144.勢揃いしました
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◇◇◇
あれから検証した結果、寝台や青磁の花瓶同様魔石に施された魔法陣の書き替えは問題なく出来た。坑道で発動したトラップはすでに解除してあるし、エスカペイド騎士団訓練場で最後に仕掛けられていた反撃の罠も解除した。
魔石から、施されている幾多もの魔法陣をすべて消去することも出来たし、最終的には魔石そのものを霧散させた。
勿体ないと嘆く者もいたが、仮令真っさらな状態に戻せたものであっても、曰く付きの魔石に思えて使い回す気にはなれなかった。そもそもあれには経年劣化した人間の血液が使われていたのだ。穢れを宿した呪物としてはそれだけで忌避すべきものだろう。
呪物は呪物としてこの世から抹消すべきだと思う。後顧の憂いは断っておくべきだ。
そう強く感じるのは、八百万の神々を少なからず信仰していた元日本人だからなのかもしれないが。
その後は、双子のお昼寝終了時間が迫っていたので、俺だけが一足先に領主館へ戻ることになった。
お兄様は別件で騎士団に御用があるらしく、プリッドモア団長とアンヴィル副団長と共に騎士団本部へと向かわれた。
お兄様も帰館されてから、他領からお戻りになったお爺様と、双子を見てくださっていたお婆様を交えて、夕食時に鉱山最奥の殲滅戦について話し合いをする段取りを組んだ。
双子が起きる前に戻れたので、拗ねることもなく遊び倒して早々に撃沈させ、いざ情報の共有と精査をしようとしたところで、お爺様が「ユリシーズもこの場に呼べ」と仰った。
仕事からお戻りだろうかと思いつつ念話を繋げると、すでに食事も終えお母様とお二人でまったりお茶を楽しんでおられたらしい。
お母様からお茶会の戦果報告を受けていたのかもしれない。
恐らくお母様のことだ。衒学的情報戦を制したに違いない。権高な女達の戦いは、俺もいずれ閥族を率いてやり合わなければならない。
男が女性に口で敵うはずないのに……。あ、俺女だった。
お父様に続いてお母様もこちらへ赴くことになり、お父様の補佐としてエイベルもやって来た。実父であるエリアルと甥のロイを交えて短いやり取りをした後、エリアルだけを残してエイベルとロイはサロンから出て行った。
しばらく経ってから茶器一式とお茶請けが乗ったワゴンを押して現れたので、俺達家族のお茶の準備で席を外していたのだと察した。
エイベルが淹れる紅茶は格別に美味しいから正直嬉しい。
エリアルはお爺様の、エイベルはお父様の、ロイはお兄様の後ろに控え、それから漸く情報の共有が始まった。
ワニ型に変質させられた魔物のこと、人工魔石のこと、鉱山最奥にある瘴気溜まりのことなど、坑道内部で起きた出来事に加えて、エスカペイド騎士団訓練場でのあれやこれやを詳しく話していく。
事の概ねを知ったお父様も、『恐慌』と『感染』と『誘引』が三年前のスタンピードの原因だろうと、見解は同じだった。『侵食』と『変質』の違いは、判断できる材料が少な過ぎて推測も立てられない。現状では動かせない案件だということになった。
魔石のサンプルがあれば王宮直属機関で解析を進められたのだが――とお父様が残念そうに仰ったけれど、その点だけは頑として譲らなかった。
神の使徒である俺だったからこそ無事でいられた即死の仕掛けだ。そんな危険物を預けるなんてあり得ない。俺だって無傷では済まなかったんだ。あれは抹消すべき代物だ。解析なんてしたら最悪フォークスそのものが消し飛ぶぞ。
そして、お爺様とお兄様が懸念されていたように、お父様の危懼もやはり魅了であるらしい。それだけ危険で、一番警戒すべきものだろうと仰った。
六公爵家当主に魅了がかけられているかどうかは、魔法師団が調べてくれることになった。でも虹彩に刻まれた魔法陣を覗き込むことでしか確認出来ないのであれば、国王直属部隊であっても六公爵家当主方にそんな無礼は働けないだろう。
そこで、俺は「あ!」と思い立って、『魅了探知魔道具』を作り出した。
対象者の目を覗き込む必要はなく、近づくだけで微かな音を鳴らして知らせる鈴だ。対象者に検査されていると勘付かれる心配もないだろう。
満足気に手渡せば、一様に同じ何とも言えない表情を返された。なぜ。
