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80.森内部 13 ~それは突然に~

ブクマ登録&評価ありがとうございます!

今回は3話一気に投稿します_〆(。。)


 



 遠くで泣き声がする。

 わんわんと幼子のように泣き喚くのではなく、ただただ静かに涙を溢す、そんなしっとりとした泣き声だ。

 広がる暗闇に姿は見えないが、泣いている感情だけは心に響いてくる。


(そんなに泣くなよ……。お前達のせいじゃないだろう?)


 それでも自身を断罪する悲痛な涙がポロポロと止めどなく零れ落ちていく。


(どうしようもなかった。一瞬の隙をついた敵が一枚上手だっただけで、お前達の落ち度ではないよ)


 一瞬でも離れてはいけなかったと、異変の確認は他の者に託せばよかったのだと、己の断罪は際限なく深く傷口を抉っていく。


(それは結果論だろ? “たられば“は言い出したらキリがない。当時のお前達にはあれが最善だった。卵の周辺には他の仲間がいたんだ。よもやその中を気取られず潜り込む人間がいるなんて思わないじゃないか)


 さめざめと泣く声に寄り添うように、俺は憐憫を掛けた。


(泣くな。お前達は悪くない。不幸が重なってしまったけど、お前達の宝は無事だよ。死と呪いの軛から逃れ、元気に鳴いてお前達を呼んでいる)


 救えた命と、奪わなければならなかった命。どちらも救えていたら―――そう思わずにはいられない。

 クオン、と労るような、甘えるような鳴き声がした。

 頬に触れるひんやりとした硬質に覚えず微笑んで、俺は鼻先をくっつけてきた二頭の鈍色の鱗を撫でてやった。


(………すまなかった。お前達にあんな仕打ちをした人間の同族として、心からの謝罪をさせてくれ。そして、お前達を救えなかった俺を許してほしい……)


 すべて後手に回った結果だ。それこそあの時の判断はあの時点での最善だったと今でも思う。人為的であったことも、狙われたのだと気づいたのも、全てが遅すぎた。

 何もかもを事前に察知し、全てを救えるなどと傲慢なことは言わない。それでも、俺にもっと広い視野と頭があったならと、そう悔いてしまうのだ。

 取り零したものは二度と取り戻せない。崩れてしまったものは元に戻せない。

 どうしようもなかった。頭ではそう思うのに、心が己の不甲斐なさを責め立てる。


 グルルと喉を鳴らし、俺に感謝を伝えてくる。

 助けられなかった俺を、殺す以外に出来ることのなかった俺を、二頭は慰め、そして謝意を向けてくれる。


(そうか………)


 お前達がそう言うなら、俺はこれ以上己を断罪しないよう気をつけるよ。お前達に罪はないと言った俺自身が、己を断罪することを良しとしないらしい。

 ラスロールといいドラゴンといい、精獣はなんて心根が温かいんだろうな………。


(赤ん坊はどうする? お前達が仲間の元へ連れ帰ってほしいと願うなら、出来るかぎりその願いに添いたいと思う)


 グルル、と想いを伝えてきた。


(え、いや、でもそれは)


 瞠目する俺に、クオンと更に訴えてくる。

 俺は大いに動揺した。まさかそう願われるとは思わなかった。

 どうしたものかと悩む。こんなことはきっと前代未聞に違いないからだ。諸々の弊害もある。生態だって知らないのに。


 コツンと頬を鼻先でつつかれて、うんうんと唸っていた俺は了承の意を向けるしかなかった。


 喜びと安堵の感情が流れてきて、二つの小さな金色の光が心臓に吸い込まれていった。

 胸がじんわりと温かい。二つの気配が居心地良さそうに微睡む。

 ポンポンと慈しむように胸を撫でれば、安堵の深い眠りについた。彼らの眠りを妨げぬよう、俺はそっと腰を上げる。


 闇に一条の光が差し込み、仰ぎ見た刹那、ぐらりと視界は暗転し意識が溶けていった。






「―――――さま………う様………お嬢様」


 ふっと浮上した意識の端に引っ掛かった声は、心底案じる顔で跪くアレンのものだった。同じく眉尻を下げ跪いているノエルとザカリーを視界に認めて、俺は鈍い頭痛に顔をしかめながら上体を起こした。


