58.第二防衛線 2
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もう、解毒と回復魔法を幾度かけたか覚えていない。魔物のスタンピードは打ち寄せる波の如しで、討伐し終える前にまた次の群れが襲ってくる。その繰り返しだ。
押し寄せるのは最奥の魔物ばかりになった。騎士団が何度瀕死の傷を負わされたか分からない。全快したからといって、再び脅威に立ち向かうにはかなりの勇気がいる。それでも騎士団の面々は怯むことなく何度も何度も果敢に立ち向かっていった。
俺の護衛も、近衛騎士も、イクスの護衛も、幾度となく死にかけている。ケイシーが腕を噛み砕かれた瞬間は、さすがに生きた心地がしなかった。激しい怒りが湧き起こり、一瞬で消し炭にしてやった。本来ならば戦闘要員ではないか弱き女性に手傷を負わせるなど、到底赦されるべきことではない。
不幸中の幸いではあるが、イルとイクスに怪我はない。特にイルに及んでいたら大変なことになる。
これは、すでに機を逸しているかもしれない。
それでも踏ん切りがつかず、保身に走る俺は最低だ。
「リキャストタイムに入る予兆のある者は下がれ!! まだ余力のある者はカバーに入れ!!」
お爺様の張り上げた大声がどこからか聞こえるが、姿は確認できない。お元気な様子にひとまず安堵の息を吐く。
イルと手分けして近衛騎士の回復を終えた俺は、一向に減らない魔物に目を眇めた。
繰り返し回復魔法を掛けているとはいえ、いずれ体力の限界を迎える。
長時間の戦闘で蓄積した肉体的疲労は、回復魔法ですべてをリセットすることはできる。だが、付随して溜まる精神的疲労は回復魔法ではどうにもできない。沈む澱のように底に溜まったものは、やがて騎士たちに牙を剥くだろう。
何度も殺されかけ、四肢を食いちぎられ、毒に侵され、炎に焼かれ、未だに終わりの見えない戦闘を余儀なくされている。すでにフラストレーションが溜まっている状態だろう。精神の不調はそのまま体に直結する。負傷を完治させているからと、楽観視できる状況じゃない。
ひとつだけ、ストレス解消に該当するような浄化魔法があるにはあるが、戦闘中には使えない魔法だ。ストレス解消ということは、リラックスしてしまうということだからだ。緊張と集中を切らせるのは致命的すぎる。戦闘終了後であるならまだしも、真っ只中でかけるべき魔法ではない。
その時、ご無礼をと短く告げたアレンが俺を抱き上げ飛び退いた。入れ替わるようにザカリーが地面に大穴を空け、周囲の魔物を下へと落とす。
落とし穴には土杭がいくつも突き出し、落ちてきた魔物を次々と串刺しにしていった。
「やるわね、ザカリー」
「恐れ入ります」
「ケイシー、串刺しの魔物を焼き払って。ザカリーは落とし穴を埋めること」
「お任せを」
「御意」
死骸が腐れば疫病の因になる。無事乗り切ったらすべての屍を焼き、地中に埋めてしまわなければ。
「アレン、そのままわたくしを抱いていなさい」
アレンの背後から、ヒュドラがくわりと顎門を開き迫っていた。
「ベネモス リトスルゥマ」
ざわりと緑の魔素が応え、風の鞭となってヒュドラの九つの首を瞬く間に切り落とした。
ヒュドラは再生能力が非常に高く、九つすべての首を失っても切り落とした傷口から新たな首が生えてくる。特に中央の頭は不死身なので、胴体をバラバラに切り刻む必要がある。
更にヒュドラの吐息は解毒不可能と言われる猛毒だ。これにやられたら、光属性の浄化魔法でも治せない。そう、人では扱えない聖属性の浄化魔法でなければ。
