46.不穏な影
三話一挙投稿です。
めっちゃ頑張った……(´・ω・`; )
読んで頂けたら嬉しいです。
揺れる馬車の中で、俺の隣にはお兄様、対面には両親が座り、領地を目指していた。
やはりお父様とお兄様はエイベル用に生成した懐中時計が気になっていたようで、昨日の内に追加で作っておいた。同じ金細工だが、お父様の表蓋には必ず来る幸福という花言葉を持つ芍薬の透かし彫りと、中央に浄化作用のある、発光するような深い青のアウイナイトを埋め込み、お兄様には栄光と勝利を意味する月桂樹の花の透かし彫りを、中央に魔除けの効果があるベキリーブルーガーネットを埋め込んだ。太陽光や蛍光灯の下では淡い青緑、白熱灯の下ではレディッシュピンクにカラーチェンジする希少な石だ。
裏蓋の内側には魔除けと結界のエオローを刻んだ。お父様の文字盤の東西南北には真っ赤なレッドスピネルを置いた。不死の石とも呼ばれ、また炎を象徴する、炎を扱う者の守護石となる宝石だ。お父様の扱う四属性の中に火属性があるので、きっと守護石となってくれることだろう。
お兄様の文字盤の東西南北には、紫がかった赤いロードライトガーネットを配置した。肉体や精神性を高め、リスクを回避する守護の力を持つとされている。
指針はどちらも星のモチーフにした。健康や富を授け、幸せや幸福に導いてくれると言われているからだ。
指輪と同様、腐食、劣化、損傷、盗難防止の付与魔法をかけてある。指輪が魔道具なので、懐中時計には同等のものを付与しなかった。それでも聖属性魔法を発動させているので、きらびやかな仕様に仕上がっている。
因みに自分用も作った。同じくベースは黄金で、表蓋は蓮の花を透かし彫りにした。花言葉は清らかな心、神聖だが、特に意識して選んではいない。浩介の頃から蓮や睡蓮が好きなだけだ。
中央には癒し、浄化、自己基盤の強化を意味する、光を内包するような強い輝きを放つネオンブルーアパタイトを置いた。俺やお父様の目の色にとてもよく似ている。裏蓋の内側には同じようにルーン文字のエオローを刻んである。
植物をモチーフとした指針を文字盤に置き、東西南北には宵空の色をしたタンザナイトを設置した。浄化や魔法などの効果があるが、意味というより、青紫色の神秘的な色が単純に好みだった。
腐食、劣化、損傷、盗難防止に加え、危険察知による警告も付与した。
―――と、ここまでは昨日の話で、今現在は旅路に就いた段階だ。道すがらナーガから得た情報を両親とお兄様に語っている最中である。
「じゃあリリーが僕の傷を癒してくれた時に出現した魔法陣は、創造魔法とは別物の聖属性魔法だったんだね?」
「そういうことらしいです。魔法陣はそもそも魔術のためにあるのではなく、本来は聖属性のためのもので、魔術は勝手にそれを転用して、簡略化したものなんだそうです」
「簡略化……道理で効果が桁違いだったはずだ」
「勝手に転用したならば、魔素が嫌悪感を抱くのも当然か」
なるほどな、と呟いたお父様が、ナーガを見つめた。
「聖属性は天属性とも神属性とも言うそうで、同一なのだそうです。厳密には細かい違いがあるらしいのですが、大まかに言って聖属性の上位が天属性であり、更に最上位にあるのが神属性だということです。上位は下位に互換性があるので、天属性は聖属性を包含し、神属性は聖属性、天属性を包含すると解釈して間違いないそうです。ナーガや魔素が扱うのが天属性で、神様だけが唯一使用できるのが神属性ということになります」
「では我々が適性を授かる属性魔法は、魔素から天属性を借りている、と解釈できるのではないか?」
「その解釈では不足しています。確かに七属性は魔素から借りた力ですが、人が行使する魔法はあくまで七属性の規範に則っています。魔素が貸し与える七属性魔法と、魔素自身が行使する天属性魔法は似て非なるもの、全くの別物であると解釈すべきでしょう」
ふむ、とお父様もお兄様も熟考し始めた。
一つ気になっていることがある。ナーガは聖属性魔法を扱える人間はいないと言っていた。稀に出現するのはすべて神の使徒と呼ばれる特異点だから、と。
神の使徒と呼ばれる人間が過去存在していたということは、彼、もしくは彼女は聖属性魔法を扱えたのだろうか? 付与魔法は人間業じゃないとも言っていたが、神の使徒だろう? 出来たんじゃないか?
