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31.魔法陣 2

ブクマ登録して下さっている皆様、変わらず覗いて下さる皆様、いつもありがとうございます。

 



「よし。では魔法陣の実験をしよう」


 いつになくわくわくとした表情でお父様が宣言した。お兄様の目もきらきらと好奇心に煌めいている。きっと俺の目も同じに違いない。初めまして、魔法陣!


「まずはユーインが今しがた発動した風魔法からやってみよう。実は私も属性符を扱うのは初めてなんだ」


 なんと。魔法に関してお父様がご存知ないものがあるとは思わなかった。いや、自身の持つ適性魔法をわざわざ威力の劣る魔法陣で試そうとは思わないか?


 エイベルから手渡された風の属性符は、大学ノートサイズの紙に赤銅色で画かれていた。魔法陣の構造は三段階で、中央に画かれた幾何学的模様、それを囲むように円があり、見慣れぬ文字が添うように羅列され、さらに円が囲う。

 中央の紋様は、何となくアラベスク模様に似ている気がするな。ちらりと見た程度の認識なので、アラベスク風の、としか言いようがないのだが。

 使われている文字というか、絵と言うべきか記号と言うべきか判断に迷うところだが、この世界の古代文字なのだろうか。少なくともこちらではお目にかかったことはない。ナーガの首にかかる金環に彫られた文字とも違うようだ。

 ―――いや、ちょっと待て。どこかで見た気がするな。どこで見た?

 首をひねって考えるも、一向に閃かない。今の段階では無理だということか?


「これをどう使うのですか?」

「簡単だ。魔法陣が画かれた面を上に地面に置き、魔力を流すだけでいい」

「えっ、それだけ?」

「それだけだ」


 思わず間抜けにもぽかんと口を開けて呆けてしまった。

 紙を地面に置いて魔力を注ぐだけって、そんな簡単で大丈夫なの? 子供でも出来ちゃうよ? 危なくない?


「リリー、やってみるか?」

「よろしいのですか?」


 あんなにわくわくと浮き足立っていたのに、自分でやらなくてもいいのかな。

 促された俺は、正直小躍りしたい気分で中央付近まで属性符を運んだ。紙を置こうとして、自分の創造魔法で抉れた地面が気になった。

 眼前に浮遊する橙と黄色の魔素に触れ、そっとお願いしてみる。


「地面を元通りにできる?」

『できるよ~』

『任せて~』


 わっと一斉に陥没した地面に群がると、あっという間に跡形もなく地均しを終えた。これを人の手で一からやっていたら大変な作業になる。それを一瞬で整えてしまうのだから、魔素や魔法の貴重さがよく分かるというものだろう。


「ありがとう」

『いつでも呼んでね~』

『リリーのお願いならすぐ叶えてあげる~』

『『ね~』』


 子供特有の甲高い声で、愉しげにきゃらきゃらと笑う。首元のナーガがむっとした様子で橙と黄色の魔素たちを睨んだ。


『ナーガだってリリーのお願いならすぐ叶えてあげるもの』

『ナーガには無理~』

『地属性じゃないもの~』

『ナーガは水浸しにしちゃうだけ~』

『あとは凍らせるだけ?』

『『ね~』』


 小馬鹿にしたように笑いさざめく。ナーガの白い和毛が苛立ちから逆立っているのが分かり、宥めるように撫で付けた。


「ナーガ、落ち着いて。今回は地属性の魔素にお願いしたけど、水属性に関することなら間違いなくナーガにお願いするから」

『本当に?』

「本当。適材適所だよ、ナーガ」

『じゃあ納得しとく』

「うん。ありがとう」


 逆立っていた和毛も元通りになり、ご機嫌にピュイと鳴く。橙と黄色の魔素はまださざめいていたが、ナーガはもう気にしていないようだった。

 魔素もナーガも神の一部から複製された存在で、しかも同一のはずなのだが、張り合ったりやきもち妬いたりといったこのやり取りはどう捉えればいいのだろうか。非常に判断に困るところである。まぁナーガが可愛いのでやきもちは大歓迎だったりするが。


 俺は今度こそ魔素が綺麗に均してくれた地面に属性符を置いた。どの程度の魔力を込めればいいのか分からないが、とりあえず少しだけ流してみるか。

 注ぎ始めた途端、すぐに魔法陣が起動した。なるほど、ほんの僅かな魔力量でいいのなら、確かに万人が扱える代物だろう。この世界にまったく魔力を持たない生物は存在していないそうだから、少量でも魔力さえ保有していれば、人間でなくとも魔術は発動されるということだ。これを開発した人物は間違いなく天才だな。


