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78.森内部 11

 



 まだ見落としているものがあるのかどうか、今考えたところで直ぐ様思いつくものではないだろう。ならば、今現在わかっていることに集中した方がいい。

 不明瞭なことに囚われ過ぎれば、思考も止まり身動き出来なくなる。

 今わかっていてやらなきゃいけないことは、偵察機の無力化と、触媒であるニクバエの対処、そして子ドラゴンの救出と、森全体に広がる呪いの消去だ。


「ナーガ、教えてほしい。俺に……出来ないことはあるのか」

『ないよ』


 俺はごくりと唾を呑み込んだ。あっさり答えてくれるとは思わなかった。

 出来ないことはない―――それは、正しくエデンの園の禁断の果実の如し甘美な誘惑の響きをもたらす。望めばすべて与えられ、願いは何一つ叶わないことなどないのだと。


「じゃあ………禁忌に触れることは?」

『リリー次第』

「俺次第………」


 全ては自己責任、と言っていたよな。背負う覚悟があるなら、踏み込むことも容認される―――ということか。

 人の世に干渉しない神と聖霊にとって、人がどのような選択をしても、結果世界が危うい状況に陥ったとしても、取るべき全責任はその選択をした人間であって、そこに神は一切関与しない。環境が破壊され世界が未曾有の危機を迎えたとしても、神も聖霊も慈悲の施しはしない。世界の進化を望んでいても、特例を除き関与、干渉をしないと言っていたのだから。


 特例って、あれだよな。恐らく神の使徒と、転生、または転移者の招喚。

 神の使徒には神剣や聖剣の類いとなる魔道具も授けている。

 神の使徒の選定と魔道具、転生者或いは転移者の招喚。この三点はしっかり関与していることから、直に人の世に干渉せずとも、神は世界を進化させるための布石は打っている。これは立派な干渉だと思うのだが、人である俺に神の思惑など推し量れるものではないだろう。


 そこまで沈思して、ふと新たな疑問が浮かんだ。もしそうであるなら、そもそもが示す観点が違うことになる。


「ナーガ………歴代の神の使徒は、すべて転生者もしくは転移者だったか?」

『そうだよ。特異点となる魂は、他の世界から招かれた』


 予想通りの言葉にそっと嘆息した。

 神様が望んでいる世界の進化とは、額面通りではないということだ。


「それは正邪曲直を問うものではないんだな」

『善だけでは世界は停滞し、悪だけでは秩序は成り立たない。矛盾を抱えているからこそ人は行動し、世界は変革されていく』

「その変動の呼び水が、転生者もしくは転移者だってことか……。聖属性を授けられた者はいないと言っていたが、創造魔法はどうなんだ?」

『ただの一度も適性を持った魂は存在しなかった』

「じゃあ聖属性も創造魔法も、適性を持ち与えられた異世界人は俺だけなんだな?」

『後にも先にもリリーが最初で最後だよ』

「創造魔法の一部、例えば特定の物質を生み出す能力が与えられたりしたか?」

『それはない。物質創造は創造魔法の特権だから。創造魔法適性者以外には扱えない』

「絶対に? 少しでも類似性のある、ある種の抜け道のような能力は?」

『有り得ない』


 なるほど。ではドローンのようなものは、純粋に材料発明と技術力の為せる業か。恐れ入った。


「現存する神の使徒は、俺一人か?」

『リリーだけだよ』

「今回の事変は、俺に課された試練の一つ?」

『そのとおり』

「これも世界の進化を促すための、神様が用意した布石なんだな?」

『如何にも』

「相手は……敵は転生者ないし、転移者であると俺は考えている。間違いは?」

『そこまでの関知はナーガに与えられていない』


 そうか。ナーガや魔素は全てを見通せている訳じゃないから、今回の件の答えは得られないと神様は仰っていたな。

 メンターとして俺の問いに答えてはくれるが、問題解決の手法はサジェストしないということだ。あくまで自主的に気づくことが前提条件であり、俺が気づかなければ糸口も示されない。与えられた適性は甘い禁断の果実だが、課されるものは苦く油断できない。

 全ては俺の察知能力の出来如何で左右されてしまうなんて、薄氷の上を歩いているような、心許ない綱渡りをしている気分だ。

 正直押し掛かる重責が恐ろしくて目を背けたくなる。


 ふう、と細く息を吐き出した。

 正邪曲直の衝突により世界の進化を促すことが真の目的であるなら、転生者、もしくは転移者とのフリクションは避けられない。最も、正邪善悪の対立であるなら四つに組むとは思えないが………。


 少なくとも、他者に一切の情を傾けない無差別なやり方は赦せない。戦争に綺麗事はあり得ないが、慈悲の欠片もない考え方は到底俺とは相容れないものだ。



 手始めに敵の目を奪ってやろう。

 展開している索敵魔法に重ねて、目の代わりになるような存在を調べた。機械、魔道具、生物、鏡、魔術。思いつく限りの可能性を問う。ジャンルは問わない。遠隔地に繋がる何かを探す。