この世に存在しない魅了を看破する魔道具を、いったいどこの誰がどうやって作ったのかと追求される未来をまったく想像できていなかった。なるほど確かに、と盲点に納得している俺を、さらに呆れた様子で皆が見ていた。なぜ。
坑道で吐血したことは言わなかった。
ちらりとお兄様を見ると、仕方ないとばかりに肩を竦められた。黙っていてくださるようだ。よかった……。
お父様は勿論、お母様にバレるのも怖いんだよな……。
因みにお茶会は、実に有意義であったとお母様はとても良い笑顔でそう仰った。
他家に差をつけられるような珍しい手土産はないかと、相談を受けた際に提案した乳香と螺鈿細工の漆器は、お爺様の伝手で西国から取り寄せられた――ということになっている。そう、表向きは。
実際は、俺が創造魔法で作った物だったりする。西国から取り寄せようにも日数がかかるし、輸入するにはエイマーズ公爵家の所領である貿易港を経由しなければならないので、エイマーズ公爵家門閥のお茶会でそれは失着だ。
国唯一の貿易港である以上、他国から仕入れようとすれば必ずエイマーズ公爵家を通さなくてはならない。情報戦の面で言えば、その時点で鮮度は落ち、対策を取られてしまうだろう。創造魔法があるからこそ可能な抜け道だ。
有意義だったと一言で済ませてしまえる程度には、お母様が欲したであろう某かの情報は入手出来たってところか。
いや〜、女の戦いとは本当に怖いねぇ……などと、思わず遠い目をしてしまう俺であった。
―――――と、ここまでが回想だ。
今は、『高ランクだったはずの未知の魔物がうじゃうじゃいる、高温と瘴気に晒された鉱山最奥へ俺が潜る必要はあるか否か』を論じている状況である。
現在、三対五で意見が割れている。賛成が少数だ。
因みにお爺様とお兄様が賛成派で、俺も一票投じている。反対派の五人が誰かと言うと、両親とお婆様、エリアル・エイベル父子だ。
ロイは主であるお兄様のお考えに従うとのことで、賛成も反対もしていない。
「許可出来る訳がないだろう。何を考えている」
眉間にくっきりと深い縦皺を刻んだお父様が、語尾も荒く反対なさった。
「ですがお父様。わたくしが同行しなければ最奥までショートカット出来ず、高温と瘴気も防げません。聖属性魔法なしでは坑道内部で全滅してしまいます」
「神眼で最奥を視認し、内部の魔物を万物流転で一掃すればいい」
「神眼で遠方を視るのであれば魔素の目を借りることになります。ですが、最奥を嫌がる魔素に無理強いは出来ません。借りられない以上わたくしの魔力頼りになりますが、這わせるにも距離があり過ぎます」
「それに父上。万物流転を使用すれば瘴気溜まりも喪失しますよ。魔物を根絶しては魔石が手に入らなくなります」
そのとおり。
仮に坑道入口から最奥へ万物流転を放ったとしても、魔力制御はかなり難しい。魔素の目を借りられない時点で、脳にかかる負荷は格段に跳ね上がる。
「最奥へ赴き地道に叩く以外方法はなかろうよ。瘴気溜まりの調査もせねばならん」
「……………父上と私が潜り、リリーには遠隔で補助をしてもらう。それなら妥協してもいい」
「何を仰っているのですか! 当主と先代が揃って危地へ向かうなど言語道断です! グレンヴィル家を潰すおつもりですか!」
お父様の妥協案にエイベルが噛み付いた。
まったく、至極ご尤もな反論ですよ、お父様。当主が何考えてんだ。
「わたくしにはナーガだけでなく、ウルとリオンもおります。わたくしと、わたくしの眷属たちに瘴気は影響しませんし、結界を張れば防御も出来ます。戦力としては最強種の彼らだけで十分です。お父様方が行かれるよりずっと安全ですわ」
「ならん」
「絶対に駄目だ」
「それだけは駄目」
「なりません」
「駄目よ。何を言っているの」
「馬鹿なことを言うんじゃありません」
「お止めください」
お爺様、お父様、お兄様、エイベル、お母様、お婆様、エリアルの順に怒涛の勢いで却下された。
おおぅ……。
ロイだけは無反応だ。
きっとお兄様が俺を止めろと命じれば、即座に捕縛に乗り出すのだろう。こいつが一番厄介で恐ろしい存在かもしれない。
しかし困ったな……。
俺だけが向かった方が、ずっと楽でいいんだけどなぁ。
家族や護衛たちが同行するとなると、増えた人数分均等に魔力を分散させなきゃいけないから、制御がかなり大変なんだよな。
命に直結するから、高温も瘴気も〝もしも〟なんて失敗は許されない。俺の制御力に家族の命がかかっているなんて怖過ぎる。
