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38.お兄様と模擬戦 2

祝・令和元年!


上皇陛下の御退位と、天皇陛下の御即位に日本中が沸きましたね~!


皇后雅子様の微笑みにほっと安堵致しました。

壇上から下りられる上皇后美智子様の手をお取りになり、お支えした上皇陛下のお姿に胸を打たれました。


日本人であることに改めて誇りに思えました。


おめでとうございます!

 



「―――――では、始め!!」


 性別、年齢、体格差などを考慮すれば、俺がお兄様に勝てる要素はほぼないだろう。加えてお兄様が五年間鍛練を積んできた剣術は実戦を想定したもので、俺が嗜んだのはスポーツ剣道だ。どう転んでも敵うはずがない。

 そもそも竹刀と木刀では、持ち方、両手の位置、振り方が全く違う。始めた当初は剣道の足さばきの癖も中々抜けずに苦労した。いや、二ヶ月経った今も油断するとつい送り足が出てしまう。長年の癖とはこれほどまでに厄介なものだったのかと実感中だ。


 開始宣告がなされても、お兄様は不敵に笑んだまま木刀を下段に構えて動かない。胸を貸して下さるとのことなので、俺から仕掛けてこいということなのだろう。

 基本的に、剣術は斬りかかってきた相手を往なし、素早く迎撃に移るためのものだ。好戦的な理由ではなく、防衛を主体としている。だから、馬鹿正直に正面から突っ込んで行ったところで返り討ちにされるのが関の山だろう。

 上段から振り下ろせば胴ががら空きなのはこちらの方。それは悪手だろう。これは鍛練ではなく模擬戦なのだ。間違いなく無防備になる胴を狙われる。


 いくつかの予測を立ててみたが、どれも攻めあぐねる結果に終わった。

 しかし、まあ、何事も経験だ。下段に構えたお兄様の、どの角度から斬り込んでも迎撃されて終わりだろう。俺でも予測できる程度には、困ったことに妙手が一つも思い浮かばない。


 だが俺にも一つ秘策がある。これは本格的に学べば実戦的なのだが、浩介は大学のサークルでかじった程度だ。サークルを立ち上げ教えていたのが、それに見事に嵌まったマニアな先輩だったので、浩介の腕前はスポーツの範囲になるだろう。

 だが恐らく、この世界には存在していないはずだ。お兄様もかなりやりにくいのではなかろうか。

 対人戦法だが、剣を持った相手にやれば脚を斬られてしまうだろう。だから先手必勝、初手で決めなければならない。使い所は、相手の間合いに飛び込んでからの鍔迫り合い直後か、油断を誘い踏み込んできた相手の勢いを利用して返り討ちにするか。隙を衝く、奇襲をかける、実戦で使うならその辺りかな。万が一にでも勝機があるとすれば、その一点のみだろう。


 切った張ったの実戦ではなく模擬戦だからこそ、試して失敗する価値がある。今後この世界で有効打となるか否か見極める意味でも、前言したとおり胸をお借りしますよ、お兄様!


 間合いに踏み込んだ俺を冷静に待ち構えていたお兄様は、右袈裟に振り下ろした剣筋を正確に中段から切り落とす。ここまでは想定内だ。

 迎撃される前に、俺はその場でくるりと反時計回りに二回転し、勢いをつけて回し蹴りを放った。


「!?」


 驚愕に見開かれた目を滑らせ、反射的に俺が狙った脇腹を腕で防御する。チッ、防がれたか。

 脇腹を痛めてくれればこの後もやりやすかったんだがな。蹴りが浅いし体重が軽いせいだろう。


 一度間合いを取るため互いに下がる。

 さて、先手は不発に終わった。これで足技は警戒される。


「………リリー。今のは何だい?」


 防御に使った左腕が痛むのか、お兄様がぷらぷらと左手首を振る。


「ジークンドーと言います。正式なものとはちょっと違うとは思いますけど」

「ジークンドーね。また妙なものを使ってきたなぁ」

「ご存知で?」

「いいや。僕は知らない。先生はご存知ですか?」


 お兄様に問われた審判のベレスフォード先生が、興奮しきりとばかりに目を爛々と輝かせ、俺を凝視していた。

 ああ、先生は脳筋だった。これは後で質問攻めに合うな、確実に。


「私も存じ上げませぬ。お嬢様、後でじっくりお話と実践を!」


 やっぱりか。俺は苦笑いを浮かべて、また後日に、とだけ告げた。

 武道は好きなので是非ともやりたいものだが、これに付き合えば午後は全部解説と実践研究で終わってしまう。今日の午後は約束があるため、ジークンドー研究で潰す訳にはいかない。