誰かが聖属性魔法を使えなければ、魔法陣を目にすることは出来ないはずじゃないか。天属性を扱う魔素がそもそも人間には視認できないんだ。聖属性魔法を扱えた神の使徒の側近くにいて、魔法陣を転用できるだけの観察時間があったということじゃないのか? それか、神の使徒本人が簡易化して流布した?
『見当違いなこと言ってる?』
『着眼点はいい線いってるよ』
『じゃあ過去に存在した神の使徒は、聖属性魔法を扱えたんだね?』
『ううん。扱えないよ。言ったでしょ? 聖属性魔法を扱える人間はいないって』
『今まで誰も使えなかったのか?』
『使えないよ。だから付与魔法も人間業じゃないんだ』
『付与魔法を施した魔道具そのものも存在しない?』
『どこかにはあるかもね。使徒に授けたこともあるから』
とんでもない代物の行方がわからないなんて、そんな不安な情報知りたくなかった。
『ち、因みに、神様が使徒に授けたっていう魔道具は、危険なものだったりする………?』
『武器や防具、ステータスやスキル強化の魔法付与はいくつかあるね』
『それってもう、神剣・聖剣の類いじゃん! ていうか、ステータスとかスキルって初耳なんだけど! ゲーム仕様なの、この世界!? まさかレベルとか経験値とかあったりする!?』
『一般的にはないね』
『じゃあ無くはないんだ』
がっくりと肩を落とした。ステータスオープン!とか言ったらウィンドウ開いて確認できたりするわけ?
『まさかとは思うけど、冒険者ギルドとかダンジョンとかボス戦とか、ないよね? ね?』
一縷の望みをかけて、懇願するように問う。
どうかないと言ってくれ。アンデッドやドラゴンを始めとする魔物がいるとは聞いているが、冒険者やギルドを王都で見かけてはいない。きっと魔物討伐は各国主導で騎士たちが定期的に遠征に出ているに違いない! だよな!?
『この国の王都にはないね』
『他所にはあんのかよ!』
『リリーが想像しているようなものとは違うけど、あるよ。ないと人間は滅びちゃうよ?』
『恐ろしいことをサラッと言ったな………』
「どうした、リリー?」
お父様とお兄様が訝しげに見つめていた。百面相で苦悩する姿はさぞ滑稽だったろう。
「この世界にギルドがあるって本当ですか?」
「ギルド? ああ、あるぞ。商人、手工業、建築、宗教、治療院、薬師があるが、それぞれに抱えるギルド数も多く、私は正確な数は把握していない」
「え? 冒険者ギルドは?」
「冒険者ギルド? 何だそれは?」
ええ? どういうこと? 冒険者ギルドはないの?
じゃあ誰が魔物討伐するの? ダンジョン攻略するの? ボスを倒すの?
『ダンジョンはあるけど、ボスはいないよ?』
「はあ!?」
「今度はなんだ?」
素っ頓狂な声をあげた俺に、更に訝る視線を向けるお父様とお兄様だったが、とりあえずお二人には待ってもらった。ナーガに問い質す方が先!
