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35.お茶会 1

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 勅命のせいで仮ではあるが王子とイクスの二人の婚約者にされてしまった俺は、王子とも誼を結べとのお達しでそのまま中庭でお茶をすることになった。


 通された中庭はさして広くはなく、ガーデンテーブルと椅子が四脚おいてあるだけのこぢんまりとした空間だった。中庭を囲うようにブルースターが植えられており、小さな花弁の淡い青が爽やかだ。お披露目の場に使われた庭園より、俺はこちらの方が居心地良くて好きだ。


 少しだけささくれ立った気分が和らいだ俺に、王子が遠慮がちに話し掛けてきた。


「ブルースターは僕が産まれた日に誕生を祝って植えられたものなんだ。今はまだ淡い色だけど、徐々に青くなって、秋頃には紫に近い濃い色になるよ」

「へえ………」


 それはちょっと興味あるな。中庭を一巡するように植えられた多年草が、徐々に濃く変化していく様はさぞ美しかろう。


 ふと気づくと、深い青のテーブルクロスの上に侍女がお茶の準備を済ませていた。


「さあ、座って」


 王子に促され、俺とイクスはそれぞれの席に腰掛けた。


「まずは、もう一度きちんと謝罪させてほしい。君を縛るようなあざとい真似をしてしまった。本当にすまない」


 深々と頭を下げる王子に侍女や近衛兵が僅かに動揺する。

 俺は何も言わなかった。許すとはとても言えない。


「父上に勅命の取り下げを進言する。こんな形で君を傷つけたかったわけじゃないんだ」


 軽率だったと、三度の謝罪を口にして、ようやく顔を上げた王子の表情は、今日見た中で初めて目にする真剣なものだった。


「ただ君を奪われまいと、それだけしか頭になかった。君に不誠実な行いだったと思う。まぁ、その相手がアレックスだったのだけれど」

「止める間もなかったですからね」

「分かっている。僕の配慮が足りなかった結果だ。本当にすまない」


 俺はただ黙って聞いていた。許すとも許さないとも口にしない。

 国王とアッシュベリー公爵の思惑は別にあるのだろうが、この王子の場合は単なる嫉妬からやらかした失態だ。前世の浩介にも覚えのあるものなので、そこを責めるつもりはない。若気の至りというやつだ。

 しかし、国王は何故勅命などと強行してまで俺を王子の伴侶に据えようとしたのだろう。頭が冷えて冷静になってくると、突然の暴挙に違和感を感じてしまう。

 当代が暴君であるとは聞いていない。こんなことで勅命を使うような人物だとも思えない。

 気づいてしまうと、芋づる式に先程の謁見が穴だらけであったことに思い至った。


「許してはもらえないだろうか………」


 はたと瞬いて、王子に視線を向けた。考え込んでいて途中から話を聞いていなかった。

 ばつの悪い思いを抱きながら、いつまでもこの話題を引っ張るのはよろしくないだろうと苦笑いを浮かべる。


「自覚がおありなら、わたくしから申し上げることはございません。反省なさっておられるようですし、謝罪を受け入れます」

「ほ、本当に?」

「男に二言はございません」

「いや、そこは女と言っておけ」


 絶妙な間でイクスが合いの手を入れてくれる。さすが親友、だいぶ俺に毒されてきたな!


「ありがとう、リリー。………あ、僕もリリーと呼んでいいかな」

「ええ。お好きなようにお呼びください」


 ほっと安堵した様子で王子が微笑む。愛称くらいで目くじら立てたりしないさ。

 紅茶に口をつけながら、側に控えている侍女をちらりと見た。見覚えのある顔だな………王宮勤めの侍女を見掛けたとなると、今日しか心当たりがないんだが………。僅かに眉をひそめ記憶発掘に勤しんでいると、ふと天啓の如く閃いた。


 思い出した! 庭園に向かう途中で窓越しに見掛けた、王子が口説いていた侍女の一人だ!