「どのくらい気を失ってた?」

「念話をされてから十五分程です。ご気分は如何ですか」

「頭痛がするけど、大丈夫だ。お前達はどうしてここに?」


 待機するよう言ったはずだが―――そこまで考えて、はっと目を見開く。


「子ドラゴンはどうした!?」

「それならばご心配ありません。ここにおりますから」

「え?」


 指された指を辿って視線を下げると、俺の膝上に黒々したものが丸まって寝ていた。


「あ~………状況がさっぱり分からん。何で俺の膝で子ドラゴンが眠ってるんだ?」


 さっきまで警戒して怯えていたのに、昏倒していた間に何があった。


『リリーの魔力の残滓を覚えてるみたいだね。自分を掬い上げてくれたのがリリーだって、匂いで理解したようだよ。それから、リリーの中で眠る親の気配を感じ取っているんじゃないかな』


 俺は無意識に胸に手を置いた。

 ここに彼らの魂ないし想いの結晶とも言える光の玉が、まるで同化するように溶け込んだのだ。明晰夢だと思っていたが、違うのかもしれない。その証拠に、確かにここにいるとわかる。だからこそのあの願いだったのか………?


 ぴくりと震えて目を覚ました子ドラゴンは、呼ばれでもしたかのように真っ直ぐと俺を見上げて、キュルルルルと歌うように鳴いた。―――露の間。


「………ぐぅ……っ!」


 突如刺すような痛みが走り、胸を押さえた。心臓が痛い。激しい動悸に冷や汗がこめかみを伝った。


「「「お嬢様!?」」」


 蒼白になる護衛達を気遣う余裕もなく、キュウッと締め付ける痛みに耐えた。時間は数秒にも数時間にも感じたが、潮が引くように唐突に痛みが治まっていく。詰めていた息を吐き出して、未だ余韻を残す鈍痛と動悸に顔をしかめた。


「お前な………いきなりにも程があるだろ……………」


 膝上で可愛らしく小首を傾げる子ドラゴンを睥睨すれば、困惑気味にアレンが発問した。


「どういうことです……? まさか、この子ドラゴンがお嬢様に何か?」

「そのまさかだ。出し抜けに強制契約ってどういうことだよ。何で拒否権が存在しない」

「は? 子ドラゴンと……契約………!?」


 嬉しそうにキュルルルルと歌う子ドラゴンを苦り切った顔で見下ろしながら、見えない命の絆が繋がってしまっている感覚に溜め息がこぼれた。

 赤ん坊だからか、契約のやり方がずいぶんと乱暴で、しかも一方的だ。一瞬、心筋梗塞を引き起こしたのかと焦ったじゃないか。

 そもそも精獣が人と命を繋ぐ契約をするなんて初耳だぞ。なんて真似をしやがる。

 何の説明もなくても、子ドラゴンと繋がったことで理解してしまった。契約の意味も、契約の理由も。


『ママ!』

「はあ!?」

「お、お嬢様?」


 これは念話か? いやそれよりも、ママだって!? 誰が! 俺か!? 冗談だろ!?


『ママ!』

「ママじゃねえよ! お前の母親はもっとデカくて立派なドラゴンだろうが!」

『でもママだよ!』

「だからママじゃねえ!」

『ママだもん! ごはんくれるからママだもん!』

「ア"ア"ア"ァァァァ」


 濁音混じりの言葉にならない声を発して、俺は思い切り虚脱した。

 契約の意味と理由。これが答えだ。

 反則技とも言える『契約』という名の強制供給。俺と命を繋ぐことで、俺から定期的に魔力を喰らう。ドラゴンが魔物を捕食するのは魔力を有するからで、直接魔力を取り込めるなら食べる必要はないのだそうだ。

 子ドラゴンと繋がってしまったからか、はたまた俺の中で眠る親ドラゴンの記憶なのか、仕組みはまったく分からないが、そういうことらしい。

 つまり、ご飯(魔力)を与えてくれる=母親という認識だということだ。ふざけんなコノヤロウ。


 図らずも親ドラゴンの願いに添う形を強制的に取らされてしまった身としては、一度了承した手前文句など言えまい。それに俺には、奪った命の贖罪として子ドラゴンを守る義務がある。

 でも一方的なやり方は駄目だときちんと躾けないといけないな。これは骨が折れるぞ………。


 これからどんどん成長してデカくなるのに、俺の魔力が吸い尽くされるなんてことはないよな?

