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14.魔法

 




 ふんふふ~ん、と陽気な鼻歌が背後から聴こえてくるのを、俺はうんざりしながら鏡越しに眺めていた。

 俺の髪を愉しげに結っているのは、俺専属にマリアが厳選した侍女の一人で、名をファニーと言う。

 レディシュの髪をした天真爛漫なファニーは、毎朝俺のベビードレスと靴を選び、着替えさせたあと髪を丁寧に梳って結ってくれるのだが、どういうつもりか毎日毎日ツインテールにするのだ。ご丁寧に結った髪束にそれぞれリボンまで結ぶ。何の冗談だ。


「……………ファニー。リボンいらない」

「駄目ですよぉ、お嬢様。ちゃんとドレスの色と合わせているんですから。うんと可愛くしないと勿体ないです」

「……………(むしゅ)ぶの、やめればいい」

「それも駄目ですよぉ。可愛く仕上げるよう旦那様と奥様に申し付けられておりますからね。若様にも怒られちゃいます」

「……………マリアみたいにしゅればいい」

「マリアさんに頼みます?」

「……………」


 これが毎日繰り返すやり取りだ。

 俺もめげずに同じ台詞を繰り返すのだが、ファニーもまた同じ返しを向けてくるので堂々巡りだ。

 マリアのようにきっちり結い上げればまだいい方だと思ったのだが、そんなことをマリアに言おうものなら矯正という名の教育的指導が待っている。マリアに頼むなんてとんでもない。

 ぶるっと武者震いすると、目敏くファニーが聞いてきた。


「あ、おトイレ行きます?」

「……………トイレ、ちがう」


 全く、マリアといいファニーといい、人がちょっと身震いするとすぐ排尿を疑う。


「本日は朝食の後どうされます? また庭園でご本でも読まれますか?」

「読む」

「では書庫室で探しておきましょう。何がよろしいですか?」

「魔法の本」


 生後半年頃にお座りが出来るようになった俺は、それまでお兄様やお母様に読み聞かせをしてもらっていた絵本を自力で読むことにした。

 当然知らない文字ばかりで一つも読めなかったが、お兄様とお母様、マリア、たまにお父様が文字を一つずつ指差しながら読んでくれ、1ヶ月が過ぎる頃にはゆっくりだが一人で読めるようになっていた。

 念話を使って音読している俺を家族や身近な使用人たちは暖かな眼差しで見守ってくれていたが、俺が制覇していく絵本の数に次第に微妙な顔をするようになった。赤ん坊の習得する速度ではないということらしい。

 中身は赤ん坊ではないことを、そろそろ割り切って飲み込んでもらいたい。


 そんな俺も、一年も学習を続ければ大抵の文字は修得できたと思う。まだ未発達な手では上手く書けないけどね。読む分には問題ない。

 それでも人目につく場所で赤ん坊が読めるはずのない分厚い文字だけの本を読むわけにはいかないが、そこはマリアが厳選してくれた使用人たちががっちり防壁に徹してくれているので安心だ。今のところ鉄壁です。さすがマリア選抜。


「一冊だけお持ちしますね」

「うん」


 ようやくお父様から魔法に関する書物の閲覧許可が下りた。基礎本だが、基礎すら知らない俺には興味深い本だ。

 もちろん読むにあたってお父様から厳命された禁止事項がある。

 曰く、

 決して魔法を使用しないこと。

 念話を使って詠唱しないこと。

 頭の中に明確なイメージを残さないこと。

 読み終えたら即座に書庫室へ返却すること。


 お父様、禁止事項が多いよ……。

 それだけ危険な代物だということだろうし、俺がイメージを残すことは危険行為だということも重々承知している。だからそこに不満や文句などないが………。


 ちょっとだけゲームみたいに「ファイア!」とか唱えて使ってみたい衝動に駆られるのだ。

 やっちゃ駄目だと言われると、尚更なんとも言えないむずむずとした悪戯心がせり上がってくる。





 ◇◇◇


 両親とお兄様との朝食を終えた俺は、ファニーに抱っこされ庭園のガゼボに来た。

 朝食の席でお父様とお兄様に念押しされたが、俺だって分かっている。無茶なことはしない。

 たぶん。


「お嬢様、本日のイレブンジィズはホットミルクになさいます?」

「うん。蜂蜜(はちみちゅ)たっぷりね」

「はい。畏まりました」


 ふふ、と微笑んでくれたのは、マリア厳選の侍女の一人、アッシュブロンドのカリスタだ。大変見目麗しい女性で、俺の専属侍女筆頭を任されている年長者だ。俺のマナー教育を担当しており、マリアを彷彿とさせるその手腕に若干気圧されている。よくよく聞けば、マリアの娘さんらしい。道理で隙がないと思った!


