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22.アレックス・アッシュベリー

 



 ここはグレンヴィル公爵家の庭園のはずだが、なぜ他家の子供が入り込んでいる?

 それもよりによって俺の今後に関わる案件を熟考している大事な時間に、反抗期真っ只中のアレックス・アッシュベリーの相手をしろと?

 ははは。笑えない冗談だ。


「ここまで来れば面倒は避けられると思ったのに、何でお前がここにいるんだ」


 くそっ、と舌打ちするアレックス・アッシュベリーを、俺は無視することに決めた。勝手に喚いてどこかへ行ってしまえ。生憎と俺は反抗期に付き合ってやるほど暇じゃない。


 さて、魔素に協力を仰ぐとして、闇属性以外の六属性はすでに試している。あ、いや、光はまだ試してないか。


「お前のせいで父上にまた連れて来られたんだぞ」


 光属性は、以前お母様に見せて頂いた空港の滑走路のような光の道を試してみようか。光属性は導きの明かりだけなのかな。ゲームだと浄化や回復魔法だったよな。後でお母様に聞いてみよう。


「おいっ。聞いてるのかっ」


 光属性はそれでいいとして、闇属性はどんな魔法だろう? 魔法誓約のように、人に害をなすものばかりなのだろうか? それとも敵に状態異常を起こして、味方の援護射撃が出来たりする? なにそれ気になる! 闇魔法かっこいい!


「おい! いい加減にしろよ! 無視するな!」


 ガゼボに設置してあるテーブルを、アレックス・アッシュベリーが力任せに叩いた。カップが倒れ、ファニーがいれてくれたレモン水が白いテーブルクロスに零れてしまった。

 ああ、勿体ない。シナモン入りでお気に入りなのに。レモンを搾る手間だってある。それを一瞬で台無しにするとは。


「チッ………クソ面倒臭ぇ」


 ああ、本気で面倒臭ぇ。ふざけんなよ。何様のつもりだよコイツ。


「今なんて言った?」

「お嬢様」

「カリスタ、しばらく黙ってろ」


 常にない低い声と口調に、カリスタを始めとする侍女四人の肩がびくりと震えた。

 俺の怒りに呼応して青の魔素が活発化している。冷気をはらむ空気にいつか見た光景だな、などと場違いな感想をちらりと思う。


 ああ久々沸点超えた。こんなに苛立つのはいつ以来だ? 今世では一度もないが、浩介だった頃に最後に怒髪天を衝いたのはいつだったか。


 ゆらりと立ち上がった俺は、アレックス・アッシュベリーの胸ぐらを掴むとそのまま有無を言わさずガゼボから放り出した。


「なっ、何をする!」

「うるせぇよ」


 尻餅をついたアレックス・アッシュベリーを冷ややかな目で見下ろす。


「こちとら考えなきゃならないことが山のようにあるんだよ。勝手によそ様の庭に踏み込んだ侵入者の分際できゃんきゃん吼えるな。迷惑だ」

「何だと!? 誰が侵入者だ! 父上が勝手に俺をここへ連れてきただけだ! 誰が好き好んでこんな場所に!」

「じゃあ帰れよ。お前の家の事情なんぞ知るか!」


 親子喧嘩なら他所でやれ! と仁王立ちして怒鳴り返す。アレックス・アッシュベリーは尻餅をついたまま立ち上がる気配はないが、そんなことは知ったこっちゃない。


「人様の家をこんな場所だと? お前何様のつもりだよ! お前の親父のことならお前が自力で何とかしろ! うちを巻き込むな、はた迷惑だ!」


 アレックス・アッシュベリーはふるふると震え、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「父上には何を言ったって変わらない……! お前に何がわかる!」

「知るか! 知りたくもないわ!」

「俺は女が嫌いだ! 外見だけで言い寄ってくる令嬢も! 父上の夫人たちも! 女はみんな傲慢であざとくて! 父上の夫人たちは俺の粗ばかりを探って、母上は父上のご機嫌取りしか興味がない!」


