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133.戦の庭 2

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「皆様のご想像にお任せしますわ」

「まあ……」


 鷹揚に答えるアラベラに、問うたアッシュベリー公爵第二夫人が僅かに眉をひそめた。他のご夫人方も、明確な答えが示されなかったことに不満を抱いたようだ。


「そのように曖昧になさると、いらぬ憶測を呼ぶことになりますわよ」

「あら。女は少しくらい謎があった方が魅力的ですわ。たったそれだけのことで、あの子の体面が損なわれるとはわたくしは思いませんもの」

「アレックスもですが、何より第一王子殿下のご婚約者であらせられます。不要な要因は極力取り除くべきかと」

「それこそご心配には及びませんわ。殿下もアレックス殿もあの子を深くご理解くださっておりますし、両陛下やお歴々の皆様もよくご存知でいらっしゃいますから。ミステリアスであるのは、その外側にありますのよ」


 言外に、王室と重鎮以外が口出せる案件ではないのだと匂わせている。ほほほ、と悠然と笑うアラベラの言動に、ご夫人方はピシリと固まった。


「レインリリーお嬢様がご聡明でいらっしゃるのは、一度言葉を交わした者ならばすぐに気づきますものね」

「ええ、ええ。仰る通りです。所作も流石はアラベラ様のご息女様であらせられると、お茶をご一緒させていただくたびに感嘆させられておりますわ」

「大人に囲まれても物怖じせず、寧ろわたくし達ゲストをよく見ておいでで、不足がないか、不都合はないかと心細やかに気配りしてくださいます」

「会話に無駄がなく、わたくし達が退屈しないよう、それぞれの趣味や嗜みをきちんと記憶してらして、個々に相応しい話題を振ってくださいますのよ」

「目から鱗の情報をお教えいただけることも少なくないわ」

「本当に。レインリリーお嬢様は、機知やユーモアを交えた巧みな話術で皆を魅了されますもの。まだ八つでいらっしゃるとはとても思えません」


 グレンヴィル公爵家門閥貴族のご夫人方が、ここぞとばかりに援護射撃に勤しむ。


「まあ。皆様、我が娘をお褒めくださってありがとう存じますわ」

「ですが!」


 閥族の援護に感謝したアラベラの言葉尻に被せるように、我慢できなかった様子のチェノウェス公爵家門閥貴族の一人が、はしたなくも思わずといった体で声を上げた。


「――ハドック伯爵夫人」

「も、申し訳ございませんっ」


 チェノウェス公爵第一夫人から、静かに、しかし突き刺さるほどの圧を込めて名を呼ばれたハドック伯爵夫人は、ハッと息を飲んで青ざめた。


「構いませんわ。仰りたいことがおありなら、どうぞご遠慮なさらずお話しくださいな」

「……………ではわたくしから。まずは閥族の非礼をお詫び申し上げます」

「謝罪をお受け致します」

「ありがとう存じます。……詳細は知らされておりませんが、我が夫より、以前からご息女が才媛でいらっしゃると、いくらか話は聞いております。チェノウェスの能力に揺るぎない自信を持つあの夫が、初めて手放しで称賛したのがご息女でした。必ずご正室として本家に迎え入れると」