 お父様が俺のために築いてくれたマリア選抜砦は、全員で四名いる。

 残りの二人は粛々と控えているブリュネットの髪のブレンダとケイシーだ。似たような茶髪だが、姉妹ではない。

 人の目を警戒しているため厳かな雰囲気を醸し出しているが、この二人は俺の自室に戻ればこうじゃない。どちらかと言えば、ファニー寄りの明るい女性たちだ。三人寄れば俺の身支度にきゃあきゃあと姦しい日々なのだが、何だかもうそれに慣れてしまっている自分がいる。

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。


 俺はソファーのたくさんのクッションに背凭れながら、膝の上に魔法書を開いた。

 この世界の書物は高級品だ。コピー機などないから、上質な紙に一枚一枚手書きしているので、どうしても原価が高くなる。所有する書物の数でその家の資産が分かると言っても過言ではないのだ。

 公爵家である我が家も言わずもがな、書物の保有数は多い。有り難いことだ。

 その恩恵に感謝しながら、俺は魔法書のページを繰る。

 基礎だから、まずは魔法の成り立ちについて書かれていた。


『魔法とは、この世界に存在する魔素の力を借りて行使する術のことである。

 魔素とは目に見えない魔力の源であり、個人の適性によって行使できる魔法も異なる。

 適性がない場合も、魔法陣を描いたものがあれば多少行使できる。

 魔法陣は、その属性に適性のある者が規定の法則に則って描くことで発動可能となる。

 属性とは、火・水・雷・風・地・光・闇の七属性のことを言い、この他に希少の無属性が含まれる。伝説級の時空魔法や空間魔法もあるが、前述したとおり伝説とされており、行使できた者の確認は現在も取れていない』


 魔素のことに突っ込んで書かれてはいないのか。

 俺は目の前を浮遊する光の乱舞を目で追った。

 こんなに美しいのに、俺以外に見えていないのは勿体ないな。


 しかし、属性か。それは初耳だ。

 俺の創造魔法は無属性に属するのだろうか? よく分からないな。

 両親やお兄様は何の属性を持っているのだろう?

 ふと気になって、俺は側に控えているカリスタを見上げた。


『カリスタ。お父様とお母様とお兄様の魔法属性を知ってる?』


 どこに人の目と耳があるか分からないという事と、単純に流暢に喋れるから念話で尋ねる。


「存じ上げておりますよ。旦那様は希少な火・雷・風・地の四属性に適性をお持ちです」

『四属性は珍しい?』

「ええ。属性は一つ授かれば僥幸とされています。それを四つ、ですからね。他家の六公爵家にも三属性の方はおられても、旦那様のように四属性をお待ちの方はおられません」


 おお、凄い人だったんだな、お父様。


「奥様は水と光の属性をお持ちです。女性で二つも適性があるのは珍しいのですよ」


 お母様も凄い人だった。

 お母様が魔素に好かれているのは、光の属性があるからなのか?


「若様も素晴らしい属性をお持ちですよ。火・水・風の三属性に適性をお持ちで、教師の話によりますと、大変優秀な術行使をなさるそうです。将来有望だと、王宮でも専らの評判だそうですよ」


 お兄様スゲー!

 俺がふんすふんすと興奮気味に聞いていると、ファニーがホットミルクを持ってきてくれた。


「お嬢様、蜂蜜たっぷりのホットミルクですよ~。熱いのでふうふうしながら飲んでくださいね」


 ガゼボをそよぐ風は冷たくはないが、身体を冷やしやすい赤ん坊の身としては有難い飲み物だ。膝掛けを掛けてもらい、手渡されたホットミルクを言われたとおりふうふう冷ましながら嚥下する。

 蜂蜜のまろやかな甘味を口いっぱいに感じ、温かいミルクが胃に流れ込んでじんわりと熱が広がる。

 ほっと息をつく俺を眺めて、侍女たちが微笑んだ。

 観察されることにも慣れてしまったなぁ。


 さてさて。続きを読もう。

 続いて魔法の概念について。


『魔法行使するためには、明確化された形象と詠唱が必要だ。

 形象とは、例えば火の魔法を行使しようとするならば、規模の小さなものであれば蝋燭を思い浮かべるといい。蝋燭の芯に火を灯す。それをはっきりと思い描ければ、次に必要なのは発動させるための詠唱だ。同じく蝋燭に火を灯すならば、詠唱は次のようになる。

「我の道標となり、灯りを灯せ、サラマンダー」』


 サラマンダー?

 それは火の精霊の名前じゃなかったか?

