33.お披露目 2
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今日は待ちに待ったお披露目当日だ。アレックスの言っていた六公爵家の令嬢ももちろん気になっているが、僕が楽しみにしていたのは寧ろすべてのご令嬢だ。
今日のためだけに準備してきた色とりどりの蝶たちが、僕に会いに来てくれるんだよ? 誰から声を掛けようか、今からうきうきと浮き足だってしまうのは仕方がないだろう。
容姿を、佇まいを、装いを、装飾品を、どれか一つでもいい。僕が微笑みと共に称賛するだけで、女性は皆花が綻ぶように頬を染めて恥じらうのだ。僕はその姿を観賞するのが大好きだった。
さて。本日は初めて同世代の女の子と対面する大事な日だ。僕の将来の妃候補たちと言っても過言ではない。国王たる父上には正妃である母上の他に、側妃が何人もいる。上手い具合に王妃がいの一番に王子を産んだので僕が第一王子とされているが、側妃たちにも王子がいるので油断はできない。
第一王子と言えど王太子ではないからな。立太子を許されるまで、あくまで僕は継承権第一位を持つ王子でしかない。水面下で覇権争いがなされている現状で、下手なことはできない。母上の足を引っ張るような真似は禁物だ。
とりあえず僕には王家と六公爵家でも稀とされる三属性に適性がある。他の王子、王女たちに属性三つ持ちは存在していない。今のところは、ではあるが。最近新たに側妃として迎えられたチェノウェス公爵の妹姫が、懐妊したと先日報告を受けたばかりなのだ。
我が国で血筋の次に重要視されるのが適性だ。当然適性の数が多ければ多いほど重宝される。そんな中で、王家で唯一の三属性持ちが僕だ。
現在我が国で三属性を持つ者は、王家では僕のみ、六公爵家ではストックデイル公爵、アレックス、そして王宮でもその名を知らぬ者はいないと言われるほどの逸材、グレンヴィル公爵家の嫡男だ。
六公爵家の総数から考えると、三属性に適性を持つ者がいかに稀少であるかが伺える。そんな中で群を抜くのが、唯一無二の四属性に適性を持つグレンヴィル公爵だ。その息子が貴重な三属性持ちなのだから、グレンヴィル公爵家の血筋に注目が集まるのも無理からぬことだろう。
そのグレンヴィル家に、百年ぶりに息女が誕生したことは貴族の中で一番の関心事になっている。今までグレンヴィル家の血を他家が引き込むことは出来なかったが、産まれたのが娘であれば娶ることができる。しかも唯一無二の適性を持つグレンヴィル公爵の娘なのだ。望まない貴族はいないだろう。
誕生と共に山のように縁談が来ていると聞く。それを公爵は悉く蹴っているそうだ。娘はどこにも出さないと言って憚らぬらしい。
公爵がそうまでして懐から隠して出さなかった娘が、今日初めて衆目に触れるのだから、その注目度の高さが伺えるというものだ。
公爵がどこへも嫁がせないと言い切るほどの娘がどのような令嬢なのか、僕も興味津々だ。ずば抜けて能力に恵まれているのか、天女の如しと言わしめる母に似てとびきりの美女なのか、そのどれにも当てはまらず家の恥となるほどの愚鈍な娘なのか。勝手な憶測が一人歩きしている現状で、かの令嬢は本日王宮へやって来る。興味を抱かない者などいないだろう。父親と兄が名を聞かぬ日はないほど有名なのだ。真相がどうであれ、今日の一番の関心を集めるのは間違いなくグレンヴィル公爵令嬢だろう。
そうそう、グレンヴィル公爵子息と言えば、五年前のお披露目の噂が有名だ。当時まだ産まれたばかりの僕でさえ知っている、今でもよく耳にする話題だった。
何でもお披露目に出席した令嬢方が悉くグレンヴィル家子息に慕情を抱き、彼の周囲に殺到したのだそうだ。父親のグレンヴィル公爵によく似た美しい容姿をしている彼は、愛想の悪い公爵とは真逆の、おっとりと柔和な笑みを湛えた貴公子だったらしい。混乱に陥ったお披露目は、父上から退出の許可を得たグレンヴィル公爵父子が辞することで何とか騒ぎも治まったが、あれほどの混乱は前代未聞だったと現在でも語り種になっている。
かの公爵子息はお披露目の騒ぎの後からほとんど邸の外に姿を現していないらしい。良家の子弟と誼も結んでいない徹底ぶりらしいが、教育の質は高いらしく、公爵子息の教育を任されている教師陣からの報告によると、座学はもちろん秀才の域であり、魔法に関してはすでに最高位のものまで扱えるそうだ。それを聞いた僕の衝撃は推して知るべしであろう。同じ男として、闘わず負けた気分だった。
王家には貴族子弟の情報が逐一入るようになっている。臣下には報告の義務が課されているからだ。ゆえに僕は情報通であると自負しているが実はその恩恵を別の形で発揮していることは誰も気づいていない。
噂を聞いてかの公爵子息を真似ている部分も多いのだ。元来負けず嫌いな僕は、彼を模倣することで座学も魔法も研鑽を積んでいる。ただただ会ったこともないグレンヴィル公爵子息に負けたくない一心で。
模倣するのは何も学力や技術だけではない。その立ち居振舞いもお手本になるからだ。なんと言っても穏やかな性情だろう。柔らかな物腰は女性受けがいいのだ。まあ女性好きなのは生来のものだとは思うが、恐らく父上に似たのだろう。そんなことを口にすれば父上から雷が落とされてしまうが、政略的に必要な婚姻と言えども複数の女性を同等には愛せないものではないか?
