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53.第一防衛線 1

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「レインリリー! 大丈夫か!」

「平気です! わたくしに構わず先をお急ぎください!」


 馬上で眉根を寄せたお爺様に、俺は真っ青な顔色を自覚しながら答えた。襲歩(ギャロップ)する馬上で平然としているお爺様や騎士たちが異常なのだと自分を慰めながら、激しく揺れる馬上で吐き気を堪える。

 俺と同乗し支えてくれているのはアレンだ。隣にはケイシーを後ろに乗せたノエルが並走している。真剣な顔つきだが、背中に感じるであろう胸の感触に内心鼻の下伸ばしてそうだな。ケイシーのお胸は豊満ですからね。

 なんだ、ロマンスはノエルに軍配が上がったのか?


 俺は体が小さすぎるからアレンの前で横乗りだ。アレンの胴体に抱きつき、落ちてなるものかと必死にしがみついている。アレンも片手で肩を抱き寄せてくれているので、万が一の可能性は低いだろう。

 アレンの膝に座る形を取らされているから、馬上直接よりは揺れないのだそうだ。アレンもノエルもお爺様も騎士たちも、皆一様に襲歩の最中はお尻を鞍につけていない。所謂ジョッキースタイルだ。アレンとノエルは俺とケイシーを乗せているのでお爺様たちほど腰を浮かせてはいないが、それでもその膝の上に横乗りしているのだから、一番大変なのはアレンだろう。手綱も片手持ちだからな。


 しかし、これで揺れを軽減させていることになるのか。舌を噛みそうな勢いで上下前後にめっちゃ揺れてますけどね。馬車の揺れは可愛いものだったのだと痛感しきりだ。


「では先に行く! 遅れてもいい! 無理はするなよ!」

「はい!」


 号令と共に更に速度を上げ、お爺様率いるヴァルツァトラウム騎士団は、あっという間に前方彼方へと馬影が小さくなっていった。


「お嬢様、少し速度を落とします」

「駄目よ。急いで」

「いいえ。落とします。このままでは貴女が持たない」


 アレンの指摘にノエルもザカリーも無言で頷いた。

 有無を言わさず速度が落ち、駆歩(かけあし)になる。変わらずアレンが膝に抱き上げてくれているので、襲歩の時より断然揺れが減った。


 知らずほっと息を吐いてしまった俺に、ザカリーが眉尻を下げ心配そうに尋ねてくる。


「お顔の色が真っ青です。一度休憩を入れましょう」

「心遣いは嬉しいし、わたくしも是非そうしたいのだけれど、腹立たしいことに魔物は待ってくれないのよ。速度を落としたまま、このまま第一防衛ラインまで急いで」


 心配で仕方ないといった面持ちだが、三人共に御意と応えてくれた。ケイシーも青い顔色をしているが、たぶん俺よりはマシな方だろう。


 三騎を囲むように聖属性魔法を展開させた。とにかくこの乗り物酔いをどうにかしないと話にならない。ついでに疲労回復と体力増進を掛ける。治癒院で疲れ果ててしまった直後の強行だからな。このままでは辿り着いても使い物にならない。

 砕け散る黄金の光を纏い、軍馬たちが嘶いた。ぐんと一気に上がった速度にアレンたちも驚いているようだ。


『疲労回復と体力増進掛けたからね。軍馬にも』


 ああ、と再びの大揺れにくらくらしながら、ナーガの指摘に納得した。


 どうやら俺は、掛ける必要のなかった馬にも掛けてしまったらしい。






 ◇◇◇


 ようやく到達した頃には太陽はすっかり地平線に落ち、夜の帳が下りていた。月さえ出ていない闇夜だが、火属性持ちの誰かが打ち上げた篝火で、戦場の様子がそれなりに見える。

