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29.Let's make sweets!

 



「……………どう? わかる?」


 クリフの味見用に買い求めた丸い菓子、名を『ポン』と言うそうだが、明後日訪ねてくるというイクスのために研究会を開くことになった。


「はい、分かりますよ。最近話題になっているポンですよね?」

「そうなの? 道理で盛況してると思った」


 砂糖が以前より手に入りやすくなったという話だし、これからはもっと多種多様な菓子が生み出されることだろう。

 目尻にうっすらと笑い皺のあるクリフは、くすんだ金の髪をオールバックに撫で付けたナイスミドルだ。低音の心地いい声は彼の人柄そのものを表しているようで大変好ましい。前世の死んだじいちゃんを思い出す。


「一度食べに行ってみようと思っていたところだったので、ちょうど良かったです。ありがとうございます」

「そうなんだ? じゃあ良かった」

「はい。奥様と姫様の新しい菓子をと考えていたので、良い起爆剤になりそうです」

「いつもありがとう、クリフ。でもその姫様ってのは止めて」

「駄目ですよ。グレンヴィル公爵家にとっても、私たち使用人にとっても、姫様は何よりも大切な姫様なのですから」


 苦り切った顔をすると、クリフは楽しげに微笑んだ。

 そうなのだ。クリフは何度注意しても姫様呼びを止めてくれないのだ。誤解を招く以前に、姫と呼ばれるたびに鳥肌が立ちそうになる。

 俺が姫様って。中身と前世の姿を知っていたら、絶対そうとは呼べないのに。


「それで、作れそう?」

「そうですね、とりあえず何度か試作品を作ってみましょうか。食感からすると小麦粉に芋系の何かが練り込んであるようですが」


 芋? でんぷん質ってことかな?


「もちもちしてるのは芋?」

「だと思います。芋を加えることでよりもちっとした食感を生み出しているのではないかと」


 でんぷん質かぁ………キャッサバやコーンスターチがあれば良かったんだろうけど、どの道キャッサバもコーンスターチも論外だ。キャッサバの根からタピオカの原料が採れるが、シアン化合物という有毒成分の毒抜きをしなければ使えない。そんな特異な技術を俺が知っているはずもないし、シアン化合物なんて恐ろしいものに関わりたくもない。人体に入ればごく少量で死に至る毒だせ? 菓子を作ろうという平和な理由で毒の話はないな。

 コーンスターチも精製は不可能だ。トウモロコシからでんぷんだけを分離抽出するには特殊な機械が必要になるからだ。当然そんな機械など俺は知らん。

 となると、でんぷん質で今すぐにでも使えそうな物は一択だよな。


「クリフ。昨日屋台でスパルっていう串焼きを食べたの。あれって、原材料は餅粉だよね?」

「モチコ?」

「あ~………そうか、こっちではそうとは呼ばないのか」

「はい?」

「いや、こっちの話。ええと、米って言ったらわかる?」

「すみません、分からないです。コメ? とは、どんな食べ物ですか?」


 うーん、これは困った。どう説明すれば伝わるのか………こっちの世界では米やら餅は何て呼んでるんだよっ。もどかしい!


「米は、一粒一粒がかなり小さくて、白い楕円形をしてるのよ。餅米という品種もあって、これを粉末状にしたものを餅粉と言うの」

「白くて楕円形をしたかなり小さな粒、ですか………」


 クリフが一点を凝視したまま動かなくなった。記憶を浚ってくれているのだろう。

 広い厨房には彼の部下にあたる料理人たちもおり、彼らも一緒になって考えて込んでいる。その時、一人の料理人が呟いた。


「あれかな? エウペノ」

「ああ~! なるほどな! 確かに白くて楕円形の小さな粒だ!」

「エウペノ?」


 一様に納得している料理人たちを見渡して、俺は首を傾げた。何ですか、そのエウペノって?