 俺は発動を確認してからお父様たちの側へ下がった。

 お兄様が使用した最上位魔法ではないが、初級ほどの威力はあるのだろう。つむじ風が巻き上がり、髪や衣服を乱した。五秒ほど渦を巻いていたかと思うと、急に電池切れを起こしたかのように煙のように消え去った。思わぬ呆気なさに唖然としていたが、地面に置いていた属性符がズタズタに破れてしまっていることに気づいて大いに焦った。


「お、お父様っ、魔法陣がボロボロにっ」

「ああ、あれで問題ない。属性符は使い捨てなんだ。属性の威力に紙が耐えきれないんだよ」

「それはまた………札売り屋さんがぼろ儲けしそうな理由ですね」

「正にその通り。まあ今回は我が家も売り上げに多大なる貢献をしたがな」


 ははは、とお父様が笑う。笑い事ではないです、お父様。総額を知るのが俺は恐ろしくて仕方ありません。


「ところでお父様、ひとつ気になっていることがあるのですが」

「なんだ?」

「以前お父様に閲覧許可を頂いた魔法の基礎本ですが、あれには『魔法陣は、その属性に適性のある者が規定の法則に則って描くことで発動可能となる』と記されていました。それが他国に流出したことで普及したのは何故でしょうか? 適性のある者にしか画けないのであれば、情報漏洩が起きたとしても実用化には至らないのでは?」

「ああ、それか。確かにその通りだな」


 そもそも札売り屋に普通に販売されていることにも違和感がある。適性のある者から購入したものを転売しているのなら話は別だが、それにしたって数が多すぎる。


「筋道としてはそうなっている。だが実際はそうではない。というより、十数年前に開発された魔法陣では、適性に関わらず術式を構築することで発動できてしまうんだ」

「じゃあ、盗まれた技術というのは、まさか」

「そのまさかだな。すでに魔法陣に於いては、適性云々はまったく関係ない」


 思わず天を仰いだ。

 その失態は痛すぎる。よりによって絶対に漏洩してはならないものが盗まれたのか。


「では昨日買った属性符も?」

「悉く適性を不要とする術式で画かれた魔法陣だ」


 あいたー、と思わず呟いたのは仕方ないと思う。

 これはいよいよえげつないものが開発されている可能性も有力視すべきじゃないか? まさか先程のように、防護魔法で防げないような凄まじい威力の魔術を生み出してはいないよな? もしそんなもので攻め込まれたら一溜まりもないぞ。


「魔法の強化は出来ないのですか? 防護魔法であれば強度を上げるとか」

「我々が扱う適性魔法には詠唱が必須だからな。多少の心象追加で強度や威力を増すことはできても、魔法そのものを底上げすることは不可能だろう。それこそ新たなる詠唱呪文を生み出さないかぎり」


 行使制限があると以前お父様は仰っておられたし、では新たな呪文を作ればいいという単純な話ではないのだろうな。

 となると、縛りがない魔術は研究次第ではより強力で凶悪なものを生み出せるのだから、このままではいずれ、再び戦争になった際相手側に軍配が上がるのは明らかだ。そうなる前に何か対策を考えておかないと―――。


 不意に頭を撫でられ、弾かれたように見上げた。お父様が目元を和らげ笑みを浮かべていた。


「それを考えるのは大人の役目だ。対策が取られていない訳ではないから、お前は気にせずとも良い」


 どうやらまた思い切り顔に出てしまっていたようだ。それでも俺に出来ることはやっておきたい。俺に課された困難の中に、戦争も含まれているかもしれないじゃないか。


「それも追々、な」


 宥めるような声音で、再び頭を撫でられた。どうやら俺は考えていることが筒抜けになるほど顔に出やすいようだな。気をつけなければ。家族以外に頭の中をさらけ出すのは非常にまずい。


「さあ、リリー。考え込むのは後だよ。今はこっちがメイン」


 お兄様はそう言って、中央に新たな魔法陣を設置した。慌てて覗き込むと、同じ大きさの紙に同じ赤銅色で魔法陣が画かれていた。少し違って見えるのは、中央の幾何学的模様と文字配列が風の属性符と異なっているからだろう。ということは、中央の幾何学的模様と文字配列の使い分けで属性を表しているということか。

