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50.異変

いつも覗いて下さる皆様に心からの感謝を捧げます!


ブクマ登録&評価、本当にありがとうございます。

頑張れる原動力になっています・゜・(●´Д`●)・゜・

減った瞬間はかなり凹みますが(T∀T)

 



 北区にあるヴァルツァトラウムは、北の群峰を背景に茫洋とした森が広がり、そこから馬車で一時間ほどの場所に街が築かれている。

 森の中にいくつか川が流れており、その全てから砂金が採れるので、街の住人は砂金ハンターや商人が多い。


 主に中流付近で砂金採りをするが、他に水晶や石英、アクアマリン、蛍石(フローライト)、トパーズ、翡翠、サファイア、ガーネットなど、多くの宝石も一緒に採れている。

 森の最奥に鎮座する群山では金、銀、プラチナなどの貴金属や宝石の他に、鉄、銅、亜鉛、鉛、アルミニウムなどのベースメタルも採掘されていた。

 森の最奥には強力な魔物も多いので、採鉱の際は騎士団を伴った大掛かりなものになる。


 連なる鉱山を一つに絞り、定期的にエスカペイドから騎士団を派遣し、採掘するのだ。三ヶ月に一度、騎士団の演習と魔物の間引きを兼ねて、採掘師たちと共に森の最奥へ立ち入る。鉱山は四つあり、一年かけて四つを採掘することになっている。


 四つの鉱山はそれぞれ名を冠しており、西から順にシャルメ、インカルナータ、アストラ、センティネルという。

 二月、五月、八月、十一月とに振り分け、二月はシャルメ、五月はインカルナータ、八月はアストラ、十一月はセンティネルとなり、それぞれは年に一度の採掘になる。


 採掘師と砂金ハンターは同一の者たちであり、採鉱できない期間は砂金ハンターとして稼業に精を出しているそうだ。

 採掘の際流れていったものを後々回収するのだから、実に効率的だ。川で採れるものはクズ石が多いらしいが、取りこぼしを無駄にしないのは素晴らしい。



 この世界も暦は十二ヶ月あり、一年は三百六十五日、一週間は七日だ。ただ名称が違う。


 季節は春、梅雨、夏、残暑、秋、冬の六つに区分され、春は三月と四月、梅雨は五月と六月、夏は七月と八月、残暑は九月と十月、秋は十一月と十二月、冬は一月と二月となり、それぞれに五行の名で呼ばれている。