「リリー。さっきの足技は、ドレスを着用している時はやっちゃダメだよ」

「時と場合によります」

「そこは約束して欲しいんだけどなぁ。中が丸見えになってもいいの?」


 それはまずい、だろうな。ちらりとカリスタを盗み見れば、鬼の形相をしていた。やっちゃいかんらしい。

 王子の顔が真っ赤なのは無視していいだろう。何を考えた結果なのかは想像つく。俺相手に変な妄想はやめろ。


「では参ります」

「どこからでもかかっておいで」


 くそぅ、余裕綽々だな。

 足の甲が少し痛む。浩介の体のようにはいかないということか。五歳の幼女の体だもんな。骨を折らないよう気をつけなければ。


 正直、勝ちに拘るならお兄様から仕掛けてもらった方がやり易いのだが、教わった剣術の復習と、ジークンドーを混ぜた攻撃が有効かどうかを確認する場にさせてもらおう。恐らく相手が慣れたら意味がない。びっくりしている間に畳み込むべきだろう。


 本来は、バンフィールド王国の剣術には魔法込みで修練を積むのだそうだ。接近戦では剣やナイフを主体にし、そこへ合間を狙って魔法を発動させる。詠唱で発動を悟られないよう、剣やナイフで往なしながら小声で素早く詠唱するらしい。

 遠距離からは遠慮なしの高位魔法をぶっ放すそうだが、当然味方がいない場所に限る。


 お兄様が魔法を使わず剣のみで対処しているのは、偏に俺への甘さからだ。俺がまだベレスフォード先生に師事して日が浅いということに加えて、溺愛する妹相手に傷を負わせるような真似は出来ないということなのだろう。

 始める前に宣言していたくらいだしな、「怪我なんてさせないから」って。

 俺なら妹相手に武術は披露しない。怪我をさせないと断言できるほどの技量がないからだ。わざと負けて妹に花を持たせるくらいが精一杯だろう。まあ、あの妹がそれで喜ぶかと言ったら、それはあり得ないのだが。

 実際どうだったかって? ははは、あいつの跳び蹴りは天下一品だったとだけお伝えしておこう。


 在りし日に思いを馳せそうになり、俺は気を引き締め直した。そんな場合じゃない。

 俺は脇構えのまま再びお兄様の懐へ飛び込んだ。逆右袈裟に振り上げた木刀を上段から切り落とされるが、そのまま手首を返し、逆左袈裟に振り抜く。想定したとおり切り落とされるかと思えば、巻き落としてからの流れるような迎撃に思わず反り返り、そのままの反動を利用して両手をつくと、お兄様の突き出された右肘目掛けて蹴り上げた。

 瞬時に反応を見せたお兄様が回避して下がる。

 俺もそのままバク転を繰り返し、間合いを取った。


「恐ろしい子だね。まさか正確に関節を狙ってくるなんて」

「避けられるとは思っていなかったので、お相子ですわ、お兄様」


 ふふふ、と互いに口角が上がる。開始は下段に構えていただけのお兄様が、ここで初めて正眼に構えた。

 少しは本気になってくれたということだろうか。わくわくするな!


「じゃあ次は僕から行くよ、リリー?」

「返り討ちにしてみせます!」

「言ってくれるね」


 一気に間合いを詰めてきたお兄様の剣先が上段から振り落とされる。焦らず中段から切り落とした瞬間、お兄様は払われた木刀の軌道に逆らわずその場でくるりと回転し、横凪ぎに一閃した。

 首筋でぴたりと静止する木刀に、俺は目を見開いた。一瞬の出来事でまったく反応出来なかった。

 これが本物の剣で実戦だったなら、俺の首は切り裂かれるか落とされている。

 唐突に勢いを殺して相手に当てないようにするには相当な技量と実力が必要なのだが、俺の首に添えられた剣先は一度も触れることなく停止していた。触れたのは木刀からの風圧だけだ。


「まずは一本目」


 にこりと微笑むお兄様に、俺は背筋がひやりとした。

 敵うはずがないとは分かっていたが、ジークンドーを織り交ぜれば一矢報いることは出来るかもしれないなどと驕りを抱いていた。

 俺は馬鹿か。そんなわけないだろう!


