7.創造
『メッセージを受信しました』
俺は眼前に浮かぶ文字を茫然と眺めた。
メッセージって。受信て。なにこれ、え、通信機? これが魔法と言われているやつ?
でも俺の誕生を早馬で報せたとか言ってたよな……。誰でも受信できるような魔法があるなら、早馬を使うか?
疑問符ばかりが浮かぶが、とりあえずパネルのようなものを見る。
日本語にしか見えないが、これは日本語で合ってるよな? 脳内変換とか、勝手に翻訳されてたりしない?
両親やマリアにはこれが見えていないのか、誰も反応しない。
―――あれ、ちょっと待って。
何で俺、このメッセージが見えてるんだ?
俺の目はまだ明暗やモノクロの濃淡くらいしか認識できていなかったはず。なのに何故このメッセージは読める?
目を眇めてみるも、パネルとメッセージ以外は相変わらず不明瞭なままはっきりしない。逆にくっきり明瞭に見えているのがこのパネルとメッセージだけなのだ。
(なんだこれ……? 誰からのメッセージだ……?)
俺にだけ起きている超常現象のようなものに一人戦いていると、再びピローンと通知音がした。
『チュートリアルが追加されました』
チュートリアル!?
チュートリアルって、ゲームとかソフトウェアとかでよく使用される、あのチュートリアル!?
音楽聴けたり動画再生出来たりするの???
これってパソコンの画面なのか?
でもキーボードが見当たらないのだが。
とりあえずスマホやタブレット形式で、タッチパネルかも、と思い指を伸ばす。
……………………。
腕、短くね?
届かないんだけど! タップできないんだけど!
誰かからのメッセージは読めないわ、チュートリアルは開けないわ、意味わからん!
赤ん坊の短い腕でどうせよと!!!
抗議の睨みを文字に向けていると、唐突にぱっと画面が切り替わった。
なんだ? 何が起こった?
チュートリアルが開かれ、更に項目の羅列が下に繋がっていく。
・バンフィールド王国とは
・四大陸
・六公爵家
・王候貴族
・魔法
視線を下げていくと、それに合わせて文字がスクロールされていく。
なるほど、視線と意思が反映されて操作できるのか。
内容も先ほどマリアが話してくれたものになっている。もしかすると、これは情報を増やすたびに項目が増えていくのではないか?
しかし、まるでゲームのような仕様だな。
あまりゲームは得意ではなかったが、最初から最後だと名乗っていた某有名RPGはシリーズ踏破をやってのけたものだ。
在りし日々を懐かしんでいる場合ではないな。それよりも気になるのは受信したというメッセージだ。
メッセージボックスを開き、受信されている一通のメッセージを選択する。
『転生による不具合の解消を実行しました。前世、小鳥遊 浩介の記憶消去に失敗しましたが、統合に成功。知識はそのまま引き継がれます。オプションとして魔法適性を付与。これも成功しました。詳細はチュートリアルで確認をお願いします』
誰だよ、誰からのメッセージだよ……!
謎の人物から送られてきたメッセージに恐れ戦いていると、再びピローンと通知音が鳴った。
新たなメッセージが届いていた。
恐る恐るメッセージを開く。
『この世の理を知る者。世界の監視者であり、管理者。例外を除き、人の世に干渉しない者』
人に干渉しない、世界の監視者、だと?
まさか、と息を呑む。
エ・イ・リ・ア・ン!?
ピローン。
『違う! もっと尊く!』
尊く? 尊く……………。
あっ、プレアデス星人か!?
ピローン。
『宇宙人から離れて!』
宇宙人じゃないのか。そうか。
しかし絶妙な間を見計らって送信してくるな。俺ボックス開いてないのに勝手にメッセージ読めてるぞ。
じゃあ真面目に答えますか。
(ゲーム会社の管理者なんですね!)
ピローン。
『不正解! そして不適切!』
おっと。怒られた。
これはもう一択しかないってことか。嫌だなぁ。正解口にしちゃうと俺の蚤の心臓壊れちゃう。赤ん坊だから本当に心臓小さいのに。
ね、神様。
ピローン。
『ご名答』
めちゃくちゃヒント出しまくっててご名答も何もない気がするが、藪をつついて蛇を出したくないので黙っておきましょう。
さて。どうやら俺の転生は神の御業らしい。魔法適性という恩恵も頂けているようだし、早速チュートリアルで確認しますか。
・魔法
適性を承認。
使用可能な魔法は『創造魔法』
創造魔法?
