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70.森内部 3

ブクマ登録&評価ありがとうございます( *´艸`)

大変励みになっております!

 



 ぞわっと総毛立った。俺たちの周囲にも反応があるのだ。

 見渡せど何もない。ただ一面に鬱蒼と聳え立つ緑が広がるだけだ。でも、同期している探知結果はそれを否定している。

 一番近くで淡い紫色を示しているのは、先ほどニールが小枝でつついて確認していた熊の糞だった。再びそれを覗き込む俺に一同は困惑するも、俺がまだ考察中であることを察して邪魔しないよう配慮してくれている。

 その気遣いに少し頭が冷え、冷静に分析出来るようになってきた。


 残された熊の糞に、微かだが魔力の痕跡がある。


「ニール。獣の排泄物には魔力が混在しているものですか?」

「えっ? は、排泄物に、ですか? いいえ。そのようなものは見たことも聞いたこともありません」

「では魔物の排泄物には?」

「それもありません。糞に魔力が混在していれば、それが他の魔物を呼ぶ媒体と化してしまいます。縄張り意識の強い魔物同士が、引き合うようなものを不用意に落としていくとは考えられません」

「魔物を呼ぶ媒体? 詳しくお願いします」


 魔力が魔物を引き寄せるとは初耳だ。


「魔物が鉱山から離れない理由はご存知でしょうか?」

「齧り程度には聞いています。鉱山には瘴気が溜まりやすく、魔物はそれを糧にしていると」

「仰るとおりです。瘴気は人や獣にとって害あるものですが、魔物にとっては何よりのご馳走。生物の血肉を喰らうよりもずっと体組成を強化できるのです。最奥の魔物がより強力なのは、瘴気を常に取り込んでいるからだと言われています。それに比例して魔石も大きくなるのではないかと……これは解明されているわけではない憶測なので、話半分でお聞きください」


 それはとても興味深い解釈だ。お父様と意気投合しそうな思考回路をしているな。

 もっと突っ込んで色々と聞きたいが、今は無理だ。


「その瘴気ですが、波動が魔力と似ているらしいのですよ。魔物が物理攻撃を仕掛ける者より魔法を行使した者を狙うのは、それが原因だとされています」

「確かに、スタンピード中、より狙われていたのは私でしたね」

「よくご無事で………」


 痛ましげに俺を見たあと、頭を振って話を戻した。


「ここで最初にご質問された内容に戻るのですが、何よりも瘴気を好む縄張り意識の高い魔物が、波動が瘴気と似ている魔力を糞に混在させて、他の魔物を引き寄せ絶好の餌場を晒すような真似をするはずがないんです」

「なるほど。魔力混在はデメリットしかないのか」

「ええ。獣にしてもそうでしょう。最奥からあぶれた魔物は瘴気不足を補うために獣や人を捕食します。より魔力に長けた人間が犠牲になるケースが多いのも、そういった理由からだと考えられます。魔力が混在する排泄物であれば、獣にとって天敵である魔物に居場所を暴露するようなものですので、それこそあり得ないと言えます」


 納得した。そのメカニズムであれば、確かに魔力をわざわざ混在させる意味がない。

 となると、捨て置かれている糞の存在があまりにも不審に思えてくる。ニールがあり得ないと断言したものが、まさに今目の前にあるのだ。


「まさか、これに魔力混在の形跡が?」

「ありますね。微々たるものですが、痕跡が残っています」

「そんな馬鹿な………」


 訝しむ視線を落とし、じっと覗き込んでいたニールが、途端はっと俺を顧みた。


「本当だった……そんな、でもどうして」

「私が先ほど索敵魔法に新たに追加した対象は、『呪い』です」

「の、呪い!?」


 ニールを筆頭に、騎士たちもさっと顔色を変えた。

 そこで、今しがた俺が目撃した闇魔法の説明をする。アストラに続く川の近くに獣と思しき点滅があり、探知対象を呪いに切り替えた瞬間、それはその色に一変し、点滅を止めた。そして、これが最も重要なのだが、索敵範囲内の至る所が呪いに汚染されているということだ。


「じゃあ我々も、すでに……!?」

「いや、それはない。索敵範囲内を染め上げるほどに穢れていますが、私たちやその周辺に呪いの兆しは見受けられないですから」

「本当ですか!?」


 明らかにほっと安堵の息を吐き出す面々だが、警戒は一切解いていない。呪いは常人の目に顕在化して見えるものではないので、四方を見渡しても確認はできないのだが、心情的にはよくわかるのでそこは敢えて突っ込まない。

