63.不審
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夜明けを迎えた白む北東を仰ぎ見、完全に日が昇りきるまで待つべきか暫し逡巡した。
葉の密集した樹冠が広がる森では、開けているこの場よりずっと闇に沈んで見えるだろう。森歩きに長けた者の道案内がなければ遭難する可能性もある。また密林の死角から、いつどの位置で奇襲を受けるかわからない。
ナーガに森の上を飛んでもらえば一直線で一石二鳥だが、出来れば森の様子も確認しておきたい。何か見落としがあるかもしれない。砂金ハンターの報告を信用していないのではなく、神眼を通して得られる情報に期待しているからだ。
「ナーガ。索敵魔法ってあるか?」
『あるけど、魔素が森に散開してないと使えないよ』
「あ~……そうか、そうなるよな」
『リリーの魔力だけに頼れば索敵出来なくもないけど』
「詳しく」
『リリーの魔力を薄く広げていくんだよ。魔物なら魔物、人なら人、罠なら罠と的を絞れば精度も上がる』
なるほど、と呟く。
俺の魔力の最大容量がいかほどで、索敵にいくら魔力を消費するのか、またその適用範囲が不明な点が気掛かりだな。
常ならば魔素が力を貸してくれるため保有魔力はかなり節約できているが、容量がすっからかんになるほど自分の魔力頼りで使用したことがないからなぁ。使い所をきちんと見極めないと。
経験したことはないが、目眩が起こるリキャストタイムこそが魔力容量の限界なのかもしれないな。
「さすがにこの状況で森へ入る人間はいないだろうから、絞るなら魔物と仕掛けの二択かな」
そう口にしつつ、何とも言えない不快感がねっとりと肌を撫でた気がして、覚えず眉をひそめた。
違うと直感が告げているのか、喉に刺さった小骨のように心に引っ掛かる。
何が気にかかっている?
眉根を寄せたまま、自分の口からこぼれた言葉をかき集めてみた。
索敵魔法の感知範囲、消費魔力、魔力の最大容量。どれも違うように思う。これらは現時点で心配しても仕方ない。手持ちの判断材料が少ない段階で何を論じても時間の無駄だろう。まさに机上の空論だ。
では他に何が……?
―――――森へ入る人間はいない。
はっと弾かれたように首元のナーガを見た。
「ナーガ……。もしかしたら二択じゃ駄目かもしれない」
『どういう意味?』
「今回のスタンピードそのものが、人為的なものである可能性があるってことだよ」
静かに俺の言葉に耳を傾けていた一同にざわりとどよめきが起こる。
「レインリリー。それはどういうことだ」
「思いついただけで確証はありません。いくつか気になる点がある、その程度の違和感ですが、大きく外れていないのではないかと。人為的であった場合、その目的と理由がわかりませんが」
「人為的か……仮にそうであったとして、お前の指摘通り目的が不明だな。そもそもどうやってスタンピードを起こす? ドラゴンを意のままに操る術など、それこそ不可能に思えるが」
「仰るとおりです。更に言えば、魔素を閉め出す術も理由も不明です。魔素の不在は我々魔法を行使する者にとって死活問題。魔法に馴染んだ戦闘術に特化したバンフィールド王国で、そんな馬鹿げたことをする理由が―――……」
言いかけて、はっと息を呑んだ。お爺様を凝視すれば、同じ戦慄の視線が交わされる。
「そうか、そういうことか……!!」
おのれ、とお爺様が怒りに打ち震えた。
魔素を喪失させ、国防そのものを弱体化させることで得をする者がいる。ヴァルツァトラウムは、その実験場にされたということだ。
「侵入者がいますね。最奥で何をやったのかはわかりませんが、目的ははっきりしました。事実魔素が閉め出されていることから、その方法をすでに編み出しているということ。ヴァルツァトラウムの森は、その実験台にされたのでしょう」
「舐めた真似を……!!」
「しかし、森にドラゴンがいたことや、スタンピードが起こった原因はまだわかっていません。お爺様、ここは慎重にいきましょう。他国の侵略を受けているのだとしても、どの国が仕掛けてきているのか現時点では判断できません。不確定要素が存在しているかぎり下手なことはできない。まずは最奥を調べなければ」
過去バンフィールド王国王宮から魔法陣の知識と技術を盗み出し、魔素を必要としない独自の魔法陣を編み出したのはハインテプラ帝国だ。
帝国が今回の件に関わっているのかどうかは分からない。可能性が高いのはハインテプラだが、他の四大陸のいずれかの国が仕掛けているのかもしれない。机上の空論だと断じたように、この件も現段階では推測の域を出ない以上、まずは情報収集が最優先だ。
だが、最大限の警戒は必要だろう。唯一魔素がいない状況で魔術が使えるのはハインテプラだからだ。
受肉してしまったナーガが危険に晒されるかもしれない。心してかからなければ。
お爺様は憤りを散らすように一度息を吐き出し、苦々しげに首肯した。
「わかっておる。まずは調査だ。森に詳しい者を同行させる。誰か、ニールを連れて来い!」
幾人かの騎士が素早く動き、馬で駆けて行った。
さて、待っている間こちらもやれることはやっておこう。
「お爺様。王都のお父様にこの件をご報告すべきかと。すでに立ち上がりから後手に回っている状況です。いち早く陛下のお耳に入れておく必要があります」
「そうだな。今から早馬を飛ばしても、急報が届くのは夕方になるが」
「そこでご提案が。遠距離はやったことはないのですが、たぶん念話でお父様に繋がります」
「なに? そんなことまで出来るのか?」
「魔素が存在しているかぎり、距離は障害になりません。やってみますか?」
「ああ。事は一刻を争う。早急にユリシーズに連絡だ」
「ではお爺様とお父様を繋ぎます。今の私ではレインリリーだと認識できませんからね。状況説明をお願い致します」
「わかった。やってくれ」
金と銀の魔素に意思を伝えると、お爺様の様子から繋がったのだとわかった。あとはお爺様に一任して、俺は別の案件に取り掛かる。
この先何が起こるかわからないため、騎士たちにも魔道具を渡しておくべきだと思ったのだ。五百超えの人数分生成しなきゃならない。これは大掛かりになりそうだ。
それから、ケイシーだ。
ぼーっと惚けて俺から一度も視線を逸らさないケイシーの瞳は、完全に女の目だった。
「……………ケイシー。俺の見てくれに騙されるな。基になっているのはレインリリー・グレンヴィルだ。浩介はすでに死んだ存在だぞ」
「わ、わかっております」
「わかっているならそれでいい」
「お嬢様の前世のお姿が、これほどまでに凛々しい御方だったとは露知らず……コウスケ様は、奥方などおられたのでしょうか。もしくは婚約を交わした方や、お付き合いのあった女性などっっ」
俺は若干ドン引きしながら、ずいずいと迫ってくるケイシーの肩を押し止めた。
奥ゆかしさはどこへ置いてきた!? 思った以上に押しが強い!
