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16.四歳になりました

新章スタートです。




 俺の二歳の誕生日に、お父様が様々な調度品を揃えてくれた。

 すべて白を基調とした家具は、所謂猫脚と呼ばれる、脚の下部を内側に湾曲させた、猫のように華奢な作りをしている。選んでくれたのはお母様だそうだ。さすが女性の感性は素晴らしい。

 以前の俺ならお母様とお父様の寝室に備え付けられている飴色の家具を好んだが、四歳になったばかりの最近の俺は、女の子が好むデザインに興味を持ち始めた。

 少しは女性の自覚が芽生えてきたのか? だとしたら複雑な思いだ。


「リリーちゃん。支度は出来たかしら?」

「お婆様」


 母方の祖母であるオーレリア・アバークロンビー侯爵夫人が、ドレッサーに座る俺を鏡越しに覗いた。

 今日は生まれて初めて邸の外に出る。お婆様とお母様と、王都見学だ。様々な約束事を交わし、お父様から外出許可を得た。

 絶対に魔法を使わない。これは大前提だ。それから、二人や侍女、護衛の側を決して離れないこと。移動は必ずグレンヴィル公爵家の馬車を使うこと。目深にかぶれる帽子を着用のこと。

 これの理由はいまいちよく分からないが、お父様とお兄様が念押しするくらいだ。相当の理由があるのだろう。面倒だが仕方ない。

 お母様もお婆様も呆れた顔を二人に向けていたのが少し気になったけれど。

 なんだったんだ?


「まあ。可愛く仕上がったわね」


 今日も今日とてファニー、ブレンダ、ケイシーの姦し三人娘の手によって着飾られた俺は、苦笑いを返した。

 着ている衣装は純白のシンプルなワンピースだ。胸元には繊細な刺繍がされており、光沢のある同色の糸で植物の蔦を表現している。これは本日のお出掛け用にと、わざわざお父様が仕立て屋を呼んで作らせたものだ。時間経過と共に成長してすぐに着れなくなるというのに、何とも贅沢な話だ。お父様、俺を溺愛しすぎではないか?

 背中の中頃まで伸びた髪は、ハーフアップにしてもらっている。ファニーと押し問答の末、三歳の時にようやくツインテールを回避した。ずっとあの髪型を貫かれたら、俺の中の自尊心が修復不可能なくらいズタボロになっていたことだろう。勝ち取った自由に乾杯!

 毎日せっせと姦し三人娘に磨かれた髪は艶々で、青を帯びた黒髪はお父様とお兄様に絶賛されている。俺自身も自慢の髪だ。

 お兄様が四歳の誕生日に贈ってくれたアメジストが埋め込まれた銀の髪飾りを付けてもらい、お父様がワンピースと一緒に作らせた、黒いリボンの結び目に縫い付けられた大きなサファイアの付いた白いつば広帽子を手に立ち上がる。


「まったく。公爵もユーインも困ったものね」


 俺の立ち姿をまじまじと見て、お婆様が呆れた顔でため息をついた。

 どういう意味だろう?

 首を傾げる俺に、お婆様は困った様子で苦笑した。


「ユーインの贈った髪飾りのアメジストは、ユーイン自身の瞳の色。帽子のサファイアは公爵の瞳の色ね。この意味を、貴女もそろそろ知っておきなさい」

「宝石の色に意味が?」

「あるのよ。男性が特定の宝石を女性に贈る意味がちゃんとね」

「なんでしょう?」

「自分の瞳の色をした宝石を女性に贈るのは、男性からの愛の告白なの。私の愛しい人だから、どうか手を出してくれるなよと、そんな意味があるわ。公爵やユーインの場合は男避けね」


 俺はだらしなくぽかんと口を開けて呆けた。

 すかさずカリスタから顎を閉じられ、慌てて姿勢を正す。ちょっとの油断と無作法さえ許さないカリスタの修正は素早い。これは帰宅したらマナーの見直しが待っている。失敗した。


 いや、今はそれより贈り物に込められた意味だ。

 男避けって、この帽子着用命令はそれが理由か!?

 俺は頭痛を覚えた。

 こんな四歳児に愛を囁く異常者などいるわけがないだろう。心配性にも程があるぞ、お父様、お兄様!