しかし、この世界には唯一ヒュドラの毒を中和する薬草があるのだそうだ。名をギフカール草と言い、ミントに似た清涼感のある香りが特徴で、葉を奥歯で噛んでいれば、抜ける香りと仄かな甘味で毒を中和できるのだという。
騎士団にはギフカール草が持たされているが、数に余裕があるわけではない。どちらにしろ長期戦は危うい。
解毒できないとされるヒュドラの猛毒を浄化できている俺の魔法に、いずれは矛盾を覚える者も出てくるだろう。今はまだ混戦の真っ只中で他に割く余裕がないだけで、後々振り返ればその異様さに気づくだろう。
それでも使わない訳にはいかない。聖属性魔法がなければ、第一防衛ラインの時点で大量の死傷者を出していたのだから。
再生していく九つの頭を睨んで、やはり風魔法では倒せないかと策を練る。
雷撃で焼き、胴体を真っ二つにすれば絶命したが、雷属性に適性を持つ者は多くない。事実、五百人いる騎士団連合軍で雷撃を撃てるのはたった十人だ。お爺様を加えれば十一人。
採鉱期間に森の最奥で魔物と戦う時は、ヒュドラ一体につき三十人体制で挑む。最奥で遭遇する魔物は群れていないので、一度の討伐につき魔物は多くても二体だ。故に、首を落とす者、焼く者、胴体を裂く者とに分かれ、連携して倒す。その際、ギフカール草を奥歯で噛み締めておくのは必須だ。
「風魔法だけじゃ無理か。だったらこれはどうだ? ―――アスルイードル レフテル タウスフェスト」
完全に再生したヒュドラの首を、水属性魔法の鎌鼬で再度切り落とし、傷口を凍らせる。
八つの首は凍ったまま再生しなかったが、やはり中央の頭は復活したようだ。胴体をしとめなければ何をやっても中央の頭は死なない、と再確認は出来た。
「あ、ヤバイ! ベネモス シルトメネス!」
中央の頭が苔色の毒霧を吐いた。風属性の盾魔法をヒュドラの頭を囲うように発動し、毒霧の拡散を阻止する。
「ルギエル アルシオン エシュルベル ヴィヴアーズ」
次いで聖属性の浄化魔法で無毒化し、火属性魔法で中央の首と胴体を切断した。
落ちる頭部と縦真っ二つに断たれた胴体が倒れ込むのは同時だった。切断面の肉の焼ける臭いがする。
「水と火属性は有効。風属性も連携と使い方次第か」
この情報は今後も役に立つだろう。使い方によっては、一個体につき三十人もいらないかもしれない。
考察と実践を繰り返している間、アレンは俺を抱き上げたまま遠隔風魔法で周囲の魔物を狩り、近づけさせないようにしてくれていた。本当に優秀な護衛だ。
「アレン、ありがとう。助かったわ」
アレンを覗き見れば、ほんのり頬を染めていた。
なんだ?
怪訝な視線に気づいたアレンが、下ろしながら俺の無自覚発言を指摘した。
「………お嬢様。そのまま抱いていろなどと、誤解を招き兼ねませんので今後は口になさいませんように」
「……………」
見た目五歳児幼女に何の忠告をしている、アレン。
抱くって、抱っことか、抱き上げるとかの抱くだからな? 卑猥な意味で取るんじゃないよ、しかも俺相手に!
「あと五、六年待ってて、リリー。その時までに鍛えておくから。今後君を抱き上げるのは僕の役目だよ」
総毛立った腕を擦りながら、アレンに心得たと頷いておいた。この件には突っ込まない。絶対に。
そしてイル、不満そうに食いつかない! 体格的に今のお前には無理だってことはわかりきってることじゃないか。お前五歳児なんだぞ。俺だって、出来るなら抱き上げられるよりは抱き上げたいっつーの!
