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67.王都 3

連続投稿しております。

 



「現在ヴァルツァトラウムの森内部に魔素が存在しておらず、娘の話では森から閉め出されたのだそうです」

「魔素が閉め出された? どういうことだ?」

「森の最奥で異変が起き、魔素はその場に居られなくなった、と。直接最奥に赴き、調査しなければはっきりと断言致しかねますが、現地にいる父の見立てでは、スタンピードそのものに人為的可能性があるとのことです」

「人為的だと? なぜそう思う」

「第一に、魔素が閉め出されたことですね。我が国を筆頭に魔法に精通する国々で、魔素の不在など己の手で自身の首を絞めるようなもの。であれば、魔素を閉め出し、スタンピードを起こす意味がない」


 仮に我が国の力を殺ぐ目的があったとしても、自国の戦力も殺がれては本末転倒だ。この線はまず有り得ない。純粋に武器による力だけで挑むのであれば、それも可能性としてなくはないが……。


「第二に、突如ドラゴンが居座った理由です。これは最奥を調べなければ判然としませんが、ドラゴンがスタンピードの原因であったと仮定した場合、ドラゴンを誘導した何かがあったのではと疑念が残ります」


 ドラゴンが森の最奥に住み着いていたとしたら、前代未聞の事態であったと言える。ドラゴンが人の領域に住みかを移すなど前例がない。街を襲撃しても、住み着くことはただの一度もなかった。


「魔素が不在の森、唐突に引き起こされた魔物のスタンピード、続くドラゴンの襲撃。ここから人為的であったと断言するには早計に過ぎますが、最奥の調査結果次第では判断材料が増えます。父の推論では、魔素の存在しない場を作り出し、我が国の国防を弱体化させることで優位に立てる者によって、ヴァルツァトラウムの森は実験場にされたのではないか、とのことです」

「そうなると、一番怪しむべきはハインテプラか」


 近衛騎士たちの様子に緊張が走る。十数年前の侵略は彼らにとっても遠い記憶ではない。


「魔素不在の件を特筆するならば御意にございますが、ハインテプラ帝国以外の国も警戒すべきでしょう。これが人為的であり、帝国の仕業であると確証が持てない以上、他の可能性も配慮すべきかと」

「そうだな。しかし魔素のない森の調査は骨が折れそうだな……増援は必要か?」

「唯一森で魔法が使えるレインリリーが調査に赴いております。領地の騎士団と専属護衛が十三名警護についているそうなので、増援の必要はございません。少数の方がレインリリーの支援負担も減りますので」

「レインリリー嬢だけは魔法を使えるとはどういうことだ。いや、それよりも幼子を森の調査へやったのか!?」


 陛下の至極真っ当な指摘に近衛騎士たちの眉が怪訝に寄る。


「レインリリーが前世の人格を引き継いでいるという話は覚えておられますか」

「ああ、覚えている。色んな意味で衝撃的だったからな」

「あれには続きがございまして、人格だけでなく、記憶や知識も引き継いでいるのです」

「なに? 人格だけだとレインリリー嬢は言っていたではないか」

「神の使徒であるが故に、明かせぬことも多いのです。その匙加減は、直接神と対話したあの子でなければ推し量れません」

「そう言われてしまうと言及できぬではないか」

「申し訳ございません」

「まあよい。それで、魔素不在の森で何故レインリリー嬢だけが魔法を使える?」


 私はナーガの存在を暴露した。基は魔素の集合体で、創造魔法により生成されたひとつの個体であり、神の一部であると説明する。

 唖然と呆けていた陛下が、血の気の引いた顔で発問した。


「その魔素を基に生成した、ナーガ?は、神の一部である、と?」

「はい。レインリリーが言うには、魔素、つまり聖霊とは神の一部から複製された、言わば神の劣化版なのだとか。神と同一であるが、同列ではなく、聖霊は神ではないと。しかし神の一部ではあるので、あらゆる知識と力を秘めた存在なのだそうです。レインリリーが名付けたナーガも、導き手として娘に知識と知恵を授けています。念話で会話している姿をよく見掛けますし」

「お前………達観し過ぎだろう」


 陛下の口調が無意識に、私と二人きりの時の砕けたものになっている。素で唖然としている証拠だな。


「あの子のやることは、ビックリ箱のようなものだと思うようにしておりますので。年期が違います。生後二日目で、念話でしたが我々大人と変わらない口調で流暢に喋ってましたからね。もう慣れました」

