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140.飛んで火に入る夏の虫

 



「ふ〜ん……九年後の君は、今の僕と同じ身長になるのか。それじゃ僕は、それまでにせめて父上程には背を伸ばしておかなくちゃね」


 いやいやお兄様。十三歳ですでに百六十五センチ以上はありますよね? 少なくともお母様の身長は超えておりますけれど。現時点で、同年代の中では長身の部類に入ると思うのですが。

 しかしレインリリー、本当にタッパあるな。


『百六十六センチあるよ』


 マジか。思った以上の高さだった。

 こちらの女性の平均身長が百六十センチ前後らしいから、レインリリーだけ頭半分突き出ている感じか。

 まあ確かに、王妃様主催のお茶会で出会ったご令嬢たちの中で、レインリリーの身長は際立っていたもんな。こちらの世界的に、長身の女性ってどうなんだろう。

 八歳のレインリリーの背丈に慣れているから、懐かしい浩介の目線とも違うし、十七歳の身長は違和感あるな。


『まあそのうち慣れるよ。九年かけてその身体になるんだから、今までと同じように、少しずつ変化を受け入れていくんだと思うよ?』

『それはそうでしょうけれど、やっぱり急激な変化にはついて行けそうにないわ』

『リリーはお母さんみたいになるの嫌?』

『そうじゃないのよ。お美しいお母様に瓜二つだと言われて嬉しくない訳じゃないの。ただ、やはりどうしても、性別の壁という葛藤が……』

『綺麗だよ?』

『うう……ありがとう……。けど見てよ、コレ! お母様も大きくていらっしゃるけれど、わたくしまでこんなに豊満である必要ある!? 覗き込まないと足下が見えないなんてどうかしてるわ!』


 二つの膨らみがドーン!と強過ぎる自己主張をしているせいで、爪先がまったく見えない! 屈めば膝頭に当たるし潰れるし、ちょっと走るだけで上下に大きく揺れて引き千切れそうに痛いし、仰向けに横になると左右に流れてこれもまた痛い!

 だったら横を向いて寝ればいいと思うだろう? 違うんだ。寝具に押し戻される片方の胸と、重力で垂れ下がるもう片方の胸が中央で圧迫されてちょっと息苦しいんだよ。

 何の問題もなくヘソ天で寝れた浩介時代や、初潮を迎える前の真っ平らなお胸をしていた一昔前が、如何に贅沢だったことか。子供の姿に戻れないまま療養していた期間に、それをまざまざと思い知らされた。

 やっと解放されたのに、徐々に九年かけてこの大きさになるとか不安しかないのだが。しかもこれが最終形態である保証がない。最早恐怖だ。

 男にとって浪漫の詰まった魅惑的な双丘は、実際自分が持つと様々な弊害を痛感する。勝手に大きく膨らんでいく胸に、世の女性達は期待と歓びの他に不安も抱えるものなのだと初めて知った。

 浩介。ふわふわマシュマロに癒やされるだけだったお前は幸せ者だったんだなぁ。もっと有難がって、柏手合掌くらいは彼女たち(の胸)にするべきだったんじゃないのか。いや何を言っている。


『大丈夫だよ。三年前はその姿で神招きの舞いを舞えたんだから。問題ない問題ない』

『どうしてかしら。それをすんなり受け入れることに激しい反発心を抱いてしまうわ』


 ナイトブラって物凄く優秀なのよ――と豊満な彼女が言っていた本当の意味を、まさか転生して思い知ることになろうとは。

 何もつけずに寝ている、彼女の胸元から覗く蠱惑的な谷間なんて、浩介は無責任な夢を抱いていたものだ。そんな単純且つ簡単な話じゃないんだぞと、浩介を叱り飛ばしたい。

 胸の成長が始まってから、お母様が毎日のようにケアの指導をしてくださるのだが、それがなんと過酷なことか……。『いいこと、レインリリー? 胸は大きければいいということではないの。大事なのは形です。普段の姿勢から意識しなくてはなりません。胸はただの脂肪ですから、楽をすれば簡単に垂れ下がります。加わる重さに従って真っ先に萎むのはここ、胸の上部です。ストレッチによって重力に逆らい、ハリと弾力を維持しなければなりませんよ。女に胸筋など必要ないなどと勘違いしてはなりません。上位貴族の女たる者、怠けて美貌を損なうなど恥と知りなさい』と、それはもう鬼のように美容法を伝授してくださる。まだ八歳だろうと、女として生まれたからには死ぬまで努力は怠るな!ということらしい。

