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28.家族と街散策 2

ブクマ登録&評価をくださった方々、ありがとうございます!

大変励みになります!

また読んでみたいと思って頂けるよう、これからも精進して参ります!

 



「ほわああぁぁぁぁ~……………」


 馬車が三台は余裕で交差できる広さの石畳を挟んで、赤砂岩の店舗がところ狭しと軒を並べている。そのほとんどが壁面看板なのだが、思い出したようにぽつりぽつりと何店舗かの壁から袖看板が突き出している。その一つ一つが円形だったり楕円形だったり、正方形に近い横長の長方形だったりと、形は様々だがネオンのように縁や文字に時折光が走るのは共通した様式のようだ。

 そのうちの一つの突き出し看板の前に立ち、俺は感嘆の声を上げた。

 初めての外出でちらりと目撃した、あの看板の前にだ。

 すかさずカリスタがだらしなく開いた下顎を素早く閉じたが、そんなことに構っていられない。


「リリーは変なものに興味を持つね」

「そうよねぇ。四歳の令嬢が興味津々に見つめるようなものではないわよねぇ」

「リリーのことだ。きっと使われている技術に興味を引かれたのだろう」


 はい、お父様正解です! お兄様とお母様は黙っててください。


「お父様。あの看板は、どうして光っているのですか?」

「ああ、気になっていたのはそこか」


 寧ろそこ以外で気になる箇所を探す方が難しいです。別に看板自体は地球にあるアンティークな装いの突き出し看板と遜色ないのだから。


「光って見えるのは、そのように術式が書き込まれているからだよ」

「術式? 魔法陣とは違うのですか?」

「同じようなものだ。威力は落ちるが、適性のない者でも七属性魔法が使えるよう作られたのが魔法陣だが、そこに術式を加えることで特殊な使い方も可能になる。例えば魔法誓約書の透かし絵や、この看板もそうだな。術式を組み込むことで用途の幅が広がるんだ」

「おお~」


 なんて夢の広がる話だろうか。聞いているだけでわくわくするな!

 魔法陣や術式などお目にかかったことがないので、どんな種類があるのか、どういった効果があるのか、いろいろと調べてみるのも楽しそうだ。

 そこではたと思いつき、俺はお父様、と袖を引いてこそっと耳打ちした。


「魔法陣で発動される魔法や、さらに術式を加えた魔法陣では、魔素がどう動くのかすごく気になります」

「ああ、確かにそれは興味深い」


 袖を引いた俺に合わせてしゃがみ込んでくれたお父様が、俺の疑問を受けて少年のように目を輝かせた。


「リリー、とりあえずあの看板はどう見える?」


 お父様は片膝ついたまま、俺が見上げていた袖看板を指差し小声で尋ねてくる。言われたとおり看板を見上げたが、たまに光が走る以外の特殊な何かを見つけることはできない。

 俺はお父様に首を振って見せた。


「見えないか?」

「魔素は近寄ってさえいません」


 そうなのだ。気になっていたが、どの袖看板にも魔素は反応していない。我が家の至るところに浮遊している魔素と同様、街中にもそこかしこに存在しているのだが、魔法の気配がする突き出し看板には全くと言っていいほど無反応だった。これは一体どういうことだろう?

 看板に組み込まれているという特殊加工が施された魔法陣と、発動する適性魔法とでは根本的に仕組みが違うのか、魔法陣そのものを魔法と区別して考えるべきなのか、魔法陣を見たことがない身としてはこれ以上の判断材料はない。

 俺の小さな返答に、ふむ、と考え込むお父様。お兄様とお母様が首を傾げていたので、俺は袖看板を指差したあと、ナーガを指し示した。それだけで内緒話の中身が何だったのかを察してくれたのは、お兄様とお母様だけではなかったようだ。一様に納得した顔で頷いている。


「魔法陣の画かれた属性符を七属性すべて購入しよう。様々な用途に派生した特殊符もあるだけ全種類手に入れる。ちょうど都合よく札売り屋の前だ。エイベル」


 お父様が突然大人買い宣言をした。驚く俺をよそに、エイベルは畏まりましたと一礼し、件の札売り屋さんへと消えていった。


「お、お父様、金額がとんでもないことになるのでは」


 大したことはないとお父様はにこやかに告げるが、俺は前世の庶民根性が抜けていないので、つい頭の中で算盤を弾いてしまう。あわあわとしていたが、ふとお父様の浮き足だった様子が何となく伝わってきて、自分のための知的好奇心でもあったのだと理解した途端、妙な焦りは静まった。

