146.坑道最奥 2
大変長らくお待たせ致しましたm(_ _;)m
取り敢えず、何とか書き上げました(;´Д`)
誤字脱字、矛盾点などはたぶん大丈夫だとは思いますが、もし発見したら教えていただけると非常に助かります(;^ω^)
他の拙作を仕上げたいという、私事で大変申し訳ありませんが、今後も更新は不定期になりそうです。こちらに時間が割けたら更新頑張りたいと思います!
本当に申し訳ありませんっっ
未知の力に対する恐れか本能なのかはわからないが、ワニもどきの魔物たちは俺を凝視したままピクリともしない。まるで僅かでも動けば一瞬で灰になると言わんばかりの緊張感だ。
まさに俺が引いた一線は、埋め込まれていただろうあの人工魔石諸共すべてを灰燼と化した。不可視の境界線が、魔物に関するあらゆるものを拒絶したからだ。
まあ、【通さない】という強力過ぎる干渉力に、発動した俺自身が一番驚いているのだが。
これは、構造色に揺らめく結界より強力だ。これを三年前のスタンピードで使えていれば、あの死闘でどれほどの人命を危険に晒さずに済んだのだろうか。
俺の想像力は欠陥だらけで、後付けの後悔からようやく一つ二つと思いつく程度だ。力不足な俺が不相応な能力を授かって本当によかったのかと、未だに酷く申し訳ない気持ちになる。
「突然すまなかった。【動いていい】」
糸で絡め取られたように動かせなかった反動からか、ノエルたちの身体がガクッと前に振れた。しかし直ぐ様体勢を立て直し、剣を構える。さすが騎士だな。
しかし、声ひとつで無理やり支配権を奪えるこの力、よほどのことがないかぎり人間相手に使うのは危険だ。干渉力がというより、そんなとんでもないものまで使えると知られてしまうことこそ危うい。
俺が保有する能力と眷属たち、それだけでも王侯貴族にとって脅威なのだ。その上言葉一つで意のままに出来るなんて、神の使徒という肩書きがなければ即暗殺案件だろう。万物流転同様、人前では封印決定だ。
「リリー、今のは何だ……いや、それは後できっちり説明してもらおう。今は殲滅に集中する」
洗い浚い吐いてもらうぞ――お父様のぎらりと剣呑に光った双眸が、言葉にしなかった苛立ちを如実に物語っている。
……はい、ごめんなさい。
でも言い訳するなら、そろそろ全員の生命装置とも言える防護魔法の維持がきつくなってきた、と言いますか、……いえ、好奇心が大半です、本当にごめんなさい。
ノエルたちの弁明だけはきっちりやって怒られようと覚悟を決めた。
それからはまさに蹂躙戦だった。
お怒りモードのお父様が鬼神も斯くやといった戦いっぷりだったからだ。
前半戦は抑えていたんですね……一騎当千の実力にお兄様の頬が引き攣っていたが、たぶん俺も同じ顔をしていたと思う。お兄様と俺とでは抱く感情が真逆かもしれないけれど。
バラバラに動く全員の防護魔法維持がきつくなってきたのは本当なので、早々に片付けてくれるのは正直ありがたい。でもその後が怖い……。
斯くして、あれだけうじゃうじゃといたワニもどきは短時間で殲滅されたのだった。
正座させられた俺は、説明と説教を小一時間ほど食らった。姿がレインリリーじゃなく浩介だからか、お父様は一切の甘やかしを見せなかった。
レインリリーとしてはもちろん、浩介の頃だってこんなに怒られた記憶はない。それだけのことをやらかしたからだと理解しているが、いつもより容赦がないのはやはり愛娘の姿ではなく青年だからか。お兄様に対するような教育的指導だ。好奇心は猫をも殺すと言うし、お父様のお怒りは至極ご尤も。でも自分がどこまで出来るのか確認したいという気持ちはなくならない。与えられた能力を知らないままではより危険だと思うからだ。
でも確かにタイミングは悪かったかもしれない。お父様たちの集中力を阻害するような真似だったと思うし。
検証を重ねるため、これは一度俺とナーガだけで潜り直す必要があるな。
「聞いているのか、リリー」
「はい。聞いております」
おっといけない。余計なことは今は考えないようにしないと、勘のいいお兄様やお爺様あたりに企みがバレてしまう。
お兄様と約束した通り、隠蔽はしない。しないが、創造魔法の検証はきっちりやりたい。
「まったく、お前という奴は。その姿で突きつけるのも何だが、貴族令嬢としての自覚がまったく足りない」
浩介の姿でそれはちょっと……そう思ったのは俺だけじゃない。全員が微妙な顔をしているし、仰ったお父様ご自身も「今はないな」と思っていると、ありありとわかる渋面だ。