 あれ。おかしいな。根性論は体育会系の専売特許だと認識していたけれど、美しさにも適用されるのか。

 女性って大変だ。本当に大変だ。胸や尻の大きさや形で品評会よろしく女性を品定めしてきた男性諸君、いつか刺されるぞ。刺されて死んだ浩介(おれ)が言うなって話だけど。

 過酷な努力の上にようやく成り立つ美貌だということを念頭に置いてから、女性を見てほしい。自分がその立場になってようやく理解出来たくせに、偉そうなこと言えた義理じゃないけれども。


『リリーも毎日ストレッチ頑張ってるもんね』

『そうね。お母様のスパルタ指導に必死についていってるだけだけれど、努力は継続し続けなければ意味などないのだと、日々痛感しているわ』


 と、ナーガにそう応えて、ふるりと肩が震えた。


「……………」


 だ か ら!!

 未来の姿になると、どうして女言葉に切り替わるのか!

 唐突過ぎて戸惑いが半端ない! 十七歳のレインリリーってこうなの!? こうなっちゃうの!? 男は淘汰されて乙女しか残らないの!? ヤダー!!


「はぁ……お美しい」


 ふと、感嘆するような甘い溜め息が聴こえた。


「皆が天姫様とお呼びする本当の意味を、ようやく実感することが出来ました。これはそうとお呼びせずにはおられない。なんとお美しい」


 アンヴィル副団長が、そう言ってうっとりと微笑んだ。

 ……そんなに?

 お母様に似ているのなら大体の想像はつくけれど、――えっ、そんなに?


「ナーガ……」

『水鏡を作ってあげるから、自分の目で確かめるといいよ』

「ええ、お願い」


 ナーガが作り出した水鏡は、浩介の姿になった時に出してくれたものと同じ、縦長の楕円形をしていた。そしてそこに映る自身を見つめて、寸刻思考停止状態に陥る。

 神招きの際に着用していた衣装ではなかった。淡いスカイブルーの薄衣をいくつも重ねたサマードレスだ。コルセット無しなのはありがたい。いや衣装はどうでもいいんだ。

 瞳の色こそ違えど、容姿がお母様によく似ているのは分かっていた。胸も、爪先が見えない時点である程度の覚悟はしていた。だが、水鏡に映る未来のレインリリーの姿は、まずその豊満な膨らみに目がいってしまうほど一番主張の激しい部位だった。

 所謂『爆乳』ではない。そうではないが。

 真上から見下ろすのと、正面から全体像を確認するのとでは破壊力が違う。


 水鏡の中で、お母様によく似た顔が悲壮感たっぷりに歪んだ。


 ――嫌だ! こんな、『女』を全面に出した姿は絶対に嫌だ! 浩介の要素が一つもない!


 愕然と凍りつく様子に心配したお兄様が、隣から水鏡を覗く。


「母上に似ているけど、君の方が清楚に見えるね」


 お兄様。それはお母様に対して少々失礼では。

 それに、この姿で清楚はないです。どう見ても手練手管を極めたその道の玄人にしか見えません。慰めてくださったのでしょうけれど、却ってそのお気遣いがツラい。


「その顔は信じてないね? 清らかで慎ましい心根というものは、魂の輝きとして滲み出るものだ。君の廉潔で神々しい気高さは、そう簡単に覆い隠せるものではないよ」


 お兄様のシスコンは日々盲目的に進化している気がしてならない。最早仰っていることが全盲の勢いで心配になります。


 一先ずあと九年は猶予があるのだから、今は全力で諸々から目を逸らすことにしよう。九年も時間経過すれば、きっと諦めの境地を極めているに違いない! と、信じる!

