134.決意
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「――これは」
眉をひそめたお兄様が、愛剣の剣先で軽く魔石を転がす。触れても変化は見られないが、安全だという保証もない。
得体の知れない物に近づいてほしくなくて、俺は悲鳴にも似た余裕のない声で制止した。
「お兄様っ。危険ですわっ」
「直接触れている訳じゃないから大丈夫だよ」
「ですがっ」
「わかった。これ以上は近づかないから安心して。……お爺様。これに見覚えは?」
「ない」
そわそわと落ち着かない俺を宥めながら、お兄様はお爺様に視線で魔石に刻まれた魔法陣を示す。
「魔物から出た魔石に魔法陣が刻まれているなどまずあり得ぬ。しかも新種だ。恐らく王宮直属機関も把握してはおらぬだろう」
「フォークスが掴んでいないなら、これは完全に未確認の新種ということになりますが……魔法陣が刻まれている時点で、これは人為的に仕込まれたもの、もしくは魔物自体が人工物である可能性もありますね」
「うむ。だが魔法陣を刻んでから魔物に宿らせるなど聞いたこともない。一から魔物を作り出すなどそれこそ不可能だ。そもそもが、そんな真似が人間に出来るのかという疑念が残る。大前提に、魔物は瘴気がなければ発生しない。その他の仕組みについては謎も多い。――いや、出来ると仮定するならば、……だからこそのこの場か?」
確かに、鉱山の奥へ潜れば潜るほど瘴気は濃くなる。誰も到達出来ていないので憶測でしかないが、最奥には瘴気溜まりがあるのだろうと考えられている。どのような条件で瘴気が発生するのか、どのような形で存在するのか、それすらも知る者はいない。
お爺様の仰る通り、人間が魔物を作り出すことは不可能だ。
そう。それこそ神の領域である、創造魔法でもないかぎり。
こちらには存在していなかった新種の魔物。
姿形はイリエワニに酷似している。
明らかに人工物とわかる魔法陣を刻んだ魔石を宿し、俺の索敵魔法と魔素を退けた。
どう考えても鉱山奥で異変が生じている。
今までは新種の魔物が坑道の浅い範囲に出没していなかったから、砂金ハンターからもヴァルツァトラウム騎士団からも報告が上がっていなかった。もし遭遇していたなら、報告と共に死体が持ち帰られていたはずだ。
以前騎士団から聞いた話では、強力な魔物は時折思い出したかのように鉱山奥から森に現れていたらしい。縄張り争いに敗北し、追い立てられて森へ出没していたのではないかとの見解だったが、よくよく考えてみればそれも可笑しな話だ。
三年前のスタンピードで遭遇したヒュドラやマンティコアなどの高ランク魔物は、本来鉱山奥から出て来ない。深い森と、四つある鉱山を熟知している砂金ハンターがそう言うのだから間違いないだろう。餅は餅屋ということだ。
魔物にとって必要不可欠な瘴気は、坑道の中程にある現在地であっても薄らとしか存在していない。もし蔓延していれば、全員瘴気に侵食されて死んでいた可能性もある。俺が抗菌剤のような役目をしていると以前ナーガが言っていたので、この先にあるであろう瘴気溜まりも恐らく皆に影響はないはずだ。抗菌剤扱いは、やっぱり少し複雑ではあるけれど。
森を踏破した際、道案内と共闘してくれた砂金ハンターのニールの魔石説は、その後お話ししたお父様経由で王宮直属機関に伝えられ、三年の間に進められた検証により、瘴気の濃度と魔石の大きさは比例することが証明された。
ニールの慧眼によって様々なことが立証され始めている。その内のひとつが、高ランク魔物が凶悪であればあるほど、必要な瘴気の量も濃度も段違いに増えるという説だ。
その説が正しいなら、魔物たちにとってうまみがある鉱山奥から、瘴気のない坑道や森へ出向く理由などあるはずがない。縄張り争いに破れた程度で餓死必至の鉱山外へ逃げ出すとは、どうしても思えないのだ。
森で瘴気の代用品となる魔力を十分に確保できる訳がない。グールやゴブリンなどの低ランク魔物とは違い、体組成を維持できるほどの魔力摂取はまず不可能だ。それこそ森に生きる動物や低ランク魔物を喰い尽くす勢いでもないかぎり。どちらも絶滅していないので、まずその線はあり得ない。ギリギリまで減少したという前例もないから、生きるための捕食で森へ出てきたなんて話は通らない。
そして最大の疑念が、三年前に高ランク魔物が離れないはずの鉱山奥から集団暴走したことだ。
当時はドラゴンの襲撃に遭ったからだと思っていたが、あの巨体が鉱山奥へ入れるとは思えない。入り口はかなり広いが、坑道は成人男性二人分ほどの高さと、三台の馬車が交差できる程度の広さしかないからだ。ドラゴンには狭すぎる。というより、閊えて動けなくなりそうだ。
ヒュドラだって余裕で通れる高さではないから、スタンピードで出てきた彼らはここをどうやって通過して来たのか純粋に気になる。這って移動した? 列を成して? 暴走状態のわりに随分とシュールだな。
結局、すんなり出られない狭い坑道を敢えて通ったその原因と目的が、未だ不明なままだ。
そう。スタンピード。
三年前、何故スタンピードは起きたのか。
そして、魔物ばかりが押し寄せ、野生動物が一頭も逃げ出さなかったのは何故なのか。
――いや、ちょっと待て。
あのとき森では呪いが蔓延していた。最強種であるドラゴンとラスロールが呪いに侵されていたのに、虫の死骸の他に、野生動物の死体もアンデッド化した動物も確認されていない。俺の索敵魔法にも何も映らなかった。
そうだ。あの時、森にいるはずの動物がまったくいなかったのだ。数日前に排泄された熊の糞を見つけただけで、結局熊も探知されなかった。ニクバエを探していた時でさえ、二十キロ圏内に鳥は疎か、野生動物の姿などどこにもなかったのだ。
(どういうことだ……?)