初めて耳にする響きに首を傾げる。まだ首がすわっていないので、気持ちだけ傾げた気でいるだけだが。
創造から連想されるのは、新しいものを造り出す、か……?
ん、創造魔法の解説があるな。
・創造魔法
万物を造り出す能力。森羅万象に通ずる。
………………………か・み・さ・ま!
何てものの適性を付与するんだ! 世の理を監視してるんじゃなかったのか、おい管理者!
創造って、そういえば神が宇宙を造るなんて意味もなかったか。旧約聖書の冒頭に当たる天地創造や数々の創造神話、創造神なんてものもあるじゃないか。
創造魔法って、森羅万象って、それもう神の御業じゃん!
くっそチート能力……!
そこで俺ははっとした。
もしかしなくても、金塊や宝石も創造できてしまうってことじゃないのか?
思い浮かべようとして、さっと血の気が引いた。
いや、やらんぞ。俺は断じてやらんぞ!
そんな能力は封印だ! 世に出しちゃいかん能力だ!
人は欲深い。堕落する時はとことん堕落する。楽を覚えたら努力することを止めてしまう。人の価値は勤勉さだ。積み重ねる研鑽と努力だ。瞬き一つの間に何でも手に入る、そんなものに価値などない。結果より経過が大切なんだ。経験が財産になるのだから、それをまるっと無視した結果などかんで丸めて棄てた鼻紙より無価値だ。
ふんすふんすと鼻息荒く興奮したが、少しだけ気になっていることがある。
創造魔法で出来てしまうかもしれないこと。
それは、視覚の明瞭確保だ。
成長を待てば一歳前後でそれなりに見えるようになるそうだが、正直に言おう。
そんなに待てない!
知識が欲しい! 本が読みたい! 何より食っちゃ寝するしかない現状が暇でしょうがない!
堕落するような欲深い使い方しなければ、ちょっとくらいいいよね? ね? とんでもない実用性を他人に知られないように十分注意するから、視力上げるくらいやってもいいよね!?
通知音を待ったが、返事はない。
よし、問題はないと勝手に解釈するぞ。
さあ初の魔法だ! やるぞー!
……………魔法って、どうやって使うの?
ちょっと、教えてチュートリアルさん!
あ、あったあった。
なになに?
・魔法の発動条件
脳内に明確なイメージを持ち、発動呪文を詠唱する。
呪文詠唱って、なに?
えっと、創造魔法の呪文てどこに記載されてるの?
そもそも森羅万象に通ずる魔法なんて、希少すぎて一般的じゃないよね? 誰が呪文教えてくれるの? 呪文自体この世界に存在してるの!?
答えは返ってこない。
適性はあっても発動できないとか、なにそれ。
呪文掲載までをオプションにして欲しかったと思うのは、俺の我儘ですか。そうですか。
呪文……。万物を生み出す呪文……。
物語によっては長い呪文を詠唱するイメージがあるけど、ゲームだと技名を叫ぶよな。炎だったらファイアとか。
創造魔法って、範囲でかすぎてどう扱えばいいか途方に暮れるな……。
よし、とりあえず思いつく限りの言葉を適当に選んでいくか。
視力回復!
視界良好!
視力矯正!
えーと、あっ、ルテイン!
ブルーベリー!
マリーゴールド!
ハ○キルーペ!
俺の語彙力って、いったい……。
後半は目にいいサプリメントだし。眼鏡だし。
まともなのが三つだけって、俺講師だったのに。
不甲斐なさに萎れていると、ふとチュートリアルの魔法の発動条件の説明文に目が行った。
『脳内に明確なイメージを持つ』
脳内に、明確なイメージを、持つ。
―――――これだ!!!
発動に必要なのは、発動したい魔法の明確なイメージ!
呪文はそのイメージを増幅させる付属品のようなもので、重要なのはイメージの方!
天啓にうたれるように俺は身震いした。
マリア、おしめじゃない! ちょっと今は構わないで!
想像しよう。前世の浩介が見ていた世界を。浩介の視界を。見えていた色を、形を、もっとはっきりと、くっきりと。
創造しよう。
光の洪水が網膜を焼ききる勢いで通過していく。
白く焼けた視界が少しずつ色を伴い、形を構築していく。
瞬きの間に起こったそれがもたらしたのは、その世界で初めて目にする、俺の両親の鮮明な姿だった。
ようやく動き始めました。
行け! チート令嬢!