 唐突に心情を吐露し始めたアレックス・アッシュベリーに、俺は毒気を抜かれ片眉を上げた。

 俺の表情に同情的なものを読み取ったアレックス・アッシュベリー………長いな。アレックスでいいか。アレックスは、言うつもりがなかったのか気まずそうに視線をはずした。


「それは………難儀だな」

「……………難儀なんだよ」


 微妙な空気が流れた。急激に引いた怒りに、互いに気まずさを覚える。


「放り投げて悪かったな」


 手を差し出すと、一瞬躊躇いを見せたが素直に手を掴んだ。


「でもお前も悪いんだぞ? レモン水を作ってくれたファニーにまずは謝れ」

「なに? 使用人に謝罪しろだと?」

「当たり前だろうが。悪いことをしたらごめんなさいだ。礼を以て本と為せって言うだろ。民を治める根本は必ず礼儀にある。上の者が礼儀を欠けば下は整わない。公爵家嫡男なら品位を見せろ」


 蜂蜜色の目を見張って俺を凝視してくるアレックスに顎をしゃくる。


「その………す、すまなかった」

「と、とんでもない事でございます!」


 蒼白になったファニーが大慌てで深々と頭を下げた。まあ子供とはいえ、謝罪してきた相手が公爵家子息だからな。戦々恐々とする様は理解できる。

 しかし、ずいぶんと素直に謝ったな。案外心根は真っ直ぐなのか?


「……………何だ」

「いや? ちゃんと謝れて偉かったな」

「お前、人を何だと思ってやがる」


 じとりと睨まれたが、俺は笑った。すでに腹に据えかねる態度ではなくなっている。憑き物が落ちたような、どこかすっきりした表情だ。家と連れ回された貴族家とで、相当鬱憤が溜まってたんだなぁ。

