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26.王宮にて

家族でお出掛けした後の、とある日の一幕です。

次話と時期が前後してしまいます。


短めです。

 



「最近機嫌がいいな、アレックス?」


 バンフィールド王国の王宮の一室、第一王子の私室にて、側近候補たちの勉強会が開かれている中、こそっと部屋の主である第一王子シリル・バンフィールドが尋ねた。

 シリルは近頃のアレックスの様子に違和感を感じていた。いつも余裕がなさそうで、抜き身のナイフの如く周囲に当たり散らしていたアレックスが、この間から妙に落ち着き払っていて、憑き物が落ちたように穏やかなのだ。


「別に。ただ親友が俺の心を掬い上げてくれた。それだけだ」

「親友? そんな存在が君にいたのか?」

「ああ」

「へえ。気になるな。どんな人物なんだい?」


 問われたアレックスが、何かを思い出した様子でくくくと喉の奥で押し殺すように笑う。

 その様が、何となくシリルには面白くない。


「風見鶏みたいな奴なんだ」

「日和見主義ということか? 信用できないじゃないか」

「いや、そういう意味じゃない。あいつは場に合わせた柔軟な使い分けができるというだけで、日和見主義じゃないんだ」

「同じ意味じゃないのか?」

「違う。あいつは………あいつは、本当にいいやつなんだ」


 シリルは一層怪訝に思った。アレックスの言う違いがどうにも理解できない。

 勉強会を終え、挨拶して退出していく側近候補たちを見送ったシリルは、真剣な面持ちでアレックスを見た。


「貴族なんだよな?」

「リリーか?」

「リリー? ちょっと待て。女の子なのか?」

「女………とするには些か無理がある気もするが」

「どっちなんだ。いや、それより君が女の子を躊躇いなく親友と呼ぶなんてあり得ない。騙されてるんじゃないよな?」

「リリーが俺を? それこそあり得ない」


 シリルは段々と頭が混乱してきた。

 アレックスが女嫌いになった経緯を知っているシリルとしては、今のアレックスは偽者なんじゃないかと疑いたくなるほどあり得ない姿だった。口癖が「女は嫌いだ」だった男が、急に女の子を手放しで信用して、(あまつさ)え親友だと世迷い言まで言うのだ。騙されていると仮定する方がすんなり納得できる。それほどまでに別人のようなのだ。


「リリーは初対面で俺と口喧嘩したあと、喧嘩両成敗だと言って笑ってくれた。俺の数々の無礼を許してくれたんだ。あいつといると肩の力を抜くことができて、とても呼吸がしやすいんだ。とても居心地がいいんだ」


 アレックスと口喧嘩をする女の子? 益々意味が分からない。

 容貌の優れたアレックスは、知り合う令嬢方が揃いも揃って惚れてしまうのが常だった。アレックスによく思われたくて猫を被るのがご令嬢方の共通点だというのに、口喧嘩だって?


「いったいどんな女の子なんだい?」

「そうだな………まず見た目と中身が一致しない」

「は?」

「自分の目で確かめた方がいい。あいつの人為を説明するのは難しい」


 そう言って、アレックスは可笑しそうにくつくつと笑った。

 本当に珍しい。アレックスがこんなゆるゆるとした雰囲気で微笑むなんて、今までからは想像できない変化だった。


「そのうち五歳のお披露目で会うことになる。あいつも六公爵家の一角を担う家系だし、俺たちと同い年だから」


 シリルは瞠目した。六公爵家で同い年の少女と限定すれば、数はかなり絞られる。

 現在六公爵家に誕生している女児の数は、確か三十人を超えていたはずだ。六公爵家は妻を多く娶る慣習があるので、自然と子の数も多くなる。分家を含めれば更に膨大な数に上るだろう。

 アレックスの父親であるアッシュベリー公爵にも複数の夫人がおり、それぞれに子供がいる。男児はアレックスだけだが、年の近い姉妹が七人いたはずだ。

 夫人方に姉妹たち、加えて息子を顧みない実母と、アレックスの周囲にいる女性たちが彼の心的外傷を悪化させてきた。それを掬い上げたという少女が六公爵家の中にいる?


 同年代というと、アレックスの妹二人が数ヵ月遅れで産まれたので、会ったことはないが彼女たちも同い年ということになる。だが二人は除外していいだろう。アレックスが身内をまったく信用していないのはよく知っている。妹たちであるはずがない。

 では他の六公爵家のご令嬢だろう。

 同い年だと限定していいのであれば、残るはエイマーズ公爵家に三人、チェノウェス公爵家に五人、リックウッド公爵家に二人、ストックデイル公爵家に二人、そして、六公爵家で唯一ただ一人の夫人しか娶らなかったグレンヴィル公爵家に一人。


 シリルの呟きを聞いていたアレックスが、心底呆れた目を向けた。


「お前な……………相変わらずの女たらしだな。何で六公爵家の令嬢の数を把握してやがる」

「失敬な。これは嗜みだと言ってほしいね」

「将来的にあちこちに愛人なんて作ってくれるなよ」

「要らぬ心配だよ、アレックス。僕は博愛主義なだけであって、複数を囲い込めるほど器用でもないよ」

「俺は態度の話をしているんだが」

「女性の美しさを称えないのは失礼にあたるよ」

「お前のそれは、今日の天気の話をするみたいに気軽に言い過ぎだ。そう囁かれた女共が額面通りに受け取るから面倒が増えるんだろうが」

「僕の言葉ひとつで花が綻びるみたいに頬を染める姿は、見ていて心地よいよね」


 アレックスは盛大にため息を吐いた。何度言っても返される言葉は同じで、いい加減放置してしまいたくなる。将来修羅場と化して刺されれば理解するだろうか。側近候補としてそれではいけないことは分かっているが、正直刺されてしまえと思わなくもない。


「リリーか。来年が楽しみだな」


 聞き咎めた言葉に、アレックスの眉が寄った。


「自分の目で確かめろとは言ったが、一つ忠告しておく。リリーとは言い争うな。俺はあいつに一生口で勝てる気がしない」






 ぱちくりと瞬いたシリルが、この忠告を身に染みて実感するまで、あと十ヶ月。





ようやくシリルも登場しました!

幕間扱いの話ですが。


主人公の与り知らぬところで王子に認識されていた、というお話。


お察しのとおり、アレックスの語る『リリー』とプロローグで公開プロポーズした相手が同一人物であると、あの時点での彼は気づいておりません。


0話のプロローグまでもう少し掛かりますが、物語がプロローグに追いついた後は、時系列で進んでいきますのでもうしばらくお付き合いください。



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