「お前の肝の据わり具合に驚くわ」

「私などより妻の方がよほど達観しておりますよ」

「ああ、アラベラはなぁ……昔から俺たちより逞しかった」


 スカーレット殿がそっと耳打ちする。陛下、お言葉が、と。

 苦笑いを浮かべた陛下は、気を取り直して問い掛けた。


「少し脱線したな。話を戻そう。レインリリー嬢だけが魔法を行使できる理由は、そのナーガという個体の恩恵か?」

「左様にございます」

「魔素は閉め出されたのに、ナーガとやらは森へ入れるのか」

「レインリリーだけが魔法を使えるということは、入れるのでしょう。父の説明だけでは要領を得ない部分もあるのですが、レインリリーであれば問題なく最奥まで踏破できると父は考えているようです。私は不安でなりませんが」

「稚く愛らしい姿を知っているからな。それには同意する」


 渋面を作る私に苦笑した陛下は同調の意を向けた後、ふと疑問を口にする。


「レインリリー嬢には大人びた印象を受けたものだが、前世の記憶も保持しているとなると、精神年齢は相当高いのではないか?」

「ええ。あちらの世界で二十七で早世したそうですので、中身の年齢は陛下や私などより四つほど年上ですね」

「あんなに愛らしい子が、すでに三十を越えているだと?」


 そんな情報知りたくなかったと如実に物語る苦い表情だ。近衛騎士たちも同様の面持ちをしている。


「ちょっと待て。あちらの世界と言ったか?」

「ああ、はい。死後こちらではない異世界から神により招かれたと申しておりました」

「い、異世界……」


 陛下たちの頬が引き攣っている。

 私も前世の記憶があると聞かされた時は、普通にこちらの過去を生きた存在だと思っていた。ところが、蓋を開けてみれば異世界から転生したという。それも神に招かれて。


「地球と呼ばれる異世界はこちらよりかなり文明の進んだ世界だったようで、あの子の有する記憶や知識は我々が知るどの知識よりずっと高度なものばかりなのです。私など遠く及びません」

「他者より抜きん出たお前が及ばないとは、何とも末恐ろしいな………。お前がグレンヴィル家から出さないと言っていた理由がようやくわかった。なるほど確かに、神の意を借り万物に精通する娘を他家へ嫁がせるのはまずい」

「はい。利用するだけの姻家など願い下げです。それもよく理解した上で、レインリリーも嫁がないと決めているのでしょう。あの子の願いは目立たず慎ましやかに領地で生涯を終えることなのですから」


 それを聞いた陛下と近衛騎士たちが微妙な顔をした。


「それは無理だろう。すでにオキュルシュスで注目を浴び、また人知を超えた能力を持つ神の使徒が、目立たず慎ましやかに生きられるはずがない。加えて百年ぶりのグレンヴィル家の娘だ。それだけお前の娘は諸侯の関心を一身に集めている。この場では伏せていられても、いずれ別の形で知られてしまう。そうなれば、世界はお前の娘を欲するだろう。我が国だけに留まる事態では恐らくない」


 それも承知している。だからこそ、今回のスタンピードとそこに居合わせた王子一行に苛立ちを覚えるのだ。

 長い付き合いから察したらしい陛下が、僅かに眉をひそめる。


「ユリシーズ。今の今まで秘匿してきたお前が、スタンピードが起こったこの場面でそれを覆した理由を言え。我が息子と関係あるんじゃないのか」


 勘の良いことだ。僅かにぴくりと眉を震わせ、私は陛下をひたと見据えた。


「ご明察です。正しくは、殿下ではなく殿下配下の近衛騎士ですが」


 反応を見せたのは陛下直属の近衛騎士らだ。スターレット殿を筆頭に、微々たるものだが警戒心が窺える。


「レインリリーの抱える使命を欠片も知らない者にとって、あの子の成した死傷者ゼロという偉業は異端に見えたようで。得体が知れないと剣を向けたそうです」

「なんだと?」

「殿下を御守りする剣と盾であれば、それは真っ当な判断でしょう。ですが、それを我が領地で、我が父と配下たちの眼前でやったことは看過出来かねます。瀕死の怪我を癒し、身を呈して五百を超える命を護り抜いた我が愛娘に対する愚行は、六公爵家の一角たるグレンヴィル家当主として断じて赦すことはありません」