 今は知ら〜ん!とばかりに水鏡からそっと視線を逸し、ナーガに感謝と撤去をお願いした。


 さて、本題に入ろう。

 結界内部でじっとしている粘稠塊。まずはあれが本当に魔物を変質させてしまうのか確認したい。そして改変した魔物を、魔法陣を書き変えることで元の姿に戻せるのか試してみたい。俺の干渉力が転生者の能力にどこまで食い込めるか見てみたいのだ。

 そのためには魔物を捕獲してくる必要があるが、ヴァルツァトラウムの森へ転移して連れてくるなんて言ったら、お兄様を筆頭に全員から猛反対を受けるだろう。――いや、逆ならいいか? 魔素の目を借りて森から魔物をここへ転移させればいい。


 そう算段を立てていると、俺の影から漆黒の艷やかな頭部がぬっと突き出された。


『ママ〜。飛竜がくるよ』

「え? ヒリュウ?」


 途端、新人の騎士たちが悲鳴を上げた。

 何事かと仰天の視線を走らせれば、腰を抜かした彼らが這う這うの体で逃げ出そうとしている。辿々しく「ドラゴン」と口にしているので、俺の影から顔を出したリオンに驚いたようだ。

 さてこれは困った。どう落ち着かせたものかと思案していたら、アンヴィル副団長がよく通る声で待機を命じた。


「ふ、副団長! ドラ、ドラゴンですよ!? 早く逃げなきゃ全滅します!」

「馬鹿者! 若様と姫様をお守りせず己だけ逃げようとは、貴様それでもエスカペイドの騎士か!」

「その姫様の足下にいるんですよ!?」

「確かに姫様の足下から顔を出しているのはドラゴンだが、これは姫様の使役獣だ。人に害をなす存在ではない」

「し、しかし!」

「姫様のお言葉を理解し、指示に従う従順で賢き者だ。人を害するつもりなら、貴様たちがみっともなく騒ぎ立てた時点で皆殺しにされていよう。分かったなら口を閉じて隅にでも避けておけ」


 し、辛辣。美男子が凄むと割り増しで恐ろしいな。

 ドラゴンの脅威は身に染みているから、新人騎士たちの反応は理解の範疇だ。相手がリオンではなく野生のドラゴンであれば、俺だって血の気が引くぞ。


『ママ? 聞いてる?』

「ああ、ごめんなさいね。それで、ヒリュウっていうのは?」

『主。飛竜とはワイバーンのことです』

「ワイバーン」


 同じく影から顔を出したウルの言葉に、思わず鸚鵡返しした。やや遅れて飲み込んだ俺の呟きは、訓練場をざわつかせるには十分だった。

 ……え、ワイバーン? ワイバーンって、あのワイバーン?

 それが意味するところをようやく理解する。――え。いるの、ワイバーン?

 吃驚していると、プリッドモア団長が神妙な面持ちで訊ねてきた。


「天姫様。ワイバーンと申されましたか」

「え? ええ、この子がそう言うのです。プリッドモア団長は、ワイバーンをご存知?」

「はい。ワイバーンは尾に毒針を持っていて、そのうえ好戦的で非常に厄介な魔物です。沼地に生息しているので、エスカペイドではまず見かけないのですが」


 エスカペイドにはいないはずのワイバーンが、ここへ来る?


