21.一条の光
更新遅れました。申し訳ありません。
「返事はないかもしれない。けど、聞いてみます……………神様に」
誕生したばかりの頃に、少しだけやり取りをした神様。メッセージの受信はあれきり一度もないが、あの時は俺の心の声に絶妙な間で応えてくれていた。
こちらから連絡を取ったことはない。そもそも送信機能はなかった。一方通行の受信機能だけだ。
俺自身も、神様に連絡を取ろうとしたことはない。あの時が特別だっただけで、今後もそうだとは思っていないからだ。
神様自身も言っていた。『例外を除き、人の世に干渉しない』と。
……………うん? 例外を除き?
例外って、何を以て例外と見なす?
俺の初回の場合で言えば、前世の記憶消去の失敗と、それに代わる人格統合の通知、か?
では、今は?
与えられた創造魔法について、直接問うことは許されているか?
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
初回では、妙な緊張感と高揚からノリ突っ込みで会話してしまったが、冷静になればあの非礼はどうかと自分でも思う。
よく天罰受けなかったな、俺………。
(―――――神様)
俺は心を落ち着けて、初めてこちらから神様に問い掛ける。
(神様。創造魔法について問うことをお許しください)
俺に制御できないものを、どうして与えたのか。
(俺はどうすれば、創造魔法を安全に扱えるのでしょう。どうして俺に森羅万象などという、貴殿方の領域に踏み込むような能力を?)
答えてくれ、神様………!
祈るように目を閉じた俺の耳に、呼吸三つ分ほどの間を開けて、待ち望んだ通知音が届いた。
はっと顔を上げる。眼前に、あの時のパネルが開いていた。
日本語で書かれたそれは。
『メッセージを受信しました』
よし! 思わず両拳を握り込む。
「リリー………?」
お父様が代表して問い掛けてくる。ありありと心配と緊張が伝わる表情で、皆が一様に視線を寄越していた。
「ごめんなさい。少しだけ、待って」
報告は待ってくれ。まずは俺自身が把握しなければ説明のしようがない。
俺は緊張に強張った指で、パネルに触れる。
画面が切り替わり、受信されたメッセージが表示された。
『問いに答えます。あなたに創造魔法を付与した経緯は、前述したとおりです。記憶消去失敗に対する対価だと認識してください』
対価? それにしては貰いすぎている。対価とするには俺自身が分不相応だ。
『いいえ。分不相応であれば、適性承認はされていません』
適性承認はされていない……?
よく分からない。俺に扱える力だということなのか? 無意識に使ってしまうほど、制御も自制も出来ていないのに?
『無意識に扱えるのは、適性能力が高いということ。適性が高いということは、制御できているということ』
制御出来ている? 無意識に使ったことが、制御出来ているという証左になる……?
でも、それで誰かを傷つけることになったら? 災厄を振り撒く事態になったら? 今の俺には力に対する自制が働いていないのに……!
『創造魔法とは、想いを具現化する力。災厄を振り撒くような強力な願いは、無意識の中に存在しない。あなたが意図的に、それを明確に強く望まないかぎり、実現はしない。世界の命運を左右するほどのものは、自制の範疇に含まれません』
俺が無意識に自制できないような願いの中に、世界を揺るがすほどのものは含まれない……?
『含まれません。あなた自身が、この世界を滅ぼしたいと心から願わないかぎり』
それは、心から願えばこの世界そのものを消してしまえる力にもなる、と?
『そう望むならば』
望まない。望むわけがない。より良くしたいと思いはしても、この世界を、国を、人を、滅ぼしてしまいたいなど思うはずがない。
『創造魔法とは、本来恵みを与えるための力。奪うものではなく、不足を補うための力』
奪うのではなく、与えるための、力。
それは、神の御業ではないのか。なぜ俺にそのような力を対価になどと。
『人のために我が身を犠牲にできる、善と義の心を持つあなたであれば、この世界を正しく進化させることができると判断しました。あなたに授けたものは創造魔法だけではなく、困難も含みます』
困難……………?