 ざわっとホールがどよめいた。

 国王より打診があって結ばれた第一王子の婚約者を、掻っ攫う心積もりだと宣言したようなものだ。

 それは王家に弓引くことと同義であり、また第一王子を蹴落とすと言ったも同然だった。


「……それは、問題ある発言ではなくて?」


 感情の削げ落ちた、無表情になったアッシュベリー公爵第二夫人が、チェノウェス公爵第一夫人へ静かに問う。


「シリル第一王子殿下から、レインリリー嬢を奪い取る用意があると取れますわ。近い将来、王太子に冊立される殿下を蹴落とす準備を進めているとも取れますわよ」

「あら。そう勝手に解釈なさったのはアッシュベリー公爵第二夫人でしょう? 曲解し過ぎです」

「そうかしら。とても不敬な発言であったと、わたくし夫にご報告させていただきますわ。直ぐにでも両陛下のお耳に入ることでしょう」

「ご随意に」


 ピリピリとした不穏な空気が漂う。

 アラベラは内心で、思わぬ収穫があったとこっそりほくそ笑んだ。

 先程の発言は、チェノウェス公爵第一夫人の先走った独断だと言われてしまえばそれまでだが、少なくとも夫であるチェノウェス公爵の意を汲んだ発言には違いない。

 チェノウェス公爵は、妹が産んだ第六王子殿下を擁立する用意がある。この情報がチェノウェス側からもたらされたのは重畳だった。


「アッシュベリー公爵第二夫人も、お言葉には十分お気をつけなさった方がいいわ」

「何ですって?」

「第一王子殿下の立太子が決まっているかのようなご発言でしたが、国王陛下はそうだと明言されておられません。以前は確かに、継承条件である光属性適性者が第一王子殿下しかいらっしゃらなかったからこその不文律でありましたが、現在は唯一ではありませんでしょう?」

「まあ……それは第六王子殿下のことを仰っておられますの? そういえば、四歳で適性検査される規則を破って、チェノウェス公爵主導のもと、前倒しで適性をお調べになったそうですわね。()()()()()適性が見られなかったとか」

「王位継承権は所有しておいでですわ。これで唯一ではなくなり、継承権の順位も入れ換わりますわね?」


 やはり女は口が軽いと、同じ女の身でありながらアラベラは扇子の陰で薄く嗤う。

 これで確定だ。チェノウェス公爵は、時機を見計らって王位継承争奪の反旗を翻す。

 これだから、面倒でしかないお茶会も馬鹿には出来ないのだ。崩せない一角も、夫人相手であれば脆く崩しやすい。そうでない夫人もいるが、夫君を狙うより容易い。

 逆にこれを予測して、情報撹乱のために態と妻には真意を伝えていない場合もあるが、今回はその可能性も低いと判断する。繰り上げて適性検査した時点で、ある程度の二心は知れてもいいと見える。

 あとは肝心の時機と方法だが、さすがに夫人に伝えているとは思えない。

 だが確実に王位継承権順位の入れ換えは狙っている。

 今はそれが確定しただけで良しとしよう。


 貴婦人の集うお茶会は、いつも情報に溢れている。どれだけの情報を拾い、更に引き出し、如何にこちらの思惑を覚らせないか。交わす言葉以外でも駆け引きがなされ、毒花よろしく誘い込む。

 わたくし、本当はこのような殺伐とした駆け引きなど苦手ですのに――そんなことを内心で空嘯く。


 これはリズに良い土産話が出来たとほくそ笑み、アラベラは領地へ旅立った子供達を想った。






 ◇◇◇


 逆袈裟に斬り上げられた蜥蜴型の魔物が、胴体から首を切断され坑道に転がった。

 軽く薙ぎ払ったように見えたが、たった一撃で硬い鱗に覆われた極太の首をスパッと刎ねた。思わず見惚れてしまうほど無駄がなく、実に見事な剣捌きだった。


 よくよく観察すれば、刃に風魔法を纏わせている。

 あたかもチェーンソーで両断するように、纏わせた風魔法が切れ味を数段跳ね上げているようだ。


「ほう。なかなかやるではないか、ユーイン」

「国一番の剣豪に日々鍛えられておりますからね。これくらい片手間でやれなければ、能無しの烙印を押されてしまいますよ」

「護衛は要らんと豪語するだけの力はあるか。ふん、だがまだまだひよっ子! そう簡単に私を越えられると思うなよ!?」


 また大人気ないことを、と思っていると、背負うほどに大きな大砍刀(だいかんとう)を振り上げ、勢いのままに新たに遭遇した蜥蜴型魔物の脳天をかち割った。脳ミソとか肉片とかいろいろとグロいものを放射状に飛び散らせ、魔物は絶命していた。

 血濡れの大砍刀を肩に担いで、ふふんと勝ち誇った視線をお兄様へ向ける。十三才の孫息子と張り合ってどうするんです、お爺様。本当に大人気ない。

 というか、いろんなアレがそこかしこに飛び散っていて吐きそうなんですが。

 素材やら魔石やらあるので、捨て置く訳にもいかない。

 これ全部収納して持ち帰るの俺なんですけど。

 触りたくないんですけど。

 近づきたくないんですけど!


