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37.お兄様と模擬戦 1

ブクマ登録、評価ありがとうございます!


いつも覗いてくださって感謝しきりです!

 



「リリーに下手な虫がつかないよう見張っててくださいとお願いしましたよね?」


 帰宅早々、事情を知ったお兄様が憤懣遣る方ないとばかりに肩を怒らせお父様に詰め寄った。


「それが何で第一王子とアッシュベリー公爵家嫡男の婚約者になんかされて帰ってきてるんですか! 虫がデカイにも程があります!」

「仮だ。仮の婚約であって、正式なものではない」

「似たようなものです! 何で承諾なんかしたんですか!」


 お兄様の怒りは収まらない。俺も同意見です、お兄様。勅命なんてふざけたもので強行された結果です。


「仮の婚約は勅命だ」

「そんな暴挙を許すのですか! 勅命の意味を陛下は正しく理解されていないのですか!?」

「不敬な物言いは慎め、ユーイン。勅命ではあるが、リリーの自由意思が認められている」

「………どういう意味です?」


 お父様は仮に結んだ婚約の意味を語った。それは俺にとってもメリットのあるものだった。

 やっぱりそうだったのか。お茶会の時に思い至った違和感の正体はこれか。

 しかし、俺に期待されている役目は思った通り王子の素行改めなんだな。勅命で意識改革を図らなければならない王子の素行って一体。まさか、目撃した口説き現場が日常茶飯事ってことか? 嘘だろう?


「陛下に念書を頂戴している。これにはリリーの自由意思が尊重され、学園を卒業する十七までに決めればよいと書かれている。リリーが最終的に婚約を破棄したいと考えるなら、それを叶えられる選択権も与えられている。リリーにとって欠点となる申し出ではなかった」


 王子を隠れ蓑に諸侯の縁談を断る口実もできると続けて言われたお兄様は、理解はしたが納得はできないとばかりに渋面を作った。


「リリーは嫁がせない。その意志に変わりはないのですね?」

「無論だ。リリーが望む限り、グレンヴィル家から出すことはない」


 お父様の返答にぴくりと眉を動かしたお兄様は、思うところがある様子で眉間に深い縦皺を刻み、ふいに俺を抱き締めた。


「リリー、いいかい? 決して油断しないように。うちに王子が訪ねて来るようなら、必ず僕に報せること。二人きりになんて絶対させない。君に公開プロポーズするような非常識な男から、この僕が必ず守ってあげるから」


 実力行使も厭わない雰囲気だ。

 不敬罪に該当するようなアグレッシブは控えてくださいね、お兄様。





 ◇◇◇


 翌日、午前のカリキュラムをこなした俺は、一番楽しみにしている剣術の授業のため軽装に着替えた。ムッシュ……もとい、マダムに発注した特注品だ。


 剣術と言えば和装。元日本人としてそこは譲れない。俺には剣道着の上着と袴が馴染み深いが、和装や剣道着のように袴まで履くのはこの世界の服装から逸脱し過ぎているので、衿合わせの上着にパンツスタイルを合わせたものをムッシュ……マダムと膝を突き合わせてデザインした。


 衿合わせの上着は和装のように丈の長いものがいい。そうなると袴なしでは足さばきに支障を来すので、両脇に切れ込みを入れる。ズボンを合わせ、上着をテープベルトで締める。そこまで大まかにデザインして、漢服に似ていることに気づいた。想像していたのと違う………。

 残りのデザインはムッシュ……マダムにお任せして、出来上がった訓練服が今まさに袖を通しているこの服だ。

 姿見に映る服装を見て、これは和装じゃないと残念に思った。やっぱり袴がよかったなぁ………。


 汚しても目立たないように色は薄墨で地味にと頼んだはずなんだが、出来上がった訓練服が白梅鼠(しらうめねず)で、同色のテープベルトと、衿と袖口を一巡するように浅葱色(あさぎいろ)の刺繍が刺されている。裾には光沢のある銀糸で同じ刺繍が一周していた。上着の袷は刺繍の浅葱色で、翻るたびに鮮やかな青みを帯びた緑が顔を出す。


 お洒落に仕上げちゃ駄目じゃん………!

 汚す前提が、これじゃ汚せないよ!