 不思議なことに、俺たちを囲むように淡い紫はぽっかりと円形の穴を空けている。まるでシャーレの寒天培地で行うディスク拡散法の阻止円のようだ。


『実際そうだよ。リリーは病原菌に対する抗菌薬のような役目をしてる』

「え?」

『呪いや病原菌のように、感染を媒体とする類いのものはリリーの側に近寄れないんだ。だからリリーの家族や使用人は感染性の病気に罹ったことがないでしょ?』


 言われてみれば、邸の者で風邪など人から人へ感染する病気を患った者は一人もいないな………。


「それどういうこと?」

『リリーの肉体や魂自体が聖属性だということだよ。だからリリー自身が感染することはないし、リリーの側にいる人間もその恩恵に与れる。それに、リリーが創造魔法で作った物を口にした彼らも、その効果が切れるまでは呪いの影響を受けないよ。常時浄化しているようなものだから』

「マジか」


 いよいよ人間捨ててきたな、俺。それってどんな現象だよ。驚きすぎて逆に冷静に分析しちゃったよ。

 神様は、最終的に俺をどう進化させたいんだろうな。俺自身が討伐対象にされそうな最終形態を想像しそうになって、思い止まった。心の安寧を願うなら、その先は想像しちゃいけない。考えるな、俺……!


「コウスケ様……?」


 ニールの声掛けにはたと我に返ると、誤魔化すようにコホンと一つ咳払いをした。


「ええと、ナーガが言うには、先ほど皆さんに口にしてもらった飲食物が聖属性の浄化にあたるそうで、効果が継続する限りは呪いの影響を受けないそうです」

「なんと! そんなことが!」

「奇跡が我が身に宿って………!」

「やはり天姫様がお作りになったものは神界の食べ物であられた……!」

「おお、神よ! 天女の降臨をよくぞお認め下さいました……!」


 某メーカーの栄養調整食に似せて作ったものだが、強ち違うとは否定しきれなくなってきた。あと最後に祈った奴、戻ったら説教な。


「どれほどの持続性が期待できるかは不明なので、探知に少しでも異変が見えたら即座に聖属性の浄化魔法を施します」

「「「「「はっ!!」」」」」

「では件の獣の許へ行ってみましょう。私の見立てが間違っていなければ、あれは恐らく最奥で起きている異変の一端。本当は近づきたくないのですが、ぶっつけ本番で最奥の問題に取り掛かるよりは、ここで一度慣れておきたい」


 一旦言葉を切ると、俺を注視する十四名の眸を見つめ返した。


「覚悟して進んでください。この先にいる獣は、恐らく貴殿方(あなたがた)が想像するよりずっと酷い状態です。発見しても絶対に近寄らないこと。穢れに触れないよう細心の注意を心掛けて下さい。いいですね?」

「は! 従います!」


 ヴァルツァトラウム騎士団団長テレンス・オールディスを筆頭に、全員がその場に跪いた。ニールまでも跪いたので、俺は大いに驚いた。彼まで俺に従属の意を向けるとは思っていなかったからだ。

 内心僅かな動揺に心を乱されながら、こくりと首肯して見せると先を促した。


 呪いの穢れがある。それも、探知できる限り無差別に仕掛けられている。視覚で判断できないだけでも悪質極まりないのに、知らず触れて、分からないままその身を変質されていくのだ。物理的な罠を仕掛けるより奸悪なやり方だ。


 呪い一つだけでも、仕掛けた者の醜悪さを如実に物語っている。こんな真似を魔物が多い広大な森に、しかも人里の近くに仕掛けるなど真っ当な頭をした人間のすることじゃない。

 これは戦争へ繋がる余興に過ぎないと、そう言われている気がして不快感が募った。


 ―――――胸糞が悪い。






 左十時の方向へ分け入って目についたのは、地面に転がる虫の多さだ。死んでいるものがほとんどだが、もがき苦しむように転げ回っている虫も少なくない。

 同期している探知で視れば、死んでいるものも含めて淡い紫色をしている。つまりは、虫も獣も魔物も人間も、すべてが等しく呪いの対象だということだ。


 無差別にも程があるだろう、と反吐が出そうになっていると、ふとその周りの緑が気になった。

 唯一草木だけが影響下の外へ逃れている。そこに重要な意味がある気がして、改めて神眼でより深く観察してみた。


「これって……」


 僅かな金を含んだ白い靄のようなものが葉脈を通っている。樹木を見上げれば、幹から枝へ、枝から葉脈へと流れている様が見て取れた。

 再び地面に転がる虫を見る。死んでいるのはカマキリやクモなど捕食する虫だが、まだ辛うじて生きているのは青虫類の幼虫やカメムシなどの被食虫、そしてカタツムリやナメクジだ。絵面的に観察などしたくないが、これはかなり貴重な情報源だと思う。