『さっきあるって言ったじゃん!』
『言ってないよ。リリーが想像しているようなものとは違うけどって前置きしたでしょ』
『意味がわからん! どういうことさ!』
『前言した通り、ダンジョンはあるよ。でもボス戦はない。大体ボスって何を指して言うの? 魔物を統べるような存在はいないから、ダンジョンに潜ってもひたすらに魔物討伐するだけで終わるよ?』
『それダンジョンって言うか?』
『ダンジョンって、迷宮じゃなくて監獄って意味だよ? ダンジョンに生息する魔物はまずダンジョンから出て来ないから。リリーの前世のファンタジー世界のような、宝箱や魔物からドロップできるアイテムとかないし、ダンジョンからの魔物のスタンピードなんて起きないからね?』
もうそれは俺の認識しているダンジョンじゃない。それは単なる洞窟じゃないか。
『魔物の心臓には魔石が生成されていることもあるから、それを狙って魔物を狩る人間がいるけど、たぶんリリーの言う冒険者はこれに該当するんじゃないかな。冒険はしないけどね』
『それ狩人じゃね?』
『そうかも。でも彼らが間引いてるおかげで近隣の町や村は大きな被害もなく生活できてるんだよ? 自警団も兼任してるし』
『スゲーな狩人。いや、そうじゃなくて。じゃあナーガが言ってたステータスやスキルって何?』
『可視化できるわけじゃないよ。魔道具を装着することで、力や持久力が増したと実感できるだけ』
なるほど。完全に俺の早とちりか。話は最後までしっかり聞かなきゃ駄目だよな。
『じゃあ使徒に関しては? 魔法陣を最初に転用したのは誰なんだ』
『最初に言ったけど、使徒は聖属性は使えなかった。ここは絶対だよ』
『使えないのに魔法陣を見ることは出来たのか?』
『リリーのようにね、ナーガたちを視ることができる稀有な人間だったんだ。神眼、と呼ぶのだけど』
俺は目から鱗が落ちた気分だった。そうか、言われてみれば誰かが魔素を視認できていないと、そもそもの根底が成り立たないのだ。
魔法は魔素の力を借りて行使するという考えは、魔素がこの世界に存在していることを知っていることが前提条件になる。人には見えないとされる魔素の存在を知っている―――すでにその時点で矛盾が生じていたというのに、俺は今まで疑問にすら思わなかった。
「使徒は神から借り受けた眼で魔素を認識し、天属性の魔法陣を見た……?」
思わず呟いた言葉で、お父様とお兄様は俺とナーガの間でなされた会話のあらましを察したようだった。
「使徒と言ったか? それは神の使徒で合っているか?」
「ご存知なのですか?」
「神話として歴史書に遺されている。数百年に一度、もしくは千年に一度の割合で、思い出したように魔力に特化した人間が出現してきたらしい」
「リリー、神より借り受けた眼で魔素を視認したって言ったね? 父上、ではリリーも神の使徒なのでしょうか」
俺はぎょっと目を剥いてナーガを見た。
『そうだよ。リリーは天啓を受けた、歴とした神の使徒』
はあ、と溜め息が零れた。そうだよな。魔素を視認できる神眼に、創造魔法、聖属性、オプション、供物、情報発信―――挙げたら切りがない。どれを取っても使徒ではない理由にならない。
いや、歴代の使徒は聖属性は扱えなかった。なら何故俺は扱えている……?
「リリー?」
「……………はい。使徒で間違いないそうです」
やっぱり、といった体でお二人が嘆息した。
俺、歴史書に載ったりするの? 嘘でしょ?