 お父様の個人的な楽しみも多分に含まれているなら、俺も遠慮する必要はないかな。

 この目で全ての魔法陣と術式の確認をできるなんて、俺は本当に恵まれている。温かく理解ある家族と、心から仕えてくれる使用人たち。そして大人買い出来るという地位と資産の何とありがたいことか! 金食い虫ですみません!


 しかし、お父様は魔素の新発見については少年のような純粋さを発揮する人だよなぁ。まぁ、大人買いは少年のやることではないので、そこは大人のごり押しを感じてしまうが。総額が恐ろしい………。


 都合よく札売り屋の前だ、とお父様も言っていたが、本当に偶然だが俺が馬車の窓からちらりと目撃した唯一の看板が、まさかの札売り屋さんだったのだ。某かの力が働いた結果なのでは、と考えるのは穿ち過ぎだろうか。


 俺はちらりと首元でくつろぐナーガを見下ろした。

 ナーガも魔法の気配に敏感だ。しばしば他の魔素の動きを気にする素振りを見せる。時折魔素と会話しているかのように、周囲に集まった魔素とじっと視線を交わしていることもある。

 あれは本当に会話しているのではないだろうか? 情報を交換している、とか? そう仮定すると、やはり魔素にはナーガのような意思が備わっているということか?

 じっと見つめていた俺の視線に気づいて、ナーガがこちらを見上げた。ピュイと鳴いて小首を傾げている。

 ナーガに尋ねることが出来たら、答えを教えてもらえるんだろうか。それよりもいっそのこと、魔素と意思疎通できればたくさんの謎が解決しそうだよな。

 そんなことをふと考えて、はっと口を押さえた。無意味な行動だが、口を滑らせたような感覚に陥ったからだ。

 金と銀の魔素が大量に動き始めた。しまった、やらかした! 街中だというのに、創造魔法が発動してしまう!


「リリー? どうした?」


 ずっと片膝を着いたまま俺と視線の高さを合わせてくれていたお父様が、いち早く俺の異変に気づいた。街中だということを考慮して、俺は久々に念話を使った。


『創造魔法が発動してしまいましたっ』

「は!?」


 何で、とありありと分かる顔でお父様が目を見開いている。背後にいるお母様とお兄様も、使用人たちにも念話は繋がっているので、一様に驚愕の視線を向けてくる。


「な、何を想像してそうなった? というより、発動とは今まさに何かが起こっているということか? 何が起こっている?」


 お父様の焦りを含んだ囁きが俺に向けられる。俺も大いに慌てているので、通行人が不思議そうにこちらを横目で見ては通り過ぎていく。


『魔法陣と適性魔法の違いを考えていました。ナーガを含め、魔素が魔法陣に反応しない理由を、ナーガや魔素と意思疎通できれば解明されるのでは、とつい考えてしまって』


 それで、創造魔法に応えてくれる金と銀の魔素が大量に動いたのだ。

 お父様を始めとする一同が、茫然と俺を見つめた。俺も途方に暮れた視線を返す。

 俺の願いに応え、魔素が動いた。創造魔法は発動されている。これは間違いない。けれど、どういう形に発動されたのかが分からない。他の魔素に動きはないし、ナーガもこちらを見上げてはいるが変わらないように見える。


 そう思った、そのとき。


『叶えられた』


 頭に直接響くような、子供のように高い声が耳朶を打った。


「―――――え?」


 一瞬どこから発せられた心の声なのか分からなくて、辺りをきょろきょろと見渡してしまう。


『こっち、ナーガだよ』


 そうじゃないかと頭の片隅にあった事実を、ナーガ本人に肯定されては現実逃避のしようがない。


(……………俺、やっちゃった?)