おかしい。
何で今の今まで疑問を抱かなかった?
イルの部屋に置かれていた、青磁の花瓶の時と状況が酷似していないか?
(認識を阻害されている……? それとも、単純に俺の目が節穴なだけか? でも、常ならば森にたくさんいるはずの動物をただの一度も見かけなかった異常事態に、砂金ハンターであるニールが気づきもせず看過していたことも不自然だ)
俺が節穴だという理由ならまだいい。改めて気を引き締め直せばいいだけの話だ。けれど前者だったら。
気づいた瞬間、ぞわっと総毛立った。
森を熟知しているニールや騎士団だけじゃなく、神の使徒である俺の認識さえ歪めてしまう何かが、この先にある。
そして、それを成しているのが同じ転生者である可能性。
常に出遅れている俺よりも、あちらの方が何倍も周到だ。恐らく闇魔法に似た何かだとは思うが、俺を含めた大勢の認識を歪めてしまえる程のものを常時発動出来ている時点で空恐ろしい相手だろう。
そんな目的も正体も不明な危険人物が、ヴァルツァトラウムだけでなく王宮にも見えない触手を伸ばしているのか。
不意に、イルの柔らかな笑顔を思い出した。
慣れ親しんだ、リリーと親愛の情を込めて名を呼ぶ声が聴こえた気がして、俺はギリッと奥歯を噛み締めた。
(――ふざけるな)
目的は国家転覆か?
王室の混乱か?
政敵の排除か?
侵略か?
ふざけるなと、今一度憤りを胸の内に吐き出す。
俺が神の使徒としてこの世に君臨するかぎり、イルの身に何かなど絶対起こさせない。
イルやグレンヴィル領だけじゃない。バンフィールド王国すべてを守り通す。出来ないとは俺自身にも言わせない。
俺より相手の転生者が狡猾で上手だろうと関係ない。
ハインテプラ帝国だろうがドローン所有者の転移者だろうが狡猾な転生者だろうが、誰が相手でも俺が捩じ伏せてやる。
覚悟が必要だとか言っておきながら、今の今まで口先だけの軽い決意だった。どこまでも甘く、綺麗事ばかりで意気地がない。本当に俺は愚かだ。
すべての苦難が与えられる未来を恐れ、対価を恐れ、保身や言い訳ばかりが上手い卑怯者。そんな奴が神の使徒か。
使徒である理由をよく考えろ。神の力を借りている意味を考えろ。
お前に何が出来る? レインリリー、よく見てよく考えろ! 本当にお前の目は節穴か? 節穴のまま見ないふりを、気づかないふりをするのか?