一瞬現実逃避しかけたが、話を戻さねば。
「ナーガ、天属性魔法陣を簡略化して転用したのは、使徒なの?」
息を凝らしてじっと見つめる俺たちに、ナーガはこくりと首肯した。
「でもそんなに簡単に転用できるの? 構造も文字も分からないのに」
『大まかにだけど、教えちゃったんだ。神界文字を使わなくても、ある程度の構造さえ組み立てられれば、劣化版でも発動は可能だから』
「魔素が教えた劣化版を、更に簡易化して転用したのはこの国の人間だった?」
『ちがう。でも、魔素と馴染みやすいこの国に流れ着いて、ここで魔法陣の研究をしていたようだよ。その名残が王宮直属機関に残されてるでしょ』
「ああ、そういうことか。使徒がこの国で研究した魔法陣を母体に、王宮直属機関が更に研究を重ねてきたものが、他国に漏洩した魔術なんだね?」
ナーガが首肯する。それだけでお二人は理解したようだ。
使徒が転用しようと研究を続けたきっかけや動機は分からないが、その結果、神や魔素が扱う魔法陣が、その主体であるはずの魔素を不要にした魔法陣を生み出してしまったということだ。皮肉だな。
「使徒の役目って何?」
『世界の発展、進化』
「魔術もその内に入る?」
『入らない。あれは負の遺産』
「普及してしまったのなら、淘汰することはできないよ」
『分かってる。人間は、知ってしまったら文明の利器を手離せない。奪い合い、競い合う生き物だから』
俺もその一人だから、何とも耳が痛い話だ。
つい苦笑していると、ふとお母様に意識が向いた。ここまでずっと沈黙したままだ。
「……………お母様? ご気分が優れないのですか?」
「ええ……少し」
少しという顔色じゃないぞ。真っ青じゃないか。
「ベラ、気分が悪いのなら無理はいけない。少し休憩しよう」
お父様が窓を叩き、馭者に停めるよう指示を出す。
「馬車に酔ったのか? 今までそんなことはなかっただろう」
「朝から胃の調子があまり善くなくて……リリーの指輪のおかげで出立する頃にはずいぶんと楽になっていたのだけれど、揺れがどうにも………」
停車したのは森の近くだった。王都を出て二時間ほどだが、一番近い街まではまだ一時間ほどかかる。
急に予定にない場所で停車したことに訝ったマリアがいち早く気づき、他の侍女たちに指示を飛ばしながら簡易休憩所を作っていく。
お父様に支えられながら馬車を後にしたお母様は、マリアが準備した敷布の上に座り、冷たい飲み物を口にしている。顔色はまだ青いままだが、一息つけた様子だ。
俺もお兄様の手を取り下りると、お母様の側に座った。
「心配かけてごめんなさいね」
「わたくしこそ、気づくのが遅れてごめんなさい」
「リリーのせいじゃない。さあ、ベラ。少し横になりなさい」
「はい」
指輪に体調の安定を追加で付与したのは、これを予期していたってことだろうか。でも効いてないよな……。
「お母様。ご気分が優れないのは、胃ですか? 頭ですか? 吐き気はございますか?」
「リリーが言った全部ね……」
「分かりました。聖属性魔法を施します。お父様、構いませんね?」
「回復魔法か?」
「はい」
「そうか。和らげてあげてくれ」
首肯してから、お母様の額と鳩尾に掌を触れた。
「白と金の魔素たち。願いを聞いて。お母様の吐き気と頭痛を取り除いて欲しい」
『気分が悪いんだね~?』
『わかった~!』
『癒してあげる~』
白い魔素は額と鳩尾に、金の魔素はお母様を包み込むように集まり、地面に黄金の魔法陣が発動した。二重の神界文字が時計回り、反時計回りとそれぞれに回転し上昇する。お母様をスキャンするように透過すると、ガラスが砕け散るように霧散した。金色に輝く光の乱舞に、使用人たちが驚嘆の声をもらす。
「これが聖属性魔法か………ユーインの言っていた通り、金色の魔法陣だったな」
「綺麗だわ………」
「お母様、どうですか? まだ苦しいですか?」
「そうね………あら? 吐き気は治まっているわね」
「顔色も戻ってきている。聖属性魔法とは凄まじいのだな」
お父様の指摘通り、お母様の顔色は劇的に改善されている。でも頭痛は治まっていないのか。どういうことだ? まさか病気じゃないよな。何か見逃してる?
「心配いらないわ、リリー。直に善くなります。大丈夫よ」
不安が思い切り顔に出ていたようで、お母様が柔らかく微笑み抱き寄せてくれた。
「貴女のおかげでずっと楽になったわ。ありがとう、リリー」
お母様の温もりにほっとしつつ、拭えない不安に焦燥感が募る。
これを予期していたのなら、これで終わりではないはずだ。お母様の苦しみはまだ続くのだろう。何とか守りきらなくては……!
お母様にぎゅっと抱きついて、俺はそう固く心に誓った。