24.ナーガの処遇
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「―――――それで? 魔素が実体化したと?」
王宮から戻られたお父様が、元は水魔法だったはずの白いもふもふ…もとい、ナーガを見て頬を引き攣らせた。
お父様、わかります。実体化させちゃった俺でさえ、自分の首に巻き付いている白いもふもふ…ナーガを二度見しちゃいますからね。何それって問われても、「水魔法だったはずの魔素」としか俺も言えない。創造魔法の何でも有りな証左と申しますか、もう魔素って一体なに!
俺が遠い目で逃避していると、お母様が楽しそうに言った。
「すごく大きな水の龍だったのよ。びっくりしたわ」
「龍?」
「ええ。わたくしは魔物のドラゴンではと一瞬血の気が引いたのだけれど、リリーが言うにはあの子の前世の世界で生まれた伝説の霊獣なのですって」
「それを龍と言うのか?」
「そのようね。元々は水で構成されたものだったけれど、小さくできる?って聞いたら、リリーがあのような姿に変えちゃったの」
「これも創造魔法の一端、か……。途方もないな」
お父様がどこか疲れた様子で俺と俺の首元のナーガを見る。
なんか……………毎回ごめんなさい、お父様。どうかお父様の胃に穴が空きませんように!
「それで、ナーガ? だったか?」
「は、はい! ナーガです!」
呼ばれたと思ったのか、ナーガが「なあに?」とばかりにこちらを見上げて首を傾げる。くそう、可愛いじゃないか! あざとい奴め!
「お前はナーガをどうするつもりだ?」
「え。どう、とは?」
「元の魔素に戻すのかどうか、だ」
「それは出来ません」
「だろうな。名付けてしまっているからな」
お父様の言う通りなのだ。やってしまった後に言うのもなんだけど、魔素に名付けって大丈夫なの?
疑問が顔に思い切り出ていたのか、お父様が正確に返答した。
「前代未聞すぎて、私にもわからん」
ですよね~。
にへらと笑う俺を一瞥して、お父様が再びの疲れたため息を吐いた。
「お前がいろいろと規格外であることは産まれた時より覚悟していたが、どうやら私はまだまだ認識不足であったようだ」
「ええと………ごめんなさい」
「まあいい。これでも耐性はついた方だ。お前の仕出かすことはビックリ箱のようなものだと思うことにする」
「わあ………」
何だか本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。前世の浩介はここまで問題児じゃなかったはずだが、どうした俺! 寧ろ問題を引き起こしていたのは浩介の兄貴の方で、上の失敗を教訓に卒なくこなしてきたはずなんだがなぁ………。
「ナーガの扱いをどうするか、決めておかなければならないだろう。この邸には外部の者の出入りも多い。お前と遭遇することもあるだろう。ブレットやその息子のようにな」
アッシュベリー公爵親子のことを口にしたお父様の顔が、人様に見せられないものになってしまった。
初対面の一件以来、お父様はイクスのことも毛嫌いしているからなぁ。案外素直でいい奴なんだが、お父様のアッシュベリー公爵嫌いは相当に根深い様子だ。その息子は別物だと認識してくれる日が来るといいのだが。
アッシュベリー公爵のことは二人の問題なので俺は知らん。俺も正直言えば、アッシュベリー公爵は苦手だ。何と言うか、胡散臭いというか、本音が見えないというか。得体が知れない気味悪さがある。イクスもそれを感じ取っているのかもしれない。
一度じっくり話を聞いてあげなきゃなあ。ガス抜きさせないと、まだ四歳なのに気苦労で頭髪が心配になってくる。大丈夫か、あいつの毛根。
それより気になるのはこの世界の子供の知能の高さだ。お兄様といいイクスといい、地球では考えられないほど賢いお子様が多くないか? 大人びていると片付けるには納得しかねる言動だ。話していて、言葉の意味を噛み砕く必要がないことに違和感を拭えない。
それとも、これが英才教育というものだろうか? 俺が把握していないだけで、公爵家の教育は特別なものなのかもしれない。
「どうした?」
「いいえ、何でもありません。お父様。この世界にフェレットはいますか?」
「なに? フェレット? それは何だ?」
「ええと、イタチ?」
「イタチ? すまん、私には分からない。エイベル、そんな名の生物はいたか?」
お父様の背後に控えていたエイベルが否と答える。
「お嬢様、それはどのような見た目をしておりますか?」
「見た目? 見た目……ええと、胴が長くて、手足が短くて、毛皮がもふもふで、小顔で、耳が小さくて―――」
「………ナーガですね」
「ナーガだね」
俺がイメージしたのがオコジョだったからなぁ。ただ、オコジョよりやたらと胴が長いが。歩くとき、腹を擦らないか心配だな。腹巻きさせるか?
