135.血赤色の魔石 1
気象病がしんどい淡雪です。皆様こんばんは。
お待たせして申し訳ないです。
素人小説なので、のんびり無理せず進めていけたらと思います。
完結できたら読み専に戻りた~い……
――とは言っても、俺の発想力が追いついていないから、創造魔法の本来の力の三割も発揮できていない気がする。こんなポンコツで本当に大丈夫なのかと心配になるレベルじゃないだろうか。少なくとも俺は不安だ。
どう考えても、俺じゃ宝の持ち腐れだよなぁ。
「リリー……?」
先程の発言に不穏なものを感じ取ったご様子で、お兄様が怪訝な面持ちで名を呼ぶ。
大丈夫です、お兄様。俺は死ぬつもりも、誰かを失うつもりもありませんから。
「これよりは、わたくしにしか出来ないことをやります」
「なに? レインリリー、よもや三年前の再現など考えてはおらぬだろうな?」
三年前と似たような台詞に、お爺様の連山の眉が厳めしく中央に寄った。過去のやり取りを知らないはずのお兄様が、はっと息を飲んで俺に対して珍しく命じた。
「!! リリー、駄目だ。許可しないよ」
「いいえお兄様、どうか誤解なさらないで。命を危ぶめるような真似は二度と致しませんわ。ただ、制限を解除するだけです」
「「制限?」」
訝るお二人にそうだと首肯した。
「これからは神の使徒として、自重せず力を存分に活用しようかと思います」
「待て。自重せずだと? その結果昏倒したことを忘れたか」
「あのような無茶は致しませんわ。わたくしは、意味のない保身を止めて、意味のある行いをしたいのです。そのためには自重など無意味です」
「……………それは、神の使徒としての言葉?」
真意を探るように、お兄様のヘリオトロープの双眸がひたと見据えた。
是、と首肯で返せば、苦虫を噛み潰したような顔で小さく呻く。気に入らない返答だったのだと、それだけで理解できた。
「リリー。君は酷い子だね。それを僕たち家族が望まないことはよくわかっているだろうに、それでも止めてくれないんだから」
「お兄様……」
ごめんなさい、と呟く。
神の使徒であることは覆せないことだが、可能なかぎり自由でいられる時間を引き延ばそうと、両親やお兄様が足掻いてくださっていたことはよく知っている。俺も、出来るなら自由でありたい。家族と年相応の時間を共有していたい。
中身がアレなくせに年相応って何だ、どっちの年相応なんだと思わなくもないけれど。
でも。
見えない相手に攻撃されているとわかっていて、保身に走って自衛ばかりしているわけにもいかない。俺にはそれに対抗できる力が授けられているのに、大切な人達を護らない選択などできるはずがない。
俺にとって最も恐ろしいのは、家族を失うことだ。
随分と小さく頼りない手になってしまった幼子の掌から、大切な人達を取りこぼしてしまうことだ。
家族が、使用人が、友人が、知人が、領民が、国民が。俺の大事な者たちが。元気で生きていてくれるならば、俺は何にだって立ち向かって行ける。
俺を案じてくれる皆のためにも、俺自身も無事でいなければならない。
両立は難しいかもしれないけれど、俺が嫌だと思っている事態を、皆に強要するのは違うとわかっているから。だから、俺も元気でいなきゃ駄目なんだ。意図せず前世の家族に与えてしまった心痛を思えば、同じ轍など踏めない。今世では三年前の昏倒で十分過ぎるほど心配をかけた。もうあんな真似はしちゃいけない。
だからこそ、いま俺がお二人に、専属護衛騎士たちに言える言葉は、これしかないと思うんだ。
「お兄様。お爺様。皆も。これだけはお約束致します。絶対に無茶は致しませんわ。皆様を悲しませるようなことはしないと、ここに宣誓致します」
「それでも、君は決心してしまったんでしょ? 神に言われた、あらゆる苦難を受ける覚悟を」
「……はい。けれど、お兄様。自重しようとしまいと、向かう未来は同じだと思うのです。対価であるあらゆる苦難は必然。ならば、わたくしはお兄様方を悲しませぬよう、最善を尽くすまでです。そのためには、まず自身に与えられた能力をより深く知らなければ」
理解は出来るが、納得はしたくないと如実に物語る苦々しい表情でお兄様が沈黙した。すると、途中から口を挟まずにいたお爺様が、ふむ、と僅かに眉をひそめて頷いた。
「まあ、一理ある」
「お爺様!!」
「そう喚くな、ユーイン。魔物を呼び寄せるつもりか」
「結界を張ります」
そうだ、坑道のど真ん中で悠長に語っている場合ではなかった。
ここは森より危険な鉱山内部。それも未踏の奥地だ。話し合いなら安全圏に戻ってからでも遅くはない。
「ラング カスティーリア イエラトワール ナダ・ネメシス」
創造魔法の結界を張る。遮断隔絶の結界だ。
