44.逆プロポーズ……?
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「一人ずつ手渡していくから、本人以外に触れないよう気をつけて身につけてね」
コホンと気を取り直して、俺はまずカリスタに、宙に浮いたままのペンダントを手に取り差し出す。
「有り難き幸せにございます」
カリスタは一度深々とカーテシーで敬意を示してから、押し頂くように受け取った。
キラキラと煌めくペンダントを見つめて、ほう、と感嘆の溜め息を吐いた。
「なんと美しい………」
「気に入ってもらえて良かったわ。じゃあ次はファニー」
「は、はい!」
ガチガチに緊張した様子でカーテシーをすると、カリスタと同じく押し頂いて、はわ~と何語か分からないうっとりした声を漏らした。
「大切に致します! ありがとうございます、お嬢様!」
「ふふ。どういたしまして。次はケイシー」
「はいっ」
深々とカーテシーし、受け取ったケイシーもペンダントの煌めきにうっとりした。
「望外の幸せにございます……っ」
「気に入ってくれてわたくしも嬉しいわ。では最後にブレンダ」
「はい」
ブレンダも例に漏れず、カーテシーから押し頂く一連の流れで受け取った。やはり煌めくペンダントにほう、と熱の籠った溜め息を吐く。
「ありがとうございます。この上ない喜びにございます」
「良かった、みんな気に入ってくれたようね。これで個別に所有者だと認識されたから、肌身離さず持っておくようにね。きっと貴女たちを守ってくれるわ」
「はい!」
侍女四人はいそいそと身に付け、それぞれの胸元で輝くペンダントを陶然と見つめた。うん、みんな似合ってるよ。変化をつけてあげられなかったのは申し訳ないけど。
「ペンダントのシルバーは聖なる月を表す貴金属で、魔除けでもあるの。ペンダントトップの裏面に刻印してあるのはルーン文字のエオローと言って、これも魔除けを意味する文字なのよ。結界の意味もあるから、二重で守護をかけてあるわ。宝石はローズクォーツ。愛と美を象徴する女性の守護石を、喜びを運ぶというクチナシの透かし彫りに嵌め込んでみたの」
「素敵です……!」
ファニーの言葉にケイシーもブレンダもこくこくと興奮気味に頷いた。カリスタは首にかけたペンダントをずっと魅せられたように恍惚と眺めている。夢の世界へ旅立ったか。説明も聴いてないかもしれないな。
「付与魔法は先に話した腐食、劣化、損傷防止だけでなく、危険回避、怪我の治癒、心身の安定も組み込んであるわ。危険を感知したら光って知らせ、一度だけ物理、魔法攻撃から守ってくれる。でも防護魔法は一度きりだから、それは忘れないで」
「はい。ありがとうございます、大事に大事に致します……!」
四人共、再び深々とカーテシーで敬意を示してくれた。
ここまで喜んでもらえるとは思っていなかったので、作って良かったなと心からそう思う。
心がほっこりした俺は、次いで護衛たちを振り返った。
「次は貴方たちね。ではまずノエルから」
「はっ、はい!」
ビシッと直立不動になった後、慌てて片膝を床につき、頭を垂れた。
「これも侍女たちのペンダントと同様、受け取ったら個人を認識するから、他者が持ち去った場合自壊するよう出来てるわ。譲渡はできないから気をつけて」
「譲るなどとんでもない!」
「ふふ。ありがとう。まずはバングルの説明からさせてね」
ノエルに続き、アレンとザカリーも床に片膝をついた。
「バングルはプラチナで出来ているの。プラチナは物事を成功に導くパワーを持つとされていて、直感力と洞察力をもたらすそうよ。そのプラチナに彫られているのは、勝利を意味する花言葉の竜胆。中央に埋め込まれたモリオンはブラックカラーの水晶で、あらゆる邪気を弾き返すと言われているわ。心を落ち着け安定をもたらす強力な魔除で、規律と守護の宝石言葉を持つの。色を足した左右のガーネットは、竜胆と同じく勝利を意味するのですって」
そこまで説明し終えると、ノエル、アレン、ザカリーの順に、頭を垂れ押し頂く掌に乗せていく。
「ありがとうございます……! 天にも昇る気持ちです……!」
「恐悦至極に存じます」
「死ぬまで外しません。幸甚の至りに存じます」
ああ、また泣いちゃったよ……。この三人は本当に何があったんだろうな。心のケアも付与すべきだったかな。
ぼろぼろと涙を溢しながら早々にそれぞれの利き腕に装着する様を眺めて、もっと気遣ってあげなくちゃなと思う。
「お嬢様の御髪の色がバングルに……」
「オレたち愛されてるって思っていいのかな……」
「いま死んでも俺は笑って旅立てる自信がある」
ああ、云われてみれぱ確かに黒水晶は俺の髪色だな。言われるまで気づかなかった。
誤解もあるが、まあいいか。護衛たちを大切にしたいと心からそう思ったばかりだしな。
しかしザカリー、本当に何があった!? お前が一番情緒不安定じゃないか! 本気で心のケアを追加付与するよ!? ちょっとバングル貸しなさい!
