79.森内部 12
「ヴァルツァトラウム騎士団、散開!!」
「エスカペイド騎士団、天姫様の背後を取らせるな!」
「「「「「おお!!」」」」」
ヴァルツァトラウム騎士団団長のテレンス・オールディスと、エスカペイド騎士団一番隊隊長のルシアン・エインズワースの鬨の声に始まり、両騎士団十名の吶喊がこだました。
聖属性浄化魔法を付与した剣を振るい、先陣を切ったヴァルツァトラウム騎士団五名が肉薄する。
オールディス騎士団団長の扱う得物は大型のグレートソードで、大柄な彼の身長とほぼ変わらない重量感のある長剣だった。ひと薙ぎで三本の呪いを浄化している。あれが人間相手にヒットしたらひとたまりもないぞ。
他の騎士たちは標準のロングソードを装備している。団長とはまた違って、堅実に一つずつ着々と浄化している。
さすがは騎士だな。素人の俺なんかよりずっと様になっていて頼もしい。大木のように太い呪いを一刀両断し、金の粒子へと昇華させていく姿は、青少年に憧れの念を抱かせるに十分な凛々しい光景だった。
数拍遅れてニールが突っ込んでいく。
得物は湾刀二本だ。どうやら二刀流らしいな。内反りに刃のある短刀で、柄の握り方がまた独特だ。剣技というより、あれは剣舞の類いだろう。舞うように次々と切り裂いていく。
当然騎士の得物より浅いが、手数は段違いに多い。仮に殺されるなら、俺はニールのククリより騎士のロングソードで一太刀でお願いしたい。ニールのククリは繰り返し切り裂かれる苦痛に長く苦しんで死んでいくのだ。俺なら願い下げだな。
「ではコウスケ様。我々も先行します」
「ああ。気をつけて」
「「「コウスケ様も。ご武運を」」」
俺専属護衛騎士の三人は、一度跪き頭を垂れたのち、それぞれの武器を手に走り去った。たまに襲ってくる呪いを刀で薙ぎ祓いつつ見送った俺に、殿を務めるエスカペイド騎士団一番隊隊長のルシアン・エインズワースが声をかけた。
「天姫様。道が出来たようです」
「そのようですね」
露払いを買って出たヴァルツァトラウム騎士団とアレン達のおかげで、細いが一本の道が作り出されていた。
よし。そろそろか。
「では参ります。背中は任せますよ」
「「「「「はっ!」」」」」
武器を持つ右手で、心臓に触れる騎士礼を返してくれたエインズワース一番隊隊長の剣は一般的な長剣ではなく、とても特徴的な形をしている。刃の曲がった反りの大きな剣で、三日月刀というらしい。馬上から鎧着用の騎士に致命傷を与えるほどの一撃が繰り出される、恐ろしい破壊力を有した剣だ。
一番隊は先発隊として前線を切り開く役目を担うことが多いらしい。先行が得意なはずの一番隊隊長を始め、実力者揃いのエスカペイド騎士団各隊長、副隊長が背後を固めてくれる。これほど心強いものはないだろう。
俺が走り出すと同時にエスカペイド騎士団も続いた。先行したヴァルツァトラウム騎士団とニール、専属護衛騎士はだいぶ前に行っている。
エインズワース一番隊隊長の横薙ぎ一閃を視界の端に認め、一気に二本浄化した豪腕に感嘆の声を漏らす。
両騎士団の戦闘をじっくり観察したいが、そうもいかない。この場を無事に乗り切れたら、お爺様にお願いして騎士団訓練の様子を見学させてもらおう。ああ、楽しみだな。
気を引き締め直して、ここからは一切振り返らない。エスカペイド騎士団に全幅の信頼を置く!