母上の苦悩を間近で見てきた身としては、複数の妻を持つことに思うところがある。将来王位を継ぐ際には、恐らく僕にも課される義務なのだろうけど、僕には同等に愛せる自信はない。それこそただ一人に偏った寵を傾けそうだ―――と想像するだけで、実際どうなのかはさっぱり分からない。まだ一度もこの女性だと恋い焦がれた経験がないのだから、そこは仕方ない。
「聞いているのか、シリル?」
少しばかり意識を明後日の方へ飛ばしていた僕は、はたと瞬いてにこりと微笑んだ。
「はい。聞いております、父上。本日のお披露目は、王家が開催の挨拶をした後に、六公爵家を筆頭に貴族からの挨拶を受けるのですよね?」
「そうだ。それまではどの令嬢にも声を掛けてはならぬ。王子自ら声掛けをしたと噂を立てられぬよう、くれぐれも用心せよ。お披露目はお前の伴侶を探す意味合いもあるのでな」
「心得ております」
父上が何とも言い難い微妙な表情を浮かべた。なぜだ?
「お前は見境ないと聞いている。よいか、重ねて言うがくれぐれも軽率な真似はしてくれるなよ」
「心配だわ」
失敬な。見境ないのではなく、博愛主義なだけなのに。まだ一番を見つけていない間だけの、ほんの気まぐれじゃないか。
父上に続いて同意した母上も、人を鬼畜か何かのように言うのは止めてください。冗談が過ぎますよ。
眉根を寄せた僕を放置して、国王夫妻は六公爵家について触れた。
「エイマーズからは三人、チェノウェスからは五人、リックウッド、ストックデイル、アッシュベリーからは二人ずつ、グレンヴィルからは一人だったな」
「ええ。そのように報告が上がっておりますわ」
「理想としてはグレンヴィルだが………」
「公爵を口説き落とせれぱそれも可能かもしれませんが、あの方はご息女をお出しにはならないと明言されておりますからね………現状ではかなり難しいかと」
「あやつは何を考えているのだ? 百年ぶりの娘をグレンヴィルから出す気はないなどと、正気の沙汰とは思えん」
「行かず後家など、それこそご息女にとって不幸でしょうに」
母上の表情が悲しげに曇る。聖母のように慈悲深く見えるが、その内心は決して聖母ではないことを僕は知り尽くしている。ただの夢見る偽善者では王妃の座は守れない。母上の腹の中は、墨を引っくり返したように真っ黒なのだ。
「百年王家に入っていない血筋であり、父親はこの世界で無二の適性持ち。兄は父親譲りの秀才で、稀少性の三属性持ち。母親もまた稀少な光属性を持ち、女性では珍しい二属性に適性を持っている。これほどの家系に生まれた娘が無能であるはずがない。ユリシーズがグレンヴィルから出さないと決めた理由を知らねばならぬな」
「そうですわね」
両親の一押しはグレンヴィル公爵令嬢ということか。確かに僕も気になっている一族ではあるんだよな。何せかの子息の生家だし。
「令嬢たちの名は何だったか」
「それならば分かりますよ。エイマーズ家の令嬢はエリザベス嬢、マルヴィナ嬢、パメラ嬢。チェノウェス家の令嬢はニコラ嬢、ノーラ嬢、ラモーナ嬢、パティ嬢、セルマ嬢。リックウッド家の令嬢はリリアン嬢、タバサ嬢。ストックデイル家の令嬢はライラ嬢、ローザ嬢。アッシュベリー家の令嬢はザラ嬢、イヴェット嬢。グレンヴィル家の令嬢はレインリリー嬢」
「お前な………」
「陛下、申し訳ございません。わたくしの教育が間違っておりましたのね………」
呆れ果てた表情を向ける父上と、出てもいない涙をハンカチで拭う母上に、僕は片眉を上げるだけに留めた。