「リリー? どうしたの?」

「そちらの女性に見覚えがあったので、どこで見掛けたのかと思い返しておりました」

「え?」

「お披露目の前に、殿下が口説いてらっしゃった方のお一人ですわよね? 手当たり次第に口説いておられたので、呆れて見ていたのを思い出しました」


 イクスが紅茶を吹いた。ゲホゲホと噎せながらも、肩を震わせ笑っている。

 王子はさっと青ざめた。指摘してはいけなかったらしい。

 同じように聞いてしまった侍女や護衛たちも青くなるやら笑いを堪えているやら忙しい様子だ。


「ごっ、誤解だ、リリー!」

「え? 口説いておられたでしょう?」

「口説いて―――はいたかもしれないが、あれに深い意味はない!」


 言い訳をし始める王子に、俺は片眉を上げた。


「いや、誤解ではないでしょう。さして理由もなく口説く方がたちが悪いです」

「僕は博愛主義なだけでっ」


 おいおい、本気か? まさか齢五歳にして無自覚女たらしだって? どんな五歳児だ。


「特定の女性に焦がれて口説くのはいいですが、不特定多数に同等の好意を向けるのは口説いた女性を軽視していることになります。それは博愛主義ではなく、誰にも心を向けていないということです」


 指摘されてはっと俺を凝視した。この王子はズバッと掛け値なしに言わないと伝わらないかもしれないな。


「女性を褒め称えるのは礼儀ですが、心のこもらない口説き文句は軽薄にしかなりません。それは殿下の品位を下げる行為にしかなりませんので、礼儀の枠を出ない程度に接するべきだと諫言申し上げます」


 控えている侍女や護衛は感心しきりと瞬いている。唖然と呆ける王子の隣で、イクスが可笑しそうに笑った。


「だから忠告致しました。リリーには口では敵わないと」


 何だそれは。イクスを言い負かした覚えはないぞ。

 しばし黙りこんでいた王子だったが、意を決したように俺を見据える。


「心に響いた。侍女たちは喜んでくれていたと思い込んでいたから、今まで気づきもしなかったよ」


 まあ称賛されて嬉しくない女性はいないだろうし、誰にでも言っていたのなら、ほとんどの宮仕えの女性たちは生暖かい目で見守っていたんじゃないかなぁ。これが成人間近であったり成人していたりすればかなりの弊害が引き起こされていただろうけど、所詮は子供のすることだからな。五歳児の甘言に落ちる者はまずいない。居たら居たで大問題だ。


「お願いだリリー。こうやって今後も率直に意見してほしい。僕が間違っていたら、遠慮なく指摘してくれないか」


 俺は片眉を上げた。仮とはいえ婚約者として王子と関わるようにと勅命を出されてしまった以上、それなりの役目は果たさなければいけないのだろう。その第一段階が王子の素行改めなら、真っ当な感覚を身につけてもらえるよう育てる必要があるということか。

 正直面倒臭いと思いながら、素直に諫言を聞き入れた度量に免じて折れることにした。何目線だと突っ込みを入れつつ、将来正当な妃候補に引き継げるよう、品行方正で立派な紳士へと昇華できるよう務めることとする。


 俺は仕方ないとばかりにそっと息を吐くと、王子に微笑みかけた。


「わたくしなどでよろしければ。その代わり、容赦は致しませんよ?」

「ああ、リリー! 愛しています!」


 高飛車に出た俺のどこに王子は感銘を受けたのか、蕩けるように笑って俺を抱擁し、そんな血迷ったことを言い出した。


 待て。今の流れでどうしてそうなる。俺は訝る視線をイクスに向けた。イクスは肩を竦めるだけで答えてはくれない。


 王子を引っ剥がし、額にデコピンを見舞ってやった。護衛が一瞬動こうとしたが、思い止まった様子で困惑の表情を浮かべた。

 子供の指でやるデコピンに殺傷力などないから心配いらないって。ちょっとしばらく額が痛むだけだよ。


「むやみやたらと異性に触れるものではありませんよ」


 注意した途端、痛そうに額を擦っていた王子が目を輝かせた。


「僕を異性だと認めてくれるんだね!」


 俺ははたと瞬き、今の発言だとそうなるのか、と思い至る。


「意中の女性でなければ過度な接触は控えてください」

「僕は君に一目惚れしたと言ったじゃないか」


 気を取り直して続ければ、心外なとばかりに逆に怒られた。

 え、何でいま俺怒られた?