ついて来てくれた大量の金と銀の魔素が応え、全員を囲むよう地面に虹色の魔法陣が構築される。
構造色の揺らめきを宿した天地四方の結界を見上げたまま、お爺様がそれにコツンとノックするように触れた。
「ほう。不思議なものだ。ドラゴンの猛攻に耐えたものと酷似しているが、触れた感触がない。だが、確かにそこに存在していると分かる。何とも不可思議だが、説明されたところで構造など到底私には理解できんだろう」
感心したご様子で結界を確かめた後、静かに憤るお兄様に今一度向き直った。
「ユーイン。冷静になれ。いつもはそうではなかろう」
「冷静じゃないことくらい、自分が一番わかっています」
「では切り替えろ。出来ぬなど情けないことを言うでないぞ」
ギリっと奥歯が砕けそうな音を立てたお兄様だったが、たった一度の深い深呼吸で、荒ぶっていた感情を完璧に殺して見せた。
そうか、これがグレンヴィル公爵家の正嫡に施される教育の一端――お兄様に注がれるお爺様の冷ややかな視線で、そう理解した。
遣る瀬ない気持ちになるのは、お兄様にとってもグレンヴィル公爵家にとっても失礼なこと、だよな。わかってはいるけど、平和な日本で生きてきた浩介の感覚が勝っていて、複雑な感情からお兄様へ憐憫の念を向けてしまう。
「一理ある、と私が言った意味の説明は必要か」
「いいえ」
「ふん。やはりお前はまだまだひよっ子よ」
再びの竜虎の争いに発展しそうな剣呑な雰囲気だ。
是非とも続きは帰館してからでお願いします。
というか、俺には説明が必要です、お爺様。
「お爺様。優秀なお兄様には不要かもしれませんが、わたくしには必要ですわ。補足説明をお願い致します」
「お前が自分で言ったであろう、『まず自身に与えられた能力をより深く知らなければ』と。適性を持っていても、能力の根幹を理解できなければ使い物にならん。最悪なのは、己の力に振り回されて一切の制御がきかないことだ。自身の破滅だけで済むなら御の字だが、大抵は周りを巻き込む。故に、お前が自身の能力を把握したいと決断したことに私は評価した」
ああなるほど、と納得した。
確かに、周りを巻き込むような力の暴走が一番厄介で、一番最悪なパターンだ。制御できない力は最初から使うべきじゃない。
けど何事も練習しなきゃ上達しないし、結局は匙加減の問題ってことになっちゃうんだけど。
ウルとリオンのために創った影の中の世界に俺も入れたら、自重なしでいろいろと試せるんだけどなぁ。ふたりの攻撃を防いでみたいし。
攻撃の反射とか消滅とか、〝干渉〟がどこまで有効なのか実験してみたい。精獣ふたりの攻撃を妨害出来たなら、ほとんどの魔法や魔術にも干渉可能だという証左になる。
まあ、自分の影に入るなんて無理なんだけど。
本体が無理なら、いっそ分身体作って入ってみるとか?
いや、よしんば出来たとして、それやっちゃうと人間止めたようで不安になるな。それに思考の並列化なんて人間に可能なのか? 現実の本体と影の世界の分身と、両方の視点・思考に俺の凡庸な脳みそは耐えられない気がする。
出来そうで出来ない。なかなかに難しいな。
やっぱり一番の問題は、能力に俺自身が見合っていないってことだよな。結局は宝の持ち腐れという結論に行き着くわけだが、能力はピカイチでも使用者が凡人過ぎるとか凹む……。
「三年前のような鬼一口など許さぬが、ある程度の危殆は必要だろう。令嬢といえど、温室育ちのままで居れぬのがグレンヴィルだ。百年ぶりの女児であるお前は、跡取りのユーインほどにはそれなりの修羅場が待っているだろう。加えて神の使徒という立場もある。経験を積んでおいて損はない」
「僕は反対です。使徒の立場はこの際仕方ありませんが、グレンヴィルの娘としての立場であれば守ってやれる。僕が生きているかぎり、僕の全てで以てリリーを守ります。なので敢えてグレンヴィルの家名を背負う必要はないでしょう」
「腑抜けたことを。お前が四六時中傍にいられるわけではなかろうが。まずは自衛できることが大前提であろう。常に最悪の想定をしておくべきだ。レインリリーが一人きりで危地に立つ可能性もゼロではないぞ。自衛できねばそれこそ鬼一口で終いだ」
確かにそうだ。何かの術中にはまり、単身拉致される場合もないとは言えない。その時にきちんと想定した訓練を受けていたかいないかで、生存率は大幅に違ってくる……はずだ。
「ユーイン。お前のそれはレインリリーの為にはならんぞ。レインリリーを屋敷から一歩も出さないというその考えは、囲い込んで覆い隠せばお前が安心するからだろう」
「それは……」
「懐から出さなければ誰に見られることもなく、奪われることもない。だがそれはレインリリーの自由と可能性を失わせる行為だ。ユリシーズと同じ轍を踏むつもりか?」
えっ? お父様?