 生き残っている虫類は、総じて植物の葉を主食にしている。つまりは、呪いにかかっていない草木の影響下にある、ということだろう。


「ナーガ。植物は呪いを浄化する力があるのか? 葉脈や樹木に流れる金を含む白い靄は、もしかして聖属性に近い?」

『よく気づいたね。その通りだよ。植物はあらゆる生命の根幹なんだ。もっと言えば、大地そのものに純化する力があると言える。すべての生命の源は、呪い特有の穢れを祓うんだ』

「なるほど。自然界のろ過装置のようなものか」

『そうとも言えるね。食物連鎖の順に、呪いに感染しやすくなる。上位捕食者になればなるほど、それが顕著だね』


 上位捕食者は、捕食し捕食されを繰り返した食物連鎖により、より濃縮された呪いをその身に取り込んでしまうということだ。濃度の違いと言うべきか。


「コウスケ様?」

「ああ、森そのものに呪いの影響はないようです」

「本当ですか!? それは何よりの吉報です!」

「浄化作用のある大地と草木は、無差別にばら蒔かれた呪いを祓ってくれています。地面に落ちている虫の様子からも窺えるでしょう。草木を糧とする被食虫は耐えているものも多い」

「確かに………」

「ナーガの話では、食物連鎖の上位に位置する生物ほど呪いの影響は大きいとのこと。すでに肉食獣や魔物は穢れに侵食されているかもしれない。そこかしこに呪いの反応がありますが、今のところ動いている個体はいませんので、奇襲を受ける可能性は低いと思います」


 あくまで確率の話であって、奇襲はないと断定するものではない。

 ニールが言うには、まだ鉱山までの距離を四分の一も進めていないそうだ。現在地のこの辺りにまで呪いが広がっているならば、まだまだ先の長い道程に気を引き締め直す必要があるだろう。






 更に十時の方角へ歩いて数十分。水の匂いとせせらぎが聴こえてきた。相変わらず足下には虫の死骸が多い。寧ろ増えた気がする。

 同期している索敵魔法の位置情報によると、不規則に点滅していた目標との距離も近いようだ。そろそろ視界に捉えてもおかしくないが………。


「―――――いた」


 はっと息を飲む複数の気配がした。俺が立ち止まったことで、同じくその場に十四の足が止まる。

 三十メートル前方の水際で、一頭の獣が蹲っていた。

 点滅していたそれは、立派な牡鹿だった。


「なんてことだ………」


 そう愕然と呟いたのは誰だったか。

 牡鹿の肉体は至る所が腐り、庇うように折り畳まれた左前足は骨まで見えている。

 呪いにより、生きたままアンデッド化が進んでいるのだ。生きながら朽ちていく痛みと恐怖は如何許りか。狂気に身を任せれば幾分か楽だろうに、ただじっと耐えている牡鹿の精神力は驚異的だ。


 遠隔で視た時と同様、紫黒の文字羅列が幾重もの鎖と化して牡鹿を締め上げていた。これが呪いの顕在化なのだろう。締め付ける部分がまるで塩酸でもかけたように、しゅうしゅうと白煙を立ち上らせながら皮膚や筋肉を容赦なく溶かしている。その間一度も悲鳴を上げないなんて信じられない。


「嘘だろ……あれってラスロールじゃないのか」


 ヴァルツァトラウム騎士団一番小隊隊長エルマー・アンブラーの呆然とした声に、俺は訝る視線を向けた。聞き慣れない名称だ。


「ラスロールとは?」

「は、はっ。ラスロールとは、ヴァルツァトラウムの森の守護者として君臨する魔物で、魔でありながら神聖なる存在として討伐対象から除外されている珍しい個体です」

「魔物でありながら、森の守護者で神聖な存在、ですか」


 魔物として索敵魔法にかからなかったのは、性質的には獣に分類されるということか。麒麟や白沢、四神のように、霊獣、聖獣、神獣などと呼ばれる存在なのかもしれない。


「はい。不思議と人を襲わず、滅多に目撃されない希少種です。大きな角は霊薬であると言われていますが、生死問わず切り落とした瞬間炭のように真っ黒く変質してしまうため、霊薬を手に入れられた者はいないとも言われています」

