54.第一防衛線 2
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ふと地面が揺れた気がして、訝しんだ俺はしゃがみこんで地面に手を触れた。
「……………やっぱり。気のせいじゃなかった。微弱だけど、震動を感じる」
まだゴブリンとオーガを殲滅出来ていないのに、本当に魔物はこちらの都合を考えてはくれない。更なる新手かと歯噛みして、疑似太陽の光が届かない暗闇の先に目を凝らす。
じっと見据えていると、黒く蠢く影のようなものを捉えた。
「………ひっ」
隣でケイシーが悲鳴を噛み殺しきれなかった。俺もぞわりと総毛立つ。
真っ黒い人間だった。いや、二足歩行をする人間のようなもの、だ。
骨ばった肋骨、枯れ枝のような手足、鋭利な鉤爪、尖った耳、落ち窪んだ両目、大きく裂けた口から覗く獣脚類の尖った歯。……これは一体なんだ。
『屍喰鬼だよ』
「グール? これがグール?」
かすれ声で尋ねる俺にナーガがそうだと肯定する。
『体の色や形を自在に変えられる擬態能力を持っていて、再生能力が異常なほどに高い。腹部は再生できないから、斬るなら腹部だよ。あと人肉を非常に好むから気を付けて』
また人肉嗜好かよ! そんなんばっかだな!
「貴重な情報だ、ありがとうっ。ノエル! アレン! ザカリー! ヴァルツァトラウム騎士団! グール接近中! 弱点は腹部よ! 他は再生してしまうから、腹部を斬り裂いて!」
「「「「「御意!!」」」」」
ゴブリンとオーガに加わって、グールの群れがどっと押し寄せる。さすがに俺も無手では心許ない。しかし武器は持たされていないのだ。どうするべきか。
生成してもいいが、混戦状態のこの場では危険極まりない。
「魔法一択だよな、やっぱり」
両腕を突き出し、ゴブリンとオーガの頭部を破砕していく。使っているのは、朽ちて無になる『万物流転』だ。お父様から使用禁止令が出たままだが、背に腹は変えられない。
命あっての物種ということで、今回は見逃してもらおう。
俺とケイシーをターゲットに決め、襲ってくるゴブリンとオーガは悉くノエルたちが屠っている。俺とケイシーはそれより後方にいるゴブリンとオーガを狙った。
「ケイシー、魔力は大丈夫? 使用制限は?」
「まだ大丈夫です! 新しい詠唱呪文は制限が緩いのかもしれません!」
「え………?」
『リリー、後ろからグールが来るよ』
ナーガの警告通り背後からグール三体が襲い掛かる。
万物流転で土手っ腹にお揃いの風穴を空けてやる!
腕をかざした露の間、三体のグールは突如地面から伸び上がった土杭に腹を貫かれた。
「申し訳ございません、お嬢様! 突破されてしまいました! お怪我は!?」
「大丈夫よ。守ってくれてありがとう、ザカリー」
「勿体ないお言葉……! 必ず守り抜きます!」
ザカリーが高らかにそう宣言した、次の瞬間。
俺の身体は足下からの衝撃と共に、高く宙へ打ち上げられていた。
「お嬢様!!」
俺が立っていた地面から現れたのは、三メートルを超えるワームだった。
ミミズに似たワームは満腹中枢も痛覚もないので、口に入るものなら何でも片っ端から呑み込んでいく。数十メートルを超える巨体になると、生物だろうが植物だろうが構造物だろうが、お構いなしにすべてを食らい尽くす天災級の魔物だ。そこまで育つ前に討伐してしまうのが定石だ。
そこかしこで同様にワームの群れが地面から這い出てくる様が上空からだとよく見えた。
俺を跳ね上げた張本人は、落ちてくる俺を捕食するつもりなのだろう。落下地点で、ぐるりと一巡する鮫歯が奥へと何重にも連なる大口を開け構えている。
誰が大人しく喰われてやるかよ!