「エウペノというのは、恐らく姫様が仰られたモチコの原料のことです。おい、カロン、持って来い」


 カロンと呼ばれた料理人は、直ぐ様収納棚から一尺ほどの大きさのキャニスターを二つ抱えて戻ってきた。先ほどエウペノではないかと言った料理人だ。


「こっちがエウペで、こっちがエウペを磨り潰す前のエウペノです」


 そう言って、カロンが蓋を開けた。中身は確かに粉状のものと粒状のものがそれぞれの陶器に入っていた。

 エウペノとやらは、見た目は餅米に似ている。断りを入れてから、俺はエウペノを一粒掌に乗せた。色、硬さ、大きさ、匂い、どれも餅米と遜色ない。いや寧ろこれは餅米で間違いないだろう。ということは―――。


「たぶん、これで合ってる」

「では姫様がスパルの原材料ではと仰っていたものはエウペなのですね」

「そうだと思う。合ってる?」

「ご明察です。あれにはエウペとチーズが練られております」

「やっぱり」


 そうだと思ったんだ。あれはかなり美味しかった。

 納得しつつ、俺はもう一つ気になっていた。スパルやジェロ、ポンにエウペ、エウペノと、地球の食材に似通ったものでありながら名前の違うものもあれば、小麦粉やチーズのように地球と同じ固有名が使われていたりする。その違いは何なのだろうか。統一してくれると大変助かったのだが。


「このエウペを混ぜて、ポンは作れない?」

「エウペを小麦粉と混ぜるのですか。試みたことはないですが、面白そうです。エウペであればもっちり感を再現できるでしょう」

「中はカスタードクリームとレモンカードの二種類にして欲しいの」

「それはまた聞いたこともない食材ですね。どんなものかお分かりで?」

「今から作ってみせます。だから使えそうかどうか判断してくれる?」

「姫様が?」


 厨房に立ったこともない令嬢が作ると豪語したものだから、クリフを筆頭に料理人たちが呆気にとられた。気持ちは分かる。


「判断は出来上がった後にお願い。必要な材料は、カスタードクリームが小麦粉、砂糖、牛乳、卵。レモンカードはレモン、砂糖、無塩バター、卵。準備して」


 半信半疑といった体ではあったが、言われた食材をすべて調理台に運んでくれた。言ってすぐに揃うとは、さすが公爵邸の厨房だなぁなどと場違いな感想を抱きつつ、用意された材料の分量を量っていく。


 お菓子作りか………懐かしいなぁ。前世では共働きだった母親の代わりに、妹によく作ってやっていたな。多趣味から多方面に興味を持って手を出していたので、母親からは器用貧乏だと呆れられたものだが、まさかこんな形でその一部を披露することになろうとは。人生何があるかわからないものだ。まぁ、俺の一度目の人生は終了してしまっているが。


 小さめのボウルに卵を割り入れ、スプーンを使って黄身だけを掬ったら、白身と分けた卵黄に砂糖を入れ、白っぽくなるまで泡立て器でしっかり混ぜる。小麦粉は数回に分けてさっと混ぜるが、混ぜ過ぎると粘りが出てしまうので注意が必要だ。浩介はここで何度も失敗している。

 沸騰直前まで温めた牛乳を少しずつ加えていくが、これも一気に注いではいけない。卵が熱で固まってしまうし、牛乳は沸騰させてしまうと膜が張るのでここも注意だ。

 鍋に移して火にかけ、さらさらな状態からもったりした状態になるまで木べらで混ぜ続けたら完成だが、ここが一番重要で、また失敗しやすい箇所でもあるので最後まで気を抜けない。

 出来上がったカスタードクリームをバットに移し、粗熱を取る。うん、表面に艶が出ていい感じだ。バニラビーンズかバニラエッセンスがあれば良かったのだが、贅沢は言うまい。今後の課題だな。


「冷やしても美味しいけど、温かい方がより風味を味わえるから、試食してみて」


 久しぶりに作ったが、意外と覚えてるものだな。妹はこのほんのり甘いカスタードクリームが大好きだった。ちょっぴりしんみりしながらスプーンでひと掬いし、口に運ぶ。ああ、我ながらいい仕事をしている。地球の市販のものより甘さ控え目で美味しいじゃないか。


