魔力はご飯になるそうだ~
3話連続投稿しております。2本目!
俺も護衛騎士たちも、唖然とその様を凝視した。
ナーガと同等の金環。まったく読めない神界文字。神界文字? ナーガはまだ理解できるが、何でそんな代物がリオンの首に顕現したんだ? どうなっている?
混乱と疑問がありありと伝わる視線をナーガに向けると、ナーガは可愛らしくこてんと小首を傾げて、天気の話をしているかのように事も無げに告げた。
『リリーが名付けると、ただの契約では済まないんだよ? リリーの適性は聖属性。その眷属にするなら、神格を与えるに等しい。リリーは神の使徒でしょ? 忘れちゃった?』
何そのびっくり設定。神の使徒にはそんなオプションが付いてたの!?
え、聖属性だろ? 天属性でも神属性でもなく、寧ろ神属性の劣化版なのに、名付けただけで神格を与えることになるのか? 俺自身は神の使徒であって神ではないのに? どういう理屈?
混乱の深まる俺の膝の上で、リオンが誇らしげに胸を張り、顕現したナーガとお揃いの金環をドヤ顔で披露している。
条件反射で頭を撫でてやりながら、神格化ってなんだよ、とぼやいた。
不意にラスロールが頬にすり寄った。うん? なんだ? お前も撫でてほしいのか?
よしよしと耳の下を掻いてやると、じっと澄みきった青空のような眸で見つめてきた。耳の下ではない? じゃあ首か? 額? 口吻?
一時も目を逸らさないラスロールを見つめ返して、ようやく察した俺は引き攣った笑みを浮かべた。
「……………まさか、お前も眷属になりたいとか言わないよな? 名付けてほしいとか」
ピィ!と甲高く鳴いた。どう考えても肯定の意味だ。ラスロールの眸がキラキラと喜色に煌めいている。
どうすんだよ、これ………。
成長したら十五メートル超えの巨体になるであろうドラゴンと、体高が軍馬並のラスロール。この精獣たちをエスカペイド邸に、後々王都邸に連れ帰るのか……?
異様な様を想像して、未だ鈍痛の続くこめかみを擦った。
両屋敷の使用人たちはもちろん、領民や王都に暮らす民たちが阿鼻叫喚に陥るだろうことは安易に想像がつく。ラスロールはまだしも、ドラゴンは魔物の王者で人を襲うと認識されているのだ。
どうしよう。今更だが本当にどうしよう。
期待に満ち満ちた表情でひたすら待っているラスロールを半眼で眺めて、半ば投げやりに、一頭も二頭も一緒だと思考を放棄した。
リオンと契約した時点ですでに面倒臭いことになっているのだ。そこにラスロールが増えたとしても、ドラゴンがもう一頭増えるよりは断然マシだ。そういうことにしとこう。
「地球という世界の言語のひとつにラテン語というものがあって、金色のことをアウルムと言うんだ。お前の金の毛並みはとても美しく、見事だと思う。だからラテン語のアウルムから取って、ウルというのはどうかな?」
ピィ!と一声甲高く鳴いた直後、俺は心臓にじんわりと熱を感じた。
ナーガやリオンの時と同様に目映い光が俺たちの目を射る。光が集束し、やはり同じように首に神界文字の刻まれた金環がはめられていた。
陽だまりの如く暖かい何かが左胸に触れる。繋がったのだと思う。リオンよりずっとずっと優しく、俺に負担を強いることなく了承するまで待ってくれていた。
ふう、と息を吐きながら、ウルと名付けたラスロールの首を優しく叩く。
「よろしくな」
『はい。こちらこそ、主』
直接頭に響く念話の声は、爽やかな青年を彷彿とさせるものだった。立派な角をしているし、性別は雄で間違いなかったようだ。
主との呼称はむず痒いが、リオンのようにママと呼ばれるよりはいい。
「早速だが、ウル。お前もリオン同様食事は俺の魔力でいいのか?」
『はい、リオンと同じです。月に一度、主の総魔力の一割ほど頂ければ、他に食事は必要ありません』
「なるほど。了解した」
となると、あとはリオンとウルをどう扱うべきか、お爺様とお父様をどう説得するか、だな。国王陛下への報告義務もあるし、特別許可ももぎ取らなければならない。ドラゴンへの誤解と偏見の払拭もしないと。一朝一夕にはいかない問題が山積みだな………。
眉を寄せて今後のあれやこれやを考えていると、ザカリーが困惑そのままに声を発した。
「お、お嬢様、我々には何が何やら………」
「ああ、悪い。リオンと名付けた子ドラゴンと、ウルと名付けたラスロールと契約を交わした。俺と二頭の命は繋がり、俺から定期的に魔力を摂取することで生の糧とするそうだ。精獣は魔力を摂取できれば食事の必要はないらしい」