 これは面白いな。中央の幾何学的模様は、いわゆる表意文字ではないだろうか。漢字のように意味を形にした文字であるなら、読めなくとも作りからある程度の意味は理解できる。ひとつで意味を成すものと考えるなら、幾何学的模様はこれ一つで七属性のいずれかを表しているに違いない。


「お兄様、これは何の属性符ですか?」

「これは水属性だよ」


 なるほど。中心に画かれた紋様は、言われてみれば流水文に似てなくもない。円の内側でS字状に連続的曲線を描き、それが幾重にも重なっている。

 お兄様が発動させた水の属性符は、拳大の大きさの水球が現れると一丈ほど進んで落ちた。風に続いて、とても実用性があるとは言えない。

 お兄様と共に微妙な顔で振り返ると、お父様は予想していたのか苦笑いを浮かべた。


「出回っている適性を必要としない魔法陣とはこの程度のものだ。適性者の作成した魔法陣とは根本的に出来が違うからな」


 それもそうか。盗まれた技術と戦争に使われた魔術は軍事機密扱いだろうし、市井に広まる魔術としてはこの辺りが妥当か。


「エイベル、他の七属性符を全部見せて」


 習練場の端に設置されているテーブルの上に広げてもらい、一枚一枚紋様と文字の違いを確認していく。

 使われている紙と赤銅色のインクは共通しているが、やはり幾何学的模様と文字に違いが見られた。

 火の属性符には炎の揺らめきのような紋様が、地の属性符には植物の蔦のような紋様が、雷の属性符にはリヒテンベルク図形のような紋様が、光の属性符には太陽のシンボルマークのような紋様が、闇の属性符には満月と三日月のような紋様が重ねて画かれていた。

 やはりどれも威力は最小で、火は焚き火程度、地は植物の成長促進、雷はスタンガンの要領で使用。防犯の役に立っている反面、逆に犯罪に使われてしまうことも増えたとかで、問題になっているらしい。

 七属性の中で一番重宝されているのが光と闇の属性符だそうだ。光は快癒魔法が施されているらしく、発熱した子供の熱冷ましに利用されているのだとか。同じく闇の属性符も子供を持つ母親に人気らしく、付与されているのは軽い眠りの魔法で、安眠効果があり夜泣きする赤ん坊が減ったとか。


 巷で闇魔法が人気だぞ!とイクスに教えてあげたところで、微妙な顔をされるだけだな。これは伝えなくてもいいか。


 さて。俺が一番気になっているのは、やっぱりこれなんだよな。

 二本の円の内側に羅列された文字。俺はこれをどこかで見たはずなんだよな。いや、俺がと言うより、浩介がと言うべきか。


 どこで見たんだっけ………。何か特殊な文字だった気がするんだけど。

 一般的ではなく、日本人もほぼ読める人はいないだろう文字。


「………………………ああ! 思い出した! 秀真(ほつま)文字だ!」


 そうだ、神代文字の一つで、地図記号みたいだなと興味を持って少しだけ調べてみたことがあったのだ。いくつかは読めるが、全てを覚えているわけではないので解読は難しいだろう。それに見覚えのある文字をいくつか発見出来たからと言って、これをほつま文字だと断定するわけにはいかない。


「リリー? 急にどうしたんだ? ホツマモジとは?」


 突然叫んだものだから、当然お父様を筆頭に訝る視線を寄越される。


「あー、えっと、この魔法陣の周辺に描かれた文字が、前世の世界で神代文字の一つとされていたほつま文字に似ているなと思いまして」

「え? これって文字なの?」

「まあ。わたくしはずっと絵だと思っておりましたわ」


 お兄様とお母様が驚きの視線を魔法陣に落とす。

 まあ普通はそうだよね。○に縦線とか、□の中央に点ひとつとか、それが文字であるとは思わないよね。


「恥ずかしながら、私も同様にございます、奥様」

「お嬢様は相変わらず博識でいらっしゃる」


 お母様を気遣うマリアと、心からの敬服を向けてくれるエイベルだが、二人の視線も魔法陣に釘付けだった。


 いよいよ怪しくなってきたな、魔法陣。もしかして、俺の他にもこちらの世界に転生、もしくは転移した人物がいる? その人が編み出したものなのか? だから疑似魔法は化学に似ている……?


