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25.アレックスの闇

ついに新元号が発表されましたね~


『令和』! 思い付きもしなかった!

 




「お嬢様。アレックス・アッシュベリー様からお手紙を預かっております」


 カリスタの言葉に俺は首を傾げた。

 イクスが俺に手紙? 何で?


「直接話に来ればいいのに」


 呟きを耳にしたカリスタが呆れた面持ちをした。


「お嬢様、貴族の訪問にはまず先触れがございます。訪ねる旨をしたため、訪問の是非を問うための手紙です。私は以前にお教えしたはずですが」

「ああ! 先触れね!」


 貴族って面倒臭いな!

 いや、普通か? 地球でも訪問の是非を問う電話やメール、手紙やハガキなどの郵便もあったか。


「どれどれ……ふむふむ……」


 受け取った手紙は、カリスタの指摘通り訪問の許可を願う内容だった。

 イクスから俺へ直接ということは、父親であるアッシュベリー公爵を通したくないということだろう。あの親子は相変わらずの確執がありそうだ。


「使者は待ってる?」

「はい」

「じゃあ口答で返事してきて。お受けしますと」

「畏まりました。では、アレックス様は庭園のガゼボへご案内致しますか? それともサロンへ?」

「うん? ここでいいんじゃないの?」

「お嬢様―――」


 あ。これはまた間違いを犯したらしい。え、どこで間違った?


「未婚のご令嬢が男性を私室へ招き入れるなどはしたない行為にございますよ」

「ええ? 未婚のって、わたくしもイクスもまだ四歳なのに?」

「四歳であられても、男女に変わりございません。貴族とはそういうものです」

「面倒くさっっ」

「お嬢様」


 えー、だって子供だぜ? 四歳児に男女の云々を当てはめるのが貴族なの? 何それ本気で面倒臭い!

 それに男女って。俺とイクスを男女って。俺とイクスは男友達だと言っても大人は誰も信じてくれない。嘘じゃないのに。イクスは俺を男だと思って接してるし、俺も心はまだまだ男だ! 断じて男女じゃないぞ!


 俺の訴えは素気無く黙殺された。酷いよカリスタ。


「じゃあガゼボにお通しして」

「承知致しました」


 折り目正しく一礼して退出していくカリスタを物言いたげに見送ってから、俺は先駆けてガゼボへ向かうことにした。その内使者から返答を聞いたイクスが訪ねてきて、使用人がガゼボへ案内するだろう。


「お母様に報告してから、ガゼボへ向かいます」

「畏まりました」


 意を受けたファニーとブレンダ、ケイシーが目礼を返す。


 さて。イクスが好むお茶菓子でも用意して待ちましょうかね。






 ◇◇◇


「リリー、突然の訪問にも関わらず、許可を出してくれてありがとう」

「やあイクス。それは構わないよ。お前なら大歓迎だ」


 訪ねてきたイクスをガゼボで迎えた俺は、満面の笑みで答えた。

 イクスの隣は肩肘張らずにいられるから居心地がいいのだ。訪問を拒絶する理由がない。

 男口調になることをカリスタは快く思っていないが、他家の公爵家嫡男がこのようにと望んでいることから、カリスタは仕方なく口を噤んでいる。だがあくまで仕方なく、という姿勢は変えない。それがカリスタだ。今も歯軋りが聴こえてきそうな形相でこちらを睨んでくる。

 せっかくの美人が台無しな顔になってるぞ、カリスタ。俺はお前の婚期が心配だ。


「感謝する。……………ところでリリー」

「なんだ?」

「その首に巻き付いている生き物はなんだ?」


 はい、早速来ました、予想通りの質問です。

 返す答えは両親とエイベルとで準備済みですよ!


「ラースカのナーガだ」

「……………なんだって?」

「だから、オールコック王国の固有動物、ラースカのナーガだよ」

「オールコックのラースカ?」


 何を言っているのだと言わんばかりにイクスの眉が寄った。

 いいから納得しとけ。


「そのラースカとやらを知らないが、胴が長過ぎないか?」

「イクス。それは口にしちゃいけない」

「え?」

「ナーガは賢くてな。人の言葉がわかるんだ。ナーガが気にするような発言は控えてくれ」

「そ、そうか。それは悪かった」


 ごめんな、とイクスがナーガの背を撫でた。

 よしよし。思った通り素直な奴だな、イクス。俺はそういうお前が大好きだぞ。

 にんまりしていると、イクスが怪訝な目を向けてきた。


「何を笑っている? 気持ち悪いな」

「失礼な。暖かく見守るこの俺の優しさを何と心得る」

「何と心得ると言われてもな。しかし恐ろしく肌触りのいい毛並みだな」

「だろ~? 癖になるよな!」

「ああ」


 よし、イクスもナーガの毛並みに虜になったな。分かるぞイクス。

 ピュイ、と可愛らしく鳴いて、背を撫でるイクスを見上げるナーガ。くっそ可愛い………!

