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17.不穏なお出掛け

 



「まあ、アッシュベリー公爵の御令息が?」

「そうなのよ。先触れもなくおいでになられた様子でね。ユリシーズ様が怒ってらしたわ」


 グレンヴィル家の馬車に揺られて、俺達はのんびり王都を通過している。

 ふかふかの座面にたくさんのクッションが置かれ、乗り心地は悪くない。かなり揺れるが、石畳の上だ。そこは仕方がないだろう。


「リリーちゃんに暴言を吐いたけど、それ以上にやり返したからここは喧嘩両成敗ね」

「リリーったら」

「あれくらいいいのよ、ベラ。アッシュベリー公爵もご子息を嗜めておられたし、リリーちゃんには言う権利があったわ」


 白いつば広帽子を膝の上に置いて、俺は窓の外を覗く。

 初めて目にする街並みは一様に赤砂岩で建てられており、飲食店や日用雑貨店、衣料品店など様々な店舗が活気を見せていた。


「ユリシーズ様がご子息を二度と連れて来るなと仰っていたけど、あれはまた連れて来られると思うわ」

「まあ、それは……」

「アッシュベリー公爵は、リリーちゃんをご子息の伴侶にとお考えなのかもしれないわね」

「それは少し困りますわね」


 時折平民の子供達が屋台で食べ物を買っている姿を見かけるが、あれは何を食べているのだろう? 串に刺さった何かを噛り、びよーんと伸ばして食べている。

 お餅? トルコアイス? キャラメル?

 なにあれ、すっごく気になる!


「あら。わたくしはいい機会ではないかと思うわよ? ユリシーズ様もユーインも、リリーちゃんから少し離れた方がいいわ。いくら可愛いからってべったりし過ぎよ」

「リズもユーインも、リリーが大切なだけですわ」

「それはそうでしょうけど、いつまでもそれではいけないわ。リリーちゃんだって嫁いでゆくのだし、ユーインはそろそろ婚約者を決めなくちゃ」


 軒先の看板はアクリルに似た素材で出来ているのか、半透明にほんのり透けていて、時折文字と外枠に光が走る。

 あれは魔道具と言われるものだろうか?

 素材がすごく気になるな。時折走る光はなんだろう? あれも魔素を使った仕組みなのか? それとも魔法陣か何かを刻み込んでいる?


「わかっておりますわ、お母様。リズにはリズの考えがあるのです。お母様にご心配頂くのは有り難いのですが、グレンヴィル公爵家でなければ分からない事情もありますのよ」

「あら、まあ。それを言われてしまったら、いち侯爵夫人でしかないわたくしは黙らざるを得なくってよ」

「ええ。そうして頂けると助かりますわ」


 ……………。

 初めての外界なので興味を外に向けていたが、段々と不穏な空気に満ちてきた。

 血の繋がった母娘だからこそ余計に遠慮がないのかもしれないが、娘の嫁ぎ先だからと言って他家の事情に土足で踏み込みすぎです、お婆様。娘婿とは言え、相手は公爵家ですよ! 上位貴族ですからね!

 お母様を怒らせないで下さい。先程から青い魔素の動きが活発化しています。車内が急に冷え込んだように感じるのは、雰囲気からだけでなく物理的に本当に下がってますから!

 お母様落ち着いて!



 最悪な雰囲気のまま、馬車は最初の目的地で停まった。





 ◇◇◇


「ここは………」


 俺の頬がひくひくと引き攣ったのは仕方ないと思う。

 訪れたのは、女性専用の下着屋さんだ。所謂ランジェリーショップ。

 四歳の孫娘を初めて連れて来るような場所じゃないよ、お婆様!

 それに俺の心はまだ断然男の浩介が優勢なんだ。下着って、何の拷問だよ………。

 げんなりとお母様を見ると、苦笑を浮かべていた。察して頂けて何よりです。ほら、護衛の方々も困惑してるし! ここは止めようよ……。


「さあ、リリーちゃん。お婆様が素敵な下着を見繕ってあげますからね」


 あああああぁぁ………ドナドナされていく、俺………。


 詳細は省こう。とにかく俺は灰になった。それ以上は語りたくなどない。二度と来ないぞ!




 次に訪れたのは、貴族の間で流行しているという有名デザイナーの仕立て屋だ。本日の俺の白ワンピースを作製した店だった。

 デザイナーは先日お会いしたムッシュ……いえ、マダム。顎が青々とした、付け睫バッサバサの猫科の動物のようなしなやかな筋肉をお持ちの、ムッシュ、いえ、マダムである。はだけた白シャツの胸元から立派な胸筋と胸毛が覗いている。ぴったりと脚の筋肉が浮き彫りにされている細めのパンツを履き、腰をふりふりくねくね歩く。


「いらっしゃいませぇ~! あらあ! アバークロンビー侯爵夫人とグレンヴィル公爵夫人では御座いませんか! 先日はお嬢様のお出掛け用ワンピースをご注文頂き、ありがとうございました~!」


 語尾を伸ばす独特な抑揚に頽れそうになる。

 嫌いじゃない。決して嫌いではないのだ。ただ、色んな方面で独特過ぎて、突き抜けていて、俺の許容量を軽く超えている。

 せめて、せめて胸毛を隠してはもらえないだろうか……!


