73.森内部 6 ~アレン・バルバーニー 2~
ブクマ登録&評価、感想ありがとうございます。
更新が遅れまして申し訳ありません。
まだ体調は万全ではないのですが、少し短めで投稿致します(;>_<;)
大変お待たせ致しましたヾ(゜д゜;)
「本当に魔物がいないな……」
「魔物どころか獣もいない」
「鳥や虫の鳴き声もしないぞ……」
定期的に魔物を間引いてきたヴァルツァトラウム騎士団の面々が、五感で捉える森の異質さに困惑しきった声音でひそひそと言葉を交わす。森をよく知る彼らだからこそ気づく異変なのだろう。
案内人であり、ヴァルツァトラウム騎士団より頻繁に森へ分け入る砂金ハンターであるニールも、同様に怪訝な視線を巡らせていた。
木漏れ日の差し込む森は不気味な程にしんと静まり返っている。時折風で揺れる樹林の葉擦れの音が聴こえるだけで、真夏の早朝だというのに虫や鳥の鳴き声さえしないのは明らかに異常だった。
真冬日でも留鳥の囀りが聴こえるヴァルツァトラウムの森で、一切生き物の気配を感じないのはおかしい。
最奥へ進めば進むほどその異様さが目立つ。
すうすうと静かな寝息を立てるお嬢様をそっと抱え直し、先導するラスロールを追って慎重に歩を進めた。
時折左右を固めるノエルとザカリーが、お眠りになっているお嬢様の様子を窺う。天使のような寝顔を確認するたびに頬を緩め、癒されてはまた警戒する、という相反する行動を取っているのが微妙に笑いを誘う。集中力が途切れてしまうから、正直止めてほしい。
お嬢様がお休みになられた時点で索敵の補助はなくなってしまったが、案内人・ニールにとっては通常に戻るだけらしい。問題ないと言い切った。実に頼もしい。
陣形は、森に慣れているヴァルツァトラウム騎士団を前方外郭に楔形に展開し、中央にお嬢様をお抱えしたオレ、右にザカリー、左にノエル、後方外郭に同じく楔形でエスカペイド騎士団が殿を担っている。上から見たら菱形に固まって行動しているように見えるだろう。
ニールはヴァルツァトラウム騎士団より更に前に突出した位置におり、魔物や獣、罠などの索敵を請け負う。一人何役もこなす彼の負担が一番大きいだろう。仕事柄、それが出来なければ生き残れないのだから、彼ら砂金ハンターには出来て当たり前なことだろうが、正直オレには真似できそうにないな。
運良く、と言って正解なのか判断に迷うところではあるが、騎士たちが困惑気味に話していたとおり、今のところ一度も魔物や獣の類いと遭遇していない。
お嬢様がラスロールを蝕んでいた呪いと戦闘なさった以外は、虫の死骸や死にかけのものを発見したくらいで、他に生きたものを見てはいない。
静まり返った森は本当に不気味で、雪が積もった早朝の如く、すべての音を吸収、遮断しているかのようだ。
この一帯だけひんやりと冷気を帯び、何かが歪んでいるように思える。だからお嬢様はお寒そうにしていたのか。
よほどお疲れなのだろう。お眠りになってから四十分は経つが、一度も目を覚まされない。
無理もない。お身体はまだ五歳であられ、きちんとした休息を必要とする年齢だ。今頃は公爵邸のふかふかの寝具でぐっすりとお休みになっている時間帯なのに、代わりがオレの硬い腕であることが申し訳ない。
おまけに不眠不休の飲まず食わずで連戦続き、加えて慣れない森歩きだ。本来ならば深窓のご令嬢が一生経験されるはずのないことなのに。
一度お倒れになっているし、エスカペイドのお屋敷へお連れしたいのが本音だが、オレたちの主はそれを良しとしないお方だ。寧ろ率先して問題解決に乗り出すような方だからな。
妥協案や諫言にきちんと耳を傾けてくださる柔軟さもお持ちだから、こうして簡易的だが休息も取ってくださる。オレたちのお嬢様はいろんな意味で器のでかいお方だ。
迷いなく先導するラスロールの姿を追いつつ、そんなことを思う。