 想像のはるか斜め上を行く仕上がりに打ちひしがれるも、侍女たちによっててきぱきと整えられていく。

 長い髪は邪魔にならないよう後頭部で一つにまとめて垂らした、所謂ポニーテールにしてもらったのだが、ここでもまたファニーが要らぬ気遣いを発揮して、括った付け根に銀の装飾品を差し込んでしまった。

 落ちるから要らないと何度も言ったのに、落ちませんから大丈夫です!の一点張りで俺は言い負かされた。


 この装いは絶対に鍛練用じゃない。俺の思い描いていたものからどんどんかけ離れていく………! これならお兄様と同じ西洋式男装の方が良かった!






 どんよりした気持ちのまま習練場へ行くと、お兄様とベレスフォード先生がちょうど模擬戦の最中だった。

 初めて見学させてもらった去年より、格段に強くなっている。剣さばきや身のこなしは立派な騎士様だった。

 お兄様素敵です! 負けてられません!


「……………ん?」


 ふとお兄様の衣装に違和感を覚えた。いつもの西洋式訓練服じゃない。

 ひらりひらりと翻る裾の袷が浅葱色で、寧ろ俺が今まさに着ている漢服風道着とお揃いなんじゃないの!?


「ねえカリスタ。お兄様の訓練服、わたくしのこれとそっくりに見えるのは目の錯覚かしら」

「いいえお嬢様。まったく同じデザインの訓練服を着衣なさっておいでです」

「これって今日でき上がったばかりなのよね? どうしてわたくしより先に同じデザインの訓練服をお兄様が着ておられるのかしら」

「それは若様が、マダムにお嬢様と同じものをご自分用に作るよう追加注文なさったからですね」

「聞いていないのだけど」

「驚かせたいから黙っているようにと、若様から厳命されておりましたので」

「それはどうもありがとう。めちゃくちゃ驚いてるよ」


 ペアルックか! 心の中で盛大に突っ込みを入れたところで、鍛練を終えたお兄様がこちらに気づいた。


「やあ、リリー。どう? 驚いた?」


 悪戯が成功したようなお茶目な笑みを浮かべながら、流れる汗を侍女に渡されたタオルで拭いつつこちらへやって来る。


「ええ、心底驚いております。いつの間に追加注文なさったのです?」

「最終デザインを仕上げた日に、だね。マダムに進捗具合の報告を頼んでいたから、同じものを僕にもお願いねって追加注文できたんだよ。お揃いで僕は嬉しい。リリーは?」

「とっても嬉しいですわ」


 そうとしか言えないだろう。妹に砂を吐きそうな顔をされたら、俺なら立ち直れないぞ。

 妹を溺愛する気持ちは非常によく分かってしまうので、お兄様を悲しませるような言動はどうしたって取れない。こんな天使のように微笑む少年を無下に出来るか? 答えはノーだ。俺はお兄様を愛でることも大好きなのだから、答えは一択しか存在しない。


「良かった。リリーに嫌がられたらどうしようって、ちょっと不安だったんだよね」

「嫌だなんて絶対思いませんわ。とってもお似合いです、お兄様」


 本当によく似合っている。貴公子然とした立ち姿は贅沢な目の保養だな。これは世の令嬢方が鼻血を噴射させる勢いのイケメンだ。

 そう思った感想に付随して、三年後には学園に通うことになるお兄様の身を案じてしまった。


 俺が入学する頃にはお兄様は卒業しているので、側で餓えた獣の如く変貌する女性から守ってあげられないのが不安でならない。


「リリーもよく似合ってるよ。男装の麗人然としていて、そういう格好や髪型もいいね。とても魅力的だ」

「ありがとうございます」


 お兄様の方がよほど魅力的なのだと自覚してください。バリケードとなってくださる婚約者がいないまま、世に出るのは本当に危険なのでは………。


「どうしたの?」


 不安が顔に出ていたらしく、お兄様が心配そうに頬を撫でてくる。


「お兄様が魅力的すぎて、学園に通う際に不穏な目に遭うのではと心配になりました」


 不意を衝かれた様子でぱちくりと瞬いたお兄様は、途端蕩けるように微笑んで俺を抱擁した。


「心配いらないよ。身の振り方は考えているし、指導も受けている。君が不安に思うようなことには絶対させない」


 お兄様、思わぬ奇襲が存在することをゆめゆめお忘れなきよう………。

 淑女教育を身につけた貴族令嬢がはしたない真似をするとは思えないが、万が一ということもある。


 前世の浩介は一度これをやられて修羅場と化したことがあった。想像すらしていなかった奇襲に浩介がどれほど恐れ戦いたことか。友人たちの助けがなければ既成事実を作られてしまうところだった。