 不可解なことに、やはり偵察機が一機潜んでいるだけだった。これだけの情報では漏洩対策の穴に気づけないかもしれない。

 あらゆる通信手段を遮断すべく詠唱した。


「ラング カスティーリア エクス・リトス ナダ・ネメシス」


 虹色の半球体がフォンと音を立て、見えない何かを追い立てるように放射状に拡大していく。

 索敵ワードを一旦解除し、新たに設定し直した。本当に通信妨害が出来ているか調べる為だ。

 何処かへと繋がっているならばそれを逆探知するべきかもしれないが、子ドラゴンと森に分布する呪いを放置するわけにはいかない。優先順位をつけた結果、逆探知は見送る他なかった。抜本的解決には程遠いが致し方ない。出遅れたのだ。攻防の優位性はどうしても仕掛けた側が有利になる。


「ラング カスティーリア フォート ラキ」


 どこにも繋がっていないことを確認して、偵察機を差し出した掌に転移させた。ドローンを目視した全員が息を呑む。


「コ、コウスケ様、それは……っ!?」

「ああ。これがこちらの世界には存在しないはずの偵察機。ドローンだ」


 掌に収まるほどのホビー用ドローンは迷彩色に塗られ、森に紛れることを想定して作られている。

 やはり小型カメラが搭載されていた。偵察、監視目的であることははっきりした。これを材料から作ったって言うのか? 信じられないな。

 でも俺の記憶が確かならば、この大きさのマイクロドローンは極端に飛行時間が短かったはずだ。遠隔地からの偵察用には最も不向きだろう。こちらの世界に電気はないので、充電もできない。バッテリーは何で動いているんだろうか。

 その時、小さな機械音がした。カメラレンズのピント機能が動いている。


「!! ラング カスティーリア マザヘレス!」


 バチリと破裂音を立て、ショートした。レンズや絞り、ミラー、露出、シャッター、イメージセンサーなど、カメラ機能の限定的な破壊を行った。


「……………」


 絞りが動いていた。俺の顔を撮影したのかもしれない。

 失敗した。転移させる前にレンズを破壊すべきだった。でも完全に遮断したはずなのに、何故カメラは起動したんだ……?

 突然散った火花に仰天した皆を代表して、今度はザカリーが発問する。


「コウスケ様、なにが……?」

「機能停止させたはずが、動いた。俺の顔を監視者に知られた可能性がある」

「……!」


 送信された? 電波か? でもどうやって?

 電気が存在していないのだから、電波の遮断は必要ないだろうと思っていた。それが裏目に出た? いや、電波は自然界に存在している。電源さえ確保できればデータ通信は可能だ。

 電源確保はどうやってるんだ? それとも電気なしで電波に乗せる手段でも編み出したのか?


 気になることは山ほどあるが、時間がない。後回しだ。

 ドローンを異空間に放り込むと、跪き、地面に手を突いた。


「ルギエル アルシオン エモル アギリテ」


 子ドラゴンの呪いが及ぶ広範囲に大規模な聖属性浄化魔法をかける。黄金の魔法陣が輝きを放ちながら地を這い、一気に拡大していく様は何度見ても圧倒される美しさだ。


「ラング カスティーリア シェスピア」


 結界の中のニクバエに時間停止魔法をかけた。ニクバエの肉体時間は止まり、未知の魔法陣を凍結させる。

 殺すことも消滅させることも簡単だが、それでは意味がない。未知の魔法陣を調べて、対抗策を練るべきだろう。そのために必要な、大事なサンプルだ。

 毒に解毒剤が必要なように、この呪いにもワクチンが要る。または殺虫剤だろうか。


 仮死状態のニクバエを結界ごと異空間へ収納した。

 本来時の狭間である異空間で生物は生きていられないが、仮死状態であれば却って二重の時間停止で危険性は減る。俺にしか取り出せないから奪取される心配もない。

 じっくり考察、検証するのは全て片付いてからでいい。


 ちらりとナーガを見れば、こくりと首肯が返された。

 覚えずほっと安堵する。良かった。これで正解らしい。

 抹消とはニクバエを差したものではなく、魔法陣の存在そのものをこの世から消し去り、無効化しろという意味だったようだ。


 抜刀すると、じっと注視してくるラスロールの青の眸と十四の双眸を見渡した。


「結界を解いたら、一斉に襲ってくる呪いの解呪に回ってください。ヴァルツァトラウム騎士団には露払いを、エスカペイド騎士団には殿を託します。専属護衛騎士とニール、ラスロールは各自各々に判断して対処するように。繰り返し言いますが、私を守る必要はありません。皆さんの役割は私に迫る呪いの数を減らすこと。では、準備はいいですか」

「「「「「はっ!!」」」」」


 応えるように、ラスロールもピィ!と甲高く鳴いた。

 ラスロールの角と蹄にも、短時間だけ有効な一過性の聖属性浄化魔法を付与する。これで突くなり蹴り上げるなりして解呪できる。

 きらきらと金粉を纏ったように煌めくラスロールの姿は、なお一層神々しさが増していた。


「―――――結界を解きます」


 ふっと輝きを失い、喪失と共に金の粒子が舞った、露の間。

 人を簡単に丸呑み出来そうな無数の呪いたちが、恋い焦がれていたかの如く大挙して押し寄せてきた。




ブクマ登録&評価ありがとうございます!

読了お疲れ様でした。


今回は早めに投稿致します。



『灰かぶりのお薬屋さん』も最新話を上げておりますので、宜しければそちらもどうぞヾ(ゝω・`*)ノ

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