49.北区ヴァルツァトラウムへ
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領地に残って三ヶ月が経った。
お母様の体調は安定している。定期的に聖属性魔法をかけているのも功を奏しているのだろう。悪阻はまだあるようだが、邸の料理人と相談して体力と体重が落ちないよう工夫して食事を作っている。
お母様の場合、俺が作った飴を舐めたら悪阻の症状が緩和されるらしい。吐き気を抑える聖属性魔法を付与してあるからだろう。糖分の摂り過ぎに留意しつつ、喉越しや消化の良さを重視して柑橘系のゼリーやシャーベットも食べさせている。夏真っ盛りな時季なので、なおさら食欲も減退気味だ。
夏こそ内臓が冷えやすいので、あまりシャーベットなど冷たいものは摂らせたくはないのだが……。
最近は茶碗蒸しや胡麻豆腐がお気に入りらしく、毎日のように食べている。今朝は豆や野菜、挽き肉をトマトベースで煮込んだ具だくさんスープを食べさせた。酸味は食欲を増進させる作用があるし、根野菜や豆の食物繊維で胃腸を動かし状態を保たないと、胃腸の不調は食欲不振に繋がるだけでなく、体調不良を引き起こす。
腸は第二の脳と呼ばれる、健康にとって重要な器官だ。たかが排泄、ではない。一番気をつけるべき内臓だ。
俺はお母様の額と鳩尾に触れ、聖属性魔法を施しながらつらつらと考えていた。
お父様が王都へお戻りになる前日、パレードを終えた日を思い返す。
俺には前世の人格と記憶が宿っていること。
七属性のどれにも適性も持たないが、神より特別に与えられた創造魔法と聖属性魔法によって、使えない属性が存在しないこと。
人が視ることのできない魔素を視認できること。
魔素と意思疏通ができること。
神の使徒であること。
前世の知識はこの世界よりずっと高度で、俺が生み出すものはどれも革命的な代物ばかりだということ。
両陛下と第一王子殿下、一部の近衛騎士と侍女、アッシュベリー公爵とその嫡男、王都邸の使用人は前世の人格を持つことを知っているが、邸の者たち以外は記憶保持と創造魔法、聖属性魔法の存在を知らないこと。
話を聞いた祖父母は、俄には信じがたいと仰った。正論だ。俺がお二人の立場でも同じ感想を抱くだろう。お父様は根気強く、丁寧に言葉を重ねられ、俺に創造魔法と聖属性魔法を使って見せるよう仰った。
それが一番手っ取り早い。百聞は一見にしかずだからな。シンプルで、だからこそ否とは言わせない強制力が働く。
お父様に促され、俺はまずエリアルに言って皿を四枚用意してもらった。以前お父様や使用人たちに試食してもらったトリュフチョコレートを創造魔法で生み出す。
次々と皿の上に生成されていくチョコレートに、祖父母もエリアルも目を見開いていた。左からミルクガナッシュ、カフェミルク、生クリーム、ビターを人数分生み出し、そのひとつを祖父母やエリアルの目の前で食べて見せた。
はぁ、やっぱりチョコレートはいいね~。個数はそれほど食べられないのだが、このほろ苦さと甘味と、何より香りに癒される。
頬を緩めつつ堪能してから、祖父母とエリアルに勧めた。まずは食してから。話の続きはその後だ。
半信半疑でそれぞれを口にした三人は再び瞠目した。なんだこれは、と。
ルイドールで栽培して頂きたいカカオから作られる、チョコレートというお菓子ですと答えると、すかさずお爺様の頭で算盤が弾かれたのを見てとった。これは巨額の利益を生み出すものだと察したらしい。
次いで、聖属性魔法を発動する。
サロン全体に広がる金色の魔法陣に、祖父母とエリアルが息を飲んだ。サロンにいる者すべてに回復魔法をかける。施したのは疲労と体調の回復だ。一同をスキャンするよう上昇した魔法陣が砕けると、光を纏いながら驚嘆の顔をこちらへ向けてきた。
ええ、これが聖属性魔法です。お体が軽くはありませんか? そうお父様に問われて、三人は更なる驚愕を貼り付けた顔で俺を凝視した。
全てを飲み込むまでにしばし時間を要したが、疲れた様子で理解を示してくれた。認識を改める、と。
疲労困憊なご様子が気になったが、無理やり飲み込んだものをじっくり消化する時間が必要だろう。いきなりは無理だ。
回復魔法をかけたはずなのに、かける前よりぐったりしているのは何でだろうな。
魔法陣が散ったことで思考の渦から浮上した俺は、お母様の様子を診ながら尋ねた。