「とにかく、お前自身に身の危険がないかぎり、先程の二つは使用禁止だ。絶対に人前で使うな。いいな?」
「はい。お約束致します」
本当にわかっているのか?と、訝る視線がそのまま俺への信頼度を物語っている。わあ、信用ねぇ〜。
今までも色々とやらかしてきた自覚があるので、お父様の懸念は当然のことだ。俺が親の立場でも同じように訝ると思うし、「コイツはまた何かをやらかす気でいる」と疑ってしまうかも。
うん。検証と考察は後でナーガとこっそりやろう。報連相は大事だが、能力に関して後悔と遠慮をしていたら進展しないからな。厄介な能力持ちの転生者を相手にするなら、行動の反省なんてしている場合じゃない。
ちゃんと対抗できる能力を与えられているんだ。それを正しく最大限に活かせるように、失敗と工夫を繰り返すべきだ。何事にも反復練習は必須だからな。行き当たりばったりの、ぶっつけ本番でどうにかできるような容易い相手じゃないのだから、こちらもそれ相応の準備が必要だと思う。
そのためにはやっぱり、過保護な家族が一緒に潜っている今はやっちゃ駄目だったな。そこは反省。
満足できる検証結果を得られたら、きちんと報告しよう。
「……………まあいい。言い付けを破ったら罰を与えるだけだ」
「えっ!?」
「なんだ? 言い付けを守れば何も起こらない簡単な話だろう? それとも口先だけか?」
「い、いいえ! 緊急事態でないかぎり、人前では絶対に使用しません!」
「よろしい」
もうレインリリーの姿に戻ろうかな……お父様がいつもより数段手厳しい。
いや甘えることに慣れてしまってないか? それは成人男性としてどうなんだ。いや幼女だからそれでいいのか。どっちだ。
長かった説教のその後、瘴気溜まりに近づき調べてみた。
本当に石炭なのか手に取って確認したかったのだが、お父様とお兄様が断固反対の姿勢を崩さなかったため断念した。防護魔法で体を覆っているから、火種を手にしたところで火傷はしないんだけどな。それを理解しているはずなのに、浩介の姿であってもこれほど過保護なのだから、レインリリーの姿のままだったら抱っこしたまま地面にさえ下ろしてもらえなかっただろう。
うーん……もっと詳しく調べたいんだけどな。
もしこれが地球と繋がっていて、あちらからもたらされた物だとしたら。これを利用して何かやっていたのか、そもそもこれ自体が件の転生者の仕業なのか。
いやそれだと辻褄が合わないか。魔物は昔からいたし、魔物を発生させる瘴気溜まりはそれこそずっと昔から存在していたはず。瘴気溜まりを利用することは出来たとしたも、瘴気溜まりそのものを発生させたり、あちらから召喚したり繋いだりなんて芸当が人間風情に出来るわけがない。神様だって滅多に時空に穴は開けられないと仰っていた。
たぶん、創造魔法でも地球とは繋がれない。仮に携帯電話を創造したとして、前世の家族にそれで連絡出来るとは思えない。基地局がないし、電気もないから―――――。
そこまで沈思して、はっとした。
違う。それは思い込みだ。
電波は空気がなくても空間を伝わることが出来る。音は空気がないと波が発生しないため伝わらないが、電波は違う。電気信号を変換できる送受信アンテナを作れば、文字だけなら地球へ送信できるかもしれない。
妹がアドレスを変えていなければ、或いは。
「……………」
いや。止めておこう。
縦しんばそれが出来たとしても、妹を混乱させるだけだ。死んだ兄らしき人物から突然メールが届くなんて、心霊現象か最悪詐欺案件だろう。
それに、もう二度と会えないことは覆しようがないのだから、下手に希望を持たせても酷だ。ようやく浩介のいない生活に慣れた頃かもしれないのに、それをぶち壊すような真似はできない。
会えるものなら会いたい。文字だけでもいいから、元気にやっているか知りたい。
でもそれは、置いて逝った俺の我儘だよな。前世は前世だと決別しなきゃ、前世の家族にも今世の家族にも申し訳ない。それに神様も仰っていた。俺があちらに干渉することは許されていない、と。
さて。それよりも瘴気溜まりだ。
これ以上近づくことをお父様方がお許しにならないから目測になるけど、巨大な穴に山のように積み上げられた物が石炭で、そこかしこが煤けているのも大量の煤だとしたら、濛々と立ち上る黒い煙は煤煙で、有害な硫黄酸化物ということになる。
本当にこれが瘴気溜まりと呼ばれるものであるなら、この世界に存在しないはずの石炭から生ずる硫黄酸化物から、なぜ魔物は生まれるのか。そして石炭をここに放棄して火をつけたのは誰なのか。
