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75.森内部 8

 



「呪いの大本がわかりました」


 俺の言葉に、一同に緊張が走る。

 その正体を明かせば、彼らの顔が恐怖に歪むことになるかもしれない。親の驚異を嫌というほど味わった彼らだ。その子供と言えど、アンデッドに堕ちかけたドラゴンが相手だと知りたくもないだろう。俺だって知りたくなかった。


「二百メートルほど先に、呪いの媒体にされた生物がいます。すでに察している方もおられるかもしれませんね。神聖視されるラスロールに及ぶほどの呪いです。媒体になっているものがラスロールより上位種であることは、覚悟して頂かなくてはなりません」

「では、お嬢様……」


 未だ俺を抱き抱えたままのアレンに、ええ、と頷いて見せる。俺の返答にさっと血の気が引いたのは、俺に注視する全ての者たちだった。


「媒体にされているものは、ドラゴンの子供です。恐らくわたくし達を急襲した二頭のドラゴンは、その親であったと推測できます。子ドラゴンの状態は、ラスロールよりずっと酷く、深刻な状況にあると覚悟してください。赤ん坊の肉体は、その半分以上を腐らせています。あの状態でアンデッドになっていないことが信じられませんが……解呪出来れば、救う手立てはあるかもしれません」


 天災級のドラゴンを救うのかと、一様に同じ困惑の視線が返される。


「あの、天姫様。発言をお許しください」


 跪くエスカペイド騎士団一番隊隊長、ルシアン・エインズワースにこくりと首肯し、発問を許可した。


「ドラゴンは街を襲います。子供でも脅威がないとは言えません。それでもお救いになると、そうお考えですか?」


 最もな意見だな。

 エインズワース一番隊隊長の指摘に、騎士たちは一様に同意の視線を向けてくる。


 ちらりとナーガに視線を向ければ、俺の意図を察して構わないとばかりに頷いた。


「―――ドラゴンが街を襲撃した史実は、人がそうと認識せず、人間から仕掛けたことが原因なのだそうです。ドラゴンが理不尽に街を襲うのではなく、人間から受けた蹂躙に対する報復なのだと。そもそもの認識は、前提から間違えているの」

「え!?」


 同じ信じ難いと目を見張る様子に、更に付け加える。


「ラスロールが魔物であるにも関わらず、この森では神聖な存在として討伐対象から除外してきた、とヴァルツァトラウム騎士団の方が仰っていましたね。不思議と人を襲わないとも。魔物は人肉を好み、森に踏み込んだ者を襲いますが、ラスロールもドラゴンも人を捕食しません」


 誰かがはっと息を呑んだ。思い当たることでもあるのだろう。

 全員がラスロールを顧み、その神々しいくすんだ金色の毛並みを見つめた。ラスロールもじっと俺を観察するように聴いている。値踏みされているのかもしれないな。


「古来、ラスロールとドラゴンは魔物とは呼ばれていませんでした。報復を受けた人間が、人を襲う魔物として区分してしまったのが始まりです。本来は、純粋で優れたものという意味の“精獣“と呼ばれていたそうです。廃れてしまった今では、それを知る者はいないでしょう」

「魔物ではないのですか!?」

「神の一部であり、聖霊であるナーガがそう言うのですから、魔物ではありません」

「ラスロールはともかく、ドラゴンが魔物じゃないなんて………信じられない……」


 これも当然の反応だな。

 ドラゴン襲撃の史実は、貴族の子供は歴史を学ぶ課程で家庭教師に習う。これに貴賤は関係なく、平民は親から知っておくべき脅威の一つとして教わる。

 ドラゴンは、思い出したように数十年に一度街や人を襲うのだと。物理、魔法に高い耐性を持つドラゴンに襲われたら、人は対抗する術を持たない。だから、気まぐれなドラゴンの気が済むまで、人は隠れ堪え忍ぶしかない。それこそ自然災害相手のように。ゆえに天災級だと言われてきた。


 幼い頃に教わった史実のドラゴンの脅威と、先刻味わった本物のドラゴンの脅威が、魔物ではないと言われても彼らの認識がそれを拒否するのだろう。

 俺自身も、突然苛烈な気性をぶつけてきたドラゴンを魔物だと認識していた。例に漏れず教育を受けている身としては、魔物であるとされても違和感ない。寧ろ怒り狂った姿からは精獣だとは結びつかない。

 あの苛烈さの理由を知った今でも、魔物に区分される方が納得できてしまう。


「エインズワース一番隊隊長の疑問に対する答えに、これでなっているかどうかは各自の判断に任せます。ただ、魔物ではなく純粋で優れた存在であるはずのドラゴンが、わたくしたち人間を急襲した理由を思えば、同じ人が起こした過ちを正すのも、また人であるわたくしたちの務めではないかと思うのです。ラスロールと同じ精獣に区分される存在であるならば、言葉が通じないとは思えません。子供であるからこそ、同族を最も尊ぶドラゴンへ新たな憎しみを植え付けるのは悪手ではないでしょうか」