「さあ、続けようか」


 俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 お兄様が将来有望だと評される理由の一端を、垣間見た気がした。






 何度も何度も打ち合いをすれど、お兄様には掠りもしない。本気で斬り込まれてはいないおかげだが、宣言通り俺にはかすり傷ひとつ負わせていない。手玉に取られているようで、何とも面白くない状況だ。


「―――はい、二本目」


 喉元に切っ先を突き付け、にこりと宣う。

 俺は肩で息をしながら、技量だけでなく基礎体力にも差がありすぎることを痛感し歯噛みした。


「そろそろ限界だね。じゃあ次で最後にしようか」


 悔しい。あらゆる面で劣っていることくらい百も承知だが、それでも一度も勝てないことが悔しくて仕方ない。


 浩介の肉体と反射神経を思い出せ。あの頃のように動けたなら、或いは掠める程度には入ったかもしれない。

 初手からジークンドーで行く。剣術は最後だ。どうせどちらの技量も実力も足りない。ならばお兄様の馴染みのないジークンドーを主体にした方がまだ苦戦させる可能性がある。


 俺は一度木刀を片手中段から振り下ろすと、深く深呼吸をした。

 よし。頭が冷えてきた。苛立ちなど邪魔にしかならない。集中して一点のみ狙おう。勝つ必要はない。この場で無駄なプライドは捨てろ。

 お兄様の指摘通り、すでに体力は底を突きかけている。最後くらいはジークンドーの有効性を見極めたい。


 ふう、と長く吐き出し息を整える。呼吸の乱れは気の乱れだ。横隔膜を使った深い呼吸法は運動能力と集中力を増し、疲労回復にも繋がる。

 さて、大詰めだ。どこまで通用するかな。

 右足を引き、下段霞の構えを取った。お兄様も八相の構えで迎え撃つ。

 この世界にも五行の相克が存在しているのかは不明だが、土の構えである下段を克するには木の構えである八相で正解だ。

 走り出すと同時に下段から中段へ切り替えた。瞬時にお兄様も下段へ構える。中段から振りかぶり、左袈裟に振り落とすと見せ掛けてその場で反時計回りに回転した。切り落とそうと逆左袈裟に振り上げたお兄様のがら空きになった左脇腹へと右足で蹴りを入れる。

 恐ろしいほどの反射神経で防がれてしまったが、想定内だ。ジークンドーはこれで終わりではない。

 更に回転し、左脚、右脚、左脚と連続的に肩、脇腹へと高速で叩き込む。


「っく……!」


 防ぎ切れなかったお兄様の顔が痛みに歪んだ。まだ終わらないぞ!

 着地した姿勢の勢いのまま左片手に逆右袈裟に切り上げる。当たった感触が伝わり、初めてお兄様から一本取れたと心が踊った露の間。

 いつの間にか喉元に突きつけられていた切っ先で、完膚無きまでの敗北を悟った。


「そこまで! 三勝した若様の勝ちとする!」


 決まったと思ったのにな、と無念に思いつつお兄様を見上げた俺は、生まれて初めて悲鳴を上げた。


「―――――お兄様!!」


 俺の一撃は確かに入っていたのだ。それも最悪の形で。

 お兄様の右瞼から血が滴り落ちていた。浅い切り傷ではない。木刀といえど当たる角度によっては鋭利な刃と化す。

 ぱっくりと裂けた傷から止めどなく鮮血が流れ落ち、慌てて駆けつけた使用人たちがタオルで傷を押さえる。


「目は!? 眼球は無傷ですか!?」

「切れたのは瞼だけだから心配いらないよ。眼球は無事だ」


 ほっと安堵するも、血が滲み始めたタオルを見て戦慄する。一歩間違えれば失明していたかもしれないのだ。


「これは模擬戦なんだから、怪我は付き物だ。君のせいじゃない」

「いいえ、わたくしのせいです! お兄様の綺麗なお顔になんてことを!」

「母上に治して頂くから大丈夫だよ。光魔法なら傷も残らない」


 そこで俺ははっとした。周囲を浮遊する白い魔素に指を伸ばし、お兄様の血に染まるタオルの上から包み込むように指を這わせた。


「お願い。お兄様の怪我をすべてなかったことにして」

『うん、わかった~』

『まっかせて~』

『綺麗にな~れ』


 白の魔素と金の魔素がわっと群がると、足下に二畳ほどの大きさの金色の魔法陣が現れ、二重に記された文字がそれぞれ時計回り、反時計回りと回転する。

 上昇した魔法陣がお兄様を金の光で満たし、その後ガラスが割れるように霧散した。きらきらと煌めく様子を一同が唖然と見守る中、俺はお兄様の傷を確認しようと宛がわれたままのタオルに手を掛ける。

