41.世界の進化って、まさか……
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手を洗い終えると、早速シュークリームの生地作りに入ることにした。
オーブン天板に油紙を敷き、必要な材料の分量を量ったら、小麦粉をふるっておく。
「ベイクドチーズケーキがそろそろ焼けた頃かしらね」
一端作業を中断し、俺は石窯を覗いた。タオルを二枚折りたたみ、型を挟んで引っ張り出す。
「うん、いい焦げ色。粗熱が取れるまで、このまま常温で冷ますわね」
調理台の一角に置いておいたケーキクーラーの上に、型に入ったまま乗せておく。
もちろんこれも特注品で、四角い木製だ。今後に備えて鉄製の物も注文しようかな。ベーシックな丸型と、クッキーやマフィンなどの焼き菓子に重宝する格子状の四角型、中央に穴が開いたシフォンケーキ専用の物も必要だろう。いろいろと、まだまだ足りないものが多い。
「余熱に、石窯の温度を二百二十度に設定し直します」
蓋の横の魔法陣に触れ、温度を二百二十度まで引き上げた。
さて。中断させた生地作りを再開しましょうか。
銅鍋に牛乳、無塩バター、砂糖、塩を入れ、強火でバターを溶かす。沸騰したら火を止め、ふるっておいた小麦粉を一度に全て投入する。木ベラでしっかり手早く混ぜたら再び火にかけ、生地がまとまってきたら弱火にする。
因みに、魔道コンロにも魔法陣が彫られており、魔力を流すことで火力を変えられる仕組みになっている。地球のガスコンロと同じく、魔法陣から噴き出す炎は本物だ。
鍋底に膜が出来たら火を止め、生地をボウルに移す。
「生地の様子を見ながら溶き卵を数回に分けて混ぜてね。卵は量が多いと生地が緩んで横に広がってしまうから、その都度微調整して。多いようなら残りの溶き卵は入れないで」
「少ない方がいいですか?」
「いいえ。少ないと生地が固くなって、焼いたとき膨らまないの」
「だから様子を見ながら微調整、なんですね」
「そのとおり」
溶き卵を加えた生地を切り崩すように混ぜ、馴染んでまとまったら残りを数回に分けて加え、その都度まとまるまでよく混ぜる。
生地が木ベラから三角形に垂れれば完成だ。
「生地が温かい内に、二本のスプーンを使って天板にポンくらいの量を等間隔に乗せていきます。生地は焼く段階で膨らむから、間隔を作るように置いて。じゃないとくっついちゃうの」
「どれくらい空ければいいですか?」
「そうね、乗せた生地幅の、半分以上は必要かしら」
「わかりました」
本当は搾り袋を使いたいところだが、生憎ポリエチレンも口金もないのでスプーンで代用だ。
「水に浸したスプーンの腹を使って、生地の形を整えるように表面の凹凸を撫でてね」
十個の丸い生地が乾燥しないうちに石窯の中へ押し込む。設定温度は百九十度に下げた。
「焼き時間は二十五分ほど。焼けるまで一度も蓋を開けちゃだめよ。一気に萎んじゃうから」
「はい」
「さて、ベイクドチーズケーキの粗熱は取れた頃かしら?」
型の側面に触れてみる。ほんのり熱いが、まあ大丈夫だろう。
「冷蔵魔道具で冷やして、食べられるのは明日ね」
「え!? 今日は食べられないのですか!?」
「ええ、残念だけれど。一晩寝かせた方が、しっとり濃厚な味わいに仕上がるの。明日まで楽しみは取っておきましょ」
「はう………残念です………」
そんなに食べたかったのか。何だか申し訳ない気持ちにさせられるな。
「そんなに落ち込まないで。ほら、シュークリームなら出来立てを食べられるから」
「シュークリーム楽しみです」
「それは良かったわ。さあ、休憩の前に、カスタードクリームを作ってしまいましょう」
全ての材料の分量を量り、小麦粉と砂糖を篩にかける。牛乳は粉を溶く分を別に分けておく。
バニラビーンズのさやを縦に割いて、ナイフで種をしごいたら、鍋に入れた牛乳へさやごと投入する。ここまでが下準備だ。
「とても甘い香りがします!」
「いい香りよね。このさやは、使用後によく洗って再び乾燥させると、また甘い香りが復活するのよ。だから、捨てずに砂糖に漬け込んでね。本数が増えればその分バニラの香りが砂糖に染み込むから。廃棄するなんて勿体ないわ」
「わかりました! でも……公爵家ご令嬢であられるお嬢様の口から、勿体ないなんてお言葉が出るなんて何だか不思議な感じがします」
思わず俺は苦笑いを浮かべた。それを言うなら、菓子作りをやっている時点で公爵令嬢らしくないだろう。何も言わなくても用意される立場の人間が、自ら手作りしてるんだからな。
「じゃあここからは、復習も兼ねてベサニーに作ってもらおうかしらね」
「えっ!? あ、はい! 頑張ります!」