「ご気分はいかがですか?」
「ええ、大丈夫よ。いつもありがとう、リリー」
「水分は摂られていますか?」
「お花摘みの回数が増えちゃうから、少し控えているの。浮腫んじゃうし」
「だめですよ、お母様。血液がドロドロになっちゃいます。むくみは水分が不足している証拠ですよ。少し脱水症状も出ているじゃないですか」
失礼します、と断ってからお母様の脛を親指で圧す。凹んで戻りが遅いということは、むくんで水分が不足しているということだ。
「え? むくみは水分の摂りすぎが原因じゃないの?」
「逆です、お母様。血管からにじみ出てしまった水分がむくみを引き起こすのです。運動不足やストレスもむくみの原因になるので、早朝か日が沈む頃に少し散歩をされるといいですよ」
その時はわたくしもご一緒します、と伝えておく。邸裏には林もあるし、森林浴には打ってつけだろう。
「経口補水液を作っておきますので、必ず飲んでください。マリア、絶対飲ませてね」
「畏まりました」
「いいですか、お母様。人間の体は六割が水分で出来ています。不足すると脱水症を引き起こし、高熱を出して重篤な症状を起こすのです。命に関わることですので、水分はしっかり補給してください。むくみは足湯とマッサージすれば解消されますから、侍女に頼んでおきます。それから」
眉宇を寄せ、厳しい口調を心掛けて言い聞かせる。お母様とお腹の子の命がかかっているのだ。心を鬼にして注意喚起しておかないと、また水分摂取を控えてしまうかもしれない。
「健康体であれば、経口補水液は不味く感じます。それを美味しいと感じるなら、それは体内の水分量が著しく不足しているということです。今は特に汗をかく季節なので、意識的に水分補給を心掛けてください。汗は水分だけでなく、塩分なども排出してしまうので、水に少量の砂糖、塩、レモン汁を加えて飲むようにしてくださいね。マリア、料理長に頼んでおくから、後で取りに行ってちょうだい」
「はい。必ず伺います」
うん、と頷き返す。ここは常に側に控えているマリアに徹底してもらおう。
「これからお爺様と北区のヴァルツァトラウムへ行って参ります。あちらで一泊することになりますが、アルバートにいろいろ頼んでありますので、食べやすさと栄養面の心配はいりませんよ」
「あなたの徹底ぶりには驚かされるわね。そこまで心配しなくても大丈夫よ。これでも二度出産を経験した経産婦ですからね。あなたこそ気をつけて行きなさい」
それもそうか、と肩を竦めてみせる。神経質になり過ぎているのかもしれないな。それはお母様にとってストレスになるかもしれない。自重せねば。
「では行って参ります」
「無事に帰ってくるのですよ」
はい、と答え、退室の挨拶を済ませてエントランスへ向かった。
「あの子ったら、リズより口煩いわね」
可笑しげに笑うアラベラにつられて、マリアも口許が緩む。
「旦那様のようにおろおろしないだけ立派だと思いますが」
「それもそうね」
ふふふと楽しげな笑い声が響いた。
◇◇◇
「リリー! 会いたかった!」
エントランスで俺を抱擁して離さないのは、この国の王位継承権第一位のシリル殿下その人だ。王子の背後に見えるのはお供のアレックス・アッシュベリーと、それぞれの護衛たち、そして侍女だ。
出迎えたエリアルが瞠目したまま直立不動で固まっている。そりゃ思わないよな、まさか第一王子がこんなところまで先触れもなしに追いかけて来るなんて。俺もびっくりだ。
「会いに来れるまで三ヶ月もかかったよ。父上から出された課題をすべて消化して、やっとお許しが出た。五日間だけ滞在できるよ。ああ、本当に会いたかった。寂しかった。君の麗しい姿をこんなに長く見れない日が来るだなんて思ってもみなかったよ」
滔々と語るイルの額を鷲掴みし、そのままぐいっと、首をやらないよう気をつけながら後ろへ押し返す。よろついて何歩か下がったイルが、額を掴まれたままぽつりと溢した。
「……………リリー、痛い」
「それは良かったですわ、殿下。危うく首の骨をへし折ってしまうところでした」
ふふふと微笑むと、若干青ざめたイルが慌てて襟を正す。
「か、勝手に抱き締めて、悪かった」
「ええ、衆目があることを今少し考慮して行動なさってくださると助かりますわね」
「す、すまない」
反省しきりとばかりに肩を落とす。しょうがないやつめ。
