23.お母様と魔素考察
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いつも覗いてくださってありがとうございます!
懲りずに再びやって参りました、習練場!
さて。本日は魔素による魔法研究会を開こうと思う。特別講師にお母様を召喚させて頂きました。
「本日はよろしくお願い致します」
「あらあら。これはご丁寧に」
深々と頭を下げる俺に、お母様は楽しそうに笑った。
「わたくしの扱う光魔法について知りたいのよね?」
「はい!」
「では質疑応答の形式で始めましょう。わたくしが教えてあげられる範囲できちんと答えていくわ」
「ありがとうございます。では早速! 光魔法とは、以前お母様が実演してくださった導きの明かりのように、補助が中心なのですか?」
「いいえ。確かに補助の面も強いけど、光魔法で攻撃できる場合もあるのよ。アンデッドとか」
「え!! アンデッドがいるんですか!?」
「いるわよ? 森には魔物も動物もいるから、屍がアンデッド化しやすいの。人は亡くなったら荼毘に伏すけど、森で魔物に襲われて亡くなる場合もあるから、そのままアンデッド化しちゃうことも少なくないの」
な・ん・だ・と!
この世界には魔物やアンデッドがいるそうな。
俺は唖然とお母様の話を聞いた。
アンデッドというと、俺が真っ先に思い浮かべるのはゾンビだ。映画だったりゲームだったりで、地球ではお馴染みのゾンビだ。あとはヴァンパイアやリッチ辺りか。
特に思い出すのはVRゲームのゾンビだったりする。浩介の兄貴がVRゲームに嵌まっていて、嫌がる浩介に無理やりやらせた恐怖のゲームだ。眼前に迫るゾンビ。四方を囲むゾンビ。唸るゾンビ。どこを見渡せどゾンビばかりで、突然そんな世界に放り込まれた浩介の恐慌具合は推して知るべしであろう。
兄貴が設定していた武器は接近戦の斧で、歩くだけのゾンビならまだ何とか対応できていたが、走ってくるゾンビには一目散に逃げた。
ゾンビって走るの!? 聞いてないよ!?
俺の悲鳴は兄貴を喜ばせるだけだった。
鼻がなく、口が頬まで裂けて肉が削げ落ちている者や、スキンヘッドに白い肌、両瞼と唇を縫いつけた集団などが、次から次へと襲い掛かってくる恐怖。
なのに手元にある武器は接近戦の斧一択! せめて銃を寄越せやクソ兄貴! どうやって武器変換すりゃいいのか分からんわ!
暗闇の鉱山へ放り込まれた恐怖は筆舌に尽くし難い。
見渡せど暗闇。どこからか聴こえてくる呻き声。突然眼前に迫るゾンビの群れ!
思い出して、ぶるりと震えた。
現実世界にあれが存在する? どうしよう、遭遇したら俺絶対ちびっちゃう……!
「リリー?」
「な、なんでもありません! アンデッドに攻撃できるという、光魔法を教えてください!」
「ええ。構いませんよ。貴女の糧になるならば喜んで」
アンデッドに遭遇するような事態になったなら、一撃で殲滅できるような強力な魔法で一掃しよう。走るゾンビの事情なんて俺は知らない!
お母様は習練場の中央に俺を伴い、白魚のようなすらりとした指を天井へ向けた。
「さあ、リリー。刮目なさい。―――魂無き虚ろな者に救いの雨を。ウィル・オー・ウィスプ」
誘われるように白い魔素が大量に流れると、どこからともなく現れた光の雨が頭上から幾重にも降り注ぐ。火や風など、他の属性魔法のように轟音や粉塵は上がらないが、幾筋もの光が地を突き刺していく様は圧巻だった。これはアンデッドに逃げ場はない。
「これが光属性の最大攻撃魔法ですか?」
「いいえ。この上があるわ。見たい?」
「是非お願いします!」
「では。―――――不浄なるもの全てに光の滅びを。ウィル・オー・ウィスプ」
一瞬で視界を真っ白に染める閃光が発した。思わず反射的に目を庇った。
光子の激流だった。習練場の半分ほどを覆い尽くす円筒状の暖色の光が、燦爛と天へ昇る様はまさに浄化の光。讃美歌でも聴こえてきそうな神々しい姿に、俺は茫然として眺めた。
対象が存在していないのでただただ美しい光の光景なのだが、恐らくこれを受けたアンデッドは瞬きの間に光に溶けていってしまうだろう。
圧倒的な熱量に呆けている俺を見て、お母様は得意気に微笑んだ。
「気に入ってくれたようで嬉しいわ」
是非とも実戦を見学したい。相手がゾンビであることなどすっかり忘れ去った俺は、好奇心のまま満面の笑みを浮かべた。
さて。では検証しよう。
俺にも光魔法は再現できるのか否か。
「お母様。先程の二つの攻撃魔法は、どのようなイメージを持って発動なさいましたか?」
「そうね。詠唱の影響が強いけど、最初のは槍が降り注ぐイメージかしら」
槍。なるほど。それは高い威力を期待できそうだ。
「二つ目は、触るのも見るのも嫌だから、さっさと消えちゃえ!って発動する時はいつもそう思ってるわ」
なんと。あれほどに神々しい魔法が、そんな汚物を見るイメージだったとは。言われてみれば、詠唱に『不浄なるもの』って言ってたな。滅びろとも言ってたし。気持ち分かるけど、そんなに嫌か。
何だか知りたくなかったような気もするなぁ。
でも、そうか。そんな感じの心象で成り立つのがこの世界の魔法なんだな。
じゃあ俺も試してみますか!