 俺は訝りながら斜め読みしていく。


 水の行使には『ウンディーネ』

 雷の行使には『ヴォルト』

 風の行使には『シルフ』

 地の行使には『ノーム』

 光の行使には『ウィル・オー・ウィスプ』

 闇の行使には『ジェイド』


 全部下位精霊の名前じゃねえか。

 え? 魔素って精霊なの?

 俺が見てるこの光は下位精霊? 聖霊じゃなく?


 混乱し始めた俺に声を描けたのは、マリアを伴ったお母様だった。


「お勉強は捗ってる?」

「かあしゃま」

「どうしたの? 分からないところでもあった?」


 俺の情けない顔をみて不思議に思ったのか、俺の隣に腰かけて膝の魔法書に目を落とした。


「もう詠唱の項目まで読んでいるのね」

『お母様、詠唱のサラマンダーとかウンディーネとかは、魔素の名前なんですか?』


 念話にいいえと首を振る。

 え? 魔素の名前じゃない?


「魔素は聖霊とされているから、名前などないのよ。仮の名前と言えばいいかしら?」

『仮の名前?』

「ええ。聖霊にも真名があるのかもしれないけど、人にそれを知ることも呼ぶことも許されていないから。詠唱は便宜的にそう呼んでいるだけね」


 なるほど。深い意味はないのか。

 納得顔をしていると、お母様がとても魅力的な申し出をしてくれた。


「ねえ、リリー? お母様が魔法を使ってみせましょうか?」

「!? 見たい!」

「ふふふ。じゃあよ~く見ててね。―――我に潤す恵みを。ウンディーネ」


 俺の飲み終えたカップを指差した露の間、空だったカップになみなみと水が注がれた。仰天している俺にちらりと笑い、お母様は更に詠唱を続けた。


「凍てつきの防護を、ウンディーネ」


 途端、なみなみ注がれた水が一瞬で凍った。


 これが、魔法。凄い。

 何より参考になったのは、お母様が詠唱すると同時に動いた魔素の種類だ。

 ウンディーネと呼ぶと、呼応するように青い輝きを放つ光の粒がカップに寄ったのだ。


「どう? 面白い?」

「おもちろい!」

「じゃあ次は光の魔法を見せてあげましょう」

「光!」


 やはり魔素が動いた。白い粒子だ。


「我が先を照らし導け、ウィル・オー・ウィスプ」


 行灯のように足下をぽつぽつと光が灯っていく。空港の滑走路のように、光の道が出来上がった。想像していたものと違って、これはこれで面白い。


「気に入った?」

『はい! 発見もあって楽しいです!』

「発見?」

『お母様の呼び掛けに応じて動く魔素の種類が違うんです。水の魔法なら青い魔素が、光の魔法なら白い魔素が応えるんです。見ていて楽しい!』


 お母様や使用人たちが目を見張った。

 どうしたのだろう? また何か変なことを口走ったかな?


「………それは、口外なさってはなりませんよ、お嬢様」


 マリアの表情と同様、声が固い。それはお母様も他の使用人たちもだ。


「魔素は見えないというのが通例。極彩色と称されたことさえ異例中の異例なのです。行使する魔法の種類によって動く魔素が違うなど、決して口になさいませぬよう。マリアはお嬢様の御身が心配でなりません」

「そうね、わたくしも同意見だわ。リリー、お母様と約束してちょうだい。今の話はここだけのお話。お父様とお兄様には話してもいいけど、それ以外では絶対に喋っちゃ駄目よ。約束してくれる?」


 どうやら俺が興奮した発見は、大発見だったらしい。言えないこと、出来ないことが増えていく一方だなと落ち込んでしまう。


『はい。お約束します。お母様』

「いい子ね。ありがとう。我慢ばかりさせてごめんなさいね」


 お母様に抱き締められながら、視界に入った青い光にそっと指を伸ばした。

 つんと触れた指先はほんのり暖かい。


『ウンディーネ。カップの氷を水に戻して』


 途端、触れた青い光だけでなく、周りに浮遊していたたくさんの青い光たちが一斉にカップへ群がった。カップ全体が青い輝きで見えなくなったと思った露の間、カップの氷は水に戻り、テーブルを滝のようにざばっと流れ落ちたのだった。


 唖然とする大人たちの視線を受けて、俺は必死に不可抗力だと訴えた。

 頼んだ光の他に動いてくれるものがいるとは考えもしなかったのだから。


 これは決して俺のせいじゃない。


 ……………よね?



 お母様たちが仰天していたのは威力だけでなく、適性がないはずの水の魔法を行使したことであったとは、言われるまで気づかない俺であった。






早速お父様から厳命された禁止事項を破った主人公。この後こってり絞られました。

魔法書、没収です。


私は蜂蜜入りホットミルクを飲むと無性に眠くなります。寝る前に飲むとぐっすり安眠。

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