『苦悶、慟哭、絶望、恐怖。その全てがあなたに』
その言葉に俺は戦慄した。
破格の神の御業たる創造魔法が、何の見返りもなく与えられるはずがない。与えられたものが対価だと言うなら、こちらが差し出すものも同価値でなければならない。
予定調和―――そんな言葉が脳裏を過った。秩序を立てるための、恐らく俺は生け贄。
神から返された言葉は、一言。
是、と。
体が情けないほどに震えた。
俺に今後課されるであろう有りとあらゆる困難に、家族は含まれているのか。それは俺だけに降りかかる災厄で済むのか。
頼む、俺だけにしてくれ。
家族に向けられた災いで、俺の心を折らないでくれ。
俺に、世界を呪う言葉を吐かせないでくれ。
『全ては義を貫くあなたの願いに添う』
それを最後に、神様からメッセージは来なくなった。
俺は、耐えきれず顔を覆った。涙を溢さなかっただけまだいい方だと思いたい。
◇◇◇
「リリー、そろそろ話してくれ。いったい何が」
俺の様子に焦れたお父様が再度問う。
これは言えない。さすがに、これだけは言えない。
返事に窮するも、黙ったままでは余計に不安を煽るだろう。大丈夫、俺にできることをやる、それだけだ。
俺はにこりと微笑み、神様と繋がったと話した。
「本当に、神と………」
恐れ戦く面々に、当然の反応だろうと思う。やり取りをした俺自身でさえ、嘘みたいな話なのだから。
「それで、創造魔法についてお聞きしたのか?」
「はい。無意識に扱えるのは適性能力が高いということであり、適性が高いということは、制御できているということなのだそうです」
「何? 制御できていると?」
「わたくしが無意識に自制できないような願いの中に、世界を揺るがすほどのものは含まれないそうです」
そうか、とお父様が安堵の息を吐く。お兄様も明らかにほっとしているようだった。
「では、リリーの力は害あるものには成り得ないのね?」
「神曰く、創造魔法とは本来恵みを与えるための力で、奪うものではなく不足を補うための力なのだと」
「ええ、そうでしょうとも。あなたは緩やかに成長してゆけば良いのよ」
お母様が分かっていたとばかりに微笑む。これを受けて、お兄様が苦笑いを浮かべていた。
両親とお兄様の思いは理解している。
お父様とお兄様は、俺が将来自力で立っていられるように、先を見据えて厳しくなさっていた。特に今回、お兄様は自身を悪者にすることで俺の成長を促そうとした。
逆にお母様は、先のことより今の俺の心を守ろうとしてくれた。人と同じようにたくさんの失敗と経験を積めば、将来心配するような事態にはならないと信じてくれていた。
お父様とお兄様、そしてお母様の見据える先は同じであるはずなのに、辿る道が違った。
お父様とお兄様の示す道は、二人が取っ払って石ころひとつ落ちていない舗装された真っ直ぐな道。
お母様が示す道は、でこぼこと陥没していたり、水溜まりがあったり、石もごろごろ落ちていたりする、舗装されていない道。
辿り着く道の先は同じ場所だが、その行程が違うのだ。転ぼうが水溜まりに足を取られようがそれも経験。経験すれば、同じ轍を踏むことはない。お母様が示した道は、将来自分の足でしっかり立てるだけの強さだ。
お父様とお兄様が示す道は早熟を促すものだが、厳しく制限を設けている割に過保護で甘い。
どちらも俺のことを真剣に考えてくれた結果であり、愛情深くて嬉しいものだ。俺は家族に恵まれた。本当に有り難い。
だからこそ、尚更『生け贄』は看過できない。
俺ではない誰か、それが家族であっては決してならない。
「リリー、少し待ちなさい。ベラもだ。そのままサロンで待つように」
ベレスフォード先生がお帰りになる前に、お父様が俺とお母様を呼び止めた。
お父様とお兄様、そしてエイベルがベレスフォード先生をお見送りし、再びサロンに集まる。
何だろうかと訝っていた俺は、お父様が告げた言葉で見抜かれていたことを知った。
「リリー。まだ私たちに言っていないことがあるな? 神と対話した内容は、それだけではなかったのだろう?」
ゆっくりと瞠目する俺を見据えて、やはりかと呟く。
「分からないはずがないだろう。何を告げられた? 私たちに隠すということは、良い報せではないのだな?」
俺は言葉に詰まった。演技が上手い方ではないことなど百も承知だが、誤魔化せると思っていた。こうもあっさり看破されるとは思っていなかったのだ。
核心を衝かれると想定していなかった俺が返答に窮している間に、両親とお兄様は確信したようだった。
「リリー、何を言われたんだい? 僕たちにも言えないことなのか?」
「リリー」
お兄様とお母様が更に追い討ちをかける。
言えない。言うわけにはいかない。でも、都合のいい言い訳も思い付かない。どうすればいい? どうすれば…っ。