(――俺に、出来ないことはない)
そうだ。以前ナーガは俺にそう言った。
創造魔法は想像力。そして俺の能力の本質は『干渉』。
イメージ次第ですべてに干渉出来るなら、俺に欠如しているのはその想像力と発想力。
ナーガが何度もヒントをくれていたと今更ながらに思い至る。
俺が気づかないかぎり、メンターであるナーガは教えないし答えない。つまりそれは、裏を返せば気づきさえすれば何でも答えてくれるということ。
可能性を狭めているのは俺自身。無限大であるはずの想像力に制限をかけているのは俺だ。
出来ないことはない――その本来の意味を俺は飲み込めていなかった。いや、曖昧なままにして、分からないふりをしていただけだ。
恐れて何になる。
行き着く未来は、用意されている結末は、どう行動しようときっと同じだ。与えられた力は使うために授けられたのだ。使わないなら与える意味はない。意味のないことを個人にさせるために、神は人の領域を超えた力を与えた訳じゃない。
神の望みは世界の進化。創造を恐れては駄目だ。
(チキン野郎なんて、イクスによく言えたものだ)
俺こそ紛う方なきチキン野郎じゃないかと、自嘲的にそう思った。
自虐的な反省はこの辺りでいいだろう。あちらの転生者は俺よりずっと先を行っているのだ。時間が勿体ない。
そう考えた、露の間。
最大級の見落としをしていたことに気づいてしまい、戦慄した。
(……っ、腹立たしい! どうして俺はいつも思慮が足りないんだ! 魔法師団執務室で話し合った時、ナーガは確かに答えを示してくれていたというのに! 今頃気付くなんて!)
俺はなんて大馬鹿野郎なんだと、自身を激しく罵った。生産性のない責めだと自覚しながらも、嵐のような激情は矛を収める気配がない。
これは駄目だと頭の片隅で思う。自分の感情に振り回されている場合じゃない。
荒れ狂う怒りに無理やり蓋をして、冷静になれるよう努めてゆっくり息を吐き出した。
何度か繰り返すうちに浅くなっていた呼吸が静まり、激昂していた心も次第に凪いでゆく。泰然とは程遠いけれど、今はこれでいい。
現状は決して最悪ではない。取り返しのつかない事態になる前に気づけただけでも良しとしよう。
間に合ったのだと思え。反省は後回しだ。
『ナーガ。転生者にも前世の記憶があるんだな?』
質問ではない。確認だ。
問われたナーガの金の双眸が、待っていたとばかりにきらりと煌めく。
『そのとおり』
『俺の場合は消去に耐えた結果だったよな。復元も自力でやったと』
『そうだね』
『じゃあその転生者も耐え抜いたのか?』
『そう』
『復元もしたのか』
『していない』
『していない?』
『そう。していない』
消去には耐えた。でも復元はされていない?
ぐぐっと眉を寄せた刹那。俺ははっと息を飲んだ。もしかして。
『……転生者に残されている前世の記憶は何割だ』
正解だったようで、ナーガは出来の良い生徒を褒めるように金眼を細めた。
『四割』
『四割も……』
かなりの記憶容量を保有しているということになる。
オキュルシュスから俺が転生者だと見当を付けられたのも、この四割のおかげか。
それは、1%まで消された俺より耐性があったということにならないか。復元は出来なかったから創造魔法と聖属性に適性を持てなかったのかもしれないが、俺を阻めるだけの能力は手にしている。
そこまで沈思して、ある可能性にまさかと瞠目した。
まさか。神様の消去を遮った……?
『転生者は、神様のデリートを阻害したんじゃないか?』
『ふふ。さすがリリーだね』
阻害したのか。というより、阻害できたのか。
神様の力を撥ね除けるほどの強い意思。そんな相手が敵だと?
『……転生者の能力は、俺の本質である干渉を上回るものなのか?』
『本来ならば、神の使徒を越えることはできない』
『本来ならば? じゃあ現時点では俺より上なんだな?』
『リリーは優しいから』
優しいから? 優柔不断の間違いじゃないのか?
……いや、ナーガは聖霊だ。聖霊は嘘をつかない。ナーガが優しいからだと言うならば、それは単純な社交辞令なんかじゃない。そこにはちゃんとした意味があるはずだ。
優しいから……………。優しい。優しさ? 気遣い、思いやり、厚情、慈愛、斟酌。
(斟酌? ……っっ! そうか! 斟酌! 手加減だ!)