「リリー。これらがお前の言うホツマモジというものならぱ、魔法陣の構造をお前は理解できるということか?」


 お父様のズバリ核心を衝く問いに、お母様もお兄様も好奇心に満ちた視線を向けてきた。

 ご期待に添えず申し訳ない。そこまで特殊な知識は保有しておりません。俺の知識の大半は雑学程度で、浅く広く手を出したに過ぎないのだ。

 俺は否定を込めて首を左右に振った。


「読める部分も確かにありますが、そのほとんどは解読できません。わたくしが網羅できていないからなのか、それとも根本的に勘違いしているのかも分からないので、これが間違いなくほつま文字だと断定することが出来ないのです」

「なるほど。一理ある」

「他の特殊符を見てもよろしいでしょうか?」

「ああ。もちろん構わない。エイベル」


 広げていた七属性符を片付けると、エイベルが特殊な術式を組み込んだという特殊符を並べてくれた。


「店主の話では、どれも簡単な加工符なのだそうです。こちらはお嬢様が興味を持たれていた看板の特殊符でございます」


 エイベルが指し示したのは、光属性符に文字らしきものが追加記入された魔法陣だった。ほつま文字とは全く違うものだ。

 これも見覚えがあるな。というか、これはトールキンの創作した架空文字、テングワールじゃないか? 指輪物語に嵌まって、見た目からしてお洒落で格好いいテングワールを必死に覚えた記憶がある。自分のノートなどの持ち物にテングワールでサインを入れていたのは痛い思い出だ。

 だが、そのお陰でこれは読めるぞ。追加記入された文字は、『ネオンサイン』『真空放電灯』『酸素』『二酸化炭素』『窒素』『空気』。


 ………いやいや、もうこれって物理学じゃん。


 やっぱりあの突き出し看板、ネオンだったわけだ。確か、ガイスラー管の中に様々な気体を入れると、気体特有の色に光るのがネオンサインだったよな。酸素は橙、二酸化炭素は白、窒素は黄色、空気は赤紫だったかな?

 札売り屋の看板は赤紫色の光が走っていたから、中に入っていた気体は空気だったということだろう。

 しかし、ネオン管灯は高い電圧を必要とするはずだ。電気の存在しないこの世界でどうやって光らせていたんだ?

 もう一度、魔法陣の円の外枠を囲むように描かれているテングワールに目を通すが、電圧に関する文字は見当たらない。ではほつま文字の方か? それとも電圧を必要としない術式とやらが、文字配列によって可能とされている、とか? うん、意味がわからん。


「まさか今度こそ読めるの?」


 さすが勘の鋭いことで、お兄様。きらりと好奇心に煌めく瞳を俺へと固定する。


「ほつま文字らしきものは先程申し上げたとおり、ほぼ読めません。でも、ここに配置されている文字は読めます。これは前世の世界で作られた架空文字で、名をテングワールと言います。記されている文字も内容も、間違いなく前世の世界のものです」

「ということは、これを作成した者は」

「わたくしと同じく転生者か、もしくは転移者の可能性が」


 俺と似たような知識の保有者が他にも存在すると知って、面々は息を飲んだ。

 地球出身者ということは、この世界に普及させたくないものを同じだけ持っているということだ。一度会って、その辺りの考えを聞いておかなければいけないだろう。


「お嬢様、このような特殊符もあるそうなのですが」


 思考の渦に沈みかけていた時、エイベルが最後の一枚をそっと俺の前に置いた。


「画期的な珍しいものだと聞いて買い取ったらしいのですが、用途不明な代物でちっとも売れないのだと店主がぼやいておりました。お嬢様ならばお分かりになるのでは?」


 お兄様が発動させた水の属性符に、追加でテングワールが円の外枠に記された魔法陣だった。

 テングワールを読みとくうちに、俺はぶは!っと吹き出した。


 記されていた文字は、『水流』『回転』『渦』『連続性』、そして。


「せ、洗濯………っっ」


 もうこれは日本人で間違いない。確実に日本からの転生者か転移者だ。


 こんな平和的で、かつ生活の質向上を目指した魔法陣を作るような人物が、戦争なんぞに望んで技術提供とか考えているはずがないな。


 俺は先程の警戒心から出たものとは違う愉快な気持ちで、洗濯機魔法陣を編み出した人物に興味を抱いた。


 これは是非とも会って話をしなくては。






次話から三章へ移行します。


0話のプロローグ目前です。

大変お待たせ致しました!


三章からは話がぐんぐん進んで行きますので、シリル登場を楽しみにして下さっている方々も、そうじゃない方々も、一様に楽しんで頂けると嬉しいです。

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