辺り一面を金の粒子が舞い、地面には黄金の魔法陣が輝きを放っている。
襲い来る呪いを断ち前へ前へと進むが、視界を遮る金色の洪水が邪魔だった。まるでホワイトアウトのように方角を狂わせる。同期したままの索敵魔法がなければ、子ドラゴンまでの距離を見失うところだ。
皆は大丈夫だろうか。それとも、これほどの光の乱舞は俺の目だけにしか見えていないのか。
横薙ぎに一閃し、眼前に迫る呪いを浄化した俺は、金の粒子を浴びながら並走する存在に視線を滑らせた。
ラスロールだ。ずっと俺の側を付かず離れずついてくる。時折立派な角で呪いをはね除け、後ろ足で蹴飛ばす。どちらにも聖属性浄化魔法を付与しているから、悉く呪いを浄化しながら並走していた。
「ぐあっ!」
突如後方で上がった悲鳴にはっと顧みた。引き倒されたのは、エスカペイド騎士団四番隊隊長トレーシー・タッチェルだ。近くにいた二番隊隊長ウォルター・プロウライトに救出されたタッチェル四番隊隊長は、戻ろうと立ち止まった俺に挙手して見せた。
「問題ありません! 付与して頂いた結界が効いています! 天姫様はどうか先へお早く!」
索敵魔法にもタッチェル四番隊隊長の感染は表示されない。付与した聖属性結界がきちんと作用し、守護してくれているようだ。本当に良かった。
首肯で返し、再び走り出す。同じく足を止めていたラスロールもまた並走した。
「言いたいことでもあるのか?」
駆けながらラスロールが一瞬だけ首を自身の背に向けた。
「……………乗れって言ってるのか?」
こくりと頷いた。つまりは、俺の足では遅すぎると言いたいわけだ。
「この速度では子ドラゴンが持たないってことだな?」
ピィ!と鳴く。もう一刻の猶予もないんだな。
「わかった。連れてってくれ」
跳び箱の要領でラスロールの背に飛び乗った瞬間、ラスロールは一気に速度を上げた。慌てて振り落とされないようしがみつき、鐙も鞍も手綱もない乗馬ならぬ乗鹿を必死に乗りこなす。
子ドラゴンまで二百メートルの距離を息もつかせず駆け抜けたラスロールのおかけで、先行していたヴァルツァトラウム騎士団の面々と、ニール、アレンたち専属護衛騎士を追い抜き、アストラ鉱山入り口前に躍り出た。
ラスロールから飛び降りた俺は、初めて肉眼で確認した子ドラゴンの有り様にひゅっと息を詰めた。
急かしたラスロールが正しい。
これは、この有り様は、酷い。酷すぎる。
直径四百メートルの巨大な浄化魔法陣の中心で踞る子ドラゴンに、すでに意識はないようだ。
身体中の肉は腐り、朽ち果て、強烈な腐臭を放っている。全身を大量の蛆が蠢き、腐肉を食らう微かな音が耳に届くほどだ。
思わず臭気に鼻を覆った俺を支えるようにラスロールが背に寄り添い、鼻先をつんと俺に寄せる。
「ああ………ああ、分かってる。怯んでいる時間さえ惜しい状況だもんな」
浄化魔法がゆっくりと、徐々に解呪を進めているが、この速度では子ドラゴンの命が尽きる方が先だ。
ナーガは子ドラゴンの体のどこかに宿主の証とも言える根を張っているはずだと言っていたが、ここまで腐り朽ちていると、その一部分を探し出すのは困難を極める。
まずは何より優先させるべきは触媒である蛆の処理だ。
子ドラゴンに右手をかざし、創造魔法で全ての蛆や卵の消去を想像する。
「ラング カスティーリア リェプギール」
あれほど鳥肌が立つほどに蠢いていた蛆虫や卵が瞬時に消え、腐っていた肉が新鮮な赤みを取り戻し、落ちた腐肉も消してようやく腐臭が完全に断たれた。鮮血が溢れ出す身体は至る所が白骨化していて、早急に処置を進めなければ死は回避できない大変危うい状況だった。
「ルギエル アルシオン ネスルクール ユル・セウレネ」
大規模浄化魔法陣に重なるように新たに発動した何重もの黄金の魔法陣は、子ドラゴンの痛ましい身体を労るように包み込む。
想像するのは穢れを受けた肉体の浄めと、腐り喪失した細胞の完全復元だ。
上皮組織、結合組織、筋組織、神経組織を、ラスロールより更に強化した聖属性魔法陣で再生していく。丁寧に、慎重に、これからの成長を望めるように。