  つい遠い目をしてしまった俺の腰に、ファニーが何やらレースを装着している。


「……………ファニー? 何をしているの?」

「オーバースカートをつけているのですよ~。総仕上げです」

「オーバースカート?」


 フレアスカートのワンピースの上から、黒い大判のリボンが腰周りに付いた純白のチュールレースを巻いていく。


「リボンを結んで出来上がりです。大判の黒が映えますね~。揚羽蝶のようで綺麗ですよ。とてもお似合いです」

「あら本当ね。まるで天女様のようよ」


 天女は止めてくれ。

 天女と見紛うほどの美貌をしたお婆様に言われてもなぁ。その褒め言葉はお母様に言ってあげてください。お母様こそお婆様譲りの天女様フェイスです。


「さあ、そろそろお出掛けしましょ。今日はたくさん廻るわよ~」


 え、聞いてない、との呟きは黙殺された。

 たくさん廻るなんて聞いてないよ!?

 女性の買い物は長いと前世から知っているのだ。出掛ける前からすでに想像だけで疲労困憊なんですけど!?

 困惑する俺の手を引いて、お婆様はほほほと愉しげに笑いながら歩いて行った。





 ◇◇◇


「―――――おや。これはアバークロンビー侯爵夫人。このような場でお会いするとは。相変わらずお美しい」


 祖母に手を引かれたまま邸の廊下を歩いていると、唐突に前方から知らない男の声がした。視線を向けると、ダークブロンドの髪をした二十代の若い男性が祖母の手を取り手の甲に口付けを落としたところだった。


「お久しぶりですわね、アッシュベリー公爵」


 誰だ? そんなことを思っていると、アッシュベリー公爵と祖母が呼んだ男と視線が合う。


「おや。この子は―――」

「ブレット!!」


 背後から響いたお父様の怒鳴り声に、俺は思わず首を竦めた。お父様が本気で荒げた声は初めて耳にした。


「先触れもなく突然訪ねてくるとは、礼儀知らずにも程があるぞ!」


 怒髪天を衝く勢いで駆けてきたお父様は、俺を背に隠しアッシュベリー公爵を睨み付ける。そんなお父様の怒りなどどこ吹く風とばかりに聞き流しながら、公爵は笑顔で回り込むように俺を覗き込んだ。


「先触れを出したところでお前は会わせないよう先手を打つだろう。だから無礼は承知で奇襲を掛けた。その甲斐はあったな」

「ふざけるな! お前の都合など我が家には関係ない!」

「まあそう言ってくれるな。で? そちらのお嬢さんが噂の姫君かい?」

「寄るな!」


 噂?

 疑問符が飛び交う俺の前に、お父様の防壁を突破した公爵がしゃがみ込んだ。


「初めまして、グレンヴィルのお姫様。俺は六公爵家の一つ、アッシュベリー公爵家当主、ブレット・アッシュベリーだ。君のお父様の従兄弟にあたる。よろしくな」


 俺の手を取り、甲にチュッと口付けを落とす。

 貴族社会では、女性への挨拶で手の甲へと口付けをするのが常識なのだとカリスタが言っていた。聞いていたが、実際自分がやられると鳥肌が立って仕方ない。心は日本人男性の俺の頬が引きつるのはしょうがないと思う。

 俺は強張る体に鞭打って、カリスタの教育に忠実な、レディの挨拶カーテシーを完璧にやってのけた。………はずだ。


「初めまして。ユリシーズ・グレンヴィル公爵が長女、レインリリー・グレンヴィルと申します。以後お見知りおきを」

「うん。完璧な挨拶だ。よく教育されている。ははっ、ようやく会えたな」

「ふざけるなよ、ブレット……!」

「ふざけてるもんか。俺はずっと頼んできただろう。お前の愛娘に一目会わせろって」

「では目的は果たせたな!? さあ帰れ!」

「せっかちな奴め。こんなに美しい娘を人の目に触れさせたくない親心は分からんでもないが、世間から隔離すればいいってもんでもないだろう」


 アッシュベリー公爵の背中をぐいぐい押し返すお父様の手から逃れ、公爵は背後を振り返った。


「こちらからも挨拶をと考えていたんだ。アレックス、ご挨拶しなさい」


 公爵の影に隠れていて今まで気づかなかったが、俺と同年代の少年が不機嫌な顔で立っていた。

 父親であるアッシュベリー公爵と同じダークブロンドの髪に、蜂蜜を彷彿させるゴールデンベリルの瞳をしている。

 父親に背中を押されて嫌々前に出された少年は、俺を睨んで顔を背けた。


「アレックス。礼儀を欠くつもりか?」

「……………ブレット・アッシュベリー公爵が嫡男、アレックス・アッシュベリーだ」


 ぶすっと不機嫌を隠そうともせずぶっきらぼうに言う。この場に居るのが不満で不本意で仕方ないと全身で語っている。

 俺は思わずうわぁ、と生暖かい気持ちで眺めてしまった。生意気盛り、反抗期真っ只中といった感じだな。初々しいことだ。


「まったく……。無愛想な息子ですまないね、レインリリー嬢。最近色んな貴族家に連れ回しているからか、やたらと反抗的になってしまって困っているんだ」

「なんだ、婚約者探しか?」

「そのまさかだな。俺が言うのもなんだが、息子は見目はいい方だろう? 連れ回った貴族家のご令嬢方が悉く息子を気に入ってしまってね。ちょっとしたトラウマになっているようなんだ」