 俺の心の声に、ナーガは小さく頷いた。


『ナーガだけじゃなく、みんなも』


 俺はナーガの視線を追って、苦虫を噛み潰したような顔をした。ナーガの示したみんなとは、どう考えても集まってくる魔素以外にあり得ない。

 やはり魔素には意思が備わっていたのか。


『こんにちは~』

『わ~。会話できる人間なんて初めてだ~』

『女の子?』

『女の子だね~』

『でも中身ちょっと違うね』

『うん、違うね~。なんでかな?』

『ここ居心地いいね~』

『ぽかぽかするね~』


 一斉に喋りだした。耳を塞いだところで意味はない。脳に直接届くのだ。物理的に防ぐことは不可能だろう。しかし喧しい! ナーガはいつもこんな騒がしい会話をしていたのか?

 しかし、魔素やナーガの声が一様に子供のように高いことに驚きを隠せない。魔素とは、聖霊とは、子供を模しているのだろうか。親しみやすいように? いや違うな。そもそも人に魔素は視認できない。声すら聴こえないのに、親しみやすさなど必要ないだろう。では何のために?


『それはね、ナーガたち聖霊は、神の子だからだよ』


 俺の疑問にナーガが答えた。答えてくれるのか。

 いや、それよりも、神の子だって?


『そう。神の子であり、神の一部。繋がっているから、個ではなく全』


 全? じゃあ魔素もナーガも神も同一?


『同一。でもナーガたちは神じゃない』


 同一なのに? 訳がわからなくなってきた。混乱する頭をコツンと叩いて、処理能力の著しく落ちた脳みそを叩き起こす。

 同一なのに神じゃないなら、何なんだ?


『神の一部から複製された、神の劣化版』


 なるほど、理解した。同一でありながら同列にないのなら、俺にもそれしか思い至らない。


「リリー、何が起きている」


 おっと、そうだった。中途半端に伝えたまま、お父様たちを放置していた。


『ナーガと魔素と、意思疎通が叶ってしまいました』

「それは、また………」


 何とも言い難い表情でお父様が呟く。お母様やお兄様も同様だった。


『ナーガも魔素も神と同一であり、神の一部から複製された神の劣化版だそうです。同一であっても、同列ではないと』


 皆の目が驚愕に見開かれる。だよね、分かります。俺も心底驚いたもの。


「そのような情報は前代未聞だ。これが知れれば歴史が変わるぞ。遺された史料は紙屑同然になってしまう」


 そうだろうな。そもそも人間は魔素を視認できないのだから仕方ない。俺はどうやら、またとんでもないことをやらかしたということだ。もう、呼吸するように問題引き起こしている気がしてきた。

 そこで俺は、はたと気づいてしまった。わざわざ散財してまで魔法陣の検証をせずとも、ナーガたちに聞けば一発で解決してしまうということを。

 あわあわと謝罪する俺に対して、お父様は事も無げに言った。


「それはそれ、これはこれだ。検証や議論は楽しかったろう?」

「はい。とっても」

「私もだ。リリーと考察する時間は金などよりずっと価値がある。だから札売り屋で買い占めることなどどうということもない」


 お父様が晴れやかに、男前なことを宣う。もう、うちのお父様格好良すぎ! 浩介なんて足下にも及ばないよ! 大好きですお父様!


「はは! 私も大好きだよ」


 あ、声に出して言っちゃってましたか。


「リリー、僕は? 僕のことも大好きだよね?」


 おっと、お兄様がやきもち焼いてますよ。可愛いなあ、もう!


「はい! 大好きです! お母様も、使用人のみんなも、大好きです!」

「まあ。わたくしも大好きですよ」

「僕も大好き」


 抱きしめるお兄様ごと、お母様が俺を包み込む。お父様はさらにお母様ごと抱き締めた。使用人たちもほっこりと微笑んでいる。はぁ、幸せ。

 往来で何やってんだという苦情は受け付けない。ごめんなさい。


 イクスにはこんな瞬間が一度でもあったのだろうか。俺はあいつが心配で仕方ない。子供の人格形成には家庭環境が最も重要だというのに、イクスにはその土台がそもそも破綻してしまっている。一夫多妻はそういう意味でも弊害が多いな。

 よし、まともに実家で菓子を食べられないイクスのために、お土産を買って帰ろう。

 一同に会して同じものを口にする分には大丈夫らしいのだが、菓子などの嗜好品を個人で楽しむ際には毒を盛られることもあるのだとか。致死性のある毒ではなく、数日間寝込む程度の弱い毒を使われるらしい。陰険なことだ。

 イクスが唯一の男児で跡取りでなければ集中的に攻撃されることもなかったのかもしれないが………。もううちの子になっちゃえよと言ってやりたくなるな。


『ナーガは?』


 ナーガが少し拗ねたように聞いてくる。神の一部と知りつつも、ナーガの可愛さを前にそんな事実は霧散する。可愛いは正義だ!