 干からびた自分を想像して身震いした。俺、無事に成人を迎えられるのかな………。

 何となく察したのか、ラスロールがぺろりと頬を舐めた。慰めてくれんの? ホントお前はいい奴だねぇ。


『大丈夫だよ、リリー。ドラゴンは巨体に似合わず燃費いいから』


 呆ける俺にナーガがそう言った。

 燃費良くても一度に喰われる量が問題というか。


『それも大丈夫だよ。一度の摂取量は、リリーの総魔力の十分の一程度だし、それも月に一度だからまったく問題ないと思う。成体になっても必要な摂取量は変わらないから。寧ろ成長期に成体と同等の魔力を必要とするってことだし』


 あ、そうなの? じゃあ大丈夫なのかな?


『大丈夫大丈夫。まあ一般人がそれをやられたら一発で根こそぎ持ってかれて、完全に枯渇しちゃってあっさり死んじゃうけど』


 それはあかんヤツや。全然大丈夫じゃないやんけ。


 衝撃のあまり、出身地でもない縁もゆかりもないエセ関西弁で突っ込んでしまった。


 仮に俺じゃない誰かが拒否権のない強制契約をされていた場合、この場に死体が転がっていたということか? おいおいおいおい………マジで躾けないと危ねぇな!


「いいか、子ドラゴン。今回は俺だったから何とかなったけど、他の人間に同じ事をやったら死人が出てた。お前はまず我慢を覚えろ。何かアクションを起こす前に、必ず俺に相談すること。いいな?」


 俺の言葉で一部は理解できたアレンたちが蒼白になった。まあ大丈夫だと思うから心配するな。たぶん。


『ぷう~。わかった』


 口を尖らせて伏せた。なんだこれ。可愛いなこんちくしょう!


『でも子ドラゴンじゃないよ! 名前つけて!』

「名付け?」


 確かにドラゴンは種族名だもんな。俺も「おい人間」て言われてるようなものだしな。言われたら言われたで腹立つな。間違ってはいないのに、何で言われたらイラッとするんだろうな。

 しかし、そうか。名前ねぇ。

 精獣に名付けなんてしていいのか逡巡するところだが、聖霊であるナーガに名付けている時点で今更だし、子ドラゴンとは一方的でも契約しているからな。


 名前、名前、名前、名前………。

 うーんと頭を捻っていると、眼前に跪くアレンの左腕のバングルに目がいった。

 そういえば、これも黒い石だったな。


「モリオン、という黒い水晶がある」

『モリオン?』

「ああ。アレンたち護衛騎士がはめている腕輪に黒い石がついてるだろ? これがモリオンだ」

『わあ、まっくろ。ボクみた~い』

「そうだな。モリオンは最も強い魔除けの力を持つとされている。最強であるドラゴンに相応しい石だろ?」

『つよい!? ボクつよい!?』

「ああ。大きくなればお前に敵う奴などいないだろう」


 子ドラゴンは金色の眸をきらきらと好奇心に輝かせ、漆黒の翼を嬉しそうにバサバサとはためかせた。

 やめろ。やめなさい。翼広げたら百二十センチはくだらないんだから、人の膝の上で暴れない!


「モリオンだと捻りがないから、リオンてのはどうだ? まあそれも捻りがないって言えばそうなんだけど」

『リオン? リオン!?』

「ああ。お前はリオンだ」

『ボクはリオン!』


 突如カッと閃光が走り、目を射られた俺たちは反射的に目を庇った。

 目映い光が集束し、子ドラゴン――リオンの首に金環が現れる。読めない文字が細かく刻まれた首輪は、ナーガに装着されているそれと同じものだった。





読了お疲れ様です!

続いて2本目どうぞ!(ノ゜∀゜)ノ

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