俺が攻撃魔法を使用する姿を見たことがないお母様が、興味津々な様子で見つめてくる。
「ウィル・オー・ウィスプ。連続的鉄槌」
想像するのはもぐら叩き。潰して潰して潰しまくる!
俺の意を受けて、大量の白の魔素が前方へ流れた。
「……………うん?」
何だ?
白に続くように、少量の金色と銀色の魔素が追随していった。金と銀の魔素が動くのは初めてだな。光属性で反応する魔素は白だけのはず……どういうことだ?
前方で、馬を一頭囲めるほどの円筒状の光の柱が伸びた。連続して次々と光柱が発生する。手当たり次第に無作為に立ち上がる光の柱は、お母様の魔法とは少し違う気がする。発生した光柱がすぐに消えてしまうので、何処がとは明言できないのだが。
「どうしたの?」
「お母様、わたくしの魔法は、どこかおかしいですか?」
「いいえ? きちんと発動できていますよ。心象に左右される魔法だから、わたくし達のように決められた詠唱の必要がないリリーの魔法は斬新で面白いわ」
ふむ。発動に問題はない、と。魔素の動きに違いがあったのは、単なる偶然かな?
俺は魔法を解除すると、お母様が見せてくださった最大威力の光魔法を試す。
思い描くのは、幾重にも輪を描いて広がる水の波紋。どこまでも広がっていく、光の波だ。
「ウィル・オー・ウィスプ。浄化の波を」
やはり、白に続いて金と銀の魔素が混ざる。それを視認した途端、俺を中心に光が一気に放射状に広がった。俺も、お母様も、使用人たちも、皆が一様に光に包まれる。
繰り返される衝撃波は、人を傷つけていない。波を受けても揺れを感じさえしない。ただただ陽だまりの中にいるようで、ぽかぽかと心地よい。
暖色の光の中に、先程は見えなかった違いが見えた。時折金色と銀色の煌めきが混じるのだ。
「まあ、綺麗ね。キラキラと光輝いているわ」
お母様にも見えている? ではこれは、魔素の輝きではないということか。
「それに何だか疲れも軽減されるような心地よさがあるわね」
それって回復魔法の一種なんじゃあ……?
唖然と見上げる俺に、お母様はちらりと笑う。
「リリーは浄化と詠唱したでしょう? 人体に良い作用をもたらす効果も含まれているのかもしれないわ」
回復魔法………それは家族の命を繋ぐ魅力的な魔法だ。是非とも習得したい!
「じゃあ怪我を治してみないと!」
「お嬢様。ご自身にナイフで傷を作ろうなどとお考えにならないでくださいね」
やる前にマリアに釘を刺されてしまった。
何故バレた。
ならばどうしようか。自分以外に傷を負わせる訳にはいかないし、自分に傷をつけることも禁止されてしまったし。人体が駄目なら……植物とか?