「もちろん大好きに決まってる!」

『ナーガも~!』


『ボクたちは~?』

『ナーガだけずるい~』

『わたしたちもナーガと同一なのに~』

『大好きだよね~?』


 おっと、今度は聖霊さま方がやきもちですか。よし、どんと来い!


「大好きだよ!」

『わーい!』

『ボクも大好き~!』

『わたしも~!』


 大量の極彩色に纏わりつかれた俺は、目がチカチカした。たくさんの光の洪水に呑まれている今の俺は凄いことになっているのだが、残念ながらこの様子を理解してくれる人間は一人もいない。俺が一人で告白大会を開催しているような状況だ。


 恐らく、魔素と意思疎通を可能にした奇跡は同等の対価で支払うことになるだろう。ナーガを創造した時点で人の領分を軽く超えているのだ。いつ引き起こされるものかは不明だが、俺に降り掛かるという全ての困難とやらに対抗し得る力をつけなければならない。

 手始めに着手したいのは、命を繋ぐ光魔法だな。




 とりあえず俺は、ナーガたちと意思疎通を願うきっかけになった術式魔法陣の件を聞いてみることにした。


『ナーガ。壁から突き出しているあの看板に、どうして魔素は寄り付かないの? あれも魔法でしょ?』

『あれは疑似魔法であって、魔法とは別物』

『疑似魔法?』

『魔力を必要としない、術式の力業。ナーガたちはあれが嫌い』

『魔法陣は術式の力業?』


 俺の念話の声しか聴こえていないお父様たちも、大まかには理解できたようだ。

 しかし、魔法陣が魔力を必要としないとは思わなかったな。袖看板からは確かに魔法の気配がするのに。

 術式の力業ということは、地球の科学に近いのかもしれない。


『ナーガ。化学って聞いてわかる?』

『わかる』

『じゃあ火の仕組みで確認する。火の点火には燃料となる可燃物、燃焼継続の連鎖反応を生み出すための酸化剤、引火点を越えるための熱が必要だよね? それを地球では化学と呼んでいた。ナーガの言う疑似魔法は、これに該当するんじゃない?』

『うん。そのとおり』

『やっぱり』


 そうか、魔素は科学を毛嫌いしているのか。道理でどの看板にも、特に札売り屋の周辺に一切魔素が寄りつかないわけだ。


「リリー、僕たちにも分かるように説明して。そのカガクというものは一体なに?」

「それは―――」

「待て、リリー。それは帰ってからにしよう」


 言外に衆目があると告げたお父様の言葉にはっとして、俺とお兄様は頷いた。

 全ては帰宅してから、検証を兼ねて解明していこう。






 ◇◇◇


「お待たせ致しました」


 しばらく経って、話し込んでいた俺たちの元へエイベルが手ぶらで戻ってきた。


「量が多いので、グレンヴィル公爵邸へ配達をお願いしたのですよ」


 疑問が思い切り顔に出ていたようで、エイベルがにこやかに正確すぎる返答をした。

 そりゃそうか。配達って手があることをすっかり失念していたよ。前世では専ら買い物といえば通販だったのに、ずいぶんとお世話になった配達の存在をころっと忘れるなんてなぁ。まあこの世界と地球の買い物環境がまったくの別物過ぎて、配達と言えば通販という認識がこちらの事情と結び付かなかったということでもあるのだが。


「他に気になるものはある?」


 お兄様からの質問に、俺は辺りをきょろきょろと見渡した。

 馬車の窓から興味を引かれたものは粗方確認できてるからなぁ。他に気になるものと言えば―――んん?


「気になるものを見つけました」

「どれ?」

「あれです」


 俺が指差した方へ、全員が視線を向ける。俺が指し示したのは、人で賑わっている菓子店だった。


「甘い匂いがします」

「リリー………」


 お兄様を始めとする、両親や使用人たちが似たような生暖かい視線を向けてくる。

 何ですか、その目は。かなり不本意なことを考えてますね?