「ナーガ、ワームの口腔に特大の氷の杭を撃ち込める?」
『出来るよ。任せて』
ナーガの瞳が金に輝くと、ワームより太い氷杭がワームの巨体を裂くように轟音を立てながら地面に突き刺さった。
「アレン! 風魔法!」
俺の落下予測地点へ走り込んだアレンが、真下から風魔法で落下の衝撃を相殺し、俺を抱き止めた。俺も配下たちもほっと安堵の息を吐く。
「お怪我は」
「ないわ。よく受け止めてくれました。ありがとう、アレン」
「ご無事でよかった」
ナーガが口から引き裂いたはずのワームの残骸がウネウネと蠢き、再生していく。
「まさか、ワームにも再生能力があるの?」
『あるよ。切っても潰しても元に戻る。焼き払うのが一番』
「火魔法か。ケイシー、貴女はワームだけを狙って消し炭にして。あれは貴女じゃなければ討伐できそうにないわ」
「お任せください!」
「火属性持ちや雷属性持ちの者は優先的にワームを焼き払うように! 切ろうが潰そうが再生してしまうわ!」
「「「「「はっ!!」」」」」
間断なく炎で焼き尽くされていくワームだったが、五メートル超えのワームが数体現れ、猛毒や炎を吐いた。
「は!? 嘘でしょ!?」
猛毒や炎を吐くのはブレスと同義だ。ワームがドラゴンのようにブレスを吐くだなんて!
慌てて広範囲聖属性魔法陣を展開した。大火傷を負った者、猛毒にやられた者、オーガに食いつかれた者、全ての人に治癒と解毒を!
黄金の光を受けて、瀕死だった騎士たちが全快していく。
前頭葉にまたズキリと痛みが走った。負荷が先程の比ではない。
額を押さえ、滲む冷や汗を感じながら昴揚した士気を緩慢に受け止める。
不味いな………スタンピードはこれで終わりじゃないはずだ。
―――――持たないかもしれない。
◇◇◇
ノエルたちの隙をついて次々に襲い掛かるグールの腹に、万物流転で大穴を空け討伐していく。
「切りがない……! 何で急に俺にターゲットを絞った!?」
『グールは知能が高い。リリーが騎士団に的確な指示を出していることと、回復魔法を使えることから先に始末しようっていう魂胆らしい』
「そりゃ嬉しくないねっ」
もう制限かけて出し惜しみしている場合ではなくなっていた。風魔法を使い、鎌鼬を発生させ一気に数十体のグールの腹を切り裂く。合間合間にワームを炎で焼き払い、再び超大型ワームが出現すれば最優先で消し炭にした。
またブレスを吐かれちゃ堪ったもんじゃない。
「もういっそのこと森全体を結界で囲ってしまいたい………!」
そうすれば魔物は森から出てこれない。
疲労と酷くなる一方の頭痛に呻いて、そんな後ろ向きな考えが過る。
それは悪手だと分かっているのだ。根本的解決には程遠いし、砂金ハンターは職を失う。北区ヴァルツァトラウムやグレンヴィル領の利益も大幅に落ちるし、何より森の生態系が壊れ、恩恵をもたらしてくれる森そのものを失うことになる。
「森の最奥で何が起こっているのか、その元凶を調べなければスタンピードは終わらない……っ。その最奥を調べるためにはスタンピードを終わらせなきゃいけない、このジレンマっ!」
苛立ちそのままに、残り少なくなったゴブリンとオーガの顔面に雷電を叩き込む。パン!と脳ミソをぶちまけて絶命した。
もう何体も殺しているため、疲労と頭痛も加勢して、虐殺することに理性は麻痺してしまった。つまりは慣れてしまったのだ。
「よし! あとはグールとワームだけ!」
地中を通ってここまでやって来たワームがあちこちに大穴を空けているので、足場の悪さから騎士たちの動きが鈍り始めている。このままじゃじり貧だ。
「ナーガ! 地中のワームにだけ電撃流すことは可能!?」
『出来るよ。そう念じればいい』