「本日はどのようなご用向きでございますか?」

「リリーちゃんのお出掛け用ワンピースを数着用立てて欲しいのよ」

「え!? お婆様!?」

「んまあ~! でしたら素材の見本をお持ち致しますわ! 少々お待ちを!」


 奥へすっ飛んでいったマダムを唖然と見送ってしまった俺は、慌ててお婆様に詰め寄った。


「お婆様! 無駄になります!」

「なりませんよ。これからたくさんお出掛けするのですからね」

「これから? どういうことです?」

「お母様。聞き捨てなりませんわ。何を企んでおられますの」


 お母様が透かさず聞き返す。


「企むなどと人聞きの悪い。リリーちゃんのお披露目を兼ねて、夫人方のお茶会に参加するのよ」

「勝手に決められては困ります。リリーはグレンヴィル公爵家の娘。アバークロンビー侯爵家の娘ではありませんわ。ディアドラお義母様がそう仰るならいざ知らず、外祖母でしかないお母様の独断でリリーを連れ回すことはできませんわよ。わたくしもユリシーズも許さないわ」


 お母様がはっきりと断言した。馬車では多少言葉を濁していたが、今度はきっぱりと拒絶している。

 母娘の間に流れる空気がまた冷え込んだ。寒風が吹きすさんでいるようだ。

 同行しているマリアやカリスタは平然としているように見えるが、お婆様の侍女と護衛たちの顔色は優れない。やはり寒風が吹き込んでいると感じているのは俺だけではなさそうだ。


「わたくしはリリーちゃんの祖母なのよ?」

「ええ。ですが外祖母です」

「リリーちゃんの自慢くらいしてもよいでしょう」

「それはイーデンに娘が生まれた時になさってください」

「アラベラ、貴女ね」

「無理を通すおつもりなら、グレンヴィル公爵家として正式に抗議致しますわ」


 ついにお婆様が黙った。お母様が上位貴族として立場を誇示する姿は初めて見た。それも実母を相手に。

 イーデンとはお母様の九つ下の弟で、今年学園を卒業するらしい。お母様の仰る娘が生まれるまでは、まだ時間を必要とするだろう。


「お母様。お立場を弁えてください。わたくしはお母様の娘で、リリーは孫娘。確かに血筋はそうでしょう。ですが爵位が違います。リリーの今後を決めるのは当主であり父親であるユリシーズです。公爵家のことで彼に口出し出来る方がいるとすれば、それは前公爵夫妻でしょう。グレンヴィル公爵家ではなく、アバークロンビー侯爵家夫人のお母様に口を出す権利はありません。勝手は許されないのですよ。道理の分からぬ若い娘ではないのですから、いい加減ご理解ください」


 言った。ついに言った!

 俺は固唾を呑んで成り行きを見守る。全面的にお母様に賛成だ。四歳児が何を言ったところで暖簾に腕押し。お婆様の暴走を止められるとは思えない。

 ここはお母様にすべてお任せして、俺はひたすらに事の成り行きを見守ります。


「と言うことで、マダム。注文はなしでお願いするわ。頼む必要がある時は、邸に呼ぶからその時は宜しくね」

「え、ええ! 畏まりましたわ~!」


 見本を片手に固まっていたマダムが、表情筋を総動員して無理やり笑顔を浮かべた。

 スゲー、さすが接客のプロだな。


 お婆様はというと、黙り込んだまま出ていってしまった。この後どうするんだ。


「お母様にも困ったものね。いつまでも少女のようで、こうと決めたら行動力が半端ないのよ」


 そう言ってお母様が呆れたように笑った。


「もっと思慮深く行動してほしいものね。爵位を無視するなんて、不敬罪ものよ。分かっているのかしら」


 お母様、ご心痛お察し致します。

 娘相手だったから良かったものの、もっと衆目の集まる場でこれをやられたら庇いようがない。本当に困った人だ。


 ふう、と同時にため息をついた。



 もう帰りたい。








お婆様の言い分は、

「わたくしだってリリーちゃんのお婆様なのに、どうして孫娘自慢をしちゃいけないの」


お母様の言い分は、

「爵位優先は貴族社会の基本。祖母と言えども勝手は許されない」


アラベラお母様が常識人です。

オーレリアお婆様の言い分は、平民であれば罷り通った。

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