 誰も反論しないが、すんなり呑み込むには事が大きすぎるらしい。俺も直感で物を言っているから、無責任に大丈夫だと太鼓判を押すことも憚られる。

 ただ殺してはならない、見捨ててはならないと、そう根拠もなく思うだけなのだ。


 しばらく沈黙していた騎士たちは、黄金の結界壁を度々襲う呪いを振り返って、次いでラスロールに視線を向けた。ラスロールはただただ静かに事の成り行きを傍観している。

 その澄んだ青い双眸は、期待も失望もなく、ひたすらに人間の判断を観察していた。


 それに思うところがあったのか、エインズワース一番隊隊長は徐に俺を顧み、今一度跪くと、左胸に手を添え頭を下げた。


「お許しください、天姫様。貴女様の言葉を信用していないわけではありませんでした。ただどうしても、染み付いた認識は拭えません。誰かが仕掛けたものだとしても、人を一括りにし、無差別に襲ったドラゴンに脅威と恐れを抱かずにいるのは無理です」

「ええ。それでいいのです」

「え……?」

「どこかで誰かがドラゴンに何かを仕出かすたび、エインズワース一番隊隊長の仰るとおり、無差別に無関係の街や人が襲われるのです。経緯はどうであれ、ドラゴンが脅威であることに変わりありません。原因を作った張本人に直接返報するなら理解の範疇ですが、同じ種族というだけで危険に晒されるなど言語道断です」


 何かをされたドラゴンは気の毒だと思うが、的外れな返報など迷惑千万だ。

 それに、ドラゴンは魔物だと了知しているべきなのだ。警戒心や恐怖心が薄れ、無闇に近づくようになっては被害が拡大するだけだろう。


「ですが、そのことと子ドラゴンを殺してしまうことは別問題だとわたくしは考えます。まずは解呪し、回復して対話を試みます。人間という種族そのものに憎悪を抱いていて、関係修復が不可能で、かつ無差別に人や街を襲う危険性があれば、その時は殺してしまうことになるでしょう」


 ざわっと騎士たちが動揺の声を漏らした。俺から殺すと言葉が放たれるとは思っていなかったらしい。


「殺める必要があれば、その咎はわたくしが受けます。助けたいと申したのはわたくしです。ならば、その逆の決断もまた、わたくしでなくてはなりません。それだけの覚悟を持って子ドラゴンに対峙するのだと、どうか分かって頂けますか」

「天姫様………」


 唇を引き結んだエインズワース一番隊隊長に続いて、一同が同じく地面に跪き、頭を垂れた。


「―――御心のままに」


 ノエルやザカリーも同様に跪いたが、アレンだけは俺を抱えているので、「御心のままに」と微笑んだだけだった。

 とりあえず了承を得られたようで良かった。呪いの規模を考えると、俺一人では恐らく手が足りない。


 じっと見守っていたラスロールは、話がまとまったことに感情を動かされることなく、再び前方へ視線を向けた。

 精獣と人の距離感は、このくらいがちょうどいいのだろう。人に慣れてしまっては、軍馬や家畜、愛玩動物と大差なくなってしまう。たぶんそれではいけないのだと思う。野性動物が野で生きていくように、きっと精獣も人間と関わりない場所で生きていくのが自然体なのだ。


「これより先は、恐らくわたくし一人では対処しきれません。騎士の方々、ニール、そしてわたくしの専属護衛たち。それぞれ個別に聖属性結界を施し、武器にも聖属性を付与致しますので、呪いを共に祓って頂けますか」


 索敵魔法で目視した呪いの規模は、ラスロールの比ではなかった。具現化した複数の、何十もの呪い一つ一つがでかい。

 アンデッドに堕ちてしまう前に子ドラゴンのもとへ辿り着かなければならない。そのためには、今も結界壁を侵食しようとぶつかってくる呪いたちを振り切らねばならない。振り切るためには手数が必要で、後を託せる者たちが必要になる。


 跪いたまま俺を見上げる騎士たちに、もう迷いは見えなかった。力強く首肯する皆に、俺は内心ほっと安堵しながら頷き返した。


 大半が朽ちている肉体を元に戻せるのか分からないが、アンデッド化してからの方が格段に厄介なことになるのは目に見えている。強力な呪いを振り撒くドラゴンのアンデッドなど想像もしたくない。

 耐魔能力に長けたドラゴンのアンデッドに、聖属性や光属性の浄化がどこまで通用するのかまったく予測できないのだ。

 成功率を引き上げるためにも、ここで何としてもアンデッド化は阻止しなきゃならない。


 アレンに下ろすよう促して、小鳥遊浩介の姿に転じた。

 ここからはレインリリーの肉体では使い物にならない。二十七年分の馴染みある浩介の身体で子ドラゴンのもとへと辿り着こう。


 異空間から太刀を顕現させた俺は、こちらを注視する跪いたままの全員を見渡した。


「―――では、これから聖属性結界の防護魔法と、剣に聖属性解呪魔法を付与します。皆さんは迫る呪いを祓うことに集中してください。私の身を守る必要はありません。宜しいですね?」

「「「「「御意!!」」」」」




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