「さっきお腹がはち切れそうだって言ってたのに、もうお腹すいたの?」

「違います。砂糖は高級品だと聞いたのに、平民にも流通しているようなので気になっただけです」

「でも食べてはみるんでしょ?」

「食べなきゃ判断できませんので」

「物は言いようだなぁ。結局食べることになるのに」


 お兄様がくすくすと笑っているが、俺は取り合わない。これは謎究明であって、決して食い意地が張ってる張ってないなどという話では断じてないのだ!


「はいはい。言い訳はいいから食べに行くよ~」


 嘘じゃないのにー! くそぅ!

 イクスに買うお土産を選ぶ目的もあるから、嘘は言ってない!

 お兄様に手を引かれながら、俺はむすっとふくれっ面をした。


 道すがら、お父様が砂糖流通のからくりを話してくれた。

 何てことはない。一歳半の頃に俺が頼んでおいたサトウキビ栽培の改良を試みた結果、安定した収穫量を確保できるようになったということらしい。

 しかし需要が増した結果、売り上げは以前の比ではないそうだ。我がグレンヴィル公爵領でせっせと大量に栽培され、領地は大変潤っているらしい。お役に立てて何よりです。


 到着した店舗は盛況していた。客層は裕福な家庭の者だけでなく、明らかに平民だとわかる簡素な格好をした人たちも多い。

 テーブルや棚などの什器に、洋菓子に似た菓子がところ狭しと陳列されていた。その中で俺の目を引いたのは、子供の手のひらに収まるほどの大きさをした、丸いお菓子だった。


「中身はなんだろう………外は薄皮?」


 俺はナーガに食べちゃだめと念押ししてから、覗き込んで観察した。

 見た目はポンデケージョに似ているけど、香りがまったく違う。


「食べてみればわかるよ。すみません、これを三つください」


 お兄様があっさり注文を済ませ、ナーガに一つ、俺に一つ手渡してくれる。

 礼を言ってから、半分ほど残してかじった。口中に広がるほんのりとした甘味と、鼻を抜ける乳製品の香りに心当たりがあった。


(練乳みたい)


 練乳ほど甘くはないが、素朴な甘さがかえって俺にはちょうどいい。かじった断面を見ると、中にとろりとした白いクリームが入っている。日本のポポ○ンに似ているな。それか台湾のお菓子、小○芙に似ているのかな。

 ナーガも美味しい美味しいと喧しく騒ぎながらがっついている。またしても店員さんたちが目を白黒させていたが、ごめんなさい、気にしないでください。毛は抜けないし臭いもしない子なので、大目に見てもらえるとありがたいです。


 練乳は牛乳と砂糖さえあれば簡単に作れるからな。菓子としては使い勝手がいいよな。でも俺なら―――。


「カスタードクリームが合いそう」


 俺の呟きを拾ったのは、目を輝かせたお母様だった。


「それはどんなもの? クリフに言えばすぐに作れるもの?」


 クリフとは、グレンヴィル公爵邸お抱えの自慢の料理人だ。

 ナイスミドルの、今風で言うイケおじだ。若い頃は相当モテたに違いない。


「はい。卵と牛乳と砂糖と小麦粉があれば作れますから。あっさりとした甘さが癖になりますよ」

「まあ! では早速クリフに作ってもらわなくちゃ」

「レモンカードも作ってもらいましょう。これもレモンと卵と砂糖とバターで作れますから。甘酸っぱくてこれも美味しいですよ」

「まあ! 楽しみ!」


 聴こえていたらしい店主と思しき男性が、大急ぎでメモを取っている姿を視界の端に認めた。まあ材料だけが分かったところで知りもしないものを再現することは不可能に近いが、別に俺が考案したメニューでもないし、挑戦するのは自由だ。頑張れ。


 薄皮は小麦で出来ているようだが、これをクリフに買って帰れば再現してくれるだろう。中身がカスタードクリームとレモンカードのお菓子を。イクスにはそちらを食べさせてあげたいな。


 喜んでくれるかな~。







長くなってしまいました。

最後まで読んでくださりありがとうございます!

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