俺の思考を読んだナーガがこくりと首肯した。
やっぱりそうか。俺は無意識に手心を加えていたということだ。仕儀を恐れて遠慮した結果、本来なら越えられないはずの壁を越えさせてしまった。
例えば、殺したくない剣の達人と、捨て身で殺しにかかってくる素人がいた場合、油断すれば達人であっても手傷を負う。下手すれば命を落とすこともあるだろう。斟酌するならその可能性も考慮すべきだ。殺される覚悟をすべきだ。取捨するとは、極論だがそういうことだと思う。
俺に足りなかったのは、正しくそれだろう。
家族を、領民を、イルを、国を、生物を。紙屑をゴミ箱に捨てるように、簡単に、平気で傷つけてしまえる人間相手に配慮なんか必要ない。元同郷だろうが、そんなことは一切関係ない。同じく同郷のじっちゃんとは志が雲泥の差じゃないか。
『ナーガ。答えてほしい。神様の消去を阻害するくらいだ。転生者の能力は、闇属性の上位互換だよな』
『いい読みだね』
『聖属性と対極にある能力か?』
『そうとも言える。固有属性は無属性』
『無属性?』
『そう。無属性。なんだと思う?』
闇属性の上位互換でありながら、属性は無属性。
てっきり聖属性のように唯一の属性名があるのだと思っていたが、人には扱えない能力を、使徒でもない人間にそうそう授けるものでもないか。
闇属性より強制力が強いなら、ステータス異常に特化した能力か。
青磁の花瓶の『精神支配』、寝台の『昏睡』と『衰弱』、そして坑道奥に出没するなんちゃってワニの魔法陣付き魔石。魔石は調べなければ分からないが、これも恐らく闇魔法の一種。
無属性には、保有スキルはひとつしかない。なのに転生者は『精神支配』に『昏睡』、『衰弱』と多様化した能力を見せている。ならば考えられるのは。
『……状態操作、か?』
『ご名答』
なんてことだ。総じてマインドコントロールに長けているってことじゃないか。
『俺たちの認識をねじ曲げ、索敵を弾いた。これは〝隠蔽〟と〝阻害〟に当たる。イルの青磁の花瓶は〝洗脳〟。トラヴィス殿下の寝台は〝呪縛〟と〝吸収〟。まったく、状態操作とは言い得て妙だな。なんて厄介な能力なんだ』
『そこまで拾えているなら、リリーは翻弄なんかされないよ』
『遅れ馳せながら、だけどな』
闇属性は敵に回ると厄介極まりない。その上位互換で様々な状態操作を可能とする転生者の能力は、きっとその比ではない。
それぞれに自覚はなくとも、イルの侍女や専属だった近衛騎士たちは洗脳されていた。自覚というなら、俺を含めた全員が認識阻害をかけられている事実に気付いてもいなかった。
生まれつき精神支配耐性を持つイルも、唯一無二の四属性を誇るお父様も、もちろん神の使徒である俺でさえも、そうだと認識できないままだった。
俺の〝干渉〟さえすり抜けた〝状態操作〟。
絶対に、もう二度と後手に回されてなるものか。
『もうひとつ、気になっていることがある』
スタンピードでは、ドローンを所有する転移者が関与していた。だがもし、もしも。魔物のスタンピードと呪いは別件だったとしたら。
『この奥に、その答えがあるんじゃないか』
『残念ながら、その問い掛けの答えをナーガたち聖霊は与えられていない。最奥が不透明なのはナーガたちも同じなんだ』
それも以前、神様が仰っていた。森の異変について、ナーガや聖霊から答えは得られないと。神様の目であり耳であるが、聖霊はこの世のすべてを把握しているわけじゃないと、そう仰っていた。
『行ってみなきゃ分からないのは三年前と同じだな』
『そうだね』
『じゃあやることは変わらない』
『賛成』
――さあ。腹を括れ。想像しろ。
この場で必要な魔法はなんだ。
「――お爺様。お兄様」
俺の雰囲気と声音の変化を敏感に感じ取ったのは、お二人だけじゃなかった。ノエル、アレン、ザカリーの三名も、いつでも俺に殉ずる覚悟があるとはっきり伝わる強い意志を向けてくる。
ああ、本当に。俺はなんて果報者なのだろうか。
俺と運命を共にしてくれる者達が、家族以外にもこんなにも居る。彼らを護れる力があることを、俺は今日ほど強く感謝したことはない。
恐れを棄てろ。
自重するな。
後悔など魔物に喰わせてしまえ。
すべてを掴める力に、歓喜しろ。
ようやく「神の使徒である自分」と向き合う覚悟を固めたレインリリー。
守られる立場から、守る立場へ。
案外人って、自分のことより大切な人が危険な状況にある方が奮い立ちやすいもの。
そこは男女関係なく、情が勝るものだと思うのです。
うう~ん、リリー、八歳になっても男気溢れてるぅぅ~
え~、私事ではありますが、先日誕生日を迎えました。
おめでとう!
ありがとう!(←セルフ祝辞)
SNSで話題のセンイルケーキを作ってみました。
生クリームのカラーは爽やかな空色。
チョコペンで英文メッセージを書き書き(←セルフ祝辞part2)
切り分けると、ココアパウダー入りのブラックスポンジと、灰色に着色したクリームの層が顔を覗かせます。
間にはスライスした苺を挟んでいるので、全体的に寒色寄りのケーキに彩りを添えてくれています(←自画自賛)
いいですね、センイルケーキ゜+.゜(*´∀`)b゜+.゜
今後も作ろう♪
皆様も、ご興味あったら作ってみてくださいね。
スポンジも売っていますし、私みたいに1から作る必要なくて、簡単に映えるケーキ作れますよd(`・∀・)b
うん、リリーにも作らせよう。
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