「了解! 青と白と金と銀の魔素たち、協力して! 地中に潜むワームだけに雷電を! 焼き殺して!」
地面に両手をついた瞬間、バチバチバチ!と雷鳴を轟かせ紫電が放射状に走り抜けた。
反射的に騎士たちの悲鳴が上がるが、自分たちには一切影響がないことに驚いて一斉にこちらを振り返った。
雷電の直撃を受けたワームの群れが、地中で断末魔の叫びを上げる。
「今のも姫様が………?」
「一体どうなっている………すでにいくつ属性魔法を使用なされた……?」
ふらりと立ち上がり、肩で息をする。
「あとは、グール、だけ………っ」
もう限界に近いことがわかった。いま立っていられるのは偏に根性のみだ。
「このまま森へ押し戻すぞ!! 第二防衛ラインまで行かせるな!!」
お爺様の号令に勇ましく応える騎士団の面々は、お爺様が地魔法で後方へ吹き飛ばしたグールを追い詰めていく。
これは行ける! 誰もがそう確信した露の間。
グールの群れを蹴散らすようにこちらへ雪崩れ込む一団が現れた。
「―――――バジリスクとマンティコアの群れだ!!」
巨大な銀色の蛇体はバジリスクだ。鎌首をもたげた三角型の頭部に緑色の王冠の痣を持つ。先端が二股に裂けた真っ赤な舌をチロチロと出したあと、頚部を広げ威嚇の毒牙を剥く。
マンティコアは真っ赤な獅子の体躯に蠍の尾、人間の顔と耳をした魔物だ。ぬらりと唾液に鈍く光る牙は、どの猛獣より長く鋭い。
どちらも遭遇したらまず逃げ切れない。そんな最奥の魔物が大量に、ついに眼前に現れてしまった。
怯んでいる隙に、次々と前線に立つ騎士たちが尾で吹き飛ばされ、噛みつかれ、食い千切られていく。
死が過り、俺はひゅっと息を詰めた。手指が氷のように冷たくなっていく。
せっかく助けた命が散らされていく。―――冗談じゃない!! 諦めてたまるか!!
素早く聖属性魔法陣を展開した。
早く! もっと早く! 死なせない! 何度だって助けると約束した!
「力を貸して!!」
膨大な金の魔素が応えてくれる。前頭葉に激しい痛みを覚えたが、構っていられない!
全ての傷よ塞がれ! 奪われた四肢よ戻れ! 毒よ消え去れ! 魔物共に聖なる鉄槌を!!
展開した魔法陣が散らされる寸前の命を繋ぎ止める。傷を癒し、四肢を再生し、侵す毒を浄化し、活力を注ぐ。
バジリスクとマンティコアに空から光の槍が幾重にも降り注いだ。間断なくすべての頭部を貫いていく。制御は一切なしだ!
「ナーガ!! 全ての魔物を凍てつかせろ!!」
呼応してナーガの瞳が金に輝く。露の間、目視できる全ての魔物が凍りついた。
ひんやりとした冷気が辺りに漂う。一瞬で凍った残りのバジリスクもマンティコアもグールも、たったいま己が絶命したのだと気づいていないかのように、躍動感溢れる姿のまま氷の棺に止まっていた。
騎士団の誰もが言葉もなかった。自分達が目の当たりにした現象が信じられないとばかりに茫然と立ち尽くしている。
頭が割れるように痛い。朦朧とする意識を必死に手繰り寄せ、倒れてなるものかと踏ん張る。
きっとまだ終わっていない。ようやく最奥の魔物が到達したのだ。これで終わりのはずがない。そんな希望的観測は命取りになる。
「―――――お嬢様!!」
叫んだのは誰だったか。
ぬるりとした感触を覚えて、無意識に手をやった。これは………鼻血か?
『脳の許容範囲を超えた。これ以上は危険だよ、リリー』
ナーガの声が頭に響く。
無理でもやらなきゃ人が死ぬ。こんな悪夢はさっさと終わらせないと。
「退却!! 退却―――っ!!」
薄れ行く意識の中、最後に見たものは、氷漬けの魔物たちの後方から上がる土煙だった。
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