仰りたいことはわかりますが、いくら僕でも六公爵家すべての令嬢の名前を把握している訳がないじゃないですか。今回はたまたまです。アレックスが親友と呼んで憚らないご令嬢に見当をつけるため調べていた名前を、たまたま覚えていただけですよ。寧ろ記憶力の良さを誉めてほしいくらいだ。
そう、アレックスが「リリー」と呼んでいた令嬢は、四人まで絞れたのだ。
愛称をリリーとするのは、エリザベス嬢、リリアン嬢、ライラ嬢、レインリリー嬢の四名だ。この中にアレックスを懐柔した強者がいる。
エリザベス・エイマーズ嬢か、リリアン・リックウッド嬢か、ライラ・ストックデイル嬢か、レインリリー・グレンヴィル嬢か。この件も、今回のお披露目ではっきりするだろう。
「まったく、お前の将来が私は不安でならん」
「ご心配なく、父上。僕は節操なしではありませんよ」
「額面通りに信用できないのが更に不安でならん」
「本当に申し訳ございません、陛下」
向けられる母上の眼光がいよいよ殺人めいて来たので、そろそろお暇することにしよう。
「では父上、母上。準備のため一度自室へ下がらせて頂きます」
「ああ。すでに登城している貴族もいる。くれぐれも接触などせぬように」
「承知致しました」
しつこく念押ししてくる父上に内心うんざりしながら、優雅に一礼して御前を拝辞する。
接触はしないさ。ただこっそり覗くだけなら問題ないでしょ。麗しい侍女や女官たちを愛でるためにも時間は有効活用しなくちゃね。
―――――と思っていた寸刻前の僕は愚か者だ。時間を巻き戻せるならやり直したい。
僕は庭園へ向かう途中、すれ違った侍女一人一人にいつものように甘い言葉を弄する。子供に言われたところで、とお思いだろうが、僕はアレックスといい勝負ができる程には見目麗しいと自負している。プラチナブロンドの髪とスフェーンの両目は、光属性持ちということもあって天使のようだと絶賛されているのだ。いい性格をしていると自分でも思うが、持って生まれた武器を使わないでどうする?
目の保養は心の癒しだ。僕は女性の恥じらう姿に癒されているのだ。
などと誰に対する言い訳だろうかと苦笑した時、窓越しに黒髪の少女と目が合った気がした。向けられた視線は今まで受けたどの感情とも当てはまらない。ひんやりと冷たい、あれは蔑みの目。
一瞬の絡みだったから、本当にそんな目を向けられたのかは分からない。ただ抜けない棘のようで、無性に心がざわついた。
気づいたら、黒髪の少女の後を追っている自分がいた。
少女の隣を歩く同じ黒髪の女性の美貌に驚愕した。見たこともない麗しい女性だった。女性から話し掛けられ、少女がふわりと微笑む。その横顔の、何と美しいことだろう。
これほどに似ていれば、二人は母娘で間違いない。少女は将来の美貌を約束されているも同然だろう。
僕は早鐘を打つ心臓を押さえた。これが、一目惚れというものだろうか。
こんなにも彼女の目に映りたいと願ったことはない。他の女性がまったく目に入らないなど初めての経験だった。
側に寄りたい。話がしたい。見つめたい。見つめられたい………!
彼女が誰かと挨拶を交わすと、そのまま一人で噴水の方へ歩いていく。僕は幽鬼のようにふらりとついて行き、少女がお披露目に列席しているどこぞの子息と楽しげに語らい始めた。
僕の我慢はそこが限界だった。
僕から話し掛けてはならない―――そんな悠長なことを言っていたら、彼女をどこの馬の骨か知れない奴に奪われてしまうじゃないか!