 アンデッド化を防ぐ意味でも、仕事で坑道へ入る砂金ハンターの迷惑にならないよう配慮する意味でも、収納魔法が使える俺が後始末をするしかないんですけどね!と内心で悪態吐きながら、直視しないよう目を背けつつ異空間へ収納して回った。挫けそう。


「リリー。辛ければ無理しないでいいよ。後始末の責任は、無駄に散らかしたお爺様にさせればいいから」

「無駄とはなんだ、無駄とは」

「平気です、とは言えませんけれど、なるべく視界に入れないで回収しておりますから、大丈夫です。お爺様には物申したいですが」

「なんだと」


 昨夕、お兄様にやんわりと席を外すよう言われた俺は、あの後されたであろう話し合いについて一切言及していない。退出を命じられたということは、俺や双子は知らなくていい話だということだ。正嫡であるお兄様がそう判断なさったのなら、俺はそこに触れてはいけない。

 気にはなるけど。めっちゃ気になるけど!

 でも、俺はお兄様のご判断に従う。俺なんかより沢山のことが見えているお兄様の決定だ。俺の追求心など取るに足らない。

 お兄様をチラ見しちゃう程度にはめちゃくちゃ気になってるけどね!

 アリングハムのお姫様の話は結局どうなったの!?


「お爺様。力を誇示したいお気持ちはわかりましたから、頭をかち割るのはお止めください。素材の価値が下がる以上に、リリーの負担になるでしょう」

「ふん。では『お爺様にはまだまだ敵いません』と白旗を揚げよ」

「お爺様にはまだまだ敵いません。御見逸れしました」

「おい。それは失礼だと分かっていて口にしているな? そこは『勉強になります』か『尊敬します』だろうが」

「我が儘言わないでください。お爺様のお望み通り敵わないと申し上げたのですから、細かいことは仰らないでほしいですね」


 面倒臭いとはっきり顔に書いてある孫息子に、お爺様は思い切り頬を引き攣らせた。


 坑道には等間隔で両端に光源である魔石が取り付けられていたが、それも砂金ハンターや騎士団が潜れた三分の一を過ぎた辺りからなくなった。つまり、ここから先へは誰も到達出来ていないということだ。

 俺は擬似太陽より光源を抑えたバレーボールほどの大きさの光球を五つ作り出した。三つは俺たちの周辺を照らすよう、邪魔にならない天井付近に浮遊させている。人を追尾するよう指定してあるので、俺たちが進めば勝手についてくる。

 残りの一つは先行させ、もう一つは後方を照らした。これで前後四十メートルは視界を確保できる。暗闇に乗じて奇襲をかけられる危険性は減った。更に常時索敵魔法を展開させているので、視覚以外でも対策はバッチリだ。

 坑道奥に魔素はいないが、今回はナーガだけでなく全属性の魔素がついて来てくれている。これで全員が、いつでもそれぞれの適性魔法を発動できる。状況としては三年前よりずっといい。街や、非戦闘員への脅威が発生していないことが何よりの吉報だった。


「リリー。索敵には?」

「反応あり。前方より三体来ます」

「了解」

「魔法が使えぬのが、ちと面倒だな」

「お爺様の適性は雷と地属性ですからね。坑道(ここ)でやられたら全員生き埋めですよ」

「わかっとるわい」


 お兄様の指摘に渋面で返したお爺様は、不意にパリパリと嫌な音を立て、武器に紫電を走らせた。お兄様が刃に風魔法を纏わせているものと同じ要領で、雷魔法を纏わせているようだ。


「感電死とまではいかずとも、動きを止める程度には使えるか」


 おお、スタンガン風ということですね。

 俺も三年前に一度だけイルに使ったな。あれは確かに動きを止める意味ではかなり使えると思う。イルには悪いことをしちゃったけど。

 あんな扱いを受けたのに、イルは一途に俺を想ってくれている。責められたことも、それを理由に条件を出されたこともない。本当に、俺はあいつに頭が上がらないな。


 そんなことを思っていると、索敵に引っ掛かった三体の魔物が先行させている光源の範囲に入り、その姿を肉眼で確認できた。

 イリエワニに似た巨体で、先程から何度もお二人が討伐している魔物だ。

 お兄様は迎え撃つべく前に出て、顎門(あぎと)を開き襲い掛かってきた一体の口腔に剣を噛ませると、そのまま魔物の勢いを利用して上顎を切断した。のたうち回る一体目を見ることなく、返す刀で迫る二体目の首を刎ねる。お爺様が三体目の胴体を焼き斬る間に、まだ転げ回っていた最初の一体目の首を落とした。


 凄い……手加減なしのお兄様、滅茶苦茶カッコいい!