 身悶える俺と同様に、イクスもぷるぷると震えた。視線がぶつかった途端、俺とイクスは頷き合った。いま心は一つになった。


 ―――うちの子めっちゃ可愛い!!


「たまらないな………」

「分かってくれるか、イクス」

「ああ。心から理解した」


 俺たちは無言で固い握手を交わした。

 ここに、ナーガを愛でる会がめでたく発足された瞬間だった。


 視界の端でカリスタが呆れた様子で首を横に振っていたが、そもそもナーガに興味を抱いていないカリスタには分かるまい。この極上の手触りとつぶらな瞳、愛らしい鳴き声に、いつかどっぷり嵌まらせてやるぞ、覚悟しておけカリスタ!

 ふんすと鼻息荒くひっそり決意表明していると、ひとしきり撫でて満足したのか、イクスが抱えていた包みをテーブルに置いた。


「今日はずいぶんと機嫌がいいが、何かあったのか?」

「うん? 機嫌良さそうに見えた?」

「うきうきしているように見える」


 ああ、と俺は思わず苦笑した。

 遠足を前にはしゃぐ子供のようで恥ずかしいな。


「実はな、明日家族で初めて城下町を散策するんだ。前にイクスと初めて会った時、お母様とお婆様と出掛けたんだけど」

「ああ、あの時は本当にすまなかった。嫌な態度だった」

「それはもういいんだよ。俺もお前の気持ちを汲めず言いたい放題言っちゃったし、お互い様だ」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 そう、これは喧嘩両成敗。後日思い切り罵った俺の方がたちが悪いだろう。こちらこそ本当にすまなかった。


「それで?」

「ああ。あの日は初めて外出した日だったんだよ。生まれて初めてこの邸の外に出た」

「その割りには楽しそうじゃないな」

「察しのとおりさ。アバークロンビー侯爵家のお婆様が、なんと言うか、よく言えば天真爛漫?」

「ああ、何となく察した」


 イクスの表情が歪む。恐らく似たような性情を持つ女性が父親の近くにいるのだろう。夫人方の誰かか、もしくは複数か。


「お前も相当苦労してんだなぁ……」

「今は俺のことはいいさ」


 うっかり呟いてしまった同情に、イクスが肩をすくめて見せる。

 ()()ということは、いずれは話してくれる気になったということだろう。いいよ、俺が捌け口になってやるさ。


「明日は、その仕切り直しで出掛けるんだ。実質初めての街散策だ。以前馬車の窓からしか見られなかった色んなものの謎究明に、今から浮き足だってんだよね、俺」

「そうか。初ならば興味は尽きないだろう」

「そうなんだ。イクスは街に出たことある?」

「ああ。二ヶ月前に済ませている。でもお前の疑問には答えないぞ」

「なんで?」

「散策するんだろ? 謎解きの楽しみは取っておくべきだ」

「お前………めちゃくちゃいい奴だな!」


 破顔一笑で称賛したが、イクスは視線を逸らすだけだった。しかし、耳の縁が赤く色づいており、微かにぴくぴくと動いている。これは、イクス特有の照れ隠し、か?

 なんだそれ! 可愛い奴め!


