68.森内部 1
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◇◇◇
森の入り口で馬を繋ぎ、獣や魔物に襲われないよう結界を張り終えた俺は、レインリリーの姿から浩介に変わり、異空間に収納していた刀を取り出した。
「さて。とりあえず無防備に踏み込む前に索敵しときますか」
浩介の姿に変わった俺を物言いたげに見つめてくるノエル、アレン、ザカリーを放置して、ナーガに教わった要領で魔力を前方へ扇状に薄く伸ばしていく。
範囲はひとまずこれでいい。森の入り口だからな。
対象は魔物、罠、俺たち以外の人間だ。あまり標的を広げ過ぎると精度が落ちるらしいから、こんなものだろう。
浮かべるイメージとしては、早期警戒管制機の三次元方式捜索用レーダーだ。味方識別と索敵対象の分類表示も追加する。味方は青、魔物は赤、罠は黄色、味方以外の人間は白でいいかな。
上空、地中を含めた半径百メートルを索敵する。獣は除外してあるので、立体化した索敵魔法に引っ掛かるものは何もなかった。まあ入り口だしな。
「半径百メートルの範囲には、魔物、罠、私たち以外の人間に反応はありません。索敵精度を落とさないために獣は除外してますので、各自警戒してください」
「えっ、もうそんな広範囲を調べ終わったのですか? しかも索敵って無属性魔法じゃ………」
信じられないとばかりに瞠目した案内人・ニールが、珍獣を見るような目で俺を凝視する。
薄く伸ばすからか、思ったよりずっと魔力消費は少ない。これは嬉しい誤算だったな。
使徒は常人より魔力が多いと聞いていたが、この程度であれば常に発動させていても問題なさそうだ。索敵範囲を扇状から円に切り替える。イメージとしてはLPレコード盤だが、三次元は外せないので球体になる。
「第二防衛ラインにも『目』は必要だな………ラング。お爺様たちの周辺警戒を頼めるか? 異変があれば知らせて欲しい」
森の外を浮遊する銀色の魔素に語り掛けると、快諾の声が殺到した。
『任せて~!』
『張り切っちゃうよ~』
『魔物を警戒すればいいの~?』
『リリーの索敵魔法みたいに、人間も警戒する?』
「そうだな。第二防衛ライン周辺に今さら罠を仕掛ける余裕はないだろう。魔物と、お爺様や騎士団以外の人間を警戒してくれ」
待って、と首元のナーガが俺を制止する。
『神界言語を使った方がいい。ここからはリリーの魔力だけに頼った索敵になるし、今は小鳥遊浩介の姿をしていても、土台はリリーの未発達な身体だから、負荷はなるべく避けるべきだよ』
「なるほど、確かにな」
ありがとう、と指摘してくれたナーガの頭をひと撫でした。
「では改めて。ラング カスティーリア スフレモート」
銀色の魔素が大挙して転移していく姿を初めて目撃した俺は、一人仰天の声を上げた。
「転移!?」
『あっちにもいるから本当は転移する必要ないんだけどね。リリーに頼られたことが嬉しかったみたいで、張り切ってるね』
「それは俺も嬉しいけど、いやそういうことじゃなくて! 転移魔法があるのか……!?」
『あるよ? 今までだって魔素は普通に転移してたでしょ?』
「いやいやいやいや、初めて見たんだけど」
転送魔法が存在するのだから、転移魔法があってもおかしくない。何で今まで気づかなかったんだ!
「俺も出来る?」
多大な期待を込めてナーガを見つめると、ナーガは事も無げにこくりと首肯した。
「出来るよ。創造魔法や聖属性魔法が扱えるんだから、リリーに出来ないことはないはずだよ」
「マジかっ。転移魔法、盲点だった……!」
『ただ物質転送と違って生物転移は負荷も大きい。行使する時はしっかりとしたイメージの固定と、神界言語をきちんと唱えるようにね』
「わかった。忠告ありがとう」
俺が疑問を抱かないかぎり、ナーガや魔素たちは率先して教えてはくれない。神様が仰っていたように、俗世に関与しない、干渉しないということなのだろう。必要なことはまず俺自身が気づかなければならない。
厳しいように思えるが、ナーガたちが間違っていないのは確かだ。全てをお膳立てされなければ動けないなど、使徒としても人としても終わっている。手を引いてもらわなければ歩けない幼子じゃないのだから。
「あ、あの、お嬢……コウスケ様。どうされましたか?」
困惑気味にザカリーが発問した。他の面々も同じ困惑を浮かべて様子を窺っている。
「ああ、悪い。魔素に頼んで、お爺様たちが待機している第二防衛ラインにも同じ索敵魔法をかけてもらった。魔物だけでなく、悪意を持った人間も引っ掛かるようにしてある。何かあればすぐに分かるようになっているから、あちらの心配はいらない」
「え? 魔素に頼む、とは?」
ニールの疑問を受けて、そういえばこの面子の中でニールだけが事情を知らないのだったなと気づく。
魔素が見え、会話も出来ると掻い摘まんで説明する。
「そんなことまで出来るのですか………しかも遠距離ですよ?」
「天姫様は神の使徒であられるからな。お出来にならないことなどないだろう」
「そうそう。それに、天姫様の首に巻きついている白く愛らしい方は聖霊様で、本来のお姿はとてつもなく大きく神々しいのだぞ」
「は!? 神の使徒……!? 聖霊様……!?」
ニールが目を白黒させながら、驚愕の視線を俺とナーガに向けた。
得意気に語る騎士たちの、天姫との呼称に俺の頬が思い切り引き攣る。浩介のなりで天姫は絶対にない。
「と、ともあれ、懸念は一つ減ったということで、我々はこちらの件に集中しましょう。私は戦闘に関してまったくの素人なので、陣形などは騎士の皆さんに判断を委ねます」