意気込んで袖を捲るベサニーに場所を譲り、隣で指導することにした。俺もプロじゃないから家庭で作れる程度のものしか教えてあげられないが、多少の足しにはなるだろう。
「牛乳にバニラビーンズを漬け込む時間があった方が芳香も強いから、お店に出す時は作り始める二時間ほど前にこうしてさやを割いて種を刮いで、両方を漬け込んでおいてね」
「はい!」
ベサニーが作業している間に、俺は仕上げ用に使用する粉砂糖を作る。
言っても単純作業だ。ただひたすらに、すり鉢で砂糖を細かくなるまで擂り潰すだけだ。
ごりごりと擂り潰す俺の手元をぱちくりと瞬いて眺めたあと、ベサニーはカスタードクリーム作りに集中した。
ボウルに卵を割り入れ、スプーンを使って黄身だけを掬い、白身と分けておく。
ふるっておいた小麦粉と砂糖を泡立て器でよく混ぜ、そこに分けておいた少量の牛乳を注ぎ、塊がなくなるまでよく混ぜておく。
粉類は卵黄の水分を吸ってダマになりやすいので、電動ホイッパーがなければ先に水分を補給させておくと失敗も少なくなる。
「このタイミングでバニラビーンズを漬け込んだ牛乳を火にかけておいて。沸騰する前に火から下ろしてね」
「はい」
言われた通り、ベサニーは魔道コンロに銅鍋をかける。沸騰する前に行程を済ませておこう。
牛乳で溶いた小麦粉と砂糖に卵黄を混ぜ、沸騰する前に火から下ろした牛乳をバニラビーンズごと少しずつ加えながら混ぜる。
卵は六十度、粉は八十度で糊化するので、牛乳は沸騰直前まで温めないと口当たりが悪くなるのだ。
ふう、腕が疲れた。ずいぶんと粒子が細かくなったし、こんなものかな。あとはケイシーに頼んで、刷毛を使って小皿に移してもらう。
ベサニーの作業も大詰めだ。
濾しながら銅鍋に移し、中火にかける。木ベラで絶えず混ぜながらとろみをつけ、もったり滑らかになれば出来上がり。
「どうですか?」
「うん、いいわね。ダマになっていないし、バニラの甘い香りもするわ。じゃあバットに上げて冷やしましょう」
出来上がったカスタードクリームをバットに広げ、油紙を密着させる。カスタードクリームに水滴がつくと腐る原因になるので、ここはぴったりと隙間なく密着させなければいけない。
「使用した卵は腐敗しやすいから、最も腐りやすい温度を避けるために急激に冷やす必要があるの。油紙は乾燥と水滴発生を防ぐためね」
しっかり冷やすため、冷蔵魔道具へ入れる。
これで、菌が最も繁殖しやすい温度帯を時短で越すことができる。
「あら、図ったように焼き上がったみたいね」
運良く絶妙な時間配分だったようだ。ちょうどシュークリーム生地が焼き上がった。
焼き斑がないように天板の向きを変え、生地の割れ目に焼き色がつくまで更に数分焼く。そのまま石窯に冷めるまで置いておけば、カリッと香ばしいシュークリームの皮の完成だ。
「クリームは二層にする予定だから、生クリームを泡立てましょう」
シュークリームの皮が冷えてきたのを確認してから、二層の上段に使う生クリームに取り掛かる。
「ベサニー、あなた水魔法が使えたわよね?」
「はい! 大それた技は使えませんが」
「十分よ。では氷魔法は扱える?」
「あ、いえ、氷は難しくてまったく」
「あら、そう。じゃあ近いうちに教えてあげるから、きちんと覚えるようにね」
「えっ!?」
「お菓子作りには、何かと冷却が必要になるから。せっかく水属性に適性があるんですもの。覚えておいて損はないわ」
はわわと慌てつつも、嬉しそうに元気よく返事をした。
「あれ? でも、お嬢様の適性属性は確か光ではなかったです?」
あ、そうだった。そういうことにしてたんだった。
いかんな、設定をすぐ忘れちゃうのは警戒心無さすぎだろう。どうしよう……いや、もう今更か。いいや。
「実はね、水属性にも適性があるの。内緒よ?」
「えっ!? それって凄いことですよ!? 女性で二属性持ちなんてっっ」
「そうね、だから内緒にしてね?」
「は、はいっ!」
こくこくと何度も頷くベサニーの首がもげないか些か心配になりつつ、俺は空のボウルに水魔法を向けた。
「我に潤す恵みと、凍てつきの防護を。ウンディーネ」
不得意な既存の詠唱を合成しつつ口にしながら、心の中で首元で大人しく巻き付いているナーガに頼んだ。空のボウルに製氷皿の氷を半分ほど生成して、と。
『凍らせればいいの?』
『そう。でも水も一緒にお願い。生クリームを氷水で冷やしながら泡立てると硬めに仕上がるんだ。シュークリームには緩い生クリームは合わないから』
『お安い御用だよ。シュークリーム、ナーガにも頂戴ね?』
『勿論そのつもりだよ』
『わ~い!』
ピュイ!と喜びの声を上げたナーガがボウルを見ると、願い通り空のボウルに製氷皿で作ったようなたくさんの氷塊と、それを浸す水が生成された。
素晴らしい! グッジョブ、ナーガ!