トーマスが丹精込めて育てた花を傷めてしまうのは忍びない。ならば、ここは創造魔法で一輪の薔薇を。
俺の心に応えて、掌に赤い薔薇が一輪顕現した。驚く面々をそのままに、俺は薔薇の茎をぽっきりとへし折る。
折れた部分に指を這わせ、復元しろと念じた。
じっと見つめ折った部分を指の腹で撫でると、金色と銀色の魔素が寄り添い、折れた事象そのものをなかったことにした。
―――そうか、創造魔法は金と銀の魔素が応えてくれるのか。
今までイメージ優先で目を瞑っていたから、創造魔法を発動させる時に動く魔素の確認をしていなかった。
光属性魔法を発動する時に金と銀の魔素が混ざったのは、適性のない七属性魔法を使用するため創造魔法で補っていたからか。
「リリー………それも創造魔法なの?」
お母様の声にはっと我に返る。
「はい。何をどこまで出来るか、今後のためにもきちんと把握しておかなければと思いまして」
「そうね。お母様もそう思うわ。でも創造魔法って本当に万能ねぇ。薔薇が出現したことにも驚いたけれど、折った部分をなかったことにしちゃうなんてびっくりしたわ」
「回復魔法の代わりの検証にならないかなと思って。傷を作っちゃ駄目だとマリアが言うし」
「一般的なご令嬢は、肌に傷を負うことを極端に忌み嫌うものです。そう、一般的なご令嬢であれば」
マリアの言い草にぐぬぬと唸る。二度も言いやがった。
「お母様にこの薔薇を差し上げます。トーマスの薔薇と一緒に生けてあげてください」
「まあ、ありがとう」
嬉しそうに微笑むお母様に手渡そうとして、薔薇の色が赤いことに今更気づいた。
「あ、待ってください。黄色い薔薇に変えます」
「え?」
色だけを赤から黄色へ。やはり金色と銀色の魔素が寄り添った。
イメージ通りに赤が黄色に侵食されていき、お母様が好むトーマスの黄色い薔薇へと変化した。
「はい。どうぞ、お母様」
「ありがとう………創造魔法とは、なんと奥深いのかしら。こんな神秘的なことまで出来てしまうなんて」
感嘆しきりとばかりに受け取った薔薇をしげしげと眺めている。気に入ってもらえたようで良かった。
「お母様。わたくしの創造魔法に応えてくれる魔素が、試した六属性のどれにも含まれないものでした」
「確か光が白で水が青、火が赤で風が緑、地が黄色と橙、雷が白と青だったかしら?」
「はい。先程の光魔法にも白に金と銀が混ざり、薔薇を創造した時には金と銀の魔素が応えました」
「では創造魔法は金色と銀色の魔素を通じているということになるわね」
「はい」
「いろいろと試してみましょう。水と氷をやってみる?」
目を輝かせる俺にくすくすと楽しげな笑声をもらすと、お母様は薔薇をマリアに託し、眼前に華奢な細腕を突き出して詠唱を始めた。
「巨大な渦動となり敵を押し流せ、ウンディーネ」
お母様の髪が魔力にふわりと煽られた露の間。
地響きと共に極めて大きな水の竜巻が発生し、地面を抉った。魔素が激流となり青い光を放って猛威を振るう。
「永久の棺を。ウンディーネ」
続けて紡がれた呪文を受けた瞬間、うねっていた巨大水竜巻がパキパキと凍り始め、瞬きの間にその姿のまま完全に凍りついた。
辺りを冷気が漂っている。俺はごくりと唾を飲み込み、青い魔素を閉じ込めたまま凍っている竜巻を見上げた。青い輝きを内包する氷の彫像は、それだけで荘厳とした雰囲気を纏っている。
圧巻だった。そうとしか言い様のない、凄まじい力の奔流だった。
「さあ。次はリリーの番よ」
よしきた!
俺は隠しきれない好奇心をそのままに、両腕を眼前に突き出した。
お母様の巨大な竜巻が印象的で、完成されたあれ以上の水魔法はないとさえ思える。だが単なる猿真似では面白くない。ここはもっとファンタスティックに行こう。
想像するのは龍だ。西洋の翼の生えたドラゴンではなく、東洋の蛇に似た龍。手足は短く、蛇のように長い胴体をくねらせながら空中を泳ぐように飛翔する、あの龍だ。
青い魔素に混じって金色と銀色の魔素も大量に集まっていく。
ここでふと疑問が浮かんだ。
今までは魔素の仮の名を呼んで七属性魔法の詠唱もどきを口にしていたが、そもそも創造魔法は詠唱どころか仮の名さえ呼んでいない。無意識に発動した創造魔法も然りだ。
では、心象だけで発動した七属性魔法はどうなるのだろう。
そう心に生じた時、魔法が発動した。
人一人を軽々と丸飲みしてしまえるほどに極大な水龍が顕現し、咆哮を上げ空中を飛翔する。
侍女たちが悲鳴を上げた。やり過ぎたかとちらりと思ったが、俺の視線は水龍に釘付けだった。
咆哮を上げた? これはただの水魔法だろう?