幾重にも重なった魔法陣は金の繭のようで、あたかも母胎から生まれ直すかの如く丸まった体は急速に復活していった。白骨化していた尾翼に肉が戻り、黒光りする鱗が生え揃う。翼の皮膜も黒く光沢を放ち、小さいながらも王者の風格をすでに持ち得ていた。
ラスロールの時と同様、ごっそりと魔力を持って行かれる感覚に襲われた。くらりとして、数歩よろめいた俺をラスロールが背後から支えてくれた。覗き込む青い眸が微かに揺れている様子から、俺のことを気遣ってくれていると伝わる。
「大丈夫だよ。まだ俺の役目は終わってない。今できることをやり遂げるまでは倒れないから、心配するな」
そういうことじゃないとばかりに鼻先で俺の額を小突く。その様が人間じみていて、可笑しくてふふふと笑った。
「あの子ドラゴンは、今後どうすべきなのかな………」
ラスロールの問う視線に、うん、と頷く。
「まだ赤ん坊だ。一人で生きていけるとは思えない。同族への情が深いという他のドラゴンに託すのが一番なんだろうけど………」
果たして人から託された、人の匂いのする赤ん坊を受け入れてくれるのだろうか。ドラゴンの生息圏に人である俺が踏み込むのは、彼らにとって好ましくないことだというのは安易に想像できる。
どうすることが子ドラゴンと俺たち人間の双方にとって一番いいのか。俺には全く判断できない。
悩んでいる内に子ドラゴンの治癒が完了したようで、繭のように包んでいた魔法陣が、さながら砂が崩れるかのように消え去った。
丸まったままふわりと着地した子ドラゴンが一度ぶるりと震えると、もそもそと動き出して、小さな頭を上げた。
金色の瞳を瞬き、きょろきょろと辺りを窺っている。十メートルほど離れた位置に立つ俺とラスロールに気づいた子ドラゴンは、びくりと肩を震わせ鳴いた。
キュイキュイと高い声を発する。これは親を呼ぶ声なのだろう。苛む罪の意識に切なくなり、俺はその場に膝を突いた。ラスロールも俺の背もたれになってくれるのか、膝を折って腹這いに寛ぐ。
正直ありがたい。魔力を使い過ぎてしんどいのだ。
子ドラゴンはびくりと一瞬怯えたが、俺やラスロールがその場から動かないと知って、そろりとおっかなびっくり匂いを確認しながら近づいてくる。
手を伸ばせば届く位置にまで近づいてきた子ドラゴンが、精一杯首を伸ばして俺の匂いをクンクンと嗅いだ。ちらりとラスロールを見上げ、俺を見て、首元のナーガを見てビクッと跳び跳ねた。
同じ金色の瞳を交わし合う子ドラゴンとナーガ。赤ん坊と言えどラスロールの上位種であるなら、ナーガの正体に気づいたのかもしれない。
念のため両騎士団とニール、専属護衛騎士に念話を繋ぐ。
呪い浄化の進捗具合とこちらの状況を報告し合い、浄化を終えたなら目覚めた子ドラゴンが怯えないようその場で暫しの待機を命じた。
展開させていた浄化魔法陣が消えたことで、全ての呪いを解呪できたと最終確認できた。あとは未だ子ドラゴンに根を張る宿主の証と、森全体の解呪が残っている。
ここは慎重に、子ドラゴンを脅かさないよう細心の注意を払って進めなければ。根を取り除く前に逃げられたら元も子もない。
スキャンしたいが、詠唱すると驚かせてしまうかもしれない。魔力消費の激しい現状で無詠唱はきついが、この場は致し方ない。
宿主の根を探せと念じ、ナーガと見つめ合っている子ドラゴンをスキャンする。子ドラゴンに気取られる様子もなく、根を見つけた。頚椎だ。七つある頚椎の内、上から三番目の筋組織に根を張っている。触媒のニクバエの腹に刻まれていた紫黒の魔法陣と恐らく同種の印が、禍々しい様子で染み付いている。
ここでもまた無詠唱で根の完全消滅を念じた。更に魔力を絞り取られた感覚が襲い、ラスロールの腹に倒れ込む。
ラスロールとナーガが気遣ってくれているが、子ドラゴンは驚いて逃げてしまった。
すまない。少し休ませてくれ。僅かでも回復したら残りの厄介事を何とかするから。
暗転する視界に抗わず、そのまま意識はストンと闇に沈んだ。
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