「なぁ、ナーガ。これって地球産?」
『この世界の物ではないことは確かだね』
「物質創造って俺だけの能力だよな?」
『そうだよ』
「じゃあ人間の仕業ではない、ってことだよな、これって」
『そうだね』
「魔石のために魔物を生み出す装置みたいな形でここに置いた?」
『それもあるね』
「煤煙って立派な大気汚染物質だけど、魔物が硫黄酸化物を糧にしているなら、魔物って大気の浄化に必要不可欠な存在だよね?」
『そうなるね』
魔物被害はあるが、もたらされる恩恵の方が大きいということになる。
「この穴はどこに繋がってる?」
『どこにも』
「本当にただの穴?」
『そう』
「地球と繋がってたりしない?」
『それだと時空に巨大な穴が開きっぱなしってことになるから、地球では飛行機や新幹線ごと人間が一度に大量失踪することになるよ?』
「ああ、そうか、そういうことになるのか」
転移者は神隠し扱いになるそうだが、機体ごと忽然と消えることはまずあり得ないらしい。世界的ニュースで取り沙汰される事態になるし、何百人と転移させるような巨大な穴は絶対に開けられないそうだ。
それに、転移させるための条件というものもいくつかあるらしい。ランダムに選んでいるわけではないみたいだ。
選別基準とか方法については触れなかったから、これは聞いちゃいけないことなんだろう。
ただし、付け加えられた情報はある。
時空を越える『道』は一方通行で、転移者は世界を渡ったら二度と戻れない。そこは転生者と同じだ。ただ、戻れないもう一つの理由が、それが転移者のためでもある、と。
転移する条件のひとつを以前神様から教わったが、確か死にかけるような目に遭う、だったよな。ということは、仮に戻れたとして、戻る瞬間は転移した時、つまり死ぬ直前なのかもしれない。戻った瞬間、人生を終えるのだろう。確かに戻れないのは転移者のため、だな。
お父様方に話をすると、全会一致で瘴気溜まりは放置、現状維持に決まった。そこに神が関与しているのであれば尚の事触れてはならないと。そして生活線の源泉とも言える瘴気溜まりを、欲深く無知な人間が認識し、支配できると勘違いしてはいけないからと、このことはこの場にいる者だけの話にすると決めた。
いつか何らかの技術を発明して、ここまで辿り着く者が出て来ないとも限らない。だから、余計な知恵を与えないために瘴気溜まりは謎のまま、不可侵領域としておく。最悪なのはハインテプラ帝国に知られる事だろう。バンフィールド王国は生活のすべてを魔石に依存している。供給源を絶たれれば、バンフィールド王国は簡単に瓦解してしまう。
秘密は秘密のまま。今後も暴かれないことを願う。
神招きの時、神属性浄化魔法が坑道に及ばなかったのはそういうことだったのか。俺の索敵が弾かれたのも同じ理由だろう。魔素が最奥へ潜ることを拒否したのは、それが神様の意向だったから、かな。
魔物発生のメカニズムなんて人間は知らなくていいし、そもそも人間に最奥へ潜ることは不可能だ。唯一そこから逸脱したのが俺だから、今回特例でナーガと魔素が同行して最奥へ来れたのだろう。神様としても、生態系を壊すワニもどきは排除したかったということか。
そこまで考えて、俺はある可能性に気づいてしまった。
「まさか……あのドローンの目的は、森の偵察ではなく坑道内の調査……?」
「なに? どういうことだ、リリー」
「ああ、いえ、例えばの話です。確証はありません」
「それで構わない。話してくれ」
「はい。三年前のスタンピードの際、鉱山入り口の近くでこちらを偵察していたドローンを捕獲しましたが、覚えていますか?」
「ああ、あの未知の物体だな。覚えているとも」
そう、じっちゃんに解析を頼んだ、あの手の平サイズのドローンだ。画質は良くないが、小型のカメラも搭載されていた。
「当初はリオンの監視、もしくは森へ踏み込んだ者の偵察だと思っていました」
「それは我々も同じだ」
「しかし、それがこちらが勝手に勘違いしていただけなのだとしたら」
「坑道の奥、つまりはここの調査、と?」
「はい。人には無理でも、ドローンなら潜れる」
「なるほど……ないとは言い切れないな」
生活線の源を経つことが狙いなら、今後ここが狙われない保証はない。
「他領の鉱山もわからんな。六公爵家に確認するよう国に報告すべきだな」
お爺様の意見にお父様が是と答える。
三年前のスタンピードに関する事案はまだ未解決だ。明らかになっていない何者かの思惑が未だそこかしこに潜んでいるようで、不快感ばかりが募った。