ふと、ラスロールに絡みつく呪いを浄化していたお嬢様を思い返した。
黄金の魔法陣と、浄化され金色の粒子と化し昇華されていく光に照らされたお嬢様のお姿は、この世のものとは思えない美しさだった。例えコウスケ様のお姿であっても、ああ、やはりこの方こそ天女の名に相応しいと見惚れた。
どのようなお姿であろうと、お嬢様の魂の輝きは変わらない。あのような神々しい輝きは、人の中でお嬢様の他に存在しないだろう。
そのような方にお仕えできる幸運に感謝の念を抱いたその時、ぐっすりと寝入っていたはずのお嬢様が唐突にお目覚めになったのと、ラスロールが甲高く警戒音を発したのは同時だった。
「ルギエル アルシオン プリナーオス!」
黄金に煌めく魔法陣が足下に現れ、半球状にオレたちを包み囲んだ。先頭に立つラスロールも内側に保護されている。
これは虹色に揺らめく防護壁とはまったく違うものだ。お嬢様が行使される黄金色の魔法は、決まって聖属性だと知っている。ということは、突如張られたこの防護魔法は聖属性で、虹色を抱く創造魔法の防護壁では防御できない何かが攻撃を仕掛けてきたということだ。
突然展開された防護壁にどよめきが起こるも、敵襲だと瞬時に覚ったオレたちは身構えた。ややあって、前方から帯状に伸びた紫黒の何かが防護壁に激突した。
「なんだ!?」
騎士の誰かが叫ぶ。
黄金の防護壁は衝撃に揺れることも砕けることもなく、確実に攻撃を食い止めている。衝突した紫黒のそれは、防護壁に触れた途端ジュッと蒸発するような音を立て、金色の粒子となって崩れていく。
この現象はさっき見た。お嬢様がラスロールに憑く呪いを浄化した様と同じだ。
「お嬢様。これは呪いですか」
「ええ。間に合って良かったわ。ナーガとラスロールに感謝しなくちゃ」
なるほど。前触れもなく突然覚醒された理由に納得しました。
ラスロールが警戒するよう鳴いたのはこの場にいる全員に聴こえていたが、それと同時にナーガ様もお嬢様に危険を知らせていたのですね。
お嬢様とナーガ様の視線が絡み、ナーガ様がこくりと首肯する。何か会話がなされた様子だ。
「お嬢様?」
「今の攻撃は呪いの媒体にされている者からのようよ。この先に大本がいるのは間違いないわ。ただ、さっきのラスロールの時のように、呪いの届く範囲が判然としない。今の攻撃でここに届くのは確実だけど、ここから大本までの距離がわからないわ」
先刻の、お嬢様のラスロールに絡む呪いとの戦いを思い出す。確かに取り憑いた呪いには射程圏内が存在していた。
つまりそれは、距離如何によっては近づくことさえ困難だと言うことだ。
騎士たちに動揺が広がる。
大抵のことには耐性を得ているオレたち専属護衛でさえ、お嬢様を守りきれるのか不安が鎌首をもたげてしまう。
抱えているお嬢様が、触手の如く伸びてきた呪いの方向を探るようにじっと凝視した。同じく、首に巻き付いているナーガ様も、未だ先頭に立つラスロールも同様に前方を注視している。
これは索敵魔法を展開なさっているのだろうか。お嬢様を黄金と虹色の魔力がキラキラと覆っている。なんと美しい。
緊迫した状況であることを一瞬忘れて魅入ってしまった露の間。お嬢様の碧色の瞳がくっと見開かれた。
「なんてこと………!!」
呟かれた声音は震えていた。それが恐怖から来るものなのか、悲哀から来るものなのかは判別できない。
ただ紡がれた声は、酷く怯えているようにも感じた。
次回から主人公視点に戻ります。
体調を気遣って下さり、ありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
とても励みになりました(o’∀`)♪
これからも覗いてくださると嬉しいです( *´艸`)
『灰かぶりのお薬屋さん』も更新しておりますので、そちらも良かったら一読ください(。-人-。)