 ははは、とちっとも困った様子に見えないアッシュベリー公爵を、お父様が呆れた顔で見つめた。


「アレックス。ここが最後だ。最後くらいはその態度を改めろ」


 父親に諌められて尚、アレックス少年はしかめっ面のまま私を睨んだ。


「俺はお前が嫌いだ。女はみんな俺に言い寄ってくる。お前もそうなんだろう」

「アレックス!」


 頭に鋭い拳骨が振り落とされた。痛がっているアレックス少年をお父様が白眼視し、お婆様は苦笑を浮かべていた。

 面と向かって嫌いだと言われた俺は呆れていた。とんだ勘違い野郎だ。

 俺はにっこりと微笑むと、カリスタが眉を顰めるであろう言葉で言い返す。


「奇遇ですわね。わたくしも初対面で失礼なことを仰るあなたが嫌いです」

「なんだと!」

「ご心配には及びません。わたくしがあなたを好きになるなど天地がひっくり返ってもあり得ませんわ」

「この……っ」

「わたくしにも選ぶ権利がございますから。自惚れは他所でやってください。あなたなんかより、わたくしのお兄様の方が何千倍もいい男です」

「お前……!」


 アレックス少年は顔を真っ赤にして睨んでくる。それを俺は、にこやかに、小馬鹿にした笑みを浮かべて受けて立った。


 カリスタ直伝のご令嬢口調だ。俺は頑張って習得した。そりゃもう鳥肌を立てながら頑張った。

 今では心の声とは似ても似つかない、二重人格のような結果になってしまったが。


「今のは全面的にお前が悪い。言い返されて当然だ。自惚れも大概にしろ」

「俺は悪くない!」

「いいや。お前が悪い。お前が先に嫌いだと言ったくせに、レインリリー嬢から同じように返されて腹を立てるとは身勝手な奴だな。レインリリー嬢の人為など一つも知らないくせに、お前が勝手に決めつけるからいけないんだ。他の令嬢は他の令嬢、レインリリー嬢はレインリリー嬢だ。ひと括りにするな」

「俺は帰る!」


 怒り心頭に去っていく後ろ姿を見送って、アッシュベリー公爵はやれやれと疲れたため息をついた。


「悪かったな、ユリシーズ。レインリリー嬢とアバークロンビー侯爵夫人にも謝罪を。きちんと躾直しておく」

「もう二度と連れて来るな」


 お父様の白眼視に苦笑いで返した公爵は、もう一度すまんと口にして息子の後を追って行った。

 嵐が通りすぎたような怒濤の展開だった。


「リリー、すまなかった。嫌な思いをさせたな」

「いいえ。お父様のせいではありません。それに、あれはただの反抗期です。放置しておくのが一番でしょう」


 まったく、と呆れ顔で首を振ると、お婆様がくすくすと笑った。


「達観してるわねぇ、リリーちゃん。貴女いい女になるわよ」

「義母上も止めてください。リリーは嫁になんか出しませんから」

「まったく、貴方といいユーインといい。いい加減娘離れなさいな」

「いいえ。リリーは手離しません」


 眉根を寄せて大真面目に宣うお父様に、お婆様は心底呆れた顔をした。俺はと言うと、結婚する気は更々ないのでまったく問題ない。

 俺の能力はグレンヴィル公爵家に活用すると決めている。お父様とお兄様が俺を手離さないと決めているなら、それに勝るものはない。


「お父様。そう言えばアッシュベリー公爵が仰っていたわたくしの噂とはどういったものですの?」

「ああ、あの噂か。お前自身がどうということではなく、我がグレンヴィル家に百年ぶりの息女が誕生したと、貴族社会では一時持ちきりになっただけだよ」

「ああ………」

「六公爵家で唯一、百年間王妃を出していない家ですからね。次代の王妃候補になるかもしれないと、そんな噂をする者が貴族には多いのよ」

「義母上」


 お父様の厳しい視線に悪びれた様子もなく、祖母はふふふと笑った。


「さあ、それじゃ気を取り直して、王都へお出掛けしましょうか」

「リリー。帽子をしっかり被って行くんだよ」


 念押ししてくるお父様に俺は呆れつつ、帽子を被って返事を返した。


 さて。初めての外だ。何があるかな?







いよいよアレックスくん登場です。

長かった~

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