「リオン、ウル。ここへワイバーンが来るのね?」

『うん、真っすぐここを目指してる』

『ワイバーンからは、邪悪な気配を感じます』


 俺の言葉しか聞こえていない騎士団が、再びざわっとざわめいた。


「リリー。ワイバーンが接近中なのかい?」

「そのようです。邪悪な気配をさせて真っ直ぐにここを目指していると」

「邪悪な気配ねぇ……。魔物は大抵そうだと思うけど、君の使役獣(ナーディル)の言う〝邪悪〟とは、具体的に何を指すのかな」

「ウル、どういう意味なの?」

『主の兄君の指摘どおり、瘴気を取り込む魔物は総じて邪悪な気配を纏うものですが、それとは些か異なる気配を殻のようにまとっているようです』

「異質な気配で武装してるってこと?」

『いいえ。武装ではなく、あれは――』

『嫌な奴の臭いをつけてるよね!』

『そう、それだ』

「嫌な奴の臭い? それはワイバーンより強い魔物のにおいってこと?」

『ちがうよ。魔物じゃなくて、ええと……こういうの何て言うの、ウル?』

『ううむ……難しいな』


 どういうことだ? いまいち要領を得ないな。

 困惑する俺をじっと見つめたまま、結論が出るのをお兄様方は急かさず待ってくださっている。魔物が接近中だと知っても焦った様子はない。ありがたい事だ。

 俺に気配察知のようなスキルはないから、ウルとリオンの言う異質な臭いを纏った云々はさっぱりわからない。魔素の目を借りて神眼で確認すれば見えるだろうか。


 そんなことを思案していると、リオンがフリーズしている粘稠塊を一瞥したあと、とんでもない爆弾を投下した。


『これと似てるんだけど、ちょっと違うよね』

『ああ、確かに似ているか』

「え、ちょ、ちょっと待って! あの魔石に仕掛けられている魔法陣の気配と似ているの!?」


 焦燥感そのままに声高に言ったことで、お兄様の整った眉が僅かに中央へ寄せられた。


「リリー。それは、ワイバーンにも同じ魔法陣が仕掛けられているってことかい」

「わ、わかりません。もう暫くお待ちを。ふたりに確認します」


 同じだとは思えない。同じであるならば、ワイバーンはワニ型に変質していなければならないからだ。同質のものであればウルもリオンも「似ているけど違う」とは言わないだろう。


『主。そこな魔法陣ではなく、血液の方です』

「血液?」


 血液……。

 出来損ないの泥人形のように歪に歪む粘稠塊を眺めて、はっと息を呑んだ。

 血液! そうだ、ナーガはあれを経年劣化した人の血液だと言っていたじゃないか!


『あの血液そのものが歪なのです。魔法陣より、寧ろそちらの方が厄介です』

「それは、呪物ということかしら」

『申し訳ありません。ジュブツというものが何であるか存じ上げません』

「ああ、いいのよ。こちらには存在していないものだから、あなたの落ち度なんかじゃないわ」


 ――蠱毒に呪いに呪詛に呪物。


 間違いない。この一連はすべてもう一人の転生者によるものだ。その知識は地球のもの。魔法のあるこちらの世界では発達しなかった分野だ。

 同じ呪物の気配を纏ったワイバーンが真っ直ぐここを目指しているならば、これはもう確定だな。もう一人の転生者は、王家やグレンヴィル領を狙っているんじゃない。狙いは最初から俺だったというわけだ。

 理由はわからないが、他の誰でもなく、狙いは俺一人。これほどの吉報はない。

 ははっ、と笑いが漏れた。

 回りくどいことせず、真正面から挑んで来いよ。一対一で殺り合おうじゃねえか。


「リリー?」


 知らず口角が上がっていたらしい。不穏なものを感じ取ったご様子で、お兄様が慎重に声をかけた。


「失礼致しました。どうやらこちらへ接近中のワイバーンには、あの粘稠体と同じ人物の血液が使われているようです」

「魔法陣ではなく、血液だって?」

「はい。血液は呪物になりますから」

「ジュブツ?」

「呪いですわ、お兄様」


 呪詛には穢れが必要だ。残忍な手口で命を奪えば、穢れなど簡単に発生させられる。理不尽に与えられる絶望や恐怖、憎しみや恨みはそれだけで魂を、そしてその場を穢すことになるだろう。犠牲者の軀は数が多ければ多いほど強力な呪物となり、また経年劣化した人の血や髪の毛、爪などは、呪物として最凶の呪力を宿す。霊力の高い者は、それだけで優秀な〝器〟と化してしまう。

 霊力が高いのは何も人間だけの話じゃない。狐や蛇、烏、犬、猫などは、古来より霊力が高いとされてきた。祟りなどの障りもある。古代中国では犬蠱(けんこ)と呼んで犬の霊を恐れていたとある。