「け、結婚も婚約もしていない。彼女はいたが、死ぬ前に終わっていた」
「まあっ、本当ですか? よかった」
「いや、何一つ良くないんだが」
「ですが、こんなに麗しいご尊顔のコウスケ様を、一体どこの不埒者が殺害など―――」
俺は素早くケイシーの口を掌で塞いだ。何を口走っている!
さっと視線を走らせれば、お爺様も騎士団も誰も会話を聞いてはいない様子だった。危ねぇ……!
「ケイシー。それは他言無用だと言わなかったかな?」
自身の失言にようやく思い至ったのか、こくこくと頷いた。呆れた顔を隠すことなくどけた俺の手に追いすがるようにして、ケイシーがぎゅっと握り締め胸に引き寄せる。
豊満な双丘にめり込む手に、その弾力と柔らかさが伝わる。上目遣いで見上げてくるケイシーを見つめて、俺は既視感を覚えた。
こうして誘われることの多かった浩介は、特定の彼女がいなかった時期は誘われるまま悉く頂いてきたが、生憎と今の俺は浩介ではない。転生してからは、激しい劣情など女性に抱けないのだ。
可愛いとも愛しいとも思う。だがそれだけだ。たぶん今の姿であれば抱けるとは思う。でも抱きたいとは思わない。それは俺が浩介ではなく、レインリリーになっているからだと思う。女児である肉体に馴染み始めた証拠だろう。俺はもう浩介じゃないんだ。
そう確信した瞬間、何とも言い難い郷愁にも似た切なさに支配された。もう戻れない日々を突きつけられたようで、何とも遣る瀬ない。
戻りたいわけでも、今生に不満があるわけでもない。素晴らしい家族に恵まれ、家柄に恵まれ、充実した日々を過ごさせてもらっている。不満などあるはずがない。それでも、ふと過る性別の壁に、別れを済ませることさえなく別れた前世の家族に、彼女に、もう二度と会えないのだと思うと、堪らなく叫び出したい気分になる。
仮に会えたとしても、前世の家族に掛ける言葉も、彼女にしてやれることももうないのだ。
抱きしめることは出来ても、それ以上のことはしてやれない。別れたのだから女々しく引きずっているのは俺だけかもしれないが、結婚に踏み切れなかったとはいえ、心から愛した女性だった。彼女にもう二度と触れることもないのだと思うと――――――。
いや、これは浩介の気持ちだ。俺の感情ではないはずだ。小鳥遊浩介の姿を取ったことで、一時的に浩介の感傷に引きずられただけだろう。
人格が統合されてからは、浩介とレインリリーの間に「俺」が存在している。ちゃんと区別出来ているのだから、やはり俺はすでに浩介ではない。
未だ浩介の感傷に強く引っ張られながら、俺はそう結論付けた。
困ったように、滲む切なさを隠しきれずに曖昧な笑みを浮かべた俺は、抱き込まれていない反対の手でケイシーの頬を撫でた。
「ケイシー。俺はもう浩介ですらない。すまない」
はっと弾かれたように手を離したケイシーは、申し訳ございませんと頭を下げた。
「我を失い無礼を働いてしまいました。その、コウスケ様があまりにも私の好みだったので……本当に申し訳ございません」
「いいよ。気にしてない。想ってくれるのは正直に嬉しいんだ。ありがとう」
「コウスケ様………好きですっ」
思い余った様子で抱きつかれた。唐突に突進されケイシーの頭頂部が下顎を直撃した。地味に痛い………。
しかしケイシーって肉食系女子だったんだな。意外だ。
「うん、ありがとう。同じ想いは返せないけど、俺もケイシーが好きだよ」
侍女の一人として、家族のように想っている。
よしよし、と下顎の痛みに耐えながらケイシーの頭を撫でていると、不意に突き刺さる視線を覚えた。
(あ~……………)
振り向かずともわかる。この刺すような視線の主はノエルだろう。お前の恋路を邪魔するつもりは毛頭ないんだ。本当に申し訳ない。
執筆した分がかなり長くなってしまったので、半端ですが一旦ここで切りますm(。≧Д≦。)m
後半部分は後日に投稿したいと思います。
最後まで読んで下さってありがとうございました!