 俺も怒鳴ったらすっきりした。憂さ晴らしに利用したようで少々罪悪感もあるが、アレックスもすっきりしたならお相子かな。


「今更だが、お前、口調がおかしくないか。何で公爵令嬢が男言葉を使うんだ」


 あ、うっかり。

 怒りに任せて浩介口調のままだった。正しく今更だが、令嬢口調に戻したところで空々しいだけだろう。


「放っとけ」

「ふ……ははっ!」


 アレックスが腹を抱えて笑った。失礼な奴だな。


「何だよお前。全然令嬢らしくないじゃないか。この前と全くの別人だぞ。本当は男なんじゃないか?」


 アレックスは揶揄して言っただけだろうが、当たってるよこの野郎。中身はまだまだ男のままだ。


(あた)らずと(いえど)も遠からずだな」

「普通は怒るところだろ」

「それこそ今更じゃないか? それともお望みとあらば、ここからは令嬢口調で語らせていただきましょうか?」


 優雅にカーテシーをすると、心底嫌そうにアレックスが顰め面をした。


「やめろ。気持ち悪い」

「俺も気持ち悪いわ」

「お前、"俺"はさすがにないだろ」


 呆れた顔をされた。

 いかんな、つい本性が出てしまった。背後に控えるカリスタの視線も痛い。

 どうもアレックスの前だと飾る必要がなくて本性が漏れっぱなしになってしまう。肩の力が抜けるような居心地の良さが、俺を開放的にしているようだ。衆目に用心せねば。


「面白いな、お前。俺の中ではお前は女じゃない。男だ」

「ああ、別にいいんじゃないか?」

「いいのか。やっぱり変わってるな、お前。なあ、リリーって呼んでいいか?」

「いいよ。じゃあ俺はイクスって呼ぶ」

「ふふっ。ああ、好きに呼べ」


 こうして、俺とイクスは『()()()』を手にした。

 少年時代に戻った気分だ。






 ◇◇◇


「リリーはここで何をしてたんだ? ………旨いな、これ」

「だろ? レモン水にシナモンを入れると美味しいんだ」


 テーブルクロスを新調し、ファニーに作り直してもらったシナモン入りレモン水を口にしたイクスが思わずといった体で感嘆の声を上げる。


「ここではいつも読書をしてるんだけど、今日は魔法について思案していた」

「魔法について?」

「そう。イクスは魔法使える?」

「まだ本格的な訓練は受けていないが、適性なら知っている。水と火と、闇だ」

「おおっ、三属性!」

「ふふん、凄いだろう」


 ああ、凄い。六公爵家でも三属性は希少だと聞いた。お兄様もその一人で、お父様は唯一の四属性持ちだ。


「アッシュベリー公爵も三属性持ちなのか?」

「いや、父上は水と火の二属性だ」

「イクスは闇属性が加わって三属性なんだな。闇魔法がどんなものか知ってる?」

「あまり知らない。まだ習わせてもらえないからな。来年から座学と実技が始まるけど」

「そうなの? 魔法は五歳から始めるのかな?」

「俺はそう聞いてる」

「へえ」


 じゃあ俺が生まれた時は、すでにお兄様は魔法の座学と実技の授業を受けていたんだな。


「なるほどなぁ。だからお父様はまだ使わせて下さらなかったのか」

「リリーは何の属性持ちなんだ?」

「俺? 俺は―――」


 はたと瞬く。何属性と答えるのが妥当なんだ?

 創造魔法が何属性にあたるのかを知らないし、魔素に頼めば恐らく七属性すべて使える。

 ここは無難に、お母様がお持ちの水と答えるべきか。光と答えるべきか。女性で二属性持ちは珍しいとカリスタが言っていたから、周囲に埋没するためにもここは属性は一つで。用途が多そうな光属性にしておこう。


「光だよ」

「へえ。それは貴重だな。将来有望視されるぞ」


 しまった、選択を間違えたようだ。

 じゃあ水で! なんて今更言えない。


「―――――アレックス。こんなところに居たのか」


 魔法談義に花を咲かせていると、ガゼボに新たな客がやってきた。イクスの父親、ブレット・アッシュベリー公爵その人だ。


「やあ、レインリリー嬢。また会えたね」

「ご無沙汰致しております、アッシュベリー公爵閣下」


 俺は直ぐ様立ち上がると、カーテシーで挨拶を返す。変わり身の早さにイクスから呆れた視線を向けられるが、放っとけ。お前には浩介対応でいいが、お前の父親にはそういうわけにはいかないんだよ。


「アレックスがまた無礼を働いてはいないか?」

「いいえ。そのようなことはございません。今も魔法についてお話していましたのよ」

「魔法だって? アレックスと?」

「はい。アレックス様は水と火、闇の三属性をお持ちだとか。希少な三属性持ちで在られるとは、などと、話に花を咲かせておりました」

「ほう。アレックスが、ねぇ」


 アッシュベリー公爵の好奇の視線から逃れるように、イクスは居心地が悪そうに父親から目を背けた。


「リリー」

「お父様」


 アッシュベリー公爵に遅れてやってきたお父様に俺は駆け寄った。


「大丈夫か?」

「はい。楽しかったです」


 抱き上げてこそっと聞いてきたお父様に、俺はにこやかに答える。お父様の眉間に皺が寄ったが、どうしたお父様。仲良くやっていたのは建前じゃないぞ?


「レインリリー嬢。アレックスのことは嫌いかい?」

「いいえ?」

「では好む相手かな?」

「はい。アレックス様はとても面白い方です」

「おい、ブレット! 貴様なにを企んで!」

「息子がこんなに穏やかに女の子と話している姿は初めて見たんだよ」


 俺とイクスは微妙な視線を交わした。

 きっと考えていることは同じだ。女友達じゃなくて、男友達の関係だと。


「レインリリー嬢。アレックスの婚約者にならないか?」

「父上!」

「断る!」


 イクスとお父様が猛然と抗議した。


「リリーは親友だ! 俺に婚約者は必要ない!」

「はは! もう愛称で呼ぶ仲になったのか」


 おっと。いつの間にか親友に格上げされている。いいけどね。第一印象は別として、今のイクスは嫌いじゃない。気のおけない関係を築けそうでもあるし。


「まあいいさ。今はな」


 不穏な呟きを口にするアッシュベリー公爵が、にやりと口角を上げた。







アレックスは『男友達』を手に入れた!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 男言葉が~みたいに描かれているけど、知識や記憶がある上で言葉を喋れるようになってから3年近く矯正されて直らないって、余程のお馬鹿でなければ直す気がないってことですよね。 時折言ってし…
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