出来れば俺だけで解決したい。
ダメかなぁ……。ダメだろうなぁ……。
一様に同じ厳しい顔を向けられて、これは無理だなと諦念した。
味方というか、賛同者が一人もいない。
なかなか纏まらなかった話し合いは、『浩介』が潜ることで取り敢えずの合意を得られた。
向かうメンバーはお爺様、お兄様、浩介、それぞれの護衛騎士に加えて、お父様、エイベルも同行することになった。
グレンヴィル家男性陣総出陣なんて何考えてんだと断固反対の姿勢を向けたのだが、戦闘狂一名と超過保護ニ名の勢いを削ぐことは叶わなかった。
エイベルが参戦するのは、阻止出来なかったお父様の護衛のためらしい。エイベルも苦労性だよなぁ。お父様が頑固で申し訳ない。
ロイが不参加なのは、お兄様が許さなかったからだ。一言、「邪魔」と爽やかな笑顔で切り捨てた。絶句したまま固まっていたロイが物凄く憐れだった。お兄様、なんて容赦ない。
正直本音を言えば、お父様とエイベルの参戦はちょっと興味あるんだよな。模擬戦は何度か見学させてもらったけど、二人の実戦なんて見たことがない。
浩介の姿でも基本不戦の立ち位置を厳守して、後方支援に徹すること――渋々ながらも何とか妥協案としてお父様が俺に命じた決定事項だ。刀の出番は今回もないかもなぁ。
でも後方支援なら、お父様とエイベルの実戦を間近で観察できるという利点もある。お兄様の勇姿もまた拝見できる。後方支援で良かったかもしれない。
戦闘狂のお爺様の勇姿?
いやもう何か満腹です。ええ。
「まあ! まあ! まあ! まあ!」
お母様の興奮具合が半端ない。
お婆様も瞠目なさっているし、お父様やお兄様、エイベルにロイ、エリアルに至っては、絶句したままこちらを凝視している。
ただ一人だけ、免疫があるというか、初見じゃないお爺様だけは全く動揺していない。
「なんて凛々しい殿方なのかしら! あなたが勇ましいのも仕方ないと、納得してはいけないのに納得してしまったわ」
そう、現在俺は浩介の姿でお母様に矯めつ眇めつされている。
顔に喜色を浮かべて目を輝かせる姿は、とても四人の子持ちには見えない。
お母様。「まあ、お胸はどこへ消えてしまったのかしら」と真っ平らになった胸板をペタペタ触るのは淑女としてどうなのですか。ほら、我に返ったお父様が凄い形相でこちらへ来ますよ。
お父様、実娘に威嚇するのはやめてください。見て呉れは二十歳の青年ですが、中身はあなたの愛娘ですよ!
お父様にギラギラした目を向けられたのは初めてだ。何だかちょっとショック……。
「身長は私と然程変わらないか……」
あと五センチほどはお父様の方が高いですけどね。
「本当にリリーなのか……? いや、目の前で姿が変わるのを見ていたのだから、リリーであることは百も承知だが……」
父上が以前仰っていた青年の姿とはこれのことか――と、何やら複雑そうな表情をしてブツブツと呟いておられる。
正真正銘あなたと血を分けた実の娘なので、脅嚇するようにお母様を抱き寄せたまま凄まないでください。
「驚いたわね……これがあなたの前世の姿、なのね……」
お婆様がうつけた様子で呟き、喉に凝っていた息を吐き出すようにそっと細く嘆息した。
深い青の瞳が困惑気味に揺れ動いている。
「前世でも黒髪なのね。瞳の色も見たことのない純黒だわ。まるで光沢あるブラックスピネルのようで、なんて妖艶で美しいのかしら」
「お義母様、さすがの審美眼ですわ。わたくしもそう思います」
「私は愛らしいリリーのままがいい……」
お父様が切なげに零す。
愛娘が突然野太い声のデカい男に変わればそうなるよな。双子が急に大人の姿で登場したら、俺は床に膝から頽れる自信がある。
「ぼ、僕の可愛いリリーが……僕より背高い男に……」
「随分と男前だったんですねぇ」
お兄様、気をしっかり持って! こんな見た目ですが、間違いなくあなたの妹ですよ!
ロイも感心してないでお兄様を慰めて! いやそれよりもまず、エリアル・エイベル父子だ! 固まったままぴくりともしないぞ!
お前の祖父と伯父を何とか再起動させろ! 息してないんじゃないか!?
「レインリリー。お前はあらゆる意味で罪作りな奴よの」
なんで!? 何が!?
ニヤニヤしてないで説明してください、お爺様!!
そんなこんなで多少の騒動はあったが、取り敢えず各々準備を整えてから夜中に鉱山最奥へ赴くことに決まった。