「「「お任せ下さい!」」」
「ありがとう、頼りにしています」
騎士十名の顔が嬉しそうに綻ぶ。真っ直ぐな好意を向けられるのって、何だかくすぐったい気持ちにさせられるな。
「常時半径百メートルの索敵はしていますが、前言したとおり獣は感知しませんので、各々で対処してください」
「「「御意」」」
「それから、ニールさん、でしたね?」
矢継ぎ早に指示を出した後、案内人のニールを見た。彼には案内という役目がある以上、先頭に立ち、集団から突出して進まなければならない。一番危険を伴う配置だ。
「どうぞ、ニールとだけお呼びに」
「ではニール。あなたには先陣を切ってもらうことになりますが、重ねて言えば獣の懸念が残っています。知らず獣のテリトリーに入ってしまった場合、または肉食獣と遭遇した場合、一番前を歩くあなたが標的になりやすい」
「心得ております」
「森を歩き慣れた方に今更なことを言っている自覚はありますが、普段の森とはかなり事情が違いますので、あなたに不要な怪我をさせはしないかと正直気が気ではありません。本当に先頭を歩かれて大丈夫ですか?」
「ご心配ありません。これでも森を熟知している砂金ハンターですので。騎士団の方々には及びませんが、職業柄魔物や獣とやり合うことは日常茶飯事です。寧ろコウスケ様の索敵魔法で獣だけ警戒していればいいので、普段よりずっと進みやすいくらいですよ」
それを聞いて安心した。ほっと安堵する俺を見たニールが、可笑しそうに笑声を漏らした。
「ああ、失礼致しました。正直どう対応していいか分からなかったのですが、今のあなたを見ましたら、そんな葛藤などどうでもよくなってしまって」
ああ、うん、知ってた。扱いに困ってたよね。五歳の女児だったり、二十歳そこそこのでかい男だったりするから、いろんな方面で常識はずれの規格外で寧ろこっちが申し訳ないです。
「姫様は姫様、コウスケ様はコウスケ様と分けて認識させて頂きます。今のあなたを守られるだけの子供だと判断する方が無理だ」
「ええ。そうして頂けると私としましても有難いですね。このなりでお嬢様も姫もないでしょう」
苦笑する俺につられて、一同がくすりと笑った。
「ということで、お前たちもそろそろこの姿に慣れろ」
言って俺の専属護衛三名を振り返る。唐突に名指しされた三人は思い切り目を逸らした。おいコラ。
「ニールのように分けて考えればいい。この姿の時は浩介だ。俺自身も浩介の姿をしている時は人格がより前世に傾く。確かに土台はレインリリーだが、今は奥で眠っているような感覚だ。お嬢様ではなく、一介の男として扱っていい」
「無理です! どのようなお姿であろうと、お嬢様はお嬢様です!」
「ザカリーの言うとおりです。分けてなど考えられません」
「どのようなお姿であろうと、どのような口調であろうと、我らにとって言葉も拙かった頃からお守りしてきた大切なお嬢様であられることに違いはありません」
「じゃあ物言いたげに見つめるのはやめろ。レインリリーの姿のままじゃお荷物になるだけだろ」
ザカリー、ノエル、アレンの順に反論してきたが、ピシャリと黙らせる。その気持ちは有難いが、有事の場合は臨機応変に構えてほしいものだ。
抗議を呑み込んだように口を尖らせるな。お爺様と違って可愛いけども! 無駄にイケメン率高いからな、俺の護衛たち。
微妙な空気に苦笑いを浮かべたニールが本題へと移る。
「これより、ここから真っ直ぐ北へ進みます。最初の難関は虫による被害ですが、害虫駆除剤の主成分であるジソール草を携帯していれば問題ありませんので、こちらをお渡ししておきます」
手渡されたジソール草はニンジン菜のような形をしており、麻紐で小指の幅ほどに束ねてあった。レモンに似た爽やかな香りがする。これを腰に下げておくと虫が寄りつかないのだそうだ。
そう言えば、地球でも柑橘系やハーブは虫除けになると聞いたことがあるな。
「そうか、虫のことは考えてなかったな。さすがです、ニール。助かります」
「森歩きのことならばお任せ下さい。では参りましょう」
にこりと微笑んだニールを先頭に、俺達は森内部へと足を踏み入れた。
索敵魔法に掛からないからと言って油断するつもりはない。誰がどんな形でこちらを見ているか分からないのだ。
遁術の類いであったり、認識阻害系であったり、遠隔操作できる自立型魔道具であったり。可能性を挙げれば切りがない。
最奥への道程はまだ始まったばかりだ。待ち構える相手が人間であった場合、俺はまともに戦えるのだろうか………。そんな一抹の不安を抱えたまま、鬱蒼と茂る森を歩く。
場合によっては人を斬ることになるかもしれない。その覚悟を固めておく必要がある。生成した刀がお飾りで終わり、騎士たちやニールに全ての荒事を押しつけてしまうのは卑怯だ。人を斬る必要性があれば、俺もこの手を汚す覚悟を持たなくては。
躊躇いは油断に繋がる。隙が生じれば、俺を庇って誰かが傷つくかもしれない。浩介の姿をしていてもそれでは、寧ろ抱えやすいレインリリーというお荷物のままでいた方がよほど建設的だろう。
殺傷能力に長けた存在を確かめるように、佩いた刀の柄をぎゅっと握った。
最奥にいるのが敵対する人間であった場合、これ以上こちらの犠牲を出さないために躊躇いなく斬り伏せる。それがどう言い繕おうとも人殺しでしかない行為であったとしても。
摘み取る命の重さを背負い、それでも大切な者たちの未来を掴んでやる。
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