「ナーガの姿がお嬢様の仰られたフェレットやイタチという生物であるならば、似たようなものに一つ心当たりがございますよ」
「え! 本当!?」
「はい。四大陸の一つにオールコックという国がございます。そこに、オールコック固有の生物で、名を『ラースカ』という、ナーガのように胴が長く手足の短い小動物がいるそうです。ただナーガほど胴は長くなく、また大きさも両腕で抱えるほどの大きさだとか」
「ラースカとやらを知っている者が見れば、ナーガはラースカとは似ても似つかない偽物ということになるな」
「はい。左様でございます」
「ふむ。難しいところだな」
お父様とエイベルが難しい顔をして斜め上を見ている。知恵を絞ってくれているんだなぁ。ありがたいことだ。
「わたくしの前世の世界では、同じ種であっても大きさや色、見た目など個体差があり様々でした。こちらではそのような違いはないのですか?」
「個体差か。確かにそれは一理あるな」
「左様でございますね。もちろんこちらでも個体差というものは存在しておりますよ。それでもナーガの胴は長過ぎると思いますが………」
エイベル、俺もそう思うからそんな申し訳なさそうにしなくてもいいよ。
もうここは言い張る! ナーガはラースカです! めっちゃ胴が長いのは個体差です! 寧ろラースカじゃないという証拠を述べよ!
「まぁ、そう言われてしまえば反論のしようもないな。証拠など見つけようがない」
俺の主張にお父様もエイベルも頷いてくれた。
そう、この世界では確かめようがない。地球のように遺伝子を調べる技術はないのだから。
「堂々としていればよろしいのですよ。疚しいことなどないと振る舞っていれば、人はそこを怪しむことは少ないのですから」
お母様のあっけらかんとした言葉に、俺を含め一同が納得した。その一言に尽きる。
「いいこと、ナーガ。あなたはオールコック王国の固有種、ラースカということにしておきます。リリーの側でそのように振る舞うのですよ」
お母様の言葉を理解したのか、ピュイと一声鳴いて俺の鎖骨に顎を乗せた。
すでに俺の首が定位置になっている。真夏はどうしよう………。
「リズ。リリーにお話があるのでしょう?」
「え? わたくしにですか?」
唐突な話題変更に驚いて、そのままの視線をお母様からお父様へ移動させる。
「ああ、まあな。ナーガの件で少しごたついたが、お前を呼んだのはナーガの件ではない」
ナーガを創造してしまったことが本題ではない? 自分で言うのもなんだが、生物創造など常軌を逸した行為より重要なことがあるのだろうか?
何だろう、すごく気になる。
「初めての外出が芳しくない行程で終えてしまったとベラから聞いてな。ユーインも連れて、家族で出掛けてみるか?」
「え!」
俺は興奮を抑えきれず、ふんすと鼻の穴を膨らませてお父様を凝視した。
行きたい! 馬車の窓から見えた伸びる串焼きやネオンのような看板など、気になるものがたくさんあったのだ。謎究明の探索に出掛けられるなら是非とも行きたい!
俺の様子を認めて、お父様が苦笑いを浮かべながら頷いた。
「答えは聞かずとも分かるな。では明後日の午前中に街へ出向こう」
「はい! ありがとうございます、お父様!」
俺は嬉しくて堪らずお父様に飛び付いた。両親や使用人たちが笑っていたが、俺はそれどころではなかった。
気になるものが多過ぎて、どこから手をつければいいのか分からず嬉しい悲鳴を上げる。
「お出掛けは馬車ですか!? 歩きですか!? 気になるものをたくさん見掛けたのです! 歩いて探索したいです!」
「ああ。わかっている。途中までは馬車を使うが、街の散策には徒歩で向かうから安心しなさい」
お父様に抱っこされながら俺は嬉しさに悶えた。後々冷静になった俺が、実に子供らしいはしゃぎっぷりだったと、今度は羞恥で悶えることになるのだが、それはまた別の話。
◇◇◇
「もう~い~くつ寝~る~と~、お~出~掛~け~日~♪」
「お嬢様? それは何の歌ですか?」
良き日本の唱歌、滝廉太郎作曲のお正月の替え歌を口ずさんでいると、俺の髪をハーフアップに纏めてくれていたファニーがきょとんと聞いてくる。
おっと、いけない。無意識に即興で替え歌を作ってしまうほど楽しみで仕方がないようだ。恥ずかしい奴め、俺!
「これはね、俺の前世の記憶にある歌を変えて歌っただけだよ」
「お嬢様。俺ではなくわたくしと」
あ、やべ。癖がなかなか抜けないな。
誤魔化すように、鏡越しに厳しい視線を向けてくるカリスタににっこりと微笑んだが、彼女は決して騙されてくれない。俺はカリスタの手厳しい視線から逃れるように、膝の上で丸まって寝ているナーガの和毛を撫でた。
「お嬢様はお出掛けがよほど楽しみなのですわね」
ケイシーが俺の爪の手入れをしながら微笑んだ。彼女がせっせと手入れをしてくれているおかげで、俺の手は深窓の令嬢然とした繊細で決め細かな仕上がりになっている。立場的にはそれであっているが、中身が如何せん中年期に突入したおっさん仕様なので、俺個人としては違和感が半端ない。これに慣れる日は訪れるのだろうか………。慣れたら慣れたで複雑ではあるが。
「それはそうよ。だって今回は旦那様と若様までご一緒なのよ? お嬢様が羨ましいですわ」
お茶の準備をしていたブレンダが、恍惚とした表情で語る。
まあ、確かにお父様とお兄様は見目麗しく眼福ものだが、俺としてはお母様の天女然とした美しさの方が衝撃的だ。はっきり言って浩介の好みど真ん中なのだ。その美しい人が実母とか、俺の中の浩介の嘆きがうるさいのなんの。
俺は鏡に写る母譲りの美貌を見つめた。
幼いながらもお母様の面影が色濃い。すでにこの顔を見慣れた俺は何とも思わないが、奥底で眠る浩介の感情が本当にうるさくて厄介だ。
頼むから、自分の顔を鏡越しに見てうっとりしないでほしい。どこのナルシストだ。
俺は多少げんなりしながら、ブレンダが用意してくれた紅茶に口をつける。
確か地球では、子供のカフェイン摂取は推奨されていなかったはずだが、こちらでは問題ないのか、普通に紅茶が出される。お兄様も飲んでいるし、俺だけが特別飲める環境にあるわけではない。
少々気になりつつも、いれたての紅茶の美味しさにほっこりする。
浩介の嗜好は俺にも受け継がれているのか、俺はコーヒーよりも紅茶派だ。この世界にコーヒーがあるのかは知らないが、なくても俺は困らない。紅茶があれば十分だ。特に香り付けされたフレーバーティーが一番好きだが、今のところお目にかかったことはない。
紅茶に浮かべられたレモンを齧りながら、その酸味に頬が緩む。
俺は酸っぱいものも大好きだ。レモンならば蜂蜜につけなくてもそのまま輪切りを食せる。確かにかなり酸っぱいが、その酸っぱさが癖になるのだ。しかも皮の苦味の何と美味なことか。鼻を通る柑橘特有の爽やかな香りが、俺の脳に大量の幸せホルモン・セロトニンを分泌してくれている。いつまでも嗅いでいたくなる香りだ。ああ幸せ。
「お嬢様、お出掛けの仕切り直しということでしたが、御召し物にご希望はございますか?」
ファニーの言葉に、俺は思わず頬を引き攣らせた。ドレスやワンピースといった、女性特有のひらひらは本当に苦手だ。なぜこの世界にパンツスタイルは流行っていないのだ。
俺の表情から読み取ったファニーが、わかりましたと首肯する。
「ではこのファニーにお任せを。うんとお可愛らしく仕上げてみせます!」
俺の気持ちは一つも伝わっていなかった。
もう好きに弄ってくれ。お任せします………。
ラースカとはロシア語でイタチのこと。
結局はイタチに変わりなく。
ラースカという固有種の、イタチに似た何かだと認識して頂けたら幸いです。
大きさのイメージは、ミニチュアダックスとスタンダードダックスの間くらいだと想像してください。
明らかにナーガはラースカではないという。
それをラースカだと言い張る主人公。ええ。ラースカです。