「おっ、お見事です! お嬢様! すごい!」
興奮気味に絶賛してくれるベサニーに苦笑つつ、ありがとうと礼を口にした。
俺はナーガの頭をひと撫でしてから、氷水が出現したボウルに空のボウルを重ねて、生クリームと砂糖を投入した。
「シュークリームの皮を出してくれる?」
「畏まりました」
ベサニーが取り出してくれている間に、生クリームを八分立てに泡立てる。泡立て器を持ち上げたときに、柔らかく角が立ち、その後少し曲がって下を向くくらいの硬さが目安だ。
「シュークリームの皮を立てて、横から三分の一上を切り落として蓋を作って」
「はい」
一個目を実演してみせると、ベサニーが次々と切断していく。その間に冷蔵魔道具からカスタードクリームを取り出した。
「スプーンを使って下三分の二の皮に、カスタードクリーム、生クリームの順に二層仕立てにして、切り落とした皮を軽く乗せて蓋にするの。その上から、茶漉しで粉砂糖を振り掛ければ出来上がりよ」
「わあ……! 可愛らしいです!」
「さあ、残りも作ってしまいましょう」
「はい!」
「ケイシー、お茶の準備をお願いね」
「承知致しました」
出来上がったシュークリームを人数分用意し、恐縮するケイシーと護衛三人にも席につくよう命令する。俺の作ったものが食えないって? なんて脅しはかけていないぞ。
さてさて。お味の方はどうかな? いざ、実食!
「美味しい!」
「まあ、何て上品な甘さでしょう。頬っぺたが落ちそうです」
女性陣の受けは上々の様子。よしよし。これは行けるぞ。と思っていたら、護衛たちはまだ食べていなかった。
「うん? どうしたの? 食べないの?」
「あっ、いえ!」
「食べます! 食べます、けど」
「畏れ多くて……」
「え? どういうこと?」
皿の上のシュークリームをじっと凝視したまま一向に食べようとしないノエルたちの言葉に、俺は意味を掴みあぐねて首を傾げた。
「だって! お嬢様がお作りになった菓子ですよ!? この完成形のフォルムをあっさり崩して食べれませんって!」
「この一つはオレだけのために用意されたものなのかと思っただけで、もう胸が一杯で……っ」
「家宝にします!」
「腐っちゃうから食べなさい」
なんだ、どうしたお前たち! そんな女々しいことを言うなんて、いつもの威勢はどこへやった!
ほら見ろ! お前たちがそんなことを言うから、ベサニーがあっさり食べてしまったことを後悔してるじゃないか! 菓子は食べるための物であって愛でるための物じゃありません! いいからさっさと食え! 拝むなザカリー!
「で、では、お言葉に甘えまして、有り難く頂戴します」
「たんとお食べ」
三人が同時にかじった、露の間。カッと見開かれた両目から、ぽろぽろと涙を溢し始めた。本当にどうしたお前たち!?
「お、美味しい、です」
「お嬢様、天才ですか」
「自分の中の穢れたものが浄化されていく気がします……これは神界の菓子でしょうか……」
ノエルの感想が一番まともだった。というかザカリー、お前本当に何があった? 逆に心配で仕方ないんだけど!