「風魔法まで………! 五属性持ちなど建国以来一度も現れていないのに………!」
戦く近衛騎士の言葉に、そういえば通算五つ目か、と思い出す。
もう言い逃れできそうにないな。
さて。王家に何と説明したものか。
◇◇◇
聖属性回復魔法を広範囲に掛けたあと、続けて聖属性の付与魔法を重ね掛けすることにした。
「ルギエル アルトグラント アスディリアル」
三重に展開された黄金の魔法陣が、対象者全員に毒耐性を付与する。これで当座はしのげるはずだ。
ギフカール草が底をついた今、繰り返し浄化するより耐性の盾を与えた方が効率いい。
戦闘が長引き過ぎている。ここら辺で一網打尽にすべきだろう。火魔法や水魔法で魔物へ遠距離攻撃しているイクスを振り返った。
「イクス! 闇魔法!」
「え!?」
「闇魔法よ! 魔物に麻痺をかけて! 全部の魔物によ!」
「は!? 全部!? そんな真似したら人もかかるだろ!」
さっと血の気の引いた顔で反論するイクスに更に畳み掛ける。
「人を除外して、魔物だけにかけるイメージでやれるでしょ! 人間同士の戦いより区別しやすいじゃない!」
「簡単に言うな! 振り分けなんて器用なこと出来るか! 無茶言うなよ!」
「無茶でも何でもいいからやれ!」
近くで交戦中の騎士数人が、ぎょっとした顔でこちらを凝視した。
ああ、しまったな。気をつけていたのに、つい浩介口調が出てしまった。
「失敗してもいい! その時は人だけ解除するから!」
「くっそ……! どうなっても知らないからな!」
えっ!と近場の騎士たちが青ざめた。すまん、失敗してもすぐ回復魔法かけるから大目に見てくれ。
「我らが敵の五感を奪え、ジェイド!」
紫黒の霧が、ドライアイスの白煙の如く、地を舐めるように広がっていく。霧に触れた瞬間、感電したように硬直した魔物たちがばたばたと倒れていった。異様な空気に身構えていた騎士団は誰一人として影響を受けていないのか、沸き起こる歓声と共に、動けなくなった魔物を次々と仕留めていった。
「イクス! 出来たじゃない!」
「信じられない………」
茫然と立ち尽くすイクスの背中を叩いて称賛していると、一人の騎士が声を上げた。
「姫様! 一人やられました! 解除をお願いします!」
「わかりました!」
ありゃりゃ。一人だけ麻痺を喰らった騎士がいたか。
頬を引き攣らせるイクスを労い、麻痺で動けない騎士の元へと駆けていく。護衛三人とケイシーもついて来たが、当然のようにイルもついてくる。
「イルはイクスの側にいて!」
「嫌だ。離れないと言ったじゃないか」
口をへの字に曲げるイルに、この我が儘王子め!と悪態をつきたい衝動を噛み殺して先を急ぐ。硬直した騎士を早々に戦線に戻す必要があるからだ。
魔物の方が先に自力で麻痺を解いてしまうかもしれない。そうなると、真っ先に狙われるのは同じく動けない騎士だろう。
「テシュヴァイス ハイレオス サルアユート」
地面に倒れ伏したまま硬直して苦しんでいるエスカペイド騎士団の騎士に、光属性の浄化魔法と回復魔法をかける。己の意に反してビクビクと痙攣し、苦悶の呻き声をもらしていた騎士がふんわりと暖色に包まれ、一瞬で痙攣は治まった。
「回復魔法もかけておきました。不具合はありますか」
「ありません。本当に助かりました。ありがとうございます」
「アッシュベリー家ご子息に、わたくしが全体に麻痺魔法をかけるよう強要したのです。あなたへの流れ弾はわたくしの責任です。ごめんなさい」
「とんでもない! たまたまおれだけが掛かってしまっただけですので、お気になさらず! おかげで魔物の反撃を食らうことなく掃討できますよ。天姫様の機転のおかげです」
「テンキ?」
しまったとばかりに口許を覆う。怪訝に見返せば、治癒を要請した騎士が苦笑いを浮かべ説明した。
「姫様のことを、天が遣わした女神だとヴァルツァトラウム騎士団の者たちが言うもので、いつしか我々エスカペイド騎士団にもそれが浸透しまして。姫様のご助力あっての討伐戦なので、間違いないと」
「その通りです。それで天が遣わした姫で、天姫と勝手にお呼びしておりました。もう両騎士団に浸透してしまっているので、軌道修正は難しいかと………」
てへぺろ、と聞こえてきそうな茶目っ気たっぷりに微笑む騎士たちに、俺の頬は思いきり引き攣った。
天女や女神、姫の次は天姫かよ! そんな通り名は嫌だ! 看過できない、いや、したくない!
「いいね。リリーにぴったりの通り名じゃないか」
「無責任なこと言わないで」
「どうして? 君は外見も中身も天姫の名に相応しいだろう?」
「相応しくありません。買い被りもいいところです。殿下の目は欲目で曇っているだけです」
「そりゃあ僕はリリーに心底から惚れ込んでいるからね、欲目がないとは言わないけど。でも僕の評価はグレンヴィル領民の共通している点だと思うよ?」
同意を示すように騎士二人がこくこくと頷いた。
もうやめて。心がポッキリと折れちゃうから! すでにもうミシミシとしなる不穏な音が聴こえてるから!
「と、とにかく今は、麻痺が有効なうちに殲滅しましょう! スタンピードはこれで終わりだと確信が持てるまで、希望的観測は危険よ」
「「はっ!」」
それぞれに動けず唸る魔物の息の根を止めていく。俺とケイシーは、それを片っ端から灰にしていった。
漠然とだが、死骸を残したままでは危険だと、突き動かす何かを感じていた。
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