 誰が想像する? サークルの飲み会で飲み物に睡眠導入剤を盛られて意識が朦朧とする己の腹の上に、さほど話した記憶もない女性が馬乗りになっているなどと。

 いつの間にホテルへ連れ込まれていたのか覚えてすらいない。


 思い出してぶるりと震えた。あれは本気で恐ろしかった。よく女性不信にならなかったものだ。


 偏に無事だったのは、泥酔していたはずの浩介の姿が見えないことに違和感を覚えた友人たちが、アプリを使って現在地検索をかけてくれたおかげだ。警察が駆けつけるまで犯罪の片棒を担ぐのかと、ラブホのオーナーを脅した友人たちに心からの感謝を! 警察が到着するまで受付で待っていたら、絶対に間に合っていなかった。


 そういう状況に陥ったとき、男の立場は本当に弱いものなのだ。事実や意思はどうでも事を為してしまえば悪いのは男だとされてしまう。あの時助けに入ってくれた友人たちの中に女の子が複数いてくれたおかげで、こちらが加害者だとはされなかった。女の子たちの証言と、尿検査で睡眠導入剤が検出されたことで浩介への被害が確定したのだが、男側が性的暴行を受ける場合もあるのだと痛感した恐ろしい事件だった。

 現在は百十年ぶりに刑法が大きく改正され、男性被害者も対象となる「強制性交等罪」へと「強姦罪」が名称変更され、罪に問えるようになったが、当時はまだ女性被害者のみ対象となる強姦罪しかなかったので、浩介を襲った女性はその罪に問われることはなかった。立件されたのは薬を盛ったという傷害罪だけだ。


 あのまま知らぬ間に妊娠でもされていたら、浩介の人生はどうなっていたのだろうか。そうまでして既成事実を作ったところで、浩介の心は手に入らない。そんなものに意味や価値などないだろうに。


「リリー? どうしたの? 震えてるね」

「いいえ、何でもありません。お兄様、思わぬ形で望まぬ結果に陥れられることもあります。決して油断なさいませんように。非力だと侮ると危険です。力で敵わない男性を意のままにする手段はそれなりにございますのよ」

「何だか怖いなぁ。でも肝に銘じておくよ。ありがとう、リリー」


 お兄様はそう返答して微笑むと、額にそっと唇を落とした。次いで頬にちゅっと口づける。

 産まれた頃から家族にキスをされているので、こうしたスキンシップにはすっかり慣れてしまった。元日本人で馴染みのない接触なのに、慣れって怖い。

 そんなことをつらつらと考えながら繰り返される口づけを受け入れていると、唐突に名を叫ばれた。


「リリー!!」


 驚いて、弾かれたように声の主を見る。

 入り口に立っていたのは、ここに居てはならないはずの人物だった。






 突然の王子とイクスの来襲に、あんぐりと口を開けて放心した。なんだ、何でここにいる!?

 お兄様に抱き寄せられたままの俺へ、大股で近づいてきた王子によって強制的に引き離されると、意味不明な叱責をされた。


「何やってるの? 何で抱き締められてるの? 何でキスされて抵抗しないの!」

「えー………」


 また面倒臭いこと言い出したよこの人。イクス、何で連れてきた。

 抗議の視線を向ければ、同じ抗議の視線を返された。動いた唇は、不可抗力だと告げている。


「お初にお目に掛かります、第一王子殿下。私はグレンヴィル家長子、ユーイン・グレンヴィルと申します」


 にこりと微笑むお兄様が俺を奪い返した。

 はっと見開いた目をお兄様へ向け、王子が唇を動かした。何と言ったのか分からなかったが、その驚愕に満ちた顔を見るかぎり、俺のお兄様だと知って驚いたってところだろうか。