周りのさざめきがうるさい。でもそのお陰で彼女がこちらを振り返ってくれた。
濡羽色の艶やかな長い髪には真珠色に輝く月下美人がしっとりと咲き、透き通るように白い肌をより一層白く見せる。青や緑の複雑な色合いの瞳はぱっちり二重瞼で、微笑むとぷっくりと膨らむ涙袋が愛らしかった。すっと通った鼻梁は高すぎず低すぎず、小振りな唇はほんのり桃色に色づいている。
ああ、なんて美しいのだろう。僕の伴侶は彼女以外考えられない。
培ってきた最高の微笑みを浮かべ、すっかり板についた柔らかな物腰で愛を告げる。
「初めまして、美しい方。僕はシリル・バンフィールド。この国の第一王子です。以後お見知り置きを」
瞠目する愛しい彼女の手を取ると、片膝を地面につき、手の甲に口づけた。まずは挨拶を。
「貴女の宝石のような瞳に留まれる、唯一の男になりたい」
続けて裏返した手のひらに求愛を意味する口づけを落とす。
ああ、どうか僕の愛を受け入れて。
「一目惚れしました。僕の妃になって欲しい」
さわさわと庭園を流れる風が木の葉を揺らす音がする。
むしろ誰一人として言葉を発することも、身動きすることもない空間で聴こえてくる音は葉擦れだけだ。
瞠目したまま固まっている彼女の反応を、僕はただひたすらに待った。
一瞬交わされた冷ややかな視線が脳裏を過る。自信なんて微塵もない。だから公の場で求婚した。断れない状況に持ち込むという卑怯な手を使った。形振り構っていられないほど、僕は彼女に夢中だった。
懇願するように待ち続けたのは寸刻にも数刻にも感じられたが、ようやく彼女に動きが見られた。
ぱっちり二重瞼のバミューダブルーの瞳を僕にひたと据え、銀糸の刺繍が施された藤色のサッシュベルトに両手を添えると、桃色に色づく小振りな唇がゆっくりと開いた。
「―――――――――断る!!」
「………え?」
思わず聞き返してしまった僕はぽかんと呆けた。まさか公の場で王子の告白を即行で断るとは思わなかったのだ。
いや、それよりも、断るだって? 令嬢らしからぬ物言いに僕の頭は更に混乱する。
ふと、彼女の背後に立つ人物の顔が見えた。やれやれと呆れたように首を左右に振るのはアレックスだ。この状況になってようやく、彼女が先程まで仲睦まじく歓談していた相手が誰であったかを知った。
ちょっと待ってくれ。アレックス? 何で君がここに……いや、まさか、もしかして、この少女がアレックスが言っていた!?
「……………リリー?」
うつけたように呟いた僕の声に少女の片眉が上がった。少女の背後でアレックスが肯定の意味で頷いている。
以前アレックスと交わした会話が走馬灯のごとく甦った。
『いったいどんな女の子なんだい?』
『そうだな………まず見た目と中身が一致しない』
『は?』
『自分の目で確かめた方がいい。あいつの人為を説明するのは難しい』
驚愕に見開かれた視線を目の前の少女へ向けた。
『自分の目で確かめろとは言ったが、一つ忠告しておく。リリーとは言い争うな。俺はあいつに一生口で勝てる気がしない』
絶叫しなかっただけましだと思いたい。
そうか、この少女が件の公爵令嬢………!
◇◇◇
絶句したまま固まっている王子を訝しげに見つめたまま、俺は内心で首を傾げた。何故第一王子が俺の名を知っている?
そういえば、この容姿はさっき見掛けたな。手当たり次第に口説いてまわっていたませた子供が目について、呆れ果てた視線を向けたのだが、まさかあの時の女たらしが第一王子だったとは。この国の未来が危ぶまれるな……。
「リリー、このままでは外聞が悪い。最悪不敬罪に問われかねないから、とりあえずこの場は調子を合わせろ」
イクスの耳打ちに舌打ちしたい心境だった。巻き込まれた事故のようなものなのに、こちらに非があったとされるのは面白くない。
「シ―――殿下。この場を治めてください。リリーが罰せられることはあなたも本意ではないでしょう」
小声で諭された王子ははっと我に返ると、そのまま無理やりにこりと笑みを作った。
「僕の冗談に冗談で返してくれるとは、機転がきく方ですね。お名前を伺っても?」
俺は心の中で悪態つきながら、優美さを心掛けてカーテシーを返した。
「お褒めに与り光栄にございます。ユリシーズ・グレンヴィルが長女、レインリリー・グレンヴィルと申します」
王子の顔が更なる驚愕に染まる。どこに驚いたんだ?