「それ止めろ」

「どれ?」

「にやけ顔を止めろ」

「え~。だって、イクスが照れてて可愛いからさ~」

「照れてない」

「照れてる」

「照れてない」

「照れてる」

「照れてない」

「……………照れて――」

「照れてない!」


 おっと、からかいすぎたかな? いかんいかん。イクスを愛でる楽しみに目覚めそうだ。

 誤魔化すようにイクスがこほんと咳払いを一つした。


「今日はお前に見せたいものがあって訪問した」

「見せたいもの?」

「ああ。前にお前が興味を持っていた闇属性について書かれた魔法書を、我が家の書庫で見つけたんだ」

「えっ」


 そう言って、イクスは持ち込んだ包みを開いた。簡素な薄紫の布を解くと、中から一冊の書物が顔を出す。

 漆黒の装丁に闇属性と金字で書かれた厳かな雰囲気の書物は、俺が以前お父様から閲覧許可を得た基礎本とは外形がまったく違った。


「イクスはもう読んだ?」

「まだ読んでない。リリーと一緒に見ようと思って持ってきた」


 ―――なんだそれは。なんだその可愛い発言は。

 浩介に弟はいなかったが、弟がいたらこんな感じだったのかな。これはいよいよイクスを愛でる楽しみに目覚めてしまいそうだ。


「開くぞ」


 イクスの真剣な声音に首肯した。

 いかんな、気を抜くとにまにまと頬がだらしなく緩みそうになる。怒られる前に表情筋に活を入れなければ。


 イクスが立派な装丁の表紙を繰ると、まず始めに闇属性の大本について書かれていた。




『闇属性と聞くと、人は負の魔法だと本能的に忌避するだろう。光属性よりも扱える者は少なく、その本質を知る者もまた稀少だ』

『さて、闇属性魔法で一般的だと言われているのは「呪い」「石化」「麻痺」「毒」「即死」などの状態異常魔法だろう。確かにその分野に長けているのも闇属性の特筆すべき点ではあるが、それが全てではない。闇属性持ちが稀少であるが故に、その根源を知らぬ者は多い』

『闇属性とは、元は鎮めの力だ。人心を落ち着かせ、神を鎮めるための力。光属性と対極にある存在ではなく、寧ろ近接的な関係にあるだろう』

『光の根幹を浄化とするなら、闇の根幹は赦しである。光が裁きと癒しであるなら、闇は全ての罪を赦すのだ。悪を放免するという意味ではなく、死すら赦しを与えてしまう』

『死にたい者に死の赦しを施す闇は、死神のように認識されてしまうかもしれない。だが望みを望みのまま与える闇は、寧ろ何よりも慈悲深いのだろう。故に対極ではなく近接的なのだが、害を及ぼす鎮めの力が畏怖されるのは仕方のないことなのかもしれない』

『闇属性魔法の抜本的見直しがなされる事を願い、この書を(したた)めることにする』




「ほう~。これはまた想像の斜め上を行く内容だな。奥深くて面白いぞ、闇属性」


 感心しきりと俺が頬を緩めている隣で、イクスが片眉を上げた。


「つまりは、特筆すべき点だと書かれた状態異常が基本だということだろ?」

「ちょっと違うぞ、イクス。闇属性とは、ここに記されているとおり赦しの魔法だ。お前の言う状態異常も、その赦しの一環になる」

「状態異常が赦しの一環? よく分からないな」

「例えば、目の前に身投げしようとしているご婦人がいたと仮定するぞ。イクス、お前ならどうする? 身投げを阻止するか? それとも素通りするか?」

「人としては素通りはないだろう」

「そう。身投げを阻止するのが光属性で、素通りするのが闇属性だ」


 イクスが嫌そうに顔をしかめた。そんな能力を自分は持っているのかと、ありありとわかる表情だ。


「勘違いするなよ、イクス。ちゃんと続きがある。身投げしようとしたご婦人には、そうしなければならない彼女なりの正当な理由があった。不治の病にかかり、余命幾ばくもない彼女は、身寄りもなく頼れる人もいない。残された人生に絶望した彼女は、自らの命を絶つ選択肢が残されている今を選んだんだ。それを、生きていればきっと良いことが待っているなんて、お前は言えるか?」


 俺なら言えない。その人にとって許容できる範囲が、他人のそれと同じだと考えるのは傲慢だ。一般論だとか、陳腐な正義をかざしてその人物の決意ややりように批判的な口を挟むのは、その責任を負う必要のない、身軽な人間の身勝手な言い分だ。


「ご婦人にとって今その命を絶つことが救いになるとしたら、それを有無を言わさず阻止して講釈を垂れるのが光属性で、ご婦人の心情に寄り添って自害を赦してあげるのが闇属性なんだ」

「お前、自分の適性属性を貶しまくりじゃないか」

「極論だと聞き流せ」

「まあいいけど」

「続けるぞ。ここに慈悲深いと記してあるだろ? 承知不承知を度外視することを是としない闇属性は、確かに慈悲深いと言えるんじゃないか?」

「うーん」

「観念の違いはそれぞれだろうが、対象の意思をねじ曲げ物事を強いるのは駄目だと思う。賛否両論あって当然だけど、ただ人道的であるか否かという以前に、その人物の心に寄り添えているかどうかが前提条件だと俺は思うよ」