「なんと浅はかな真似を………すまぬ、ユリシーズ」

「殿下の制止を聞かなかったのは彼らの判断。陛下の責ではございません」

「グレンヴィル副師団長……いえ、グレンヴィル公爵閣下。近衛騎士団の副団長として、申し開きも立ちません。教育がなっておりませんでした。本当に申し訳ございません」


 私の怒りがどこへ向けられているのかを正確に察したスカーレット殿が、潔く非を認め深々と頭を下げた。続くように四人の配下たちも頭を下げる。


「―――――近衛騎士団に含むものはないが、殿下配下の近衛騎士を赦すことはない。我が娘が受けた仕打ち、私は生涯忘れぬ」

「気持ちはわかるが、ここは一旦私に預けよ、ユリシーズ。お主の憤懣を決して無下にはせぬ」

「……………御心のままに」


 陛下に一礼し、とりあえずはこの場にいない者共への怒りを静める。早々に森最奥の異変と侵略の可能性について話し合わなくてはならない。


「今回の件が片付いたら、一度レインリリー嬢をここへ連れて参れ。今後のことも含め、レインリリー嬢にはいろいろと確認を取らねばならぬ」

「御意」

「ハインテプラ帝国を含めた周辺諸国の侵攻の疑いについてだが、今のところ国境や海に面した各領地からそのような報告は上がっていない。ヴァルツァトラウムがその第一陣である可能性もあるが、確証はない。今は座して情報を待つのが最善であろう」

「御意にございます。闇雲に動けばこちらの動向が筒抜けになる蓋然性が高くなります。幼い娘を危険に晒し、父親である私が安全な王都で待機せねばならないのは非常に我慢なりませんが、あの子を信じて報告を待つべきでしょう」


 あの時あの場にリリーが居合わせたのは僥倖だったと父上は仰った。確かにそうだろう。リリーの奮闘のおかげで守られた命は計り知れない。だが、それは結果論に過ぎないのだ。

 たまたま全てがうまく行った。ボタンを掛け間違えなかった。戦闘経験の浅いリリーが、今後も上手く立ち回れるなどと楽観視できるはずがない。


 陛下はいずれリリーの本質が知れ渡るだろうと仰った。そうなれば、リリーの身が危ぶまれる事態が増え、更に戦争が引き起こされた時、チェノウェス家と共に最前線に立たされることになる。貴重な結界や防護魔法だけでなく、回復に支援魔法、そして火力の高い攻撃魔法さえ駆使できるのだ。女の身であろうと戦闘を強要され、戦わない選択に周囲が黙ってはいない。これほどに使い勝手の良い人間兵器はないからだ。

 遠くない未来にそうなることが必然であるように思えて、私の心臓は凍えるほどに冷えていく。


「レインリリー嬢から念話で報告が上がればすぐに会議だ。宰相を呼べ」


 近衛騎士の一人が退出するのを見送り、陛下は続けた。


「幸いこちらには情報伝達速度の優位性がある。仮に侵略を受けているのだとしても、即座に動ける利点がある。この差は大きい」

「はい。父も同じことを申しておりました。早急に企みを看破されたとは気づいておらず、また後手に回されていた状況を覆せると」

「その通りだ。レインリリー嬢はグレンヴィル領の騎士団を救っただけでなく、我が国の民の命をも救ったのだ。未然に防ぐことの重要性と困難は言わずもがなであろう。幼い身でありながら、何と勇敢なことか」

「恐れ入ります」

「ユリシーズ。約束しよう。レインリリー嬢の立場は必ず私が守ろう。神の使徒であり、何より友であるそなたの愛娘を、邪な考えを抱く諸侯や諸外国から守ってみせる」


 私は感謝の意を示し、跪くと深々と頭を垂れた。

 スカーレット殿や近衛騎士たちも、陛下のお言葉を受けて、決意を新たに私へこくりと頷いた。


 得体が知れないと断じた近衛騎士の上官たちが、共にリリーを守ると確約した瞬間だった。





次話からレインリリーに戻ります。

森の最奥を目指します!


『灰かぶりのお薬屋さん』も宜しくお願い致します!

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