お父様が、いつ俺を閉じ込めたというのだろうか。寝耳に水なのだが。寧ろ第二の人生を好き勝手に謳歌していた気でいたぞ?
「お、お爺様? わたくしは、お父様にただの一度も蟄居を命じられたことはないのですが……それどころか自由奔放な振る舞いを許されておりましたけれど」
「そういう意味ではない」
ええ? じゃあどういう意味?
訝る俺を放置して、渋面をつくるお兄様と睨み合っている。
いやいや、ちゃんと説明してくださいよ。理解できていない俺がおかしいのか?
「守るとは、言うは易く行うは難しだ。そもそもの意味を履き違えては意味がないぞ」
「僕は間違えておりません」
「そうか。ならばお前は人形でも懐に入れておけ」
いや、うん。今ので何となく察したけど、お爺様容赦ないな。
浩介の記憶と感情が残っているからか、お兄様の葛藤もよくわかる。目の届くところに大事な妹がいないと不安なんだよな。それじゃいけないとわかっているけど、手と目を離す方がずっと怖いんだ。
自分の知らない間に危険な目に遭っていたら――と、間に合わない可能性が本当に怖いのだ。大半が杞憂に終わるけど、百回は無事でも百一回目はそうじゃないかもしれない。危険性がゼロじゃないかぎり、妹が安全圏から出てしまうことは恐怖でしかない。
たぶん、お兄様もそうなのだと思う。
お爺様の口ぶりから察するに、恐らくお父様も。
看病してくださったのはお父様だから、下手するとお兄様以上にそれは顕著かもしれない。
お爺様が毅然とされているのは年の功もあるだろうが、同じ死線をくぐり抜けた経験があるからだろうな。家族の中で、誰よりも俺が戦えることを知っている。だからなのか、お爺様はお父様やお兄様ほどの過保護は見せない。
「……一生グレンヴィルのお屋敷から外へ出ない訳には参りませんけれど、お兄様、お約束致しますわ。行動を起こす前に、必ずお兄様にご相談します。外出の際、重要な案件であれば、お兄様にご同行をお願い致します。それでお兄様とお父様のご心痛を解消できるとは思いませんが、少しでも安堵していただければ嬉しゅうございます」
「リリー……ありがとう」
どこかほっとしたような、けれど苦しいような、複雑な笑みが返された。
望み通りの返答に対する安堵と、妹にそう言わせてしまったことへの罪悪感、かな。まあそう簡単に割り切れるものでもないよな。
「レインリリー。甘やかすな」
「お爺様……」
「そやつの勘違いを、お前自身が増長させてどうする」
勘違い、か。耳が痛い。
たぶん俺は、お兄様を通して過去の浩介を甘やかしているのかもしれない。妹のすべてを管理したがった浩介を、肯定してあげたかったのかな。
双子を甘やかしている自覚はあるが、お兄様を甘やかしているつもりはなかった。寧ろ俺が甘やかされている立場だから、指摘されても実感としては薄いけれど。
苦笑を返すしかない俺の耳に、突然パン!と乾いた鋭い音が響いた。
驚いて音のした方へ視線を向けると、お兄様が頬に両手を添えていた。大きな音への驚きが勝っていて、ご自身で両頬を打った音だったのだと遅れて気づく。
「お、お兄様?」
「ふう……………うん、ごめん。もう大丈夫」
「え?」
「僕にとって、君は何にも代えがたい唯一無二の存在なんだ。でも、だからと言って感情的になるのは悪手だ。それではリリーを護れない。悔しいけど、お爺様が正しい」
「当たり前だ、馬鹿者。レインリリーを唯一無二と想う者が己だけだと思うな。私にとっても、ユリシーズにとっても、グレンヴィルの至宝なのだとそのスカスカの頭に叩き込んでおけ」
苦り切ったご様子で、思い切り頬を引き攣らせたお兄様は、一言「是」と応えた。
浩介は割り切れなくて実家を出るという物理的な距離を置いたのに、お兄様は凄いなぁ……。
切なさを振り払うように一度頭を振り、思考を切り替える。
地面に転がったままの、血赤色の魔石を一瞥した。
まずは、魔法陣が刻まれているこれの正体を知る必要がある。