 春は『木』の季節で、三月と四月はそれぞれアルボルと呼ばれる。三月であればアルボル・ブロスタ、四月であればアルボル・アトラスと言う。

 同じように、梅雨は『水』の季節で、五月はヒュドール・ブロスタ、六月はヒュドール・アトラス。

 夏は『火』の季節で、七月はプリテス・ブロスタ、八月はプリテス・アトラス。

 残暑は『土』の季節で、九月はティエラ・ブロスタ、十月はティエラ・アトラス。

 秋は『金』の季節で、十一月はオーロ・ブロスタ、十二月はオーロ・アトラス。

 冬は『水』の季節で、梅雨と区別してネロという。一月をネロ・ブロスタ、二月をネロ・アトラスと呼ぶ。


 今は八月なので、火の季節であるプリテス・アトラスだ。


 今回北区へ来たのは、三日後に行われる採鉱と騎士団演習、実際は実戦になるのだが、その視察が主要事項だ。

 二週間ほど前から砂金ハンターの報告が行政館に上がっており、森の中頃まで潜って砂金を採っている彼らの報告では、森の魔物に異変があると言うのだ。

 砂金ハンターは多少魔物狩りもしているので、それなりの実力者揃いだ。いくつかチームを組んで、採取組と見張り組とに別れて、交代で砂金や宝石を集めている。

 その彼らが魔物に異変があると言うのだから、領主代行であるお爺様や行政としては見過ごせない事案だった。


 本来は官吏が視察に来るものなのだが、お爺様は戦闘狂なので自らご出陣だ。あくまで視察であって、戦闘は駄目ですよと一応釘は刺してあるが、恐らく糠に釘だろう。

 嫌な予感しかしないのに、ここへイルとイクスまで連れて来るなんて、お爺様は何を考えておられるのか。


 頭痛を覚えてこめかみを揉み解している間に、馬車は北区代任であるアンヴィル侯爵邸へ到着した。

 エスカペイドから二時間の行程だった。


「ご足労頂き感謝致します、閣下。お待ちしておりました」


 出迎えたのは侯爵当主である、ブルーノ・アンヴィル氏だ。

 俺たち子供を見るなりはっとした様子で、慌てて跪く。


「第一王子殿下とグレンヴィル公爵家ご息女様とお見受け致します。グレンヴィル領北区、ヴァルツァトラウムの管理を任ぜられております、ブルーノ・アンヴィルと申します。このような場に足をお運び頂き、恐縮しきりにございます」

「突然の訪問で申し訳ない。楽にしてくれ」

「はっ」

「ブルーノよ。詳細を話せ。魔物の異変とは具体的にはどう違っている? 異変があったのは今回採鉱する予定のアストラ方面だと聞いたが」

「その通りにございます」


 まずは中へ、とアンヴィル侯爵に邸へ案内され、サロンへ通された。


 詳細はこうだ。

 四つある鉱山の一つ、西から三つ目に位置するアストラ。そこから流れてくる河川の一つで採取していた砂金ハンターたちは、そこで魔物に遭遇した。それ自体は珍しいことじゃないが、中頃で遭遇するような魔物ではなかったのだそうだ。

 最奥には強力な魔物が多いが、不思議と群峰から離れない習性を持っている。稀にはぐれが森の浅い場所まで下りてきてしまうこともあるが、数年に一度、それも単体で現れるので、北区に常駐する騎士団で討伐できていた。


 今回遭遇した、最奥に留まっているはずの魔物は三体いたそうだ。二週間の間に魔物の数が増え、仕事にならないと行政館には嘆願書が多数寄せられていた。

 運良く死者は出ていないが、複数の重軽傷者は出ているらしい。街の治癒院には怪我人が大勢いて、薬と薬草が足りないと、こちらも行政館に嘆願書が届いていた。


「薬と薬草はすでに手配済みだ。近隣ギルドからかき集めたため多少時間はかかったが、治癒院には今日中に届くだろう。問題は件の魔物だな。討伐は出来たのか?」

「いいえ。騎士団にも負傷者が出ており、如何ともし難い状況です」

「騎士団がやられたのか? 種類は」

「マンティコアであったと」

「マンティコア………!」


 お爺様やイル、イクス、同伴してきた騎士たちが息を飲む。

 マンティコア………聞いたことがあるが、どんな魔物だったっけ。


「更に砂金ハンターが遭遇したのはミノタウロスとバジリスクだったそうです」

「何と言うことだ………それらが中程まで下っているだと?」

「御意」


 室内は葬式のように沈鬱な空気が漂う。

 俺は首元のナーガにこそっと疑問を投げ掛けた。


『ナーガ。マンティコアって何だっけ?』

『人面に獅子の体躯、蠍の尾を持っていて、人肉を好む非常に脚の速い怪物だよ』


 ぞわっと鳥肌が立った。そんな魔物と遭遇して、よく死者が出なかったものだ。


『ミノタウロスは人の体に牛の頭を持つ怪物だよな?』

『そうだね。リリーの前世の世界で言う、ギリシャ神話に登場する不義の子だね。生け贄の七人の少年少女を食べちゃったエピソードが有名だよね』

『そうなの? 俺は知らないなぁ』

『バジリスクも聞く?』

『うん、聞く。 ニワトリと蛇だっけ?』

『それは中世の伝承だね。コカトリスと同一視されて、鶏と蛇を合成させた存在になったと言われているんだ。猛毒を持っていて、目があっただけで殺すことができるという点では古代伝承と共通しているけど、この世界のバジリスクは古代伝承に近いかな』