 息ひとつ乱すことなく鮮やかに倒してしまった。

 何だあの身のこなし!

 まだ十三歳だよね!?

 十三歳ってあんなに素早く動けたっけ!?

 ときめきが止まらない!

 俺のお兄様スゲー!!


「お爺様。胴体を焼き斬ってどうするんですか。外皮は極力傷つけずに残さないと駄目でしょう。それじゃ素材の価値が下がってしまいますよ」

「ええい、喧しい。わかっておるわ」


 ううん、手厳しい。

 たぶんお爺様も、首を落とすつもりだったんだと思う。ただお爺様が討伐した魔物は、弾丸よろしく猛スピードで跳んできたんだよな。背後に俺が居たから、咄嗟に避けながら大砍刀を力任せに振り下ろし、一刀両断した。俺のために、素材は二の次だったのだろう。

 お二人の邪魔にならないように、結界を張っておくべきだったか。


「しかし、妙ですね」

「ああ。妙だな」


 唐突にそんな会話が始まった。

 あの。詳細を省かず話してもらえませんか。

 最低限の内容で淡々と、さくさくと話が進んでいくのは流石だと感服致しますが、凡人の俺はいつも置いてけぼりを食うんですけど。


「妙とは何のお話しですか?」

「魔物のことだよ」

「魔物がどうかなさいました?」

「ここは森の最奥で、更に鉱山奥なのに、遭遇するのは強力な魔物じゃなくてこの蜥蜴に似た魔物ばかり。こんな姿形の魔物は初めて見る」

「え?」

「ん?」


 ――初めて見る?


「どうした、レインリリー」

「えっと……」


 どういうことだ?

 蜥蜴に似たと表現しているのだから、爬虫類の蜥蜴や蜥蜴型の魔物はいるのだろう。……じゃあ、ワニは?


「リリー?」

「あの……この魔物は、今回初めて見るタイプなのですか?」

「そうだね」

「お爺様も?」

「ああ。領地でも、他領でも見たことはない」

「ではこれは、未確認の新種ということですか?」

「そうなるな」


 嘘だろ。じゃあ……いや、まさか。


「リリー? 何か気づいたの?」


 俺は途方に暮れたように、うつけた表情でお兄様とお爺様を見た。


「これは、ワニでしょう?」

「「ワニ?」」


 お二人だけでなく、護衛騎士たちも同様の怪訝な視線を返してくる。その様子だけで、心臓がけたたましく警鐘を鳴らすように激しく脈打った。

 ただの勘だ。嫌な予感。虫の知らせ。


 カラカラに渇いた喉を湿らせようと、ごくりと生唾を嚥下する。

 今しがたお二人が討伐した魔物に視線をずらし、お爺様が仕留めた、胴体真っ二つで事切れている魔物に万物流転を放った。

 今は素材は関係ない。素材どころじゃない。

 用があるのは心臓。その中心。他は必要ない。


 ザザァ、と音を立て塵と化した死骸は、血赤色に鈍く光るゴルフボール大の魔石だけを残して掻き消えた。




 そこには、俺の索敵魔法を弾き、魔素を遠ざけた元凶が刻まれていた。




今夜はスーパームーンと皆既月食が見れるそうですね!

楽しみ!と思っていたのに、生憎の雨模様。

見られないのか……無念……



昨晩は、15cmほどのムカデと手のひら大サイズの蜘蛛が出没致しまして。

もう……姿形が生理的に無理……

怖いよぉぉぉ(;Д;)

ジメジメの季節やだーっっっ

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく拝見しています。ありがとうございます。 手のひら大の蜘蛛=アシダカグモ ゴキブリの天敵です。 見逃してあげて。 私は百足をティシュで掴める女です。ゴキが出ると母も妹も私の名前を呼…
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