「わたくしもお会いできて嬉しいです、殿下。お久しぶりですね。会いに来てくださり、ありがとうございます」
「あ、ああ!」
ぱっと表情が一気に華やいだイルを眺めて、覚えず笑ってしまう。
「アレックス様も、お久しぶりでございます。お元気でしたか?」
「ああ、恙無く。お前も元気そうだな」
「はい。お陰様で」
「母君のご懐妊、心よりお祝い申し上げる」
「ありがとうございます」
「僕からも祝辞を。両陛下もグレンヴィル公爵へ祝いの品を贈っていたよ。おめでとう、リリー」
「ありがとうございます。両陛下にもお伝えください。母に会われますか?」
「いや、止めておくよ。僕が訪ねれば礼を執ろうとするだろう。体に障りがあってはいけないから遠慮するね」
「お心遣い、痛み入ります」
「レインリリー、準備はできたか?」
微笑み合っていると、そこへ身支度を終えたお爺様がエントランスへやって来た。イルを見るなり目を見張ったお爺様は、イルの前まで進んですっと床に跪いた。エリアルもはっと我に返り、慌ててお爺様の背後に回り同じく跪く。
「これは第一王子殿下。お初にお目にかかります」
「前公爵とお見受けする。先触れもなく突然の訪問で申し訳ない。これから視察か?」
「は。北区へ参ります」
「準備と言うと………もしかしてリリーも一緒に行くの?」
「はい。あちらで一泊して、明日戻ります」
リリーとの呼称に、お爺様が驚いた様子でこちらを見た。直後、にやりと笑う。また何か企んでいそうな顔だな。
「殿下。こちらへいつまでご滞在を?」
「うん? 五日間だけ厄介になろうと思うが、構わないだろうか?」
「勿論でございます。心からのおもてなしをさせて頂きましょう。ところで本日はどうされますかな? レインリリーと共に北区へ参られますか?」
「いいのか? では是非お願いしたい。リリーに会いたくて頑張ったのに、また離れ離れになるのかと肩を落としていたところだ」
お爺様の口角が上がった。狐狸妖怪のような悪巧みを含んだ笑みだ。頼むから、面倒くさいこと企まないでくださいよ、お爺様。
「北区には広大な森が広がっており、川魚と鴨料理が旨い土地です。本日はあちらで歓待致しましょう」
「それは嬉しいな。感謝する、グレンヴィル翁」
「勿体無きお言葉」
恭しく頭を垂れたお爺様は、エリアルに細々と指示を出す。旅の道連れが増えたので、荷物も増やす必要があるからだ。
お爺様と目が合ったイクスが紳士の礼を執る。
「ご挨拶が遅くなりました。アッシュベリー公爵家嫡子、アレックスと申します」
「そうか、そなたがブレット殿のご子息か。レインリリーとは親しいそうだな」
「はい。親友であると自負しております」
「はは! 親友か!」
何がそんなに可笑しいのか、お爺様はひとしきり笑うとイルに向き合った。
「ではサロンへご案内致しましょう。準備が整うまでそちらでお休みください。レインリリー、殿下方をご案内するように」
「承りました」
カーテシーで返答すると、こちらです、とイルたちを誘う。その後ろ姿を、お爺様が満足げに見つめていた。
サロンでしばらく休憩してから、北区ヴァルツァトラウムへ出立した。グレンヴィル公爵家のエンブレムがついた馬車に同乗するのは、俺とお爺様、イル、イクスの四人だ。
後続馬車にはそれぞれの侍女が乗っている。全員は連れて行けないので、俺の侍女はケイシーだけだ。俺が指名したのではなく、四人の中で実家の爵位が一番高いケイシーを、彼女たちの話し合いで選出したそうだ。王家と公爵家の同伴だと言うことで、爵位を重視した結果らしい。
伯爵家のカリスタでも、子爵家のブレンダでも、男爵家のファニーでも、別に構わないと俺は思うのだが、彼女たちの中ではそうではないらしい。箔付けとか言っていたな。イルとイクスのそれぞれが連れてきた侍女が、侯爵家の出だからだそうだ。
侍女同士にも、水面下での争いがあるんだな。
騎馬で馬車を護衛するのはグレンヴィル家の護衛四人と、俺専属の三人、イルの近衛騎士五人と、イクスの護衛三人だ。かなり物々しい。
グレンヴィル領までは王家の馬車に乗ってきたそうで、それは悪目立ちするので領主邸へ置いてきた。
旅のお供にと、アルバートに作ってもらっていたショートブレッドを持参したところ、イクスが喉を詰まらせる勢いでがっつき出した。そうだよな、俺が王都を留守にしているのだから、イクスは三ヶ月間お預けを食らっていた状態だもんな。