「昨日は妹が大変お世話になったそうで」


 にこやかに微笑む背後に阿修羅が見える。言外に『人の妹に粉かけてんじゃねえぞ』と言っている。

 わあ、お兄様。浩介の対応を見ているようで、羞恥に震えそうです。


「突然のご訪問ですが、いかが致しましたか? 私の記憶では先触れを頂いてはおりませんが」


 俺を背中に追いやり、お兄様がにこやかに王子と対峙する。王子は頭二つ分ほど上にあるお兄様の顔を見上げてぷるぷると震えた。


「い、いや、婚約者に会いに参っただけだ」

「おや、齟齬がございますね。陛下より賜った念書では、仮の婚約であったはずですが」

「か、仮であっても、婚約者は婚約者だろう?」

「そうですね、あくまで仮であることが前提ですが」


 お兄様の威圧に完全に呑まれている様子。さすがに不憫だな。ここは助け船を出してあげるか。


「殿下。本日はどのようなご用向きでございましょう?」


 片眉を上げたお兄様の咎める視線を躱しながら問うと、王子が物言いたげな目を向けてくる。

 ああ、殿下呼びは嫌だってことか。無理だろ、よく考えろ。お兄様とベレスフォード先生以外にも、我が家の使用人たちが何人この場にいると思ってるんだ。

 理解はしている様子だが、一度不満げに口をへの字に曲げたあと、本題へと入った。


「素朴で小振りな花が好きだと聞いたので、贈り物を持ってきたんだ」


 そう言って護衛騎士に運ばせたのは、一抱えの植木鉢に植えられた低中木だった。葉に光沢があり、魔石の室内灯の光に当たってきらきらと輝いて見えた。甘い芳香を漂わせた青紫色の小花が穂のように密集し、たくさんの花を咲かせている。


「本当は中庭のブルースターを持参しようかと思ったのだけど、別のものにした。ブルースターを見においでって招待する理由ができるからね」


 おお、やるな王子、と思わず感心してしまう。俺を離さないお兄様の片眉がぴくりと不快げに動いた。


「これはセアノサスと言って、中でもより色の濃いパシフィックブルーと呼ばれる品種だ。見ての通り葉の艶が美しく、花を落とした季節でも観賞用として申し分ないものなんだ。このまま鉢植えでも育つらしい。側に置いてくれると嬉しい」

「ありがとうございます。庭師のトーマスに任せて、四季折々の変化を楽しませて頂きますわ」

「喜んでもらえて良かった」


 ほっと安堵したように微笑むと、少し強張った表情をしてお兄様を見上げた。


「挨拶が遅くなった。シリル・バンフィールドだ。リリーの兄君ということは、私の兄も同然。これからよろしく頼む」

「これは光栄の至りではございますが―――私が殿下の兄となることは今後もあり得ませんので、兄とお呼びになるのはどうかご容赦を」


 ひくりと王子の頬が引き攣った。お兄様、その通りだけどそりゃきっついわ。物言いがずっとサボテンの如く刺々しくて、聞いてるこっちがつい王子に同情してしまう。


「お兄様」

「リリー。そうじゃないだろう?」


 咎めるように袖を引けば、お兄様がそんなことを言う。訝しげに見つめていると、お兄様の言わんとするところに察しがついた。

 お兄様、それを今ここで言えと? 王子に対してとことん攻撃的だな!


「……………ウィー」

「うん、なんだい?」


 蕩けるような笑みを浮かべ、俺の頬を撫でる。ほら、王子の顔がめちゃくちゃ引き攣ってるから! これ以上は勘弁してあげて!


「せっかく殿下がおいでなのです。今一度模擬戦を披露されてはいかがです?」

「ふむ。そうだね、それもいいか。じゃあ僕と模擬戦をしようか、リリー?」

「えっ!?」


 にやりと意地悪げに微笑むお兄様を凝視した。


「君がどれくらい力をつけたか見てあげる。怪我なんてさせないから思い切りかかっておいで」

「言いましたね? では胸をお借り致します」


 安い挑発に乗って差し上げます、お兄様。

 俺はわくわくと湧き立つ好奇心に胸が踊った。お兄様と手合わせしたことなど一度もないのだ。


「リリー、駄目だっ。怪我をしたらどうする!」

「私が妹に怪我などさせるはずがないでしょう?」


 部外者は引っ込んでいろとばかりに冷ややかに微笑み、中央へと俺を誘った。


「先生。審判をお願いします」

「お任せください。お嬢様、準備はよろしいですか?」

「いつでもどうぞ!」


 俺は溢れる好奇心のままに舌なめずりし、くるりと木刀を回す。


「―――――では、始め!!」





お兄様の塩対応が若干書いてて楽しい。

ごめんよ、シリル。

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― 新着の感想 ―
[一言] 修羅場みたいでクスリときました。
[良い点] 魔法関連が面白くて一気読みしましたが、今度は男らしいリリーの仮婚約関連が面白くて時間がヤバいのです・・・。 [気になる点] 核の話を出すとは・・・。 少し考えてみれば、確かに目に見えて分…
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