「関係性が一方的であるならば、意中の女性であってもむやみに触れるのはご法度です」


 返した言葉に王子はむむむと唸ってからごめんと謝る。


 イクスと同じで素直なんだけどなぁ。色恋に関して突き抜けている印象が強すぎるのか、ぐいぐい迫ってくるお子様が面倒なだけか、イクスに抱く保護欲と似たようなものを王子には抱けないでいる。


 やはり俺を恋愛対象にされているのが一番のネックなんだよな。中身の年齢的にも性別的にもそれを俺に求めること自体無理があるんだって。

 何されてもときめかないよ、俺。いい加減諦めようぜ、王子様?


 今日は真っ当なご令嬢がたくさん参加していたじゃないか。俺よりよほどいい奥さんになるに決まっている。イクスの妹二人だって参列していたし。

 そこまで考えて、ふと思い出す。


「ところでイクス。妹君たちはどうなさったの?」

「ああ、先に帰した。居ても喧しいだけだ」

「ちょっと待って」


 挨拶した記憶はあるが、どんよりと心ここに在らずな精神状態だったのでよく覚えていない。ちくりと嫌味を言われた気もするが、覚えていないので二人の印象は朧気だ。


 そんなことを思い返していると、王子が待ったをかけた。


「リリー、君はアレックスのことをイクスと呼んでるの?」

「はい。それがどうかなさいましたか?」

「僕も名前で呼んでほしい」

「それは出来ません。わたくしは臣下の立場にございます」

「アレックスのことはイクスと愛情込めて呼ぶじゃないか。ずるい」

「イクスは同列に立つ家系の間柄で、親友だからです。六公爵家は王家の臣下。立場が違います」

「それは表向きだろう? 衆目がない時くらい名を呼んでくれてもいいじゃないか。僕は寂しいよ、リリー」


 俺は苦虫を噛み潰したような顔をした。また面倒なことを言い出したな。


「侍女や護衛のことは気にしなくていいよ。彼らは僕の専属だから、ここでなされた会話を吹聴するような者たちではないからね」

「そういう問題ではありません」

「ねぇ、リリー? お願い」


 俺は喉元にせり上がってくるありとあらゆる謗り言を無理やり呑み込むと、それを盛大に溜め息として吐き出した。


 頼むから俺に女を求めるのは止めてくれ。


「……………イクスしか居ない時だけですよ。―――シリル」


 途端、王子の表情がぱっと華やいだ。


「うん! ありがとう、リリー!」


 愛してる!と再び抱きついて来たので、俺は不敬にならない程度に顎を掴んで後ろに反らした。


「……………リリー。痛い」

「痛覚はまともで良かったですわ」


 にっこりと微笑んだ俺の言葉に、イクスが再び吹き出したのだった。






 ◇◇◇


「とりあえず気を静めて私の話を聞け、ユリシーズ」


 子供達をお茶会へと送り出した直後に、国王が苦笑を浮かべつつ口火を切った。

 ユリシーズの怒気に呼応して至るところでスパークが発生している。雷属性に適性を持つ者の怒りに触れるとこれだから困ると、国王はため息をついた。


「お前の地雷を踏むとあちこちに被害が出てしまう」

「ならば勅命をお取り下げになることだ。いつから暴君に成り下がった、()()()()()()()?」


 近衛兵が身動ぎしたのを国王が制した。


「よい。公の場ではない。場を弁えて名を呼ぶ権利ははるか昔に与えている」


 アッシュベリー公爵はやれやれと首を振り、一連を傍観することに決めたようだ。


「訳を話そう。だから気を静めろ。王妃やお前の奥方に傷をつけるつもりか」


 ぴくりと片眉を揺らしたユリシーズは、一度重々しく息を吐き出し、引き起こされていたスパークを散らした。


「その訳とやらを聞こうか」

「シリルのことだ」

「殿下の? どういうことです」


 未だ燻る憤りを無理やり抑え込んだユリシーズに、勅命の裏事情を話し始めた。


「常に飄々としている王子が個人に固執し、なりふり構わなかったのはレインリリー嬢が初めてだったのだ」


 報告されるシリルの素行は頭痛の種だった。

 王位を継ぐ条件の一つが光属性に適性があるか否かであり、シリルは王妃が産んだ第一子でその条件を満たしていた。王家で唯一三属性に適性を持っており、座学も魔法も真面目に取り組んでいる。世継ぎとして申し分ない素質だった。