「それは俺も賛同する」


 ふむ、とイクスがしばらく考え込んだ。

 侍女たちは内容に感心しきりといった様子で瞬いている。喉が渇いたなとちらりと考えた瞬間に出された紅茶に、俺は少し驚いて差し出したケイシーを見上げた。絶妙な間だったことに得意気な笑みを浮かべ、ケイシーは目礼して下がった。

 本当によく出来た侍女たちだ。俺の専属は皆が一様に有能でありがたい。

 まったりと喉を潤していると、イクスが真剣な表情でこちらを見た。


「リリーの仮定は分かりやすかったが、では対象の意思に添ったものが闇属性なら、敵に対する闇魔法はそれも赦しか?」

「どうだろうな。その場合は味方への慈悲になるんじゃないか? 即死や石化であれば一瞬の苦しみだけで死ねるのだから、敵への慈悲でもあると言えなくもない」

「難しいところだな」

「鎮めの力が根源だと書いてあるし、人を苦しめる状態異常はそもそも不本意な結果なのかもしれない」

「そうかもしれないな。闇属性の印象を改めたいとも書いてあるから、この著者も手探りだったんだろうな。―――続きを読もう」


 次の頁へ進めると、闇属性の種類について記述があった。




『闇魔法には、前述したとおり「呪い」「石化」「麻痺」「毒」「即死」の状態異常魔法がある。他にも「魔力吸収」「生命力吸収」「洗脳」「魅了」「混乱」「破壊」があり、どれも状態異常に分類される』

『逆に補助となる場合もあり、例えば敵から奪った魔力を味方へ譲渡することも可能だ』

『闇属性は「破壊」以外は殲滅に不向きであるが、補助という面では後方支援においてこれほど優れた属性はないだろう』




 はい来ましたよー!!

 俺は思わず拳を突き上げた。

 補助! 想像してたとおりめちゃくちゃ格好いいじゃん!


「な、なんだ? 急にどうした」

「ああ、悪い悪い。つい興奮しちゃった。闇属性って格好いいよな」

「格好いい?」

「だって考えてもみろよ。これほどの補助能力、他の属性に存在するか? 例えば混乱を複数の敵にかけたとするだろ? 混乱して敵味方の区別がつかなくなった敵は勝手に自滅していくんだぜ? 隙だらけで斬り伏せるのも簡単だろうさ」

「ああ、なるほどな」

「混乱や魅了を使えば戦場は総崩れになる。そこに破壊魔法を何発か打っ放せば、闇属性持ち一人で片はつく。しかも魔力や生命力を敵から吸収すれば、無限に戦えるんだ。めちゃくちゃ格好いいじゃん?」

「ああ………そうだな」


 ほっと、どこか安堵したような顔だった。それだけで俺は察してしまった。


「なあイクス……もしかして、お前自分の闇属性適性に劣等感を抱いてたか?」


 図星だったようで、イクスの顔が強張った。


「誰かからそう言われたのか? ………もしかして、夫人方の誰かか?」

「……………母上だ」


 よりによって実母かよ!

 俺は意図せず舌打ちをしそうになった。

 我が子の適性能力を批判するとは、頭おかしいんじゃないか? しかも、魔法に長けた六公爵家でさえ稀とされる、三属性持ちの息子を相手にか? 褒め称え誇ることはあっても、罵るなど正気の沙汰ではない。


「イクス。何度だって言うぞ。闇属性はものすごく格好いい。他の属性では太刀打ちできない能力の宝庫だ。希少価値の高い能力を持って生まれたことを何よりも誇っていい。お前にしか為せないお前だけの力だ。胸を張れ」


 イクスの見開かれたゴールデンベリルの瞳が揺れた。

 イクスの感情に呼応しているのか、先程から彼の周囲を守るように包み込む魔素たちがいる。色は紫。きっと恐らく闇属性の魔素なのだろう。

 お母様といいイクスといい、魔素に好かれる質らしい。光や闇に適性を持つ者は、魔素に好かれやすいのだろうか。共に稀少ゆえ、魔素も好むのかもしれない。


「―――――ありがとう、リリー」

「おう!」


 にかっと笑えば、イクスも破顔した。

 イクスの飾り気のない本心からの笑顔を見たのは、これが初めてだった。







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