 なるほど。時代によって伝承される姿は変わるのか。


『こちらのバジリスクは大きな蛇で、頭に王冠のような痣がある。体を半分持ち上げて進むんだけど、その速さが尋常じゃない。遭遇したらまず逃げられないと思った方がいい』

『え? じゃあ砂金ハンターはどうやって逃げ切ったんだ?』

『異変があったと言っていたから、たぶん複数現れた魔物同士で殺し合いをしたんじゃないかな。その隙に逃げることはできるよね』

『不幸中の幸いだな、それ………』


 複数現れた絶体絶命の状況が、逆に逃げる絶好の機会になっただなんて、皮肉な話ではあるが。


『こちらのバジリスクは猛毒は持っているけど、ファンタジーのように視線で石化するなんてことは出来ないんだ。イタチのにおいや雄鶏の鳴き声で死んでしまうという弱点はあるみたいだけど』


 イタチと聞いて、俺はナーガをじっと見つめた。察したナーガもじと目で見上げてくる。


『ナーガはイタチじゃないし、においもないんだけど』

『そうなんだよな。ナーガはまったく獣臭がしないんだよな』

『そもそもナーガは獣じゃないから。におわなくて当然だから』

『ちょっと臭わせたりできない?』

『しない。絶対しない。雄鶏連れていけばいいと思う』


 つーんとそっぽを向いてしまった。ありゃりゃ。

 でも石化能力がなかったのは幸いしたな。そうでなければ、遭遇した時点で砂金ハンターたちは即死している。騎士団の討伐部隊にも死傷者が大勢出ていたことだろう。


「……………」


 まさか、メデューサとか存在しないよな?

 視線合っただけで即死するような魔物いないよな?


 恐ろしい可能性が過り、俺は覚えずぶるりと震えた。


「当事者に話は聞けるか?」

「軽傷の者であれば可能です」

「重傷者の具合はどうなのだ」

「幸い欠損はしておりませんので、今のところ命に別条はないと聞いております」

「そうか。今日中に届くであろう薬や薬草が効いてくれるといいがな」


 お爺様はしばし考え込む素振りを見せ、ふと俺に視線を向けた。


「慰問に参る。お前もついておいで」

「はい」


 恐らく回復魔法を施せという意味だろう。討伐が出来ていない現状で、ヴァルツァトラウムの戦力低下は危険だ。

 続くように、隣に座っていたイルが挙手した。


「僕も行こう。リリーと同じく光属性に適性を持っている。多少の足しにはなるだろう」

「まさか、殿下自ら回復魔法を施されるのですか!?」


 アンヴィル侯爵がぎょっと目を剥いた。普通はしないよな、王族だし。怪我人のふりをして実は暗殺者でしたじゃ笑えない。


「回復魔法を扱える者がいないか、もしくは足りないから薬や薬草に頼っているのだろう? 魔物の異変は他人事ではない。事は国に関わる案件だ。陛下の名代として把握させてもらう」


 アンヴィル侯爵は弾かれたように跪き、御意、と頭を垂れる。

 五歳でもちゃんと王子なんだよなぁ、などと感心しながら見つめていると、こちらを見てにこりと微笑んだイルは、俺の手を取りしっかりと握り締めた。


「リリーだけ行かせないよ。僕も行く」


 言外に、離さないよと言われた気がした。





長くなってしまったので、分割して連続投稿致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほうほう、鉱山採掘と川で砂金採り。無駄がなくて良いですね。 それにしても、色々採れるようで。 [気になる点] ミノタウロスやバジリスクやマンティコア。 なんか一気にファンタジー要素が増えた…
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