「ええと、さっき侍女たちに説明した通り、貴方たちのバングルにも共通して付与してあるのは、腐食、劣化、損傷防止、警告、一度きりの防護魔法です。……………聞いていますか?」
「き、聞いております!」
「お嬢様の溢れんばかりの愛を噛み締めておりました」
「旅立つ準備は出来ております」
「ザカリー、死なれては困るのよ。突発的事象が起きた場合でも、確実に生き残る確率を引き上げるための魔道具なのだから、生きてわたくしの側に居なさい」
「は、はい! 死にません! ずっとお側におります!」
「うん、よろしい」
キラキラと目を輝かせて見上げてくるザカリーに若干戸惑いつつ、俺は話の続きを口にした。
「バングルに付与しているのは、怪我の治癒と浄化、強靭な体力です。多少の怪我や毒などの状態異常は治癒、解毒ができると思うけど、傷を作らないに越したことはないから、充分に気を付けるように」
「御意」
右手を心臓の上に添え、頭を垂れた。ノエルとザカリーは右手に、アレンは左手にバングルがきらりと煌めく。
俺はそっと息を吐いた。魔道具の守護が必要な事態などなければ幸いだが、俺には今後様々な困難が課されている。俺の側にいる者たちが一番危険に晒される可能性が高いだろう。その保険はしっかりと掛けておきたい。
六公爵家に仕える護衛や侍女は、一様に貴族階級の出身だ。マリアはアボット伯爵家の未亡人だし、その娘であるカリスタはアボット伯爵家の長女だ。ファニーはカルヴァート男爵家長女、ケイシーはブレア侯爵家三女、ブレンダはエーメリー子爵家二女だ。
ノエルとアレンはオルグレン侯爵家四男とバルバーニー侯爵家三男で、ザカリーはユニアック伯爵家三男だ。
因みにエイベルは我がグレンヴィル公爵家の分家筋で、伯爵位を授爵している家系だ。エイベルはウェイレット伯爵家を継いだ嫡男で、現伯爵当主だ。代々ウェイレット伯爵当主はグレンヴィル公爵家の家令を務めることになっている。
エイベルの父親、前ウェイレット伯爵当主は、祖父がお父様に爵位を譲り、領地へ閑居すると同時期に息子へ全てを委譲し、祖父母と共に領地へ戻った。今は領地の邸にて、変わらず執事を務めているそうだ。
まだ会ったことはないが、明後日領地へ出立するのだ。すぐに会えるだろう。
「カリスタ。サロンへ両親とお兄様をお呼びして。エイベルにもね」
「畏まりました」
早速出来立てほやほやの魔道具をお渡しするため、俺は先にサロンへ向かうことにした。
当然魔道具に触らせることは出来ないので、ブレンダが用意した銀のトレイの上に、俺自身が一つ一つしっかりと乗せていく。
トレイに乗せてしまえば、あとはブレンダが運んでくれる。
喜んで下さるといいなぁ。
◇◇◇
「まあ………!」
開口一番、お母様が目を輝かせて薔薇の指輪をうっとりと光にかざした。
「なんて美しいのかしら! これほどの輝きを放つ装飾品など、わたくしは見たことも聞いたこともないわ……!」
「凄いね、キラキラしてる」
「装飾品の魔道具など、この世に存在しない代物だぞ。お前はまたとんでもないものを作り出したな」
三者三様の感想だ。以前、『お前の仕出かすことはビックリ箱のようなものだと思うことにする』と言われていたように、お父様の達観したような呆れた表情につい視線を逸らしてしまった。毎度のことながら、ごめんなさい。
「お父様とお兄様の指輪の付与魔法は、先程ご説明したとおりです。腐食しませんので、出来るだけ身につけておいてください」
「ああ、分かった。ありがとう、リリー」
「リリーからの贈り物だからね、一生外さないよ」
金の指輪をそれぞれの指に装着したお父様とお兄様が、心得たと首肯する。
成長期のお兄様の指に合わなくなることを考慮して、太く長くなっていく手指に合わせて指輪もぴったりなサイズに変化するよう手を加えてある。加齢に伴い、将来指のサイズが変わるだろう両親の指輪にも、同等の付与をかけてあるので、どの指にはめても必ずぴったりと合う作りになっている。