これは何なのか。
誰が、どうやって魔物に宿らせたのか。
そもそもあの魔物は自然発生した存在なのか。
「――お爺様。お兄様。本題に入ります」
声音の変化に反応したお二人が表情を引き締める。それを確認してから、俺は今一度魔石を一瞥した。
「明らかに人工的なこれの正体を探ります」
「リリーに危険は」
「ない、とは断言できません。暴こうとする者を返り討ちにするようなトラップが仕掛けてある可能性もあります。思いつくかぎりの対策はしておきますが、それでもわたくしでは想定しきれない何かを、すでに見落としてしまっているかもしれません」
そうならないようにはしたいけれど、何分想像力の乏しい俺が思いつく程度の予防策だ。明らかに、あちらの方が知識も発想力も段違いだろう。
凡庸だと痛感してしまったばかりだが、その辺の改善は最優先事項だと心に刻み込んでおこう。
じっちゃんなら、俺よりゲームやラノベに詳しいかな? 浩介はほぼどちらも開拓してこなかった分野なんだよなぁ。
どちらかというと、浩介はアウトドアタイプだった。体を動かすのが好きで、多忙を極める塾講師であっても、週二のジム通いは続けていたアクティブな男だった。シックスパックの維持に情熱を注ぎ、上腕二頭筋が貧弱にならないよう心を砕いた。
知識を増やす意味で専門書などは読んでいたが、多趣味ではあっても娯楽のゲームや創作物に多くの時間を費やす気は更々なかった。座学の合間に実技が基本で、頭を使ったら休憩を兼ねて体も動かす。忙しない、見ていて疲れるとは前世の母と兄の感想だ。
うん、よし。そんな筋肉大好き浩介より知識人だと信じて、王都に戻ったらじっちゃんに相談してみよう。確実に俺や浩介よりマシなはずだ。
「危機察知能力や視野の広さはお爺様やお兄様の方が断然上手ですので、お気づきの点がございましたらご指摘くださると助かります」
「了解」
「心得た」
護衛たちが警戒にあたっている間に、血赤色の魔石の解析を済ませてしまいたい。今のところ索敵には何も引っ掛かってはいないが、俺の認識外にある未知の何かまでは拾えないからな。索敵だけに依存するのは危険だろう。
魔法陣の解析――ならば、トラヴィス殿下の寝台裏に刻まれていた、昏睡と衰弱の魔法陣作用を反転させたあの方法でいくか。
存在していなかった新たな属性の魔法陣だし、あれからまったく謎解きも進展していないけれど。
それも含めて、実践、観察、解釈、把握、応用と、段階的に理解していかなければいけない。把握と応用でかなり苦戦しそうではあるけどな。
ふう、と細く息を吐いた。
前回の呪いの件で多少の精神耐性はあると思いたい。たぶん、俺に呪いは一切効かないはずだ。ナーガの言葉を信じるなら、俺の魂そのものが抗菌剤のようなものらしいから。
新たな属性に詠唱などないし、属性が存在しないなら、それに該当する神界言語も聖霊もいない。いない、はずだ。
ただ願うだけでいい。
心に思い描くだけでいい。
想像は創造。唯一許された、無から有を生み出せる力の、新たな可能性。その一端。
――血赤色の魔石はなんだ? 潜む正体を示せ。
念じた刹那、まだまだ見慣れない、青と金の輝きを纏った蓮が、虹色の結界魔法陣に重なって大輪の花を咲かせた。
と、須臾の間。それは顕れた。
ごぽりと濁った音を立て、滲み出るように溢れていく。緑褐色の粘稠な液体であるそれは、にちゃりと粘って滴った。
おおよそ人とは呼べない異形さだが、気味の悪いことに姿形は人のそれだ。腐っているのか、立つそばから崩れて落ちる。まるで出来損ないの泥人形のようだ。
ぞわりと総毛立った腕を押さえ、覚えず一歩後退する。
支えて下さったお兄様も、唇を真一文字に引き結んでそれを凝視していた。お爺様も護衛たちも、揃いの形相で固まっている。
「……………ナーガ。これは」
情けなくも声が震えている。
だって。この、色は。
『経年によって変色した、人の血、だね』