「なるほど……じゃああの腐った血の塊は、君の言うところの呪物なんだね」

「ええ。呪詛や呪物などの知識は、明らかにあちら側のもの。ワイバーンは、わたくしがアストラ鉱山の魔物のからくりを一部暴いたことへの、転生者からの報復、もしくは挑発ではないかと」


 どうやって遠隔操作しているのかは謎だが、状態操作は予想以上の効果と影響力があるようだ。


「呪詛や呪物に関しては、すでにサンプルを確保してあるので問題ありません」


 再び口角が上がっていると今度は自覚している。経年劣化の血液など、素材としては目の前の粘稠塊で十分事足りるのだから。


「ふふっ。飛んで火に入る夏の虫、ですわ。ちょうど魔法陣の被験体が欲しかったところです」

『ママ、飛竜が欲しいの?』

「ええ、リオン。実験に使う魔物が必要なの」

『わかった! ボクが捕まえてくるね!』


 リオンが影から飛び出し、仕留めると張り切って大空を舞う。


「待って! 仕留めちゃ駄目よ! 生け捕りにしてちょうだい!」


 頭上を旋回したリオンに慌てて認識阻害をかけると、リオンは任せて!と楽しげに返事をしてあっという間に飛び去っていった。

 アンヴィル副団長に訓練場の隅に避けていろと命じられていた新人騎士たちが、再びの阿鼻叫喚と化した。まあ、頭しか見えていなかった先程とは比べるまでもなく、唐突に晒された巨体に慄くのは無理からぬことだ。アンヴィル副団長、後始末(フォロー)はあなたに一任(まるなげ)します。


「大丈夫かしら……」

『大丈夫ですよ。それなりに分別はついています』

「それなりなのね」

「本当に大きく育ったものだねぇ。人間が苦戦するワイバーンさえ鷲掴みで終了しそうだ」


 お兄様の、そんな場違いなのほほんとした呟きのとおりに、リオンはワイバーンを鷲掴みにしたまま戻ってきた。華麗に着地してみせたリオンの足下で、ワイバーンがギャーギャーと耳障りな鳴き声を上げて暴れている。

 苔生したような深い緑色のくすんだ巨体は、しかしリオンと比べると大型犬と小型犬ほどの違いがある。姿形は恐竜のプテラノドンに近いかもしれない。長い嘴のような口に、ギザギザしたノコギリの歯がずらりと並んでいる。あれは肉を噛み千切ることに特化した歯だ。「歯のない翼」を意味するプテラノドンとは、そこが大きく違っているようだ。


『ママ、これでいい?』

「ええ、上出来よ。さすがわたくしのリオンね」

『んふふ〜』


 リオンがご機嫌に喉を鳴らしたその時、踏みつけられている苛立ちをぶつけるように、ブン!とワイバーンの尾が振られた。

 毒針がリオンの左脇腹に直撃した瞬間、突然の凶行に息を呑んだ。さっと血の気の引いた俺はすぐに解毒と回復魔法を掛けようとしたが、鋼鉄より硬い鱗に弾かれた毒針は、逆に根元からボキッと折れてしまった。


 唖然とする面々よりも、俺はワイバーンに釘付けだった。まさか折れるとは思ってもみなかったと、ありありと伝わる表情で固まってしまったからだ。

 きっとワイバーンにとって一発必中の取って置きだったに違いない。そんな一撃が簡単に弾かれただけでなく、自慢の武器をあっさり破壊されてしまったのだ。察するに余り有る。

 魔物って意外と表情豊かなんだなぁなどと、絶望に染まったワイバーンの様子を観察しながら、ついつい現実逃避よろしく明後日の方向へ意識を向けてしまった。


 ドラゴンの理不尽さを再認識した俺たちだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 『手練手管を極めたその道の玄人』とは一体……(あ、解説はご不要ですよ) 前半、声出ちゃって読むの大変でしたw リリー心の声に笑っちゃって笑っちゃって。
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