「お母様の指輪も同様に腐食や傷などつきませんから、肌身離さずつけてくださると嬉しいです」
「もちろん外さないわ。ありがとう、リリー。黄色い薔薇の指輪だなんて、素敵な贈り物だわ」
ああ、良かった。実母と言えど、女性に指輪を贈るなんて初めてだから、すごく緊張した。運良く良いデザインを見つけたよなぁ。
「お母様の指輪には体調の安定も付与していますので、例え体調を崩されても回復は早いと思います」
「まあ。そこまで気遣ってくれたのね。本当にありがとう」
俺の知るかぎりでは、お母様が体調を崩されたことは一度もないが、漠然とながら今後の不安があったのかもしれない。備えは多くて悪いというものでもないだろう。
「いつもお父様を支えてくれるエイベルには懐中時計ね。これにも腐食、劣化、損傷防止、警告、一度きりの防護魔法、盗難防止が付与されているわ」
銀のトレイに最後に残った懐中時計を手に取り、エイベルへと差し出す。目映い煌めきは、見た目だけでも相当な高級感を醸し出している。
「多忙でお疲れ気味だと思って、浄化、ヒーリング効果のあるパライバトルマリンを表蓋の中央に埋め込んでみたの。更に幸福な日々という花言葉を持つベゴニアの花を透かし彫りにして、裏蓋の内側には魔除けや結界の意味を持つルーン文字、エオローを刻んでいるわ。文字盤の十二時、三時、六時、九時の部分には、幸福に満ちるという意味を持つアクアマリンを、指針は、身につける人を災いから守ってくれるという、十字架を模してみたの。ゴテゴテしちゃってるけど、身につけてくれる?」
するとエイベルは、心を打たれたように微笑んで、そっと壊れ物を扱うかの如く、宝物を手にするかのように両手で恭しく受け取った。
「私にまでお作り下さるとは………はい。大切に致します。ありがとうございます、お嬢様」
わあ………と、俺は思わず呟いた。男前だとは以前から思っていたが、ふわりと笑う、柔らかな表情は初めて見たな。これは絶対女性が放っておかないイケメンだ。
そう言えば以前、エイベルに尋ねたことがある。結婚はしないのか、と。伯爵家当主ならば婚姻して跡継ぎを儲ける義務があるからな。しかしエイベルの答えは、下に弟が二人もいるので、どちらかの息子を後継者にします、だった。え、結婚は? 俺の表情から読み取ったようで、エイベルは俺の疑問に正確に答えてくれた。『私が何より大切に思うのは旦那様なので』と。
そうか、お父様を最優先に扱うのは当然だと思っているから、結婚には不向きだと言いたいんだな。在りし頃の浩介と似たり寄ったりだな。
ふと思い立って、ぽつりと言葉が零れた。
「将来エイベルと結婚すれば、跡継ぎの心配もグレンヴィル家を出る必要もないのかな」
知らず呟いた言葉に、サロンの空気が凍りついた。
「……………リリー? 何と言った?」
ぱちくりと瞬いて、声に出していたと遅れて気づく。
「ええと……ふと思い付いただけです。わたくしはグレンヴィルから離れたくありませんし、エイベルは結婚するつもりがない。跡継ぎは弟君の血筋から選ぶと聞いていたので、成人してからエイベルが貰ってくれたら、わたくしも何の憂いもなく、心置きなくお兄様と領地のためだけに尽力できますでしょう? 伯爵家当主に嫁ぐのであれば、家格としても問題ないのでは、と」
重い沈黙が落ちた。眉間に深い縦皺を刻んだお父様が黙考している。冷ややかな笑みを浮かべていたお兄様も、俺の言葉に何か考え込む様子を見せた。お母様は独身を貫かれるよりはといった感じで微笑んでいる。
渦中に立たせてしまったエイベルはというと、直立不動で微笑んだまま固まっていた。
そりゃそうだよな。言ってみれば、俺の口走ったことは主君の愛娘から逆プロポーズされたも同義だもんな。二回り近く年が離れているし、しかも今は五歳の幼女だ。
でも俺にとってもエイベルにとっても理想的だと思うんだよな。恋愛感情も家庭も不要、跡継ぎも不要、生活面に変化は一切ない。ただひたすらにグレンヴィル家と領地の繁栄に貢献するだけ。これ以上にない縁組みだろ?