「定期的に魔力を摂取、ですか。そんなことをしてお嬢様は大丈夫なのですか」
「寧ろ俺じゃなきゃ死人が出てたらしいぞ」
「は!?」
「俺の場合は総魔力量の二割の消費で済むけど、他の人間なら一度の摂取で枯渇してあの世行きだそうだ」
青ざめるザカリーたちに苦笑を返す。
本当にとんでもない話だよな。それで無事でいられる俺自身いったい何者だよって激しく疑問に思うけど。神の使徒って何でもありなのか。
慎ましやかに目立たずひっそりと領地で生涯を終えたいという、俺のささやかな願いからどんどん遠ざかっていくのは気のせいかな。気のせいだよな。
「諸々の弊害は残ってるから、これから考えなきゃいけないんだけどな。取り敢えずそれは後回しだ。ザカリー、両騎士団とニールを呼んで来てくれ。簡易的でいいからリオンとウルの説明も頼む」
「はっ」
木立の影に消えていくザカリーの背中を見送って、次いでリオンを見下ろした。
「今からここに大勢の人間がやって来る。みんな俺の信頼する人間ばかりだから、驚かず迎え入れてやってほしい。できるか?」
『ママの信用するヒト………わかった』
ママ呼びに若干引き攣りながら、よしいい子だと頭を撫でた。グルルルとご機嫌に喉を鳴らし、尻尾が左右に揺れる。ドラゴンも犬のように尻尾を振るのかと、些か心が動揺した。これをデカくなってやられたら、被害の範囲が途方もないぞ。
「ナーガ。お父様とお爺様に念話を繋げたい。距離は問題になるか?」
『ならないよ。ここにはナーガがいるし、第二防衛ラインと王都には魔素がたくさんいるからね』
よし。なら善は急げだ。
解決した訳じゃないが、情報精査は本職のあちらに丸投げしよう。他国や国家間の諸々は、役職も持たない、肉体的には子供の俺の出る幕じゃない。
俺には森一帯の浄化と、ドローンの解析がある。とは言っても、ドローンに関してはじっちゃん頼りになるけどな。でも共に考察は出来る。
森に魔素が戻ればお爺様と騎士団にあとはお任せできるし、どちらにしても俺の役目は浄化とドローン解析依頼だな。
そのドローン解析依頼も、国王やお父様、お爺様から委託調査の許可をもぎ取らなきゃいけないんだけど。じっちゃんが地球からの転移者だということと、物理学に長けているという点も含めて説得するしかない。
王侯貴族の前に晒すような真似をじっちゃんにしなきゃいけないのかと、今から憂鬱ではあるのだが、ドローンに関してはじっちゃんじゃないとどうにもならない。きっちりと詫びの品を持参して頭を下げよう。
俺の保有する前世の知識がこちらの世界よりいかに高度であるかを知る国王が、軍事利用できるドローンの存在を座視するとは思えないが、その辺りは交渉次第かなとは思っている。
ドローンを解体して隅々まで調べる許可を貰う代わりに、こちらは呪いの触媒にされていたニクバエを差し出す。
未知の魔術のようだが、魔術研究の実績がある王宮直属機関に一任すべきだろう。素人の俺がサンプルを駄目にしてしまっては意味がない。
適材適所ということで、ニクバエを対価にドローンの件はこちらに任せてもらおう。
一番の懸念は、じっちゃんの存在とその高い知識と技術力を持つと知った国王や他の貴族が、そのまま放置しているとは思えないことだ。じっちゃんは利用価値が高い。地位のない平民のじっちゃんが王侯貴族に縛られ、強要される事態は絶対に阻止しなければ。
同郷者として、茶飲み仲間として、そして巻き込む責任を俺は取らなければならない。
最も警戒すべきは王家だが、アッシュベリー公爵もどう動くか分からない。お父様とお爺様に相談して、じっちゃんを守る盾を何重にも構築しなくては。
『―――――お父様、お爺様。聞こえますか。レインリリーです』
『おう、レインリリーか! 無事で何よりだ』
『え……? この声が、リリー……? これじゃまるで青年のようじゃないか……』
心底安堵したお爺様の声とは正反対の、戸惑った様子の声がお父様から発せられた。そこで失念していたことを思い出す。
―――しまった、浩介のままだった!
『あ~……はい、お父様。今は諸事情がございまして、前世の男の姿を借りています。今は省きますが、詳細は後程お伝え致しますので、取り敢えずレインリリーであるという点だけご理解ください』
『わ、わかった』
滲み出る困惑を隠せないお父様だったが、一先ず無理矢理にでも呑み込んでくれたようだ。
再びお疲れ様です!
ラストどうぞ!(ノ・∀・)ノ