 だが唯一の欠点が、女に見境がないということだ。何度諫めても馬の耳に念仏。アレックスも再三注意しているようだが、まったく意に介さないようだった。


「きっぱりと即断したレインリリー嬢ならば、王子の矯正に一役買ってくれるのではないかと思った。勅命だと言えば子供達も嫌とは言えまい」

「随分と乱暴なやり方だ」

「その通りだ。だがこうでもしなければシリルの認識は改められぬ。勅命とすることでシリルの覚悟も決まり、己の言葉ひとつで取り返しのつかない事態になるのだと自覚を促せる」

「リリーには関係のない話ですね」

「まあ待て。仮とはいえ王子の婚約者候補としておけば、諸侯からの縁談は止むはずだろう? 一先ず王子を隠れ蓑にし、レインリリー嬢の女性としての人格成長を待ってもいいのではないか?」


 ユリシーズは沈黙した。一理あると思ってしまったからだ。


「学園を卒業する十七まで待って、レインリリー嬢がやはり男は選べないとなれば、その時はレインリリー嬢の意志を尊重して破棄していい。決定権はレインリリー嬢にある旨を、玉璽を捺した念書にしたためておこう」


 国王としては将来的にレインリリーが王子を受け入れてくれることを望むが、仮にそれが叶わないとしても、王子が飛躍的に成長することは間違いない。どちらに転んでも益になるので、レインリリーの自由意思で決めていい。


 続けられた言葉に、ユリシーズの心は揺れた。


「わたくしは賛同致します」

「ベラ?」

「あの子は現在の人格を男だと言っておりますけれど、五年の間に少しずつではありますが、女の子らしさも加わってきておりますのよ。リリーは気づいておりませんけれど」


 ベラの発言に男性陣は瞠目した。思ってもいない吉報だった。


「本当か?」

「ええ。母親として、また同じ女としてささやかな変化に気づけないはずがございませんから。去年よりずっと女らしくなりましたでしょう?」

「そう、だったか?」

「まあ、リズったら。観察不足ですわよ。最近のあの子のお気に入りを知ってまして?」

「剣術だろう?」

「それもありますが、あの子のお気に入りはお花なんですのよ」

「花?」


 ユリシーズはレインリリーの部屋を思い返して、そういえばと思い至る。


「リリーの部屋にいつも飾ってある花があったな」

「ええ。あれは庭師のトーマスに頼んで、毎朝ユーインが届けているのです。とても大事そうに生けている姿を何度も見かけましたわ」

「そうか、花か」

「あの子の好みは小振りで素朴な花で、わたくしが好むような、大輪の花ではないのです。以前は見向きもしなかった花をあんなに嬉しそうに受け取って。その変化をわたくしは大切に育てて行きたいのです」


 それがレインリリーの僅かな変化。ただそれだけだが、とても大きな、決定的な変化にも思えた。


「小振りで素朴な花か。それは良いことを聞いた。早速シリルに教えてやるとしよう。ところで剣術と言ったか? レインリリー嬢は剣を嗜むのか?」

「はい。息子の影響もあるのでしょう。同じ師に師事しております」

「ベレスフォードだったな? 我が国の誇る剣豪に師事しているとは、シリルもうかうかしていられんな」

「ははは。アレックスにも更なる鍛練を課すべきかな」


 謁見当初の殺伐とした空気はすでにない。ベラの同意もあり、ユリシーズは国王の提案を受け入れることにした。


「陛下。陛下がレインリリーの意志と人格を尊重するとお約束くださるなら、仮の婚約の件、謹んでお受け致します」

「そうか! 聞き入れてくれるか!」

「それはアレックスもだよな?」

「ああ。腹の裏側まで真っ黒なお前に似ず、真っ当に育っているようだからな。だがあくまで()()だ」


 ふふん、とアッシュベリー公爵が含んだ笑みを浮かべる。


「それでいいさ。どう転ぶかはお前にだって分からないんだからな」


 アッシュベリー公爵の言動に訝るも、今の段階で企みが暴けるとも思えず、ユリシーズは警戒するだけに留めた。






次回の投稿は土曜日辺りになるかと思います。


ここまで読んでくださり、心からの感謝を。

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