何とか宥めて完食させたが、菓子をご馳走しただけで大の男三人に泣かれるとは思いもしなかった。護衛の仕事って、そんなに辛いのかな。何だか申し訳ない気持ちで一杯だ。何があったんだよ、気になるわ!
微妙な空気になりながら、俺はシュークリームの蓋で生クリームを掬って口に含んだ。外はカリッと、中はしっとり柔らかな皮に、甘さを抑えた生クリームが絶妙だ。振りかけた粉砂糖もいいアクセントになっている。もうひと掬いし、カスタードクリームを掘り当てる。
これもまた甘さ控えめで美味しい。鼻に抜けるバニラの香りが食欲をそそるじゃないか。火加減も良かったんだな。
ベサニーの成長速度に感嘆しつつ、火加減でふと気になる点を思い出した。
『ナーガ。石窯やコンロ、冷蔵も魔法陣を使用してるけど、あれも嫌いなのか?』
唐突に問われたナーガは俺の食い止しにがっつきながら端的に答えた。
『好きじゃないけど、あれはいい』
『え? どう違うの?』
『生きていくのに必要だから。あと、美味しいものを作り出す魔法陣なら許せる』
『え~………』
それって単にナーガが食い意地張ってるだけなんじゃないの~? 魔素は食べないじゃん。食べる魔素はナーガだけじゃん。
『神様だって美味しいものは大好物だよ。ナーガだけじゃないよ』
『え? 神様も食べるの?』
『食べる。神殿の供物はそのまま神界へ転送されるから、毎日食べてる』
『マジか。てか神殿なんてものがあったのか、この世界』
『そりゃあるよ。この世界の唯一神なんだから』
『唯一神ねぇ……元日本人としてはあんまり馴染みないなぁ』
『どこの神殿からでもいいから、オキュルシュスのお菓子を転送してって言ってる』
『さすがナーガと同一体だな!』
もはや食いしん坊キャラにしか思えない。ナーガを通して供物を要求されるとは思わなかった。
『オキュルシュスのお菓子を転送してくれたら、オプション付けるって』
『オプションって?』
『ウィンドウで色々使えるものを追加するらしいよ』
『ウィンドウって、あの半透明のパネルみたいなやつ?』
『うん、それ。使えるようにしてくれるって、グー○ル』
『マジで!?』
それは助かる! 持っていない知識の検索が可能なら、オキュルシュスのメニューだって増やせる。効率的な作物の育て方や加工など、領地に活用できる知恵や知識がいつでも引き出せるってことだ。まさに宝の山、情報資源の宝庫じゃないか!
しかし、 お菓子食べたさにオプション追加って、それでいいのか神様。
まさか世界の進化って、飯テロを起こして供物の質向上が真の目的とかないよな? 俺そんな理由で転生したの?
『これも世界の進化の一貫?』
『そう取ってくれていいよ』
マジか。マジで供物の質向上が理由だった。一気に人間臭くなったな、神様。
『リリーが発信すれば、それは国に巡って、いずれ他国へ、そして世界へもたらされるから』
その分俺のリスクも増えるって寸法か。相変わらず怖えなぁ。
でもメリットも大きい。美味い食べ物は心の安寧にも必須だ。そこは全面的に賛成だ。
どうせ様々な困難にぶち当たる宿命だ。今はメリットの恩恵を十分に味わおう。
『了解。供物を対価に、オプションを有り難く頂戴させてもらう』
『それでこそリリーだね。存分に活用して、また美味しいものをこの世界に生み出してよ』
『お前もブレないねぇ』
そういえば、と思いつく。
『ねぇ、ナーガ。魔道具って個人的に作れたりする? 例えば付与魔法を施した装飾品とか』
『できるよ』
『本当に!? 俺でも!?』
『リリーだからこそ、だね』
そうか、創造魔法で付与できるのか!
ずっと考えていた。両親やお兄様、イクスの身を守れる守護の付与魔法を施した魔道具が作れないかと。
『地球の情報にアクセスはできるけど、それはあくまで検索であって、あちらの世界に干渉できるものではないんだ。だから、リリーの前世の家族の情報を引き出したり、連絡取ったりは出来ない』
『分かってる。浩介はすでに死んだ存在だもんな』
生まれ変わって別の世界で元気にやってるなんて、今更伝えたところでパニックになるだけだ。
しかし、そうか、作れるんだな。
これは是非とも帰宅してから取り掛かりたい!
宗教についてご指摘があったので、修正致しました。