 恐る恐るずらした下には、裂傷など初めから存在していなかったかの如く滑らかな肌があるだけだった。タオルでそっと血を拭えば、瞼は綺麗な状態で顔を出す。

 ようやくほっと安堵の息を吐いた俺に、お兄様は困惑した様子で問い掛けた。


「リリー……………今の魔法は一体……? どうして魔法陣が……?」


 問われて初めて気づいた。

 今まで創造魔法を使っても、魔法陣が発生したことはなかった。そもそも魔法陣を必要とする魔術が嫌いだと、ナーガを始めとする魔素たちは言っていた。なのに、魔素の協力で発動した光魔法で、何故魔法陣が……?

 先程の魔法陣に記された文字は、既存の魔法陣に使われていた文字ではなかった。一切読めない、ナーガの金環に刻まれているものと同種の文字だった。


「どういうこと………?」


 発動から解放された、白と金の魔素を困惑そのままに見つめる。


『魔法陣は、魔術のためのものじゃないよ~』

「え?」

『本来は聖属性のためのもの』

「聖属性?」

『天属性とも、神属性とも言うね~』

『魔術は勝手にそれを転用して、簡略化したものだから』

『だからわたしたちはあれが嫌いなの』

『盗人猛々しいよね~』

『大嫌~い』


 俺は唖然とした。嫌う理由を初めて理解した。


「リリー?」

『魔素が教えてくれました。衆目があるので、後でご説明致します』


 念話で伝えると、ちらりと王子たちを確認したお兄様が首肯した。


「もう痛みませんか?」

「平気だよ。ありがとう、リリー」

「ごめんなさい」

「さっきも言ったけど、模擬戦の中でのことだから君に責任はないんだよ? 怪我したのがリリーじゃなくて心底良かったとは思うけど」


 これ以上は押し問答になりそうなので、俺は大人しくお兄様の言葉に頷いた。納得はしていないが、俺がお兄様の立場でも妹相手に同じ事を言うだろう。


「リリー、君は光魔法が使えるのか………?」


 呆然と眺めていた王子が歩み寄ってそう問う。王子専属の近衛騎士や侍女たちは一様に目を見開いて固まっていた。


「リリーは光属性に適性を持っているんですよ」


 イクスが続く。その言葉を聞いて、そう言えば以前イクスに適性を聞かれてとっさに光だと答えたんだっけ、と思い出した。

 それよりイクスよ、いつの間にナーガをケイシーから掻っ攫った? ナーガを愛でる会会員としては正しいが、和毛を撫でまくりながら至福の顔をするのは止めなさい。分かるけど。


 しかし、貴重な光属性に適性を持つと誤解した王子配下は驚いているのだろうが、厄介な目撃者を作ってしまったな。

 うっかりが多くないか、俺。


「見たこともない魔法で驚いたけど………でも君が光属性に適性を持っていて嬉しい。王家では光属性は歓迎されるんだ。王位継承の条件の一つでもあるからね。ますます君が欲しくなった。未来の王妃の器に相応しい」


 恍惚とそう宣う王子に対して、俺とお兄様はそっくりな表情を浮かべた。




ブクマ登録と評価、ありがとうございます!

大変励みになります! モチベーション上がります!

良かったら感想など頂けると幸せです!


今後の展開は、ハプニングが増えていきます。

起点である五歳のお披露目を終えたので、事件や騒動を入れやすくなりました。


興味がおありでしたら、また覗いてくださると嬉しいです。

その際はポチッと評価して頂けたら幸せです!

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公、わりと熱くなりやすいと言うか熱くなるとやらかす感じがしてハラハラします。以前も打ち合ってやらかしてるしなあって。試合なので仕方ない。
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