「へぇ」


 手に入れた者は存在しないのに、角が霊薬だとどうやって知ったのか、などと野暮なことは聞かないさ。伝承とは大抵そんな感じのふわっとした内容だと思うし。

 それよりも。


「ラスロールにかけられた呪いが見えますか?」

「い、いいえ」

「私にも見えません」

「肉体が腐っていく様は見えるのですが……」


 ニールも騎士たちも、あれだけ禍々しいものが絡み付いているというのに誰も見えないと言う。


「あれは生きながらにして対象をアンデッド化させる呪いです。なのでここから一歩も動かないでくださいね。決して触れないように」


 極度の緊張からか、誰かの唾を飲み込む音が響いた。

 あの禍々しさは俺とナーガにしか見えていないので、どこまでが危険範囲外か、彼らにはそれがわからないからだろう。加えて聖属性の浄化作用がいつまで持つか不明であり、どの程度の呪いまでなら防ぎきれるかも確証がない。

 顕在化した呪いの結果が今まさに目の前にあるのだ。無理もない。


 俺自身もあれにどこまで耐性があるかわからない。

 わかるのは、触れるのはまずい、直感的にそう思う程度だ。


 この場合は呪いをしっかりと明示すべきだろう。彼らにも、俺やナーガが視ている呪いの本質を認識してもらうべきだ。一時的でも、見えない恐怖より見える脅威の方が己で対応できる分、幾分かましかもしれない。


 創造魔法で十四個のミントタブレットを作り出し、一過性の神眼効果を付与する。半日程度の効果しかないが、森を踏破する間は効いているだろう。

 黄金の魔法陣が吸収されたタブレットを差し出せば、一様に困惑した視線を俺と掌に往復させる。まあ、そうだろうな。


「私に見えているものと同じものが見えるよう付与された錠菓です。ひんやりと冷感を感じる味なので、しばらくは暑さを遠退けてくれるかと思います。神眼効果は半日程度の一過性のものですので、今後の心配は要りませんよ」


 やはり先に手を伸ばし、構えることなく口にしたのは俺の専属護衛たちだ。続くようにニールや騎士たちも口に含み、奥歯で噛み砕いた露の間、はっと目を見開いた。


「これが、お嬢様が見ておられる世界……!」

「こんなものを見ておられたのか……!」

「なんという残酷な世界を……っ」


 ノエルたちが堪えるように震えた声を絞り出した。

 ニールや騎士たちも青ざめたまま絶句している。


「ではラスロールに絡みつく呪いが見えますね?」

「は、はい……!」

「見えます……なんて禍々しい……っ」

「直視するのもつらいと思いますが、今見えている呪いの範囲を確認しておいてください。重ねて言いますが、くれぐれもあれに触れないよう、この場から動かないで」


 いいですね、と念を押すと、血の気の引いた面持ちで一様に頷いた。よし。


「ナーガ。魔素が閉め出された理由はこれか?」

『たぶんそう。嫌悪感から一斉に立ち退いた感じだから、正確には閉め出されたわけでも避難したわけでもなさそうだね』

「空間とか空気が嫌だっていう、そういう感覚?」

『うん、それ』

「じゃああれを祓えない、手に負えないってことじゃないんだな?」

『それはないよ。天属性でどうとでも出来る』

「やらなかった理由は?」

『場所に執着しないから。ここが居心地悪ければ他に行くだけ』

「なるほど。単純明快だ」


 特例を除いて干渉しないのが神様と魔素の共通点だったな。穢れは自然がゆっくりと浄化していくし、特定の場所や生物に心を寄せて、率先して改善を施すことはない。執着しないし、気分次第でどこへでも流れていく。それが魔素の本質なのだろう。

 ラスロールを見て、ナーガが同情的にならないのも恐らくそういう理由からだ。興味がない、関心がないと表現すべきかな。

 ラスロールの姿に動揺して、哀れみや恐怖を抱くのは人間特有なのかもしれない。


「天属性で祓えるなら、聖属性にも可能か?」

『出来るよ。ただあれだけの強制力なら、リリーにかかる負荷も小さくはないから油断しないで』

「了解」


 いま楽にしてやるからな。





思いの外長くなってしまいましたΣ(゜Д゜;≡;゜д゜)

読了お疲れ様でした。

最後まで読んで下さり、感謝に堪えません(つд⊂)



『灰かぶりのお薬屋さん』も連載中ですので、よかったら覗いてやってください(●´ω`●)

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