「リリー。一人で抱え込むな。私達は家族だろう? 抱えているものがあるなら、同じものを私達に背負わせてくれ。お前だけでは重くとも、私たち家族で分け合えば一人一人の重さなど大したものにはなるまい」
「そうだよリリー。僕たちを信じて、君の重石を分けて」
「ええ、その通りね。共に抱えればどうということもないわ」
俺は首を横に振った。振ったが、声にならない。本当は重くてつらくて堪らないのだ。
「リリー」
お兄様が俺の手を取った。繋がれた手が、絡んだ指が、側にいると、決して一人にしないと伝えてくれているようで、俺は堪えきれずぽろりと涙をこぼした。
「さあ、話して。君を苦しめるものはいったい何なの」
俺はお兄様に抱き締められながら、いけないと思いながらもついに口にしてしまう。
「わ、わたくしは……生け贄、なのだそうです」
「何………?」
生け贄との言葉に、家族だけでなくエイベルやマリア、カリスタといった主要な使用人の面々も目を見開いた。
「わたくしに課されたものは、苦悶、慟哭、絶望、恐怖。その全て」
どうか、どうかその全てが俺にだけ降りかかりますように。
「前世の記憶消去による失敗の対価とするには、創造魔法は釣り合わない。神の領域の、その一端に触れるなら、それに見合った対価を差し出さねばならない」
「それが生け贄だと? そう神が言ったのか」
「是と、神は仰いました。世界の進化を望んでおられると。その役目を、賜りました。そのための創造魔法であると」
「その対価がお前だと? それでは記憶消去失敗の対価だというのは建前ではないか!」
憤るお父様に呼応するように、俺を抱き締めるお兄様の腕に力が込められた。
「付与された創造魔法の対価がお前自身であるなどと、そんな馬鹿げた話があってたまるかっ」
「リリー………。神は他に何と仰っていたの? 本当に、あなただけが対価だと? 苦しみの全てをあなた一人が背負うのだと、本当に仰っていた?」
分からない。でも確かに俺を生け贄だと肯定した。
「リリー、わたくしはそうとは思えないの。だって、思い出して? あなた自身が言ったのよ? 創造魔法とは本来恵みを与えるための力で、奪うものではなく不足を補うための力なのだと」
はっとした。
確かに俺自身が神の言葉をなぞって告げた。
思い出せ。他に何と言っていた?
無慈悲であれば、わざわざ俺の問いに答える必要も、概要を語る必要もないではないか。
思い出せ!
『全ては義を貫くあなたの願いに添う』
俺の、願いに、添う……………?
「思い出したのね?」
「わたくしの………全ては義を貫くわたくしの、願いに添う、と……」
「それだわ」
「どういうことです、母上?」
「神は慈悲を示していたの。確かに不幸はあるのかもしれない。それでも、リリーが正しく歩めていれば、リリーの願いに創造魔法は必ず応えてくれるということよ」
「どうしてそう思う?」
パズルのピースをはめていくように答えを導き出すお母様に、お父様が訝しがる視線を向けた。
「生け贄だと称しながら、きちんと救済措置もされている。神は生け贄と仰ったかもしれない。でも、無慈悲ではない。と、わたくしは思います」
全ては義を貫けば、俺の願いに添う……それが答えなら、家族を救えるかもしれない。
「そう、だな………ベラの解釈を、私も信じよう」
「家族一丸となってリリーを支えましょう。それがきっと、神が示された救済措置なのだとわたくしは思うの」
「ああ、わかった。そうしよう」
「はい。僕も、必ず」
お兄様に抱きしめられた格好のまま、両親がお兄様ごと俺を包み込んだ。
絶対に、この幸せを失いたくない。
◇◇◇
翌朝、俺は定位置になりつつある庭園のガゼボにいた。
あれこれと考えを巡らせているうちに朝を迎えてしまった俺は、若干眠気に襲われながらも創造魔法の仕組みについて考えていた。
神の言葉を信じるなら制御は出来ているという。実感がないのは、七属性のように決められた魔法がないからだ。
創造魔法は七属性以上にイメージに左右される魔法だろう。ならばここはまず魔素に協力してもらって、きちんと魔法の感覚を身につけるべきかもしれない。
「今夜あたり、お父様かお母様に立ち会いをお願いしよう」
そう独り言を呟いた時、俺の鉄壁侍女四人衆が警戒する気配がした。
―――なんだ?
気障りに感じながら目線を上げると、この場にいるはずのない人物が、不機嫌な顔をして立っていた。
「何でここにお前が。最悪だ」
再び現れ早速暴言を吐いたアレックス・アッシュベリーに、俺は盛大に顔を顰めた。
やっと第一関門突破!
ずっと暗くなりがちだった話も、ようやく一区切りです。
はぁ、長かった………。
そして、忘れた頃にやってくる、反抗期真っ最中のアレックス少年!