「そうか、君が噂のグレンヴィル公爵令嬢だったのか」
恐らく呟きは近くにいる俺とイクスにしか聞こえていない。それほどに小さな囁きだった。
噂の、というのは、百年ぶりに誕生した娘とやらだろう。グレンヴィル家で喜ばれるのは分かるが、外部が注目するほどのものではないと思うのだが。王子まで把握している噂の本質って一体何なんだ?
「そろそろ宴が始まる。ゆるりと楽しんでくれ」
「はい。ありがとうございます」
王子はイクスに目配せしてから、その場から去っていった。
一体何だったんだ。つい眉間に皺が寄ってしまっても仕方ないと思う。
訝る俺に、イクスがこそっと耳打ちした。
「リリー。宴の後で内廷へ向かうぞ」
「え? なんで?」
「殿下のご命令だ」
「えー……」
面倒臭い、とはさすがに口にしなかった。先程の騒動で注目を浴びている中、不用意な発言は命取りだからだ。
思わず苛立ちに任せて即行で断ったが、イクスの機転のおかげで助かったな。―――しかし内廷だって? 公式に外廷へ召喚されるよりまだいい方だが、王族の居城へ何で俺が赴かなきゃならないんだ。理不尽過ぎるっ。
「リリー」
「お父様………」
思い切り不満を露にした顔でお父様を見た。察してくれたようで、よしよしと頭を撫でてくれる。
「巻き込まれました」
「お前に落ち度はない。衆目を集める場でやらかした殿下が悪い」
「わたくしもそう思います。でも内廷まで赴かなければなりません。王族の方のご命令だそうで」
むくれて言えば、イクスが苦笑いを浮かべる。
「私も同行するから、お前は何も心配しなくていい」
「はい。お願いします」
お父様のお手を煩わす結果に、俺の不満はカンストしそうだ。
苛立ちを抱えたまま、抱き寄せてくれたお父様にぎゅっと抱きつく。擦ってくれる背中からふつふつと湧き起こる怒りが抜けていく気がして、無意識にほっと息を吐いていた。
そこへ、遅れてやって来たアッシュベリー公爵が僅かに眉根を寄せて苦言を呈した。
「しかし厄介なことになったな、ユリシーズ。手順をすっ飛ばした殿下の落ち度とはいえ、王族の求婚をああもきっぱりと断ってしまっては外聞が悪いぞ」
「構うものか。礼を欠いたのは殿下だ。王家の出方によっては正式に抗議させてもらう」
「まあ待て。そう熱くなるな。殿下とてまだ五つの子供だろう。失敗することもあるさ。そこは陛下も考慮されるだろうから、心配はいらない。しかし婚約に関しては―――」
そう。王子から求婚された事実は残るわけだから、諸侯から縁談は来なくなる可能性が大きい。令嬢としては致命的だが、嫁ぐ予定の一切ない俺としては痛くも痒くもないのでまったく問題ない。
「そこでだ、ユリシーズ。物は相談なんだが、うちのアレックスと婚約しないか? 王家に嫁がせる気がないなら、うちほど適した家はないだろ? レインリリー嬢を守ってやれる」
「話にならんな」
お父様に耳打ちしたアッシュベリー公爵が、また面倒なことを言い出した。幸いイクスには聞こえていなかったようだが、父親がまた何やら悪巧みをしていると本能的に察知している様子だ。実父を見る眼差しが腐った魚を見るような目をしている。
ここの父子関係は修復できるのだろうか。イクスが心配だ。
どよめいていた周囲が急にしんと静まった。
「両陛下のご来臨」
文官らしき人物が高らかに告げると、庭園へ国王陛下と王妃陛下、そして先程までここにいた第一王子が御出座しになる。
参列者は一斉に礼を執った。男性陣はボウ・アンド・スクレープを、女性陣はカーテシーだ。国王に対する最敬礼は、背筋を曲げ頭を深々と屈した膝より下へ垂れる。引いた足をもう一方の足の後ろに配する姿勢はなかなかに体幹を必要とする。カリスタによるカーテシーノルマのおかげで、膝がぷるぷると無様に震えなくなった。
礼を執り終えた俺は、俯けていた視線を戻してはっと息を呑んだ。
国王陛下がじっと俺を見つめていた。
無事に帰っておいで――――出掛けにお兄様に言われた言葉が、まるで張られた伏線であったかのように脳裏を過った。
どうやらお披露目は無事に終わりそうにないようです、お兄様。
眼精疲労が半端ない……ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