 人は夜目がきかないので夜戦は避けたかったが、第一防衛ラインはすでに魔物と接触していた。大規模戦闘で至るところから怒号と剣戟が聞こえてくる。

 七属性のいずれかの魔法も度々放たれ、血と土煙と焼ける臭いが辺り一面を覆っていた。


 先頭集団から真一文字に稲妻が走る。数十頭の魔物が一瞬で黒焦げになった。あの威力はお爺様だ。


「お爺様!!」

「レインリリーか!! こちらへは来るな!! お前は負傷者の回復に専念せよ!!」

「はい!!」


 周囲はどこも混戦状態で、人と魔物が此処彼処に溢れかえっていて誰が治癒を必要としているのか分からなかった。当然だ。戦場で整然としている方がおかしい。


 光魔法では広範囲に届かない。まず範囲を目視できないからだ。一人一人に駆け寄りかけていたのでは間に合わないし、何より子供がちょろちょろ走り回っていては戦闘の邪魔になる。


 お父様、お爺様、お許し下さい―――念じるように一度ぎゅっと目を瞑ってから、聖属性魔法を発動させた。


 目標は魔法陣の光に照らされている、把握しきれている範囲の全ての人間。抉られた箇所を、噛み砕かれた箇所を、欠損した箇所を、すべて元通りに。初めから怪我などしていない状態に巻き戻す。

 追加付与するのは疲労回復と体力増進。先ほど間違って軍馬にもかけてしまったあれだ。軍馬の様子から察するに、ドーピングに似た興奮作用もあるのかもしれない。


 黄金の目映い光が戦場を包んだ。巨大な魔法陣が地を這い、その範囲を広げていく。


 どよめきが起こった。これは何だと叫ぶ騎士もいる。魔物も同様に、突如現れた光の洪水に怯んだ。


「回復魔法をかけます!! 怪我をしていない方は魔物から負傷者を守って!!」

「姫様!?」

「これは姫様の魔法!?」

「この光の範囲すべてを回復できると言うのか!?」

「なんと神々しい………!」


 前頭葉に鈍い痛みを感じた。どうやらイメージする前頭葉への負荷はどうしようもないらしい。範囲と人数が広大だと、さすがに未熟な脳では無尽蔵無制限という訳にはいかないようだ。


 二重の神界文字が時計回り、反時計回りとそれぞれに回転し、上昇して砕け散った。


「治った………」

「嘘だろ、食い千切られた腕が再生したぞ!」

「姫様!」

「天女様だ!」

「神が遣わした女神様だ!」


 わあっと興奮した雄叫びがそこかしこで上がる。馬鹿めが、とお爺様の声を聞いた気がした。


 士気が上がった様子で鬼神の如き闘いを見せるヴァルツァトラウム騎士団。俺は天女や女神との呼称に苦い感情を抱きながら、空へ向けて光魔法を打ち上げた。


 疑似太陽だ。こう薄暗くては数で勝る魔物に一方的に蹂躙されてしまう。

 室内灯が灯ったように明るくなった戦場に再びの歓声が上がった。

 おい止めろ! 天女とか女神とか叫ぶな!