「これは………!」

「旨い!」

「嘘だろ………」


 恐る恐るといった体でそれそれがカスタードクリームを口にした途端、思い思いの感想を呟く。嘘だろと口走ったやつ出てこい。


「じゃあ次はレモンカード」


 そう告げて、俺はレモン片手に微笑んだ。焼いたトーストに塗って食べると旨いんだ、これが。


 レモンの皮の白い部分を避けて磨り下ろす。白い部分は苦味があるから入れちゃいけない。俺はこの苦味が好きなのだが、妹には不評だった。甘いのに苦いなんて意味分かんないと言われた在りし日を思い出し、はははと乾いた笑いを漏らす。クリフに心配されたが、気にしないでくれ。ちょっと感傷的になっただけだ。


 さて、次はレモン果汁を搾る。この作業が一番面倒だ。しかも浩介の体じゃないから搾るのも一苦労だ。察したクリフが代わってくれた。ありがとう、本当にありがとう!

 溶き卵を濾しながら鍋に移す。更に卵黄を足すのが肝所だ。色も味もカスタードっぽく濃くなって美味しいのだ。

 搾ったレモン果汁と砂糖、サイコロ状に切った無塩バターを加え、火にかける。とろりとしたら火から下ろし、レモンの皮を加える。


「レモンの皮を混ぜ終わったら、完成。さあ食べてみて。熱いから気をつけて」


 カスタードの時とは違い、躊躇いなく料理人たちがスプーンを口に運んでいく。

 俺も続いてぱくりと一口。うん、甘酸っぱくて濃厚で、レモンの風味が鼻を抜ける感じがまた懐かしい。


「レモンの風味が何とも爽やかだ」

「甘過ぎず、こくもある。ジャムとはまた違うな」

「この二つ絶対売れますよ!」

「おい、姫様のレシピを勝手に公表するなよ」


 俺のレシピって訳でもないんだけどね。別に公表しても構わないよ?

 残った卵白は勿体ないから、砂糖と無塩バターと小麦粉を加えてラング・ド・シャを作ってもいいかもな。それかメレンゲクッキーか。


「それで、どう? ポンの中身に使えそう?」

「ええ。これならば問題なく使えます。早速試してみましょう」

「やった!」

「しかし姫様、一体どこでこのようなことを覚えられたのです?」


 まあ、そう思うよな。料理人たちが一様に頷いてこちらを見つめてくる。

 本当のことを言うわけにもいかないし、返す言葉は決まっている。


「内緒」


 本気で誤魔化せるとは露ほども思わないが、とりあえずにっこりと微笑んで有耶無耶にしよう。すまん。

 すると、クリフを始めとする料理人一同が、ああ、姫様だしなぁ、などと呆れた様子で頷いているではないか。

 待て。その認識はどういう意味だ。それで納得してしまえる俺の印象とは一体なんなんだ!


「姫様。これからこのカスタードクリームとレモンカードを使ってポンの試作に入りたいと思いますが、姫様はどうされますか?」

「失礼します。お嬢様、旦那様がお戻りになられました。習練場へお越しになるようにと言伝てにございます」


 さらりと流そうとしたクリフを問い質したいが、ブレンダが先触れにやって来てしまったので仕方ない。

 控えていたファニーがカスタードクリームとレモンカードに手を伸ばそうとしていたが、見逃さなかったカリスタに容赦なく手の甲を叩かれていた。


「わかりました。すぐ参ります。という事で、クリフ。後はお願いしてもいい?」

「勿論です。完成しましたらお届けします」

「ありがとう。楽しみにしてる」


 一礼して見送ってくれる料理人一同に頷き返し、お父様がお待ちになっている習練場へと向かった。


 恐らく昨日買い占めた魔法陣の実験をするのだろう。

 魔素が嫌う疑似魔法だが、元地球出身者としては馴染み深い科学の時間だ。どんな種類があるのか楽しみだな。








『ポン』はアイヌ語で「小さい」、

『エウペ』はスワヒリ語で「白」という意味です。

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