俺の指摘にお父様とお兄様が揺れ動いている様がありありと伝わった。エイベルは固まったままだ。
そこへ、お母様の冷静な指摘が加えられる。
「貴女はシリル殿下の婚約者でしょう。勝手は許されませんよ」
そこで復活したエイベルが同意を示した。畏れ多いことです、と。
「婚姻を結ぶか破棄するかはわたくしに委ねられておりますから、将来どう転ぶかはわかりません」
「そうね。貴女が殿下を想うようになるかもしれないし、分からないわね?」
「初恋は実らないと聞きます。曖昧なわたくしなどより、殿下の心変わりの可能性もないとは言えません」
「あら。わたくしは実りましたよ?」
ねえ? と同意を求められたお父様の頬がほんのり色づいた。
むむむ、と俺は唸った。にこやかに微笑むお母様に、反論の余地はなさそうだ。おかしいな。お母様は王家輿入れ派ではなかったはずなのに。
お父様もこの話は保留だと締めくくり、あやふやの内に終わった。
隠微としたものであるが、目指している領地経営の代行は、恐らく叶わないだろうと頭の片隅で感じていた。
◇◇◇
翌日、午前中の教育を終えた俺は、クリフに頼んでおいたシュークリームとベイクドチーズケーキを引き取ってくるようケイシーに頼んだ。所望された神様への供物だ。
「お嬢様。アレックス・アッシュベリー様から先触れでございます」
手渡された手紙には、今から来てもいいか、という短い文章が綴られていた。
「使者に口答で、ガゼボにてお待ちしておりますと伝えてきて」
「承知致しました」
「それから、クリフにシュークリームは余分に作ってないか聞いてきてちょうだい。二つあると助かるわ」
「二つですか?」
「たぶんね、おいでになるんじゃないかしら。殿下も」
ああ、と納得した様子で苦笑したブレンダが、一礼して下がっていった。
入れ替わるようにケイシーが戻り、テーブルの上にシュークリーム十個とベイクドチーズケーキ三本が置かれた。相変わらず神様めっちゃ食うな。
「よろしく、ナーガ」
『了解』
目映い金色に輝く魔法陣が現れ、テーブルの上の洋菓子が吸い込まれるように瞬きの間に消失した。
「聖属性魔法……?」
『正確には天属性転送魔法だね』
「魔法陣が聖属性魔法と同じだった」
『そうだね。聖属性は天属性、神属性とも言うって前に話したでしょ。リリーが扱う聖属性も、ナーガが扱う天属性も、属性的には同一なんだ。細かく言えば少し違うんだけどね』
具体的にどう違うのだろう。あれかな、ナーガたち魔素が神と同一であっても同列ではないってことと同義か?
『扱える範囲の違い、かな?』
「範囲? それは威力のこと? 質量? それとも魔法そのものの定義?」
『定義だね。属性にはそれぞれに定義が存在する。規範に縛られていると言っていい。その枠を超えられないのが人間で、リリーの創造魔法はそこから逸脱した存在』
なるほど。以前お父様がおっしゃっていた、魔法発動の制限とはこれのことを指すのだろう。
『聖属性は七属性の定義から外れていて、聖属性の規範に縛られる。天属性は更にその一つ上の段階で、聖属性の定義から外れる。天属性の更に上、聖属性の最上位に当たるのが神属性。これを扱えるのは神様だけ。という定義になってる』
「………うん? 定義になってる? その言い回しだと、神属性も規範に縛られているって解釈できるよね?」
『そうなるね』
「………同一なら超えられる?」
ナーガがにんまりと笑ったように見えた。
つまりは、そういうことなのだ。
だから、聖属性も天属性も神属性も同一で同義だと、ナーガはそう言ったのだろう。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。いよいよとんでもない世界へ足を突っ込んだようだ。
ちょうどその時、使いにやっていたブレンダが戻ってきた。
「失礼致します。お嬢様、予備のシュークリームですが、直ちに二つお持ちできるそうです」
「そう、わかったわ。ありがとう。お二人が到着なさったら、ガゼボへ運んで」
「畏まりました」
さて。ガゼボへ向かいますか。
今まで人が知り得なかった属性限界の解明については、お父様を交えて議論したい。お兄様に約束した聖属性や魔法陣の話をまだしていなかったし、この話題は領地までの旅路で語らいましょうか。
今はとりあえず、恐らく陛下の許可をもぎ取ってきたであろうイルと、そのお供のイクスを出迎えるとしますか。
有言実行出来ませんでした……( ̄□ ̄;)!!
ごめんなさい、あと一話続きます!
連続投稿します!