 周囲が明るくなったことで、騎士団が混戦していた魔物の姿もはっきりと目視できた。


 数で劣る騎士団に群がるように襲撃してきたのは、小型の魔物ゴブリンと巨人食人鬼(オーガ)だ。

 一メートル程の矮躯なゴブリンの肌は褐色で、醜い顔をしている。思わず鼻を覆ってしまいたくなるようなすえた臭いがした。

 単体であればさほど脅威ではないが、ゴブリンは必ず集団で行動し、人や家畜を襲う。その残忍性から錆びた剣や棍棒で惨殺し、人肉を喰らう。

 特に好むのは肌の柔らかい赤子や子供、若い女性であるらしい。


 オーガは人のような見た目の三メートル程の巨躯で、身体能力に優れた魔物だ。知能は低いが腕力はあるので、力任せに振り回す棍棒が厄介だ。

 生の人肉が好物で、特に若く美しく高貴な出自の女性を好んでターゲットにするという。


 俺はケイシーの腕を掴み、護衛たちに叫ぶ。


「ノエル、アレン、ザカリー! ゴブリンとオーガは女性を狙うわ! ケイシーに近づけさせないで!」

「勿論です!」

「お嬢様もその対象ですよ!」

「指一本触れさせん!」


 生憎と俺のなりは幼女だからな。たしかにゴブリンにとってご馳走に見えていることだろう。殺して糧にする気満々なギラついた双眸でロックオンされているし。


「ヴァルツァトラウム騎士団の方々! 怪我はわたくしが必ず治します! どんなに瀕死状態であろうとも、必ず助けます! だから絶対に死なずに勝ち抜きなさい!」

「「「「「はっ!!!」」」」」


 ノエル、アレン、ザカリーに護られながら俺は力一杯声を張り上げた。

 即死でさえなければ何度だって回復してやれる。欠損だってなかったことにしてやれる。でも蘇生だけはできない。出来るのだとしても、それだけは踏み越えちゃいけない気がする。死を覆す行為は、人の侵してはならない、不可侵の領域だと思うからだ。

 それが出来るのは神だけだ。俺はそこに触れるつもりはない。例え自分が命を失おうとしていたとしても、絶対に。


 水魔法を纏った剣でゴブリンの首を一撃で刎ねていくノエル。同じくアレンの剣には風魔法が宿り、ザカリーは地魔法で複数のオーガの足場を崩しながら斬撃を放つ。

 それぞれの適性を生かした無駄のない連携だ。俺の方にまで一度も魔物が到達出来ていない。


 強張った表情のまま次々と火球を放つケイシーの手を引いた。


「ケイシー。落ち着きなさい。それでは早々にバテてしまうわ」

「も、申し訳ありません」

「わたくしが王都邸の習練場で、初めて光魔法を使った時のことを覚えてる? 光の柱よ」

「はい。鮮明に」

「よろしい。ではそれをしっかりと思い出して、火魔法のイメージとして固定なさい。あれくらいの威力なら、貴女も思い通りに扱えるはずよ」

「………! はい!」


 ケイシーの目に好奇心の火が灯った。よし、少しは恐怖心も薄れたかな。


「詠唱はこう唱えなさい。『業火の御柱にて鉄槌を受けよ。サラマンダー』」


 目を瞑り、ケイシーの集中力が増していくのがわかる。俺達の周囲を護衛三人が悉く無力化していく。討ち漏らしがないのは本当に凄いことだ。お父様がつけてくれた護衛たちの実力は相当に高いのだと、ヴァルツァトラウム騎士団と比べてもそう思った。ノエルたちは一度も手傷を負っていないのだ。

 もしかすると、バングル型の魔道具の付与効果もあるのかもしれないが。


「固定できました! 行きます!」


 高らかに宣言したケイシーは、細腕を突き出して詠唱した。


「業火の御柱にて鉄槌を受けよ、サラマンダー!」


 轟音を立て次々と火柱が上がる。広範囲でゴブリンとオーガが焼死していく様は圧巻だった。ヴァルツァトラウム騎士団がどよめき、歓声を上げる。


「素晴らしい出来よ、ケイシー」

「はい! ありがとうございます!」


 火柱を叩き込むケイシーの横顔には、もう恐怖心は消えていた。自力で倒せると分かったからだろう。身を守る手段があるかないかで心持ちは断然違ってくる。



 この時気づいていなかったが、俺は新たな詠唱呪文を生み出すという禁忌(タブー)を犯していた。








連続投稿致します。

楽しんで頂けたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今人が死ぬのと、後で大変になるのとを天秤に掛けたなら……。 分かっててやらかすリリーの気持ち、お爺様に分かってもらいたいです。 [気になる点] あれ? 火柱の魔法と詠唱は存在してなかったん…
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