水筒に入れて持ってきたリンゴジュースを差し出すと、イクスがあっという間に飲み干した。もう一杯注いでやれば、また一気に呷る。ショートブレッドは喉が渇きやすいから、落ち着いて食べなさい。
イルは相変わらず上品に食べるお子様だ。ポロポロとカスを落とすことなく一口一口を味わって食べている。同じようにリンゴジュースを差し出すと、ありがとうと微笑み嚥下した。
揺れる馬車で飲み物は難しいのだが、こういう時ストローが欲しくなるな。作れないかちょっと考えてみよう。あったら絶対貴族に馬鹿売れすると思うんだけどな。特に夫人方や令嬢方に。
「美味しいね。これは林檎を絞ってあるの?」
「ええ。加熱した林檎にレモン汁を入れて砕いたあと、絞って砂糖を加えてあります」
「手間がかかってるんだね。大事に飲ませてもらうよ」
ちょっとズルしてるけどな。創造魔法でブレンダーを作り、それで砕いたから労力はほとんど必要ない。これも悪阻の最も酷かった時期のお母様のために作り出したものだ。
「まだたくさんありますから、遠慮なく召し上がってください。アレックス様もどうぞ。でも喉に詰まらせないように気をつけてくださいね?」
「善処する」
「じゃあ僕も遠慮なく頂くよ」
「はい。どうぞ」
俺の隣にはお爺様、対面にはイルとイクスが座っている。お爺様はにやにやとにやけながら俺とイルのやり取りを見ていた。
「殿下はよほど我が孫娘にご執心と見える。追いかけて来られるほど好いておいでですか」
「お爺様」
「いいよ、リリー。本当のことだからね。忌憚のない意見に答える義務が僕にはある」
「ほう」
片眉を上げたお爺様に、イルは真剣な面持ちを向けた。
「グレンヴィル翁の言われるとおり、僕はリリーに執着している。きっかけは一目惚れでも、その内面に強く惹かれた。今後もその想いが変わることはないと断言できるよ。これで答えになるかな」
「なるほど」
途端、お爺様の表情が好々爺然とした柔らかいものに変わった。
「試すような無礼な真似を致しました。ご寛恕を請いたく存じます」
「問題ない。リリーを大切に思えばこその言葉だと思っている。少しでも僕の誠意が伝わっていれば幸いだ」
「ご厚情賜り、有り難く存じます。殿下にこれほどまでに想われて、レインリリーは果報者ですな」
俺にウインクするのは止めてください、お爺様。中身が伴っていないと話したはずなのに。俺にどうせよと。
「リリーが男に恋愛感情を抱けないのは理解している。でも僕はリリーを諦めるつもりはないから、君の気持ちが追いつくまでずっと待ってるよ」
「殿下……………」
重い。気持ちが重いよ、イル。物凄いプレッシャーだよ……!
イルのことは勿論好きだが、まだ俺の人格は浩介に軍配が上がる。レインリリーとしての人格はまだまだ押され気味だ。女性が好きかと言えばそれも違うのだが、男は考えられない。無理なものは無理だ。況してや相手はまだ五歳なんだぞ? いや、俺も五歳だけど、中身はオッサンなのだから、イルの好意は懐いてくれる子供に対するような、保護者目線で受け止めてしまう。
お爺様。殿下にここまで言わせといて、と非難するように目を眇めないでください。
今は無理、そこはどうしようもないじゃないか。
エイベルに逆プロポーズ擬きの発言はしたが、じゃあエイベルとなら恋愛できるのかって問われたら、それも無理だと即答できる。エイベルがどれほどにイケメンであろうとも、同性感覚が抜けない俺にはときめきなど起こらない。
じゃあお爺様はエリアルと恋愛できるんですか、と問い詰めたい。俺にとってはそれと同義なのに。
イルの気持ちは嬉しいよ。それは本音だ。ここまで真っ直ぐ好意を向けられれば情も沸くさ。ずっと変わらず俺を好きでいるとまで言ってくれているのだ。
精神的圧力が半端ないが、それでも嬉しい気持ちは確かに俺の中に存在している。いずれ王位を継承する第一王子なのだから、変わるか変わらないかわからない、何の保証もない俺を待ち続けるより、他の真っ当なご令嬢を好きになった方が何百倍も気が楽だろうに。
憐憫と慈愛と、少しの愛念と。
今の俺がイルに抱けるものはそれが精一杯だった。
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