驚愕する俺を睥睨するように、宙に浮かぶ水龍と目があった。
―――――なんだ? 水魔法なのに、意思がある?
「リリー………あれは何です」
お母様が静かに問い質す。その顔は血の気が引いていた。
「あれは、前世の世界で生み出された伝説上の霊獣、龍です」
「龍………? 魔物のドラゴンではないの?」
え? この世界にはドラゴンがいるの? それも魔物なの?
「似ていますが、ドラゴンとは別物です」
「別物………」
「それよりも、お母様。重要なのはそこじゃないです」
「え?」
「水龍がこっちを見ています。七属性魔法とは、意思を持つものなのですか?」
「……………いいえ。そんな話は初耳です」
「ですよねぇ」
やっぱりか。
俺はどうしたものかと水龍を見上げる。
どう見てもこちらに意識を向けている。水龍自体に意思が宿ったとしか思えない状況だ。魔素が術者に呼応して魔力を貸してくれることを考慮すると、魔素自体に意思がある? その集合体を、架空とはいえ生物の形に模したから、魔素の意思がそのまま水魔法にも宿った? そんな反則技なんてあるの?
「ええと………とりあえず、水球なんて吐き出せる? もちろんあの的に」
俺は意思があると仮定して、訓練用に設置されている人形の的へ指を向けた。視線を追った水龍は、ぐぐぐと首を反らせて顎を引くと、馬車ほどの大きさの水球を吐き出した。爆音と共に的が消し飛び、壁に激突する。
濛々と煙る砂塵が落ち着いた頃、悠然と空中を旋回する水龍が見えた。
「これは………凍らせちゃ駄目な気がする」
思わずぽつりと呟く。
意思があることは分かった。とりあえず、俺の言うことも聞いてくれる。
でも、凍らせたり解除したり、なんてことは直感的だがやっちゃいけない気がしてならない。
「どうしよう……………」
途方に暮れる。こんなでかいものをこのままにしておく訳にもいかない。じゃあ外で飼う? そんなことをすれば、グレンヴィル公爵邸には謎の巨大な魔物が浮遊しているなどと噂されてしまう。そうなればお父様に迷惑が……!
「ど、どうしましょう、お母様……」
「ねえリリー。これは小さくできないの?」
「え? 小さく?」
「そう。小さく」
小さく? 小さくしてどうするの?
小さく………。純白の和毛を持ったマフラー代わりになるような龍を想像した。あらやだ可愛い。めっちゃ可愛い。
すると、そのイメージが伝わったように、こちらをじっと観察していた水龍の身体が見る見るうちに縮み始め、俺が想像したとおりの、純白の和毛をした首にくるりと巻ける程度の大きさに変化した。
ふよふよとこちらへ泳いでくると、俺の首にくるりと巻きつき、ピュイと高く鳴いた。
おっふ……! 鳴いたぞ! 何だこの肌触り! ベルベットか!? 猫の毛か!? むちゃくちゃ可愛いな!
むふむふと鼻息荒く水龍を撫でまわしていると、お母様がぱんと手を打った。
「なんて可愛いのかしら! リリー、名前をつけてあげなくちゃ!」
えっ、名付け!?
ぎょっとお母様を見て、次いで水龍を見る。物凄く期待の眼差しが返された。プレッシャーが……!
名前、名前………。
もとは水魔法だし、水に関するものがいいか?
「ナーガ、なんてどうかな?」
インド神話で白い蛇の姿をしているという、水属性の精霊がいる。中国で訳された時に竜とされ、龍信仰と習合して日本にも伝わった。
ナーガ、と口にした瞬間、水龍が黄金の輝きを放ち、その首に輝きを集束させたような黄金色の首輪がかかっていた。
首輪には細かな文字が刻み込まれていた。地球でも、この世界の我が国でも見たことがない文字だった。
ナーガと名付けられた水龍は、ご機嫌にピュイピュイ鳴きながら俺の顔にすり寄った。
名付けた後に思い至ったのだが、水龍の元となったのは、青と金と銀の魔素だ。
魔素には真名があるかもしれず、人にそれを知ることも呼ぶことも許されていない。便宜的に仮名を詠唱に盛り込んでいるだけで、名付けた訳ではない。
俺がやったことは、魔素への名付けじゃないだろうか?